アフター5練習記

2年ごしの夢がかなって「トヨタアフター5コンチェルト」に出演できることになりました。一生に2度と無いことなので、記念に練習の記録をまとめてみました。

アフター5コンチェルト出場決定

 トヨタアフター5コンチェルト(以下、略してアフター5)とは、自動車メーカーのトヨタが毎年夏にアマチュア演奏家を集めてプロと競演させてくれるという、アマチュアから見れば大変にありがた〜いメセナ活動です。去年も応募しましたが残念ながら抽選にもれてしまいました。
 今年もめげずに申し込んでみましたが、「多分だめだろう」と半分あきらめていました。
 トヨタさんから当選の電話をいただいたときも、セールスと勘違いして、「車なんて買う気無いよ〜」と思っていた位です。
 ちなみに「アルトフルート」で当選しました。
 今回の曲目は

ドボルザーク作曲序曲「謝肉祭」
ラベル作曲ダフニスとクロエ「第二組曲」
チャイコフスキー作曲大序曲「1812年」
です。

第1回練習(2000/06/11)

 当選の喜びをかみしめつつ、初めての練習に行きました。
 トヨタの本社は水道橋と飯田橋の間にありますが、ビルの間に、そこだけ「こんもり」とした森が見えていて、最初は神社かお寺だと思いました。
 初日ということで、午前中は全員の自己紹介と練習の諸注意でした。「ダフニスとクロエ」が演奏したくて申し込んだものの、譜面を見て青くなった…と話す人が結構いました。(私もそのうちの1人)
 フルートパートはEさん、Kさんという女性2人とピッコロ専属の男性、Uさんの4人です。
 自己紹介の後は昼食。食事をしながら、それぞれの曲のパートを決めることになりました。私はアルトフルートですが、ダフニス以外ではアルトを使わないので、他の曲はアシスタントかと思っていたら「1人1曲はトップを吹こう」ということで、1812年のトップを吹くことになりました。
 午後は、本番の指揮を振られる高原守先生のご指導で合奏をしました。
 どの曲も難曲なので、絶対に1度では通らないと思ったのに、きちんと最後まで演奏できてびっくり。
 「アマチュアだから初日は難しいところはできなくても、本番できればいいや…」くらいに考えていたので、考えの甘さを思い知らされました。

 余談ですが、例年昼食はトヨタの社員食堂で食べられると聞いて、楽しみにしていたんですが、今年は厨房の工事があって「お弁当」でした。お弁当も美味しかったけど、ちょっと残念…(ご馳走になっているくせに贅沢ですよね…)

第2回練習(2000/06/25)

 今日は「管・弦・打」に分かれてのセクション練習が中心で、最後にトレーナーの佐々木先生の指揮で「ダフニスとクロエ」の合奏を行いました。
 管のセクション練習は、元N響のホルン奏者の先生が指導して下さいました。ご自身がホルニストだけあって、ホルンへの指摘はなかなか厳しい!と思いました。
 「ダフニス」の中間部で、ピッコロからフルート・アルトフルートとスケールを受け継いでからアルトフルートのソロにはいる部分があるんですが、ここがどうしても上手くできませんでした。本当にアルトフルート以外は誰も弾いたり吹いたり叩いたりしないので、しっかり吹かなくてはいけないんですが…前に吹いている人から、上手くスケールを引き継げないんです。
 この部分ばかり何回もやり直しになって、管のメンバーの人たちに申し訳なくなりました。でも、こればっかりは個人練習でできるわけでもないんです。やっぱり他の人と一緒に練習しないとよく分からなくて…
 午後の全体合奏でも、結局きちんと出来ませんでした。
 フルートパートは、来週自主パート練習をすることになりました。
 Uさんが、「パート練習で1時間もやったら、ぜったいきちんと吹けるようになれるからね!」と励ましてくれました。

 弦楽器の人たちは、パート練習で音がよく合うようになっていて、響きが心地よく感じました。
 管と違って、弦楽器は大きさや音の高低にかかわらず、音を鳴らす原理が一緒のせいか、音が合うのが早いですね。

パート練習(2000/07/02)

 今日は江東区文化センターの音楽室を借りて、フルートパート単独での自主パート練習でした。先週出来なかったソロの所を、今日こそはモノにしなくては、と意気込んで出かけましたが、暑さでちょっとトーンダウン。
 Uさんは練習場所に1時間も早く着いていて「暑いから1杯やっちゃったよ」なんて笑ってました。
 一番家が遠いKさんは、練習場備え付けの地図に「錦糸町駅から徒歩20分」とあるのを信じて、駅から40分近くかかって歩いて来たそうです。私の家は駅と会場の真ん中くらいにありますが、ウチから歩いても20分くらいはかかるはず…「地図に偽りあり」ですね。
 隣でロック系のバンドがガンガン練習するのを聴きつつ、Uさん指導の元で4時間のパート練習を行いました。  私とKさんは吹奏楽団には所属しているのですが、オケは初心者。オケ経験者のEさんから、吹奏楽との音の出し方の違いや息継ぎのタイミングを教えてもらい、目から鱗がポロポロ落ちました。
 吹奏楽だと、どうしても同じパートを大人数で吹くので、息継ぎをいい加減にやったり、金管に負けない音量を出そうとして、無理に大きく吹きすぎたりするんだな、と気が付きました。
 問題の「ダフニス」のソロは、今日はフルートだけということもあって、気兼ねなく繰り返し練習をさせていただきました。(やっぱり、他の楽器と一緒だと、自分だけ出来ない所を繰り返してやってもらう、っていうのには抵抗があります。自分だけ時間をとったら申し訳ないし…)
 次の合奏では、いままでより自信をもって吹けそうです。(多分)

 練習中に、Uさんの携帯に電話がかかってきました。
 Uさんが「お父さんですよ」と話しているので、てっきりお子さんからだと思ったら
 「お父さんだけど、お父さんじゃありません」と答えていて、残りの3人で「???」と思っていたら、実は間違い電話だったそうです。あんまり自然に話しているので、間違い電話とは気づかなかったくらいでした。
 これがきっかけで、Uさんのニックネームは「お父さん」になりました。

第3回練習(2000/07/09)

 今日は午前中は「管・打」「弦」に分かれてのセクション練習、午後は全体合奏でした。
 合奏でつくづく思ったのですが、西洋の(言い方が良くないかも知れませんが…)音楽を演奏するのは、日本人にはあんまり向かないのかも知れません。
 「1812年」という曲には、「ロシアがナポレオンの侵略に遭い、一時は敗北しそうになりながらも最後には勝利する」というような背景があります。
 今日の指揮はトレーナーの佐々木先生でしたが、この曲の大詰めを演奏するときに
 「国が今にも無くなりそうだったのが、戦いに勝って国を守ることが出来た。体全体から自然にわき上がる喜びを表現しなくては」
 とおっしゃっていました。
 私は戦後生まれなので、当然国が戦いに勝ったり負けたりするなんて想像するしかありません。「国が守られた喜び」を想像することは出来ても、表現なんだかウソっぽくなってしまいます。
 それから「神への感謝」と言われても、特に信仰が無いのでなんとも…
 生意気かも知れませんが、これは私がアマチュアだからということではなく、日本人ならプロ・アマ共通の悩みなんじゃないかなぁ。
 でも、曲の背景にある事実や、それに基づく感情などを思いやって演奏するかしないかで、曲の完成度は全然違いますよね。  これから、ジャンルを問わずいろいろな曲を演奏することがあると思うのですが、その曲の背景にある何かを、私なりに考えてみようと思います。
 そのためにも、表現力をしっかり磨かなくては!

第4回練習(2000/07/16)

 トヨタ本社での練習は今日が最後です。午前中は佐々木先生、午後は高原先生の合奏でした。
 本番まであと1週間です。みんな練習に気合いが入っています。オーボエパートの皆さんは合宿をしたとか。
 私も、練習の甲斐があって、やっとソロの前のスケールがなんとかつながるようになってきました。が、肝心のソロの部分は音がひっくり返ったり、音量が足りなかったりでなかなかうまくいきません。個人練習でなんとかカバーしようと思います。
 高原先生は「リラックスして、楽しく」とおっしゃいましたが、本番が近づくと思うと緊張してしまって、リラックスなんてとてもとても…

 練習の後は懇親会がありました。幹事は我がフルートパートの「お父さん」と、「お父さん」の大親友「池ちゃん」でした。
 普段は練習ばかりで、他の楽器の人とはあまりお話しする機会がなかったので、高原・佐々木両先生をはじめとして、沢山の人とお話できて楽しかったです。
 来週はいよいよ、すみだトリフォニーホールでの練習です。

第5回練習(2000/07/22)

 今日はいよいよ、あこがれの「トリフォニーホール」での練習でした。
 家からホールまでわずか15分で到着。近所っていうのは楽チンです。
 トリフォニーホールは完成して2,3年なので、ホールは近代的な作りなのかと思っていましたが、壁はほとんど天然木でできていて、いかにも「クラシック」な感じでした。
 なんといっても、ステージ後ろのパイプオルガンが圧巻!私はパイプオルガンなんて弾けませんが、1度でいいから触ってみたいと思いました。(まあ無理でしょう…)
 午前中は佐々木先生の指揮で通し練習。「よく響くホールだよ〜」と言われていましたが、本当でした!「ダフニス」でEさんがとても長いフルートソロを吹くんですが、ホール中によく響いていて、本当にキレイでした。
 午後は高原先生の指揮で練習した後、いよいよ「ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル(以下NYSE)との合同練習になりました。
 アメリカの人とお話しするんだから、当然英語が出来なくちゃいけないんですが、わたしは語学はさっぱり。中学3年生程度の会話しか出来ません。(しかも、それすらもかなり怪しい)
 フルートを持った人を見つけても「何て言って挨拶すればいいんだろーねー」と言いながら後込みする始末。物怖じする性格って、こういうときに損をします。
 なんとかご挨拶しましたが、NYSEの皆さんは気さくな方ばかりで、私のちゃらんぽらんな英語でも、しっかりお返事してくださいました。
 今回来日したフルーティストはタニアさんとグレッチェンさんという女性でした。
 挨拶も早々に合奏へ。
 私はリハーサルの段階で、早くも大感動しました。
 まず、チューニングのオーボエの音色の優しいことと言ったら…まるで「天の声」のよう。ただAを吹いているだけなのに、その1音だけで聴くモノを虜にする魔法のようでした。
 プロと一緒に吹くと、なんだか指も良く回るし、音も大きく出るような気がしました。
 なにより素晴らしいと思ったのが、お互いに「素晴らしい」と誉め合う姿勢です。私のようなバリバリのアマチュアに対してでも、「グレイト!」「ビューティフル!」と声を掛けてくれたり、そっと拍手してくれたりと、それはそれはものすごく誉めていただきました。お世辞と分かっていても、やっぱり誉めてもらうと嬉しいですよね。
 さて、問題の「ダフニス」のソロですが、今日もやっぱりダメでした。途中でゆっくりになるところがありますが、指揮者と微妙にずれてしまいます。
 合奏が終わった後、グレッチェンさんが「私もこの曲でアルトを吹いたことがあるのよ」と(多分)言って、フレージングやブレスの取り方を熱心に教えて下さいました。
 いよいよ明日は本番。どうなることやら…

本番(2000/07/23)

 いよいよ本番です。夕べダンナに、さんざん
 「明日はやだよー、失敗するよー」
 と愚痴ったので、気分は最悪…
 グレッチェンさんに「今日の気分は?」と聞かれても、「まあまあ」としか言いようのない状態でした。
 ホールに到着してすぐ、Uさんに呼ばれて楽屋外の廊下でソロの特訓。1人で吹くと何とかなるときもありますが、やっぱり午前中のリハーサルでは曲を止めてしまいました。高原先生に「どういうテンポで吹きたいの?」と聞かれてしまう始末…。結局1回も吹き通すことなく本番に臨むことになりました。
 プロ・アマ合同のリハーサルが終わった後、NYSE単独演奏のリハーサルを見学しました。今年はバッハの「ブランデンブルク協奏曲第4番」を演奏します。この曲はフルート2本とバイオリンのソロがあるので、グレッチェンさんとタニアさんがソロを吹くのをじっくり聴きました。
 2人とも、体からフルートが生えているというか、フルートが体の一部になっているというか…まるで鼻歌を歌うように、自由にフルートを吹いていました。ああ、うらやましい。
 そしていよいよ本番へ。とにかく曲を止めないように「たとえ指揮とちぐはぐでも、絶対止まらずに吹こう。指揮者もオーケストラもプロなんだから、なんとか合わせてもらえるはずだ」と開き直ってステージに上がりました。
 1曲目の謝肉祭は、皆さん普段より格段に楽器が鳴っていて、自分の体が音にすっぽり包まれているようでした。が、「ダフニス」の事を考えると感動もほどほどに。
 2曲目は問題の「ダフニス」。きっと周りの人は「あの人吹けるのかな」なんて心配していたでしょうね。私自身、「緊張した」なんて生半可なモノではなく、「もう死にそう」でした。心臓が口の中にあるんじゃないかと思ったくらいです。
 結果としては、やっぱり指揮とは合いませんでした。音もなんだかモヤモヤしてしまって、特訓してくれたUさんとグレッチェンさんに申し訳ない…なんて思ってしまいました。が、とにかく「何があっても吹く」という目標だけは達成しました。
 曲が終わって、高原先生が順番に管楽器奏者を立たせました。私が立ち上がったときに、それまで全然話したこともなかったクラリネットのプロの人が肩を叩いて「とってもきれいなソロだったよ」と(当然英語で)と言ってくれました。
 それですっかり気がゆるんでしまい、気が付けばステージの上でポロポロと涙をこぼしてしまいました。
 次の「1812年」はトップなので、席を替わりました。いつまでも泣いているわけにも行かずに下を向いていたら、タニアさんが「嬉しくて泣いているの?」と尋ねてくれたました。無事に終わった喜び半分、上手く吹けなかった悲しさ半分だったので、タニアさんを安心させようと思って、「イエス」と答えました。
 グレッチェンさんは失敗して泣いていると思ったらしく、「自分では上手に吹けないと思っても、聴く人にとっては素晴く上手に聞こえることもあるのよ」と、これまた慰めてくれました。
 左右2人から交互に励まされて、嬉しいやら情けないやら。でも「1812年」の出だしはとても静かで美しいチェロのメロディーなので、いいところで鼻をすすったりしないように必死でした。
 アンコールの時に、同じフルートのKさんも涙目になっていて、私も再び涙がポロポロ。半分くらいは泣きっぱなしの演奏会になってしまいました。
 演奏会が終わった後も、いろいろな人が代わる代わる側に来てくれて、「上手だったよ、ステキだったよ」と声を掛けてくれました。本当にありがたかったです。
 お客さんからの拍手がいままでにないくらい大きくて、とても幸せでした。何よりも、自分自身がこんなに感動したステージは久しぶりです。
 たった6回の練習でしたが、仲間にも恵まれました!
 これからの人生、まだまだ何回ものステージに上がることがあると思いますが、今日の感動をもう一度味わうためにも、練習を頑張っていきたいと思いました。
 ダンナと両親が来ていましたが、母は私が「感動して泣いている」と思い、ダンナは「失敗して泣いてる」と思ったんだそうです。あらまあ…

番外編:個人レッスン(2000/07/25)

 NYSEのグレッチェンさんは、かの「ジュリアード音楽院」の先生です。おまけに、私のあこがれ私のようなド素人は逆立ちしてもレッスンを受けられないような人に、なんと「個人レッスン」を受けられることになりました。
 フルートのメンバー4人で時間を調整。私は3時半からレッスンを受けることになりましたが、2時からのEさんのレッスンも見学させてもらいました。
 用意していった楽譜は、ライヒャルトの「毎日の練習」、アルテス2巻、エマニエルバッハのコンチェルトです。
 最初にフルート歴を聞かれ、何について習いたいか話しました。私はタンギング(特にダブル・トリプル)が上手に出来ない事を話しました。
 まず、ライヒャルトの1番を吹きました。アンブシュアが固いのはずっと気になっていましたが、やっぱりそこを指摘されました。「右側のほっぺたをふくらませるように」「口の両端を下げるようにして、アゴの筋肉を使うように」吹くんだそうです。
 私は普段のどを広く空けるために、下顎を下げすぎる癖があります。そこを指摘されて、「もっと歯を近づけるように」とのことでした。
 タンギングは「余り舌を動かさない」のが秘訣とか。確かにバタバタ動かしていたら、早く吹けるわけありませんよね。「アンブシュアが正しければ必ず出来る」んだそうです。
グレッチェンさんの口元をよく観察させてもらいましたが、本当に無駄な力が入っていなくて、タンギングもいくらでも早くできるし、さすが「楽器が体の一部になっている」人だ、と感動しました。
 吹くときには「頭の上から糸で引っ張られているように」「あごをきちんと引く」と「息が沢山入る」とのアドバイス。  「最初は違和感があっても、きちんと出来るようになれば一番良い音が出せるようになる」「今日覚えたことは習慣づける」など、本当に身にしみるアドバイスばかりでした。自分でも音が少し変わったように感じました。

 今日はタニアさんとグレッチェンさんに4人から日本のお土産を渡しました。扇子と麻の巾着です。
 気に入ってもらえるといいな。
 そんなこんなで「アフター5練習記」はおしまいです。

がんこいぬの小部屋へ がんこいぬの銀のよこぶえへ