毛皮で覆われている猫とはいえ、冬はやはり寒い。
 外で暮らしている俺たち野良猫は特にそうで、そんな時は人間の家の中で暮らしている家猫が羨ましく思う。だから俺は、寒くなってきたら人間の家に行くようにしている。もちろん、暖を取らせてもらうためだ。
 俺がいつも世話になっているのは、言うまでもなく重じいさんの飼い主の家である。あの家は冬になると毎年こたつを出しているので、俺も一緒にこたつに入らせてもらっているのだ。重じいさんもこたつは大のお気に入りのようで、俺が行くと、いつもこたつから顔だけ出して温まっている。
 そういえばあの日も、朝から寒い一日であった……。



 


第十五話


 縄張りの見回りも兼ねた散歩が終わったある冬の昼、俺は畑のあぜ道を身震いをしながら歩いていた。
 太陽が真上に来る昼ともなれば少しづつ暖かくなってくるのであるが、その日は生憎の曇り空で、どんよりと灰色の雲が広がっていた。これでは暖かくならないのも当然で、昼を過ぎても地面に霜柱が立っていたのも頷ける。
 こんな日はこたつでのんびり過ごすのに限ると思い、俺は重じいさんの家に向かった。
 重じいさんの家の庭を抜け、庭に面した部屋の縁側に登ってガラス戸をコンコンと叩く。こたつのあるのはその部屋で、飼い主のじいさんかばあさんのどちらかは、必ずその部屋にいるのだ。俺が戸を叩くと、いつも「お入り」と言ってガラス戸を開けて部屋の中に入れてくれる。
 その日は、こたつに入ってテレビを見ていたじいさんが入れてくれた。
 部屋に入ると、いつものように重じいさんもこたつに入っていた。俺に気付くと、「今日は早いな」と声をかけてきた。
 「今日は一段と冷え込むから」と答え、俺は頭からこたつに入って重じいさんと同じように頭だけこたつから出した。
 やはり冬はこたつに限る。気持ちが良いことこの上ない。俺はこたつの中で四つの脚を一杯に伸ばし、力を抜いた。身体がだらんした感じになり、全身の力が抜けてしまったような感覚になる。
 そんな時だった。重じいさんが、外を見ながら「雪じゃ」を呟いたのだ。俺は目を開いて、顔だけ持ち上げた。
 すると、ガラス戸の外で白い雪がひらひらと舞っていた。
「うわぁ……」
 あまりの嬉しさに、俺はしばらくの間声も失ってただ外を眺め続けた。
「いいものじゃな。こたつに入りながら、雪を見るなんて」
 重じいさんがふと呟いた。
 重じいさんの言う通りだ。こたつに入りながら雪が降る景色を眺めるなんて、なんと贅沢なことであろうか。小さい雪、大きい雪、早く落ちる雪、ゆっくり落ちる雪。次々とガラス戸の上から現れては、下に消えてゆく。
「積もるといいんじゃがな。庭一面が雪を被ったら、綺麗じゃろうて」
 重じいさんが目を細めて言った。雪一面の庭でも想像して、楽しみにしているのであろう。
「そうですね。そうなると、いいですね」
 地面が、松の木が、洗濯竿が。あたりがやがて白い世界に変わる。そんな光景に期待を膨らませながら、俺はいつまでも雪を眺めていた。
 こたつがぽかぽかと俺の体を温める。
 空からはちらちらと雪が降ってくる。
 隣では重じいさんが、いつのまにかすやすやと眠ってしまっていた。
 ゆったりとした世界に浸りながら、俺もこたつの気持ちよさに負けて、うとうとと眠りの世界に落ちていった……。



 目が醒めた時、雪はまだ降り続いていた。
 体を少し動かすと、頭がぼんやりとする。こたつに長い間入っていて、のぼせてしまったようだった。
 俺はふと外の様子が気になり、外に出てみようと思った。それに冷たい外の風に少し当たれば、のぼせた頭もすぐに良くなるであろうし。
 俺はこたつから出て、窓際まで歩いていった。そして、外の光景に目を見張った。
 庭一面に雪が積もっていたのである。
 俺はたまらずガラス戸の枠を爪で擦り、開けようとした。自分で窓を開ける時は、いつもそうやっているのである。おかげでガラス戸の枠が傷つくので、重じいさんの飼い主に怒られることも多いのだが。
 しばらくガリガリやっているとガラス戸が僅かに開いたので、俺は隙間に前足を突っ込んで力一杯窓を押した。
 やがて俺の頭が通るぐらいに隙間が広がったら、体を隙間にねじ込ませて外に飛び出した。縁側の上から、一気に雪の積もった庭にジャンプする。
 雪の上に着地した瞬間、肉球を通して冷たさが伝わってきた。こういうときは、肉球を持っているのが憎らしく思う。
 俺はたまらず四本の脚を順番に上げたり下げたりした。地面に脚をつくたびに、サクサクと柔らかい雪が音を立てる。
 その音が楽しくて、俺は雪の上をあちこち走り回ってみた。真新しい雪の上に、俺の足跡が出来ていく。歩く度に冷たさが伝わってきたが、その冷たさがのぼせた身体には逆に気持ちよかった。
 ひとしきり庭を駆け回ると、俺もすっかりと雪をまみれになってしまった。黒い毛の上に、斑点のように白い雪が張り付いている。
 このまま雪を被っていたら、いずれは真っ白な身体になるのだろうか。ふと、そんなことが頭に浮かんだ。真っ白い綺麗な身体になったら、見たら不幸になるなどと言われなくなるのであろうか。
 そんな風に思ってじっとしていたが、さすがに寒くなってきた。もう戻ろうと思い縁側の上にジャンプする。そして、ガラス戸を開けようとガリガリと擦った。
 が、開かない……。
 思えば、開けたはずの窓が閉まっているのもおかしい。可能性は一つである。誰かが窓を閉め、さらに鍵を閉めてしまったのだ。
 こうなってしまっては、俺の力ではガラス戸を開けることはできない。部屋の中にいた飼い主のじいさんに開けてもらおうと、俺はガラス戸を叩いた。
 しかし、じいさんはこたつで寝ていた……。
 これ以上身体を冷やしていたら、病気になってしまう。俺は渾身の力を込めてガラス戸を叩いた。
 バンバンバン!
 それでも目を覚まさない。
 バンバンバン!
 まだ目を覚まさない。
 バンバンバン!
 ズサッ!
 あまりにガラス戸を叩きすぎたため、枠に溜まっていた雪が俺の上に降ってきた。
 畜生、白くなってもちっとも嬉しかねぇ……。



おしまい……




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