俺は確かに不運な猫かも知れない。
 だが、いつもいつも災難な目に遭っているわけではない。
 ないったらないっ! 断じてないっ!
 昼寝をしていたら鳥に糞を落とされ、コンビニに行けば腹を壊し、雌猫を口説けば「顔をくどい」とフラれ、木に登れば降りられなくなり、ゴミ捨て場を漁れば蛇に襲われる。
 こんな生活が続いたら、さすがに俺だって黒猫を辞めたくなる。
 俺だってたまには運が良いことがあるのだ。今回は、俺に訪れた幸運な出来事を語ろう。



 


第十三話


 ある日の朝、俺は少々寝坊をしてしまった。
 猫が寝坊したって、どうってことないじゃないかと思うかも知れない。確かにそうだ。仕事があるわけでもなければ、学校があるわけでもないからな。
 だが、朝には俺なりのちょっとした楽しみがあるのだ。
 それが、通学路巡りである。一体何のことかと首を傾げるだろうから、説明しよう。
 登校時間になる頃、通学路の途中にある塀の上にでも登って、登校してくる学生達の中からかわいい子を見つけるのだ。ただ毎日同じ通学路にいたら同じ女の子にしか会えないから、いろいろな通学路を回るのである。
 言っておくが、単なる目の保養ではない。道ですれ違う瞬間だけの、小さな恋。そんな甘く切ないひとときに浸る、センチメンタルなロマンスなのである。毎朝が新たな巡り会いであり、恋なのだ。例えそれが、たった一瞬であってもな。
 寝坊してしまった俺は、大慌てで通学路へと向かった。
 もしかしたら、もう誰も通学してこないかも知れない。そんな不安もよぎった、俺は諦めなかった。もしとびきりの美少女を見逃していたら、一生の損だからだ。
 そして俺は通学路になっているT字路に出た。最初に左を向いてみたが、学生はおろか人っ子一人いない。次に右を向いてみる。
 そして、いたのだ。セーラー服に身を包んだ黒髪の少女が、俺のいる方に向かって走っていたのである。おそらく遅刻して、慌てて学校に向かっていたのであろう。
 腰の辺りまで伸びたストレートの髪が、走るたびにふわふわと揺れていた。白い肌に長い黒髪。俺の好み、そう、大和撫子を予感させる姿であった。
 彼女は俺に気を留めることもなく、そのまま側を走り過ぎていった。
 この瞬間が、この小さな恋の一番切ない部分なのである。出会いは一瞬であり、そして、片想いのまま終わるのだ。
 だが代わりに、嬉しいものを俺は目にすることができた。走る彼女とすれ違う瞬間、巻き上がるスカートの奥にチラリと純白のものが俺の目に飛び込んできたのである。
 以前出会った、派手な下着を履いた女子高生とは違う。外見だけではなく、中身も清純であってこそ大和撫子と呼ぶに相応しい。短い恋の余韻に浸りつつ、俺はそんな言葉を心の中で噛みしめた。
 もしいつも通り起きてそこにいたら、彼女が来る前に俺は帰っていたことだろう。だが寝坊したことで、最高の小さな恋に浸ることができたのである。これを幸運と言わずして、何が幸運というのであろうか。



 どうだい。今回の話しには、不運なところなどどこにもないであろう。俺がいつも災難ばかりに巻き込まれているわけではないことは、これで分かってもらえたと思う。
 ……と思ったら、今回は13番目の話し。「13」は不吉な数字ではないか。
 くっ、盲点だったぜ……。



おしまい……




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