セルチュク〜エフェス
(1992年4月30日)

エフェス野外劇場
エフェス―野外円形劇場

    夜行バスがセルチュクの町に着いたのは、朝の4時頃だった。
    眠りこけていた私は車掌さんに起こされてなんとか降りることが出来たが、ここで降りたのは私ひとり。
    外はまだ真っ暗。
    どうしようかと寝惚けた頭で考えていた私に声をかけてきた人、それがモナコペンションのご主人だった。
    最初はあやしげな客引きかと警戒したのだが、話しを聞くと設備や値段も悪くないし場所もそう遠くない。
    たどたどしい英語で一生懸命説明してくれる姿にも好感が持てたので、ついて行くことにした。
    バスターミナルから歩くこと約10分。
    奥さんとふたりで経営している小さなペンションだったが、中に入ってびっくり。
    出来たばかりなのか、どこもかしこもピカピカ。
    大理石で飾られた内装は派手ではないがきれいだったし、シャワールームも広くて清潔だった。
    これで日本円にして400円くらいとは。
    ベッドも広くてシーツもパリパリだ。
    まずは仮眠を取ることにした。



    目が覚めたのは9時頃。
    さっそく起きて観光に出かけた。
    観光案内所のある駅前広場からすぐの所に考古学博物館がある。
    それほど大きくはないが、エフェスの遺跡からの発掘品などが充実した博物館だ。
    ここにあるアルテミス像が興味深い。
    ギリシャ神話では純潔の女神であるアルテミスだが、ここ小アジアでは土着の地母神信仰と結び付いて、たくさんの乳房を持つ豊穣と多産の女神像として奉られている。

    ここから北にしばらく行くと聖ヨハネ教会跡に出る。
    聖ヨハネが住み、死後埋葬されたという場所だ。
    建物は破壊されて壁の一部と円柱が残るだけだが、白い大理石と煉瓦の色が鮮やかだった。
    崩れかけた壁の横には赤いポピーの花が風に揺れていた。
    聖ヨハネ教会の裏手に城塞が見えたので行ってみた。
    どこからかいい香りが漂ってくる。
    よく見れば足元の白い花はカモミールのようだ。
    城塞までカモミールの絨毯が続いている。
    この城塞は東ローマ時代のものだそうだ。
    城塞に登るとまわりの景色がよく見渡せた。
    波乱な歴史を辿ってきたこの町だが、今はのどかな田舎の景色が広がっているばかりだった。

    セルチュクの町からローマ時代の有名な遺跡エフェソスまでは3kmほどの距離だ。
    急ぐわけでもなし、のんびり歩いて行こうと桑の並木道を歩き始めたが、実際歩いてみるとかなりの距離だった。
    途中「アルテミス神殿跡」という標識を見つけたので行ってみる。
    その壮大さで古代世界七不思議のひとつに数えられたアルテミス神殿は、今では1本の石柱を残すのみ。
    かつてここに壮麗な神殿があったとは信じられなかった。

    しばらく歩くとやっと目印のホテルが見えてきた。
    ここからさらに1kmほど歩く。
    しばらく行くと丘の中腹に崩れかけた門のような遺跡があった。
    チリンチリンと軽やかな音が響く。
    何の音だろうと思っていると、突然何頭かの山羊が姿を見せた。
    岩場を軽やかに駆けてゆく。
    その後ろには、質素な布をまとったひとりの山羊飼いが歩いて行く。
    一瞬、時間を超えたような奇妙な感覚を覚えた。
    時折響く鈴の音が丘にこだまする。
    やがて、彼らは私の視界から静かに消えて行った。

    ようやくエフェソス遺跡の入り口に辿り付いた。
    ここまで来ると観光バスがずらっと並び、日本人の団体もいる。
    適当に英後や日本語のガイドの説明を盗み聴きながら遺跡をまわる。
    華麗な装飾をもつケルスス図書館、アーチのレリーフが見事なハドリアヌス神殿、そして現在でもフェスティバル会場として使われていると言う円形劇場。
    片隅には花が咲き、春の訪れを感じさせる。
    この花は二千年前から、季節が巡るたびこの地に咲いてきたのだろう。
    春とはいえ陽射しはきつく、広大なエフェソスの遺跡を歩くのはかなり疲れた。
    遺跡の中心にそびえる円形劇場の最上段まで力をふりしぼって上ると、そこに腰を下ろして休憩することにした。
    見下ろせば目の前のアルカディアンロードにまっすぐ並ぶ白い円柱の列。
    なかばは壊れたその列の向こうには当時は海が広がっていたそうだ。
    船でこの町に着いた人々は目前にそびえるこの円形劇場に驚き、エフェソスの豊かさを知ったと言う。
    今、目に映るのは荒れた岩山と青い空のみ。
    繁栄が海の後退を招き、貿易港としての役割を失った町は人々に見捨てられた。
    円形劇場に座ったまま、気が付くと1時間も経っていた。
    それでもあわてて立ちあがる気になれなかったのは、疲れていたせいだけではない。
    二千年の時間がもたらしたものを目の当たりにして、時間というものに対する感覚が麻痺してしまったようだった。

◇◇◇◇◇

    セルチュクは素朴であたたかい町だ。
    歩いていると、道端でチャイを飲んでいるおじさん達に声をかけられる。
    そして言葉も全然通じないのに、一緒にチャイをごちそうになったりする。
    子供たちは走り寄って来て、写真をせがむ。
    エフェスというトルコ有数の観光地を有するため、悪質な絨毯屋やガイドがいるというウワサも聞いたが、私が知り合った人々はみな親切なよい人ばかりだった。
    泊まったホテルでも、御主人も奥さんもあまり英語は話せなかったがその分一生懸命もてなしてくれたので、とても居心地が良かった。
    旅の印象はそこで出会った人で大きく変わると思う。
    この旅での私は、とても恵まれていたのだろう。
(4/30終)

セルチュクの街角で

(トルコ旅行記 ひとまず終わり)

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