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スカーレット・ウィザード番外編


【birth】

 その日、デイジーはジェーンと一緒に、近所の家に出掛けていた。
 なんでも3人目の赤ん坊が生まれたとやらで、母親に美味しいものものを食べさせてやろうと料理を運んで行ったのだ。
 日暮れ前に母娘は帰宅し、夕食の席で赤ん坊が丸々と太って可愛いだの、にこ毛が金色だのとデイジーが熱心に報告するのにヨシュアが相槌を打ち、赤ん坊なんぞに興味も無いケリーは聞くとも無しに聞いていた。
「そういえばケリーの誕生日って、いつ?」
 いきなり話を振られたケリーはポークビーンズを口に入れたまま目を白黒させた。
「.........え?」
「だって、ケリーの誕生日ってまだお祝いしてないもの」
 誕生日というと、俺が......培養漕から出された日のことだろうか。
 向かい側に座るデイジーの顔を見つめるが、にこにこと楽しそうに笑っているだけで真意がわからない。
「..........覚えてない」
 ぽつんと言った。「ディーみたいに祝ってもらったことないし」
 気まずい空気が食卓を支配した。が、ジェーンがぱちんと両手を叩いた。
「馬鹿だねえ、デイジーは。ケリーの誕生日なんて決まってるじゃないか」
 デイジーはきょとんとし、ケリーはぎくりとした。
「いいかい、ケリーがうちの子になってから、まだ1年たってないんだよ。誕生日はまだまだだよ」
 ジェーンは子供たちの顔を見まわし、ヨシュアに頷いてみせた。「ねえ、父さん」
「おいおい、俺に振るのか、母さんは。照れるじゃねえか」
 ヨシュアは笑うとスプーンを皿に置いた。
「いいか、デイジー。よく聞きな。ふつう誕生日はいつだい?」
「生まれた日よ?」
 デイジーはさも当然という顔をして答えた。「そうでしょう?」
「生まれるってのは、どういうことだい?」
「お母さんのお腹から出てくることでしょう?」
「違うんだぞ」
 にやにやとヨシュアは笑った。
「生まれた日じゃなく、その家の家族になった日なんだ。普通はな、生まれた日イコール家族になった日だから、それが誕生日。ケリーは、手術が終わってうちに帰って来た日が誕生日」
「うちに一度来て、ジェズの病院に手術しにすぐに行っちゃったんだから、うちに最初に来た日が誕生日じゃないの?」
「違うさ。あれはケリーがいるってことだけだったんだから。ちゃんと家族だって紹介した日が誕生日だよ」
「.......変よ、それって」
 しばらく考え込んだデイジーは鼻にしわを寄せた。
「それじゃあ、赤ちゃんはお母さんのお腹に居る間は家族じゃないの?」
「家族候補ってやつだ。だって、男か女かもわからないだろう」
「あっ、そうね、そうねえ!」
 デイジーはくすくす笑った。
 むちゃくちゃな論理にあっけにとられるケリーの背中を隣に座るヨシュアはどんとどやしつけた。
「わかったかい、小僧さんや。おまえさんの誕生日は、少なくとも我が家においてはうちにおまえが正式に来た日なんだぞ」
「じゃあ、ケリーはまだ一つにならない赤ちゃんなのね? あたしの従兄のお兄ちゃんじゃなく、弟になるの?」
「それってすごくイヤだ」
 さすがにケリーは猛然と抗議した。「俺は赤ん坊じゃない!」
「もちろんだよ。あんたは十二でうちの家族になったんだから。あんたの人生は十二歳からスタートしたってことさ」
 ジェーンは愛しそうにケリーに微笑んだ。
「もっと小さい頃からあんたを育てたかったけどねえ。それでもうちに来てくれてよかった。デイジーにとってもいい兄さんだしねえ。どうだい? デイジー」
「うん。ケリーがこの間まで居なかったなんてなんて嘘みたい!」
 朗らかにデイジーは頷いた。
「ケリーの誕生日までに、あたしもっとお料理上手になって、ケリーの好きなものいっぱい作れるようになってるね」
「ほんとかなぁ?」
 ケリーは疑わしげにデイジーを見た。「ディー、今日のこれ、ディーがつくったんだろ」
「そうよ? どうしてわかったの?」
「だって豆がおばさんが作るのよりも柔らかすぎて形が残ってない」
「この間は固いって文句言ってたから、もう少し柔らかくなるようにしたのにい」
 デイジーは唇を尖らせた。「駄目?」
「駄目ってほどじゃあないよ。スープは美味しいからさ」
 ケリーはスプーンを振りたててみせた。「バラツキの問題」
「うん」
「だから、いっぱい作れるようにじゃなく、さしあたりはいつも美味しいお得意のが1つでいいな。それ作ってくれれば充分さ」
「うん!」
 デイジーの顔が輝くのを見、ケリーは満足して皿に向き直った。
 俺がこの家に来た日が俺の誕生日。
 そう思うと身体じゅうが暖かくなった。
 そこで話はなんとなく終わり、食器がかちかちと賑やかな音をたてだした。


 ふとケリーはため息をついた。瞬きをすると、目の前のポークビーンズを見下ろした。
「どうかした? ケリー」
 ダイアナの怪訝な声に、また匙を皿に入れる。「いや、なんでもない」
 暖かかった団欒の時代は過ぎ去ってしまった。今は1人で食事をする毎日だ。
 味付けは確かにジェーンやデイジーの手料理よりも洗練されている。けれど彼の欲するスパイスはまだ足りなかった。


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