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スカーレット・ウィザード番外編


【休息の地】〜Moor to moor


 moor【ムーア】: 1) <名詞>英国の荒地のこと。2)<自/他動詞>(船を)係留させる。係留する。
 その星は「テンションの高い場所」で有名だった。
 ぶらぶらと港から出ると、彼は盛り場に向かった。数ヶ月振りに女が抱けるかと思うとニヤニヤ笑
いが出てくる。
「まずは飯と酒だな」
 仲間に教えてもらった店はこの角を折れて5軒目。大昔、初期開拓時代そっくりの造りの店構えだ。
「ごめんよ」
 声をかけながら視界をさえぎる小扉をあけた。
 薄暗さが涼しさを作り出す。脂ぎった親父がカウンターから顔をあげた。店の中はほどほどの混み
具合。
「飯食わせてくれ。あとはビールの冷たいのだな」
 店の奥に歩いていく。どっかりと椅子に腰を下ろした。
「あ〜、あち〜」
 薄汚れたシャツの襟元をつまんであおぐ。
「お客さん、新顔だね」
 女が丸盆に水を入れた水差しとグラスを持ってくる。「どこから?」
「宇宙のそこらへんからさ」
 とぼけて言うと女は微笑した。「ビールは3種類あるよ。黒と普通のとドライ。どれにする?」
「じゃあ、黒を頼まあ。ああ、姐さん」
 去りかけるのを呼びとめた。「ここじゃなんか変わったもの食わせてくれるって?」
「あれかい? オレンジオイルフィッシュ?」
「そう、そのオレンジ何たら。うまいか?」
「そうねえ、あたしは好きだけど、胃弱な人にはちょっと重いかもしれないわねえ」
 女は小首を傾げた。薄茶色の、後ろで結い上げた髪を留めた髪飾りが淡く昼の日を映した。
「じゃあ、それを頼むか。それとな、ビールはジョッキ2つだ」
 にやっと笑う。「野郎一人でメシ食っても旨くないからな。姐さん、つきあってくれよ?」
「そうね」
 あいまいな言葉だったが女は頷いた。女が去っていくのを横目で眺めながら彼は店を見渡した。
 ひっそりと飲みながら低い声で他の男たちも女たちの肩を抱きよせ、口説いている。
 ここはそういう店だった。酌婦たちは女に飢えた男たちとベッドを共にしてわずかな金を稼ぐ。そ
れは土地の顔役たちにある程度吸い上げられるが、それでも稼げないよりはましだ。この星の街はそ
ういう店は腐るほどある。いや、そうでない店のほうが珍しい。ぼったくる店もあるが、ここはそう
ではないと教えられて彼はやってきた。
 あの女がおれを満足させてくれりゃいいがな。
 グラスに注がれた生ぬるいを水を飲みながら胸のうちで呟く。ざっと見たところ、たしかに化粧し
た顔は美人だった。やせぎすだが胸はほどほどあるようだ。
「お待たせ」
 女が湯気の立つ器とパン籠と干からびたようなサラダ、それに中ジョッキ2つを盆に載せて運んで
来た。ペーパーマットの上に置かれた皿を覗きこんで、彼は呆れたように首を振った。
「こりゃ、ゲテモノだね」
「でもねえ、この星では珍しく毒無しで食べられるし、炒めたばかりのものは美味しいから」
 塩と胡椒の小瓶を置き、小さな水を入れたボウルと小さく畳んだタオルをその脇に置く。
「?」
「これで指を拭かないとね」
 ジョッキをことりと置くと女は差し向かいに座った。
 しげしげと彼は女を見つめた。当然隣に座るものだと思っていたら、差し向かいだと?
「早く食べなきゃ、美味しくなくなるわよ?」
 両肘をテーブルについて顎を両手の甲でささえながら言うのに頷きながら、フォークで小さいのを
突き刺し、しげしげと眺めてから口に入れる。噛み潰すとぷるりとした感触となぜかライムの風味が
した。
「ふむ、いけるな」
「でしょう?」
「ライムみたいな味がするんだな」
「ああ、さっき絞って振りかけたから」
 2匹目を口に入れる動作が止まった。「振りかけた?」
「この間、自分で試してみたら、ライムの味が合ってるって思ったから。そうでないとしつこいじゃ
ない?」
「これはあんたが調理したのか?」
 指差すのに女は苦笑してみせた。
「そんなわけ、ないでしょう? あたしが自分のお客に勝手にしてるサービスよ」
 へえ、と呟くとビールジョッキに手を伸ばす。「じゃあ、こっちも乾杯と行くか」
「なにに乾杯?」
 女も聞きながらジョッキに手を伸ばす。
「そうだな......気の利く姐さんにめぐり会えた運のよさに乾杯」
「じゃあ、あたしは気前のいいお客さんに会えた運のよさに乾杯」
 互いのジョッキを持ち上げて頷き合うと彼はぐいっとジョッキを傾けた。喉越しに冷えたビールが
旨い。一気に半分まで飲み干すと、息を吐いた。
「あら、いい飲みっぷり」
 ジョッキを一口飲んだ女は微笑した。「よっぽど喉が乾いてたのねえ」
「船から下りたとたんにこの暑さだろ。店につくまでよく保ったと思うぜ。体力消耗するよなあ」
「慣れればどこも同じよ」
 女の笑みが少々苦くなったようだった。「そ、どこでもね」
「あんた、そういえばなんて名前だ?」
 笑みの苦さに気づかないふりをして聞いた。
「名前なんて聞いて、どうするのよ?」
「いやぁ、なんか気が合いそうだなあと思ってよ」
 そそくさとオレンジ色のゲテモノを食べ出す。ライムの風味が美味い、と思った。
「......ジェーン」
 ぽつりと女が言った。
「へえ、奇遇だな。おれは、ヨシュアってんだ。仲間内じゃジョッシュって言われてるがよ」
「どこが奇遇なのよ?」
「同じJで始まるじゃねえか」
 一瞬女は------ジェーンはヨシュアを見つめ、噴き出した。「あんたって面白い人ねえ」
「そうかい」
 とぼけた笑みを浮かべた。「なあ、ジェーン。あんた、今夜はずっとひまかい?」
「どうして?」
「できりゃあ今夜一晩くらいは一緒に居たいからさ」
 左手を伸ばしてジェーンの右手を掴んだ。掴んでみると、細くて涼しいさらりとした手触りだった。
「どうだい?」
 囁くとジェーンは柔らかく微笑した。
「そうね。あんたの話って面白いからつきあってあげるわ」



 甘い香りがヨシュアの鼻腔をくすぐる。耳元で女の喘ぐ声を聞きながらヨシュアはその身体を堪能
していた。
「駄目よ......そこは......ああ」
「ヨシュアだよ」
「ヨシュア......ああ、ヨシュア、だめ......」
 駄目と言われても半年ぶりの柔肌では我慢できるわけも無かった。ヨシュアの貪りかたにジェーン
は喘ぎ、身悶え、声をあげる。
「あんたみたいないい女、滅多に遭えねえ」
 どこまでがフリでどこからが本気なのかわからなかったが、たしかにジェーンはいい女だった。少
なくともヨシュアの好みではあった。化粧した姿と身体は年齢差も感じなかったし、つけている香水
もきつくも無く、着ているものもゴテゴテと飾り立ててない。華奢でもなく骨太でもなく、不健康そ
うな身体でもない。そして今まで抱いたことのある女たちの中で一番ヨシュアの欲望との相性がいい
ようだった。
「あんた、売れっ妓だろ?」
 さしあたり満足するとヨシュアはジェーンにタバコに火をつけてもらいながら訊いた。
「どうしてよ?」
「おれの好みに合ってるからさ。そう悪趣味でもないと自負してるんだが」
 ジェーンは天井に向けて片手を伸ばしたが、それをひらひらと振ってみせた。                                 ひと 「わかんないわねえ。でもそんなに馴染みのお客っていないのよ、他の女みたいにはね」
「この星は長いのか?」
「そうねえ、3年くらい」
「それじゃあ、おれのほうがちょっくら長いな。5年は通ってるからな」
「じゃあ、馴染みの女っているんじゃないの?」
「居ないから、店を巡り歩いてるのさ」
 ジェーンはくすりと笑った。「うそばっかり」
「本当なんだぜ? 仲間に教えてもらったのさ、ここは掘り出し物の店だってな」
「掘り出し物?」
「やってるオヤジが雇う女の趣味がいい上にぼらないってな」
 ジェーンは声をあげて笑った。
「やだ、あのオヤジさんの趣味がいい?」
「まぁ、少なくとも、だ」
 灰皿にタバコを押し付けると女の身体を抱き寄せた。
「おれはあんたの馴染みになりたいぜ」
 ジェーンはヨシュアの胸に指を滑らせた。「あんたって変わってるわね」
「どこが?」
「だって、ベッドの中でそういうことってあんまり言わないんじゃない?」                                      さが 「巡り合えた女がいい女だったらベッドの中だろうがどこだろうが口説くのが男の性ってもんだろ?」
「それってあたしがいい女だって言ってくれてるわけ?」
「たりめえじゃねえか」
「もう寝てるのに、なんで口説くのよ?」
「そりゃあ、男のロマンてのは女と寝ることじゃなくて寝たいと思うほどの女のハートが欲しいこと
だからさ。惚れたハレタがなきゃ、人生つまらん」
 ジェーンはため息をついた。
「船乗りって女と宇宙とどっちを取るものなのよ? 宇宙を選ぶから船乗りなんでしょう?」
「宇宙よりもぐっと来る女と会えりゃあ、女を取るもんさ」
「女を選んでどうするのよ? 地上に腰据えるわけ?」
 ヨシュアは顎を掻きながら首をひねった。
「そうさなあ。畑に出かけるとか漁に出かけるとかと同じように、舞い戻るために宇宙に出ていくの
さ。うん、そうだ、運送屋とかな。でなきゃ、いっしょに宇宙に行く」
 ジェーンの緑の眼が瞬きした。
「一緒?」
「ボートハウスってやつさ。うん、いいよなあ」
 自分のアイデアに感心してうんうんと頷いた。  ボート 「小船ってのにはでかいがな。トレーラーハウスっていうのに近いかもな」                      おか 「まあ、なんにしても、そういうのは気楽に地上を離れられる女に言ってやるのね」
 ジェーンの身体はヨシュアの腕からするりと抜けた。「あたしには縁の無い話よ」
 そのまま起き上がるとベッドから降りる。
「おい、ジェーン」
「気安く呼ばないでよ」
「待てよ」
 腕を掴んだ。「なに怒ってるんだよ。今夜はおれに付き合うって約束だろ?」
「埒も無い話に付き合って惨めになれって言うの?」
 その腕を振り払うと安っぽいドレスを纏って手早く髪を束ねる。
「バイ、気楽な船乗りさん」
 乱暴にドアが閉まった。



「ダディ?」
 我に返ると幼い娘が不思議そうに椅子から見上げていた。「ダディ、どちたの?」
「ああ、なんでもないのさ、おちびちゃん」
 慌ててスプーンに次の1杯をすくって娘の小さな口に入れてやる。
「ちゃんと食べないとなあ、ママに心配かけるからな?」
「マミー、どこ?」
 きょとんとして尋ねるのが不憫だと感じる。
「ママはな、お仕事してるんだ。デイジーがいい子にしてればママに早く会えるからな」
 口の端からこぼれるオートミールを涎掛けで拭いてやった。
「あたちいい子よ。ブウニーいい子ないの」
 もうすぐ2才になる娘は口を尖らせた。
「ふうん。どうしたんだ、ブラウニーは」
「マミーごっこでごはんないないなの」
「ブラウニーは可哀相に、ごはん食べられないんだよ、お花ちゃん」
 翠の瞳が丸くなる。「おやちゅは?」
「おやつもだよ」
「ブウニーかわいしょう」「そうさ、だからあんまり怒るんじゃないぞ」
 食べさせ終わるとよっこらしょと椅子から抱き下ろす。この頃どんどん一人娘は重くなり、口が回
るようになってきた。
「デイジー、ダディはお仕事あるからな。ブラウニーと妖精さんに遊んでもらいな」
 自動機械がのたのたと一台やってくると金属アームを伸ばして娘の手を取る。
「デイジー、お部屋で・遊びましょう」
 《ファラウェイ》が自動機械をコントロールしながら娘を部屋に連れていくのを眺めた。
「《ファラウェイ》、あいつを適当に遊ばせたら寝かしつけておいてくれ」
「わかり・ました」
 《ファラウェイ》が記録するデイジーの成長ぶりを離れて暮らす女房殿はどういう気分で見るのだ
ろう。



「ジョッシュ!」
 後部デッキで砲台の回路をいじっていたヨシュアはひょいと顔を上げた。
「あ、ロスの兄ぃ」
 立ちあがり頭を下げた相手はヨシュアよりも若い男だった。背丈はヨシュアとそう変わらず、体格
はヨシュアのほうがいいくらいだが、彼はヨシュアよりも、格上の海賊だった。
「聞いたぞ、おまえ、ピエールの店のを一人怒らせたそうだな」
「いやぁ、兄ぃの耳にまで入っちまったとは面目ねえ」
 苦笑いしてヨシュアは頭の後ろを掻いた。「おれとしてはぐっとくる女だったんすがね」
「おまえみたいに人当たりのいい奴が怒らせるとはなあ」
「おれにもとんと見当つかないんすよ。なんで怒っちまったのか。口説いてたはずなんすがね」
「縁のない女だったとあきらめるんだな。ところで、おまえの組んだ例のプログラムな、このあいだ
の襲撃で使ったらなかなかよかったぞ。大将が喜んでいた」
「お役に立てて嬉しいですぜ」
 ヨシュアの顔がほころんだ。「なかなか面白いと思いやすよ、ああいうのは」
「おまえ、実働よりもそっちに向いてるのかもしれんな。殺しっぷりもなかなかだが」
「おれみたいに学のない野郎が兄ぃに誉められるなんて、夢みたいですぜ」
 どこぞのエリート大学を途中で海賊に転業したとかいう経歴の持ち主は首を振った。
「いや、ああいうのは学の有る無しじゃないな。向き不向きだよ。性格のな。それで、大将がおまえ
にもなにか取り分をやろうって言うんでな、呼びに来たんだ」
「それじゃあ内線ででも呼んでくださりゃあ飛んでいきましたぜ」
 ロスが歩き出し、半歩遅れてヨシュアも続く。
「まぁ、話はそれだけじゃなくてな。おまえがアレンジャーに向いてるかどうかって話になってな」
 ヨシュアは目を剥いた。「アレンジャーって、あの感応頭脳のですかい?」
「そうさ。おまえ、自分の持ち船は好きなようにアレンジしてるだろう?」
「そりゃ、頭脳室には入れますからね」
「一度試してみる度胸はないか?」
「そうっすねえ」
 ぶるっと震えたが頷いた。「ま、運試しにやってみますかね」



 ジェーンはヨシュアの顔をすっかり忘れていたようだった。
「よぉ、ジェーン、半年振りだな」
 にやっと笑うとややしばしこちらを見つめ、眉をひそめ、ようやっと合点の入った顔をした。
「あら、あの暢気な船乗りさんね」
「覚えていてくれて嬉しいぜ」
「なんの用?」
「そりゃ、あんたに会いに来たに決まってるさあ。それだけを楽しみに生き延びてきたんだから」
 なれなれしく肩を抱くと音高く舌打ちしたが、剣突を喰わすわけでもない。
「あんたってイヤな男ね」
「へ?」
 店の奥のテーブルにヨシュアを引っ張っていくと座らせた。
「あんた、シェンブラック海賊団のメンバーだって?」
「へ?」
 こちらも驚いたが訳の判らない振りをする。「なんだって?」
「このあいだ、あんたを叩き出してから顔役にすごまれたのよ、あたしは。シェンブラック海賊団の
人間を敵に回してどうしてくれるって」
「なんのことだよ? おれはただの風来坊の船乗りだぜ?」
「ほんとう?」
「まぁ、やくざな船乗りって意味では海賊かもしれねえけどよ」
 肩をすくめる。「そんな大物海賊団のメンバーがこんな《連邦》お膝もとの星に下りるか?」
「そう......ねえ」
「きっとだれか他の奴と間違えたのさ。なあ、今夜はあいてるか?」
 ため息をついた。「あんたと話してると、あたし自分がイヤになるのよ」
「なあんで、また」
 眼を丸くするヨシュアに弱々しく首を振った。「いろいろとあってさ」
「悩み事なら相談に乗るし、おれで出来ることなら手伝うぜ?」
「あんたには悪いけど」
「それなら、ゲロするだけでもいいぜ? やなことは吐き出しちまえば楽になるって」
「どうしてよ?」
「おれがあんたに惚れこんだからさ」
 ジェーンは笑い出した。その細い手を握る。逃げもしなかったが相変わらずいい感触だった。
「そう? じゃあ、話だけでも聞いてくれる?」



「マミー」
 くすんくすんとすすり泣く声が通路に響いて、ヨシュアは部屋から顔を出した。
「デイジー?」
 ヨシュアのお古のTシャツを寝巻きに着た娘がぬいぐるみを引きずりながらしゃくりあげていた。
「どうした? 夢見たのか?」
「ダディ、マミーどこ?」
 抱き上げると寝床に連れていく。「ママは遠い星に居るんだ」
「マミーどこ?」
 寝床に寝かしつけると立体画像のビデオカセットを探し出して機械に入れてやる。
『デイジー、ちっちゃな赤ちゃん』
 小奇麗な格好の女房が困ったように微笑しながら語り掛ける。
「ほんとのマミーどこ? ダディ、マミーに会いたいよぉ」
 小さな娘の顔が歪む。ぼろぼろと涙をこぼす。「マーミー!」



「バーリー・ザ・スネーク? あの悪徳アングラ高利貸しか?」
 ベッドではなく、その脇の軋む椅子に腰掛けてヨシュアは呆れたように言った。
「そうよ。うちの父親が病気で死ぬ前にうっかり借りたらそこにつながっていて」
 ジェーンはため息をついた。
「でもねえ、鉱山会社なんてひどいものよ。鉱夫には安い賃金しか払わずにいて、そのくせ鉱脈が一
度当たれば大儲け。しかも見つけた本人には雀の涙程度の報奨金。掘り尽くしてしまえば鉱夫は首切
り。若いうちはよくても年とってから病気なんかしたらなにもせずに放り出す」
「どこでも金持ち連中はそういうもんさ」
 ヨシュアは肩をすくめた。     クニ 「おれの故郷なんてのはな、いまだに《連邦》に加入してないんだ。まぁ大昔の専制国家みたいなも
んでよ。おれなんか『外』に出るのに船を手に入れて個人の運送業者の開業申請してやっとだぜ? 
それだって実際には仕事なんか偉いさんたちで独占してるからな。なーんもありゃしねえ。ただ、そ
れのおかげで不法出国だか密出国だかにならなかったってだけさ」
「ともかく、たった5万クレジット借りただけだったのに、今じゃあ1000万以上。きっとあたし
は一生、この星みたいな場所でくずみたいに生きて死んでいくのよ」
 ジェーンはため息をついた。
「あんたはそういうしがらみが無いでしょう? だからうらやましくてあたしが惨めになるのよ」
 ヨシュアは立ちあがるとベッドに腰掛けるジェーンの脇に座った。
「おれもな。惚れた女に貢いでもいいぜ?」
「なに馬鹿なこと言ってるの?」
 叱り付けるように言った。
「あんただって知ってるような男なのよ、あいつは。あんた自分の船持ってるんでしょう? それを
取られる羽目になるじゃないの」
「貢ぐだけなら大丈夫さ」
 抱き寄せた。「惚れた女にそのくらいさせろよ?」
「あたしはなにもしてやれないわよ。こうやってベッドの相手するのが関の山」
「口説かせてもらえりゃいいさ」
 キスをしながら囁いた。
「それであんたが重荷に思うこたあねえ。フェアにやろうぜ。あんたがおれに惚れてくれればおれの
勝ちだし、おれがあんたのハートを射止められなかったらあんたの勝ちさ」



 ぐったりしながらヨシュアはマシンからずり落ちるように降りた。
 なんとか仲間に支えてもらいながら手を振る。
「キャプテン、ジョッシュの奴、オッケーだって言ってやがります!」
『よおし、野郎ども、お宝を洗いざらい戴け!』
 船の中にどよめきが走る。
「ジョッシュ!」
「ああ、おれは休んでるぜ」
 床に座り込み、壁に身を凭せ掛けた。「行って来なよ、ブラッキー」
「おう! おめえの分も分捕ってきてやるからよ!」
 仲間が走り去ると震える手を伸ばして水の入ったペットボトルを掴む。呷った水は再生水のはずだ
が乾いた喉に美味かった。なぜか故郷の泉の味だと思った。
「けっ、おれもヤキがまわってるな」
 呟くと眼を閉じた。



「な? これなんかどうだ?」
 じゃらじゃらと光るアクセサリーを袋からぶちまける。ジェーンはあっけにとられたように眺めて
いた。
「どれでも好きなの選びなよ。どうせあとは売っちまうんだから」
「ど、どうしたのよ、これ」
 1つを摘み上げ、白く光る輝きに目をみはった。
「難破船が居てよ。商船だったんだな。がらくた見本みたいだったぜ?」
「なんだ、イミテーションなのね。あんまり光るから本物かと思ったわよ」
 喉元に当ててみる。「それでもこんなに大きい模造品てのも本物そっくりに見えるわねえ」
「あとはドレスだよな。こういう場所向けだろ?」
 薄い生地の優雅なドレスの山をトランクを開けて見せる。
「そうそう、靴も有るぜ?」
「ヨシュア、なあにこれ。女物の倉庫でも襲ったの?」
「だから、難破してたんだよ」
 肩をすくめてみせた。
「目利きの奴が居てよ。本当にいいものはそいつに引き取ってもらったんだ。ガラクタでも男から見
てはきれいだからな。服だって要るだろ?」      「ほかの妓にも分けようかしら? 残ったものはどうするの?」
「どっか金回りのいい星の古着屋にでも売るさ」
 ジェーンはせっせと服の仕分けをはじめた。どうやってもここでは着られないものを着れるものと
選り分けるらしい。
「でも、あんたって面白い人ねえ」
 笑いながら言う。「そんなに難破船見つけるのが旨いなんて」
「新聞の社会面とか投資新聞の記事に丹念に目を通すのさ」
 にやっと笑う。「あと、海難情報とかな。その宙域で船を捜すんだ」
 本当はジェーンの感じている通り、豪華客船を襲ったその「残り滓」なのだ。本当に金目のものは
海賊団のルートを通じて闇に流れ、処分しきれないものは普通だとそこらへんに打っちゃっておくの
だが、ヨシュアは上の許可を得て貰い受け、古着屋に売ってはその利益の一部を上納し、仲間にも分
けて残りをせっせと溜め込んでいた。
「こんなものかしら」
 山を大小2つに分ける。「アクセサリーは要らないわよ」
「なんでだよ?」
「だって泥棒に狙われやすいもの。光っていると本物だと思う人間が多いのよ」
 ヨシュアは惜しそうに光る山を見た。
「なんかせっかく似合いそうなものがあればと持ってきたのになあ」
 ジェーンは丁寧にアクセサリを選り分け出した。
「売るときも分けたほうがいいわよ。ほら、これはブレスレットとネックレスとイヤリングがセット
になってる。これはネックレスとイヤリングだけだし」
 ふんふんと頷いて手許を見つめた。
「これなんかどうだ?」
 緑の石の嵌めてあるネックレスを取り上げた。
「これなんかあんたに合いそうだ。目の色と似てるし」
 首もとに当ててやる。「うん、こういうのがよさそうだな」
 ジェーンは小娘のようにはにかんだ。「そう?」
「イヤリングはないのかな? これなんかどうだ?」
 適当に緑の石のものを摘み上げる。
「ちょっと違うけど、試しにね」
 つけると立ちあがる。「どう?」
「いいと思うぜ」
 相好を崩した。「うん、似合うぜ」
 そのまま腰に手を回して抱き寄せる。
「きっとちゃんとした服着て髪をきれいにすりゃ、どこぞの若奥様でも通るだろうさ」
「あたしなんか、すぐにお里が知れるわよ」
「なあに、金持ちの婆さん連中だってそう上品なやつばかりじゃないさ」
 うなじに唇を這わせながら髪留めをはずす。薄茶色の髪が流れるようで、それも彼の好みだった。
「ジェーン、おれが金は何とかなるように手配するからよ、そしたら所帯を持たねえか?」
「無理よ、そんなの」
 女の腕がむりやりに身体を押しのける。
「まだおれに惚れてない?」
「だって......大金じゃないの。1000万だって言ったでしょう?」
 ジェーンは寂しく笑った。「気持ちだけで充分よ」



「マミー!」
 母親の姿を見つけると、デイジーはよちよちと駆け出した。「マミー!」
 思いもかけない赤ん坊の声に、宙港の荒くれ男どもがいっせいに振り向く。
「デイジー!」
 抱き上げ、頬ずりする女房の姿にヨシュアは微笑した。
「いい子してた? デイジー?」
「マーミー!」
 声をあげて泣き出すデイジーを慌ててあやす。
「ほうら泣かないの。マミーはここだから。ね? 泣かないのよデイジー」
「マミー」
 小さな拳で涙を拭くとデイジーは母親の首に抱きついた。
「マミーはここに居たの。ごめんね、デイジー、寂しくて泣いちゃった?」
 壁沿いにある椅子に座るとやさしく抱きしめる。
「亭主よりも娘のほうが大事なのか?」
 哀れっぽく言う亭主を女は軽く睨みあげた。
「いい年した亭主よりは1つの娘のほうが大事に決まってるでしょうが」
「開き直った女は怖いねえ」
 どっかりと隣に腰を下ろした。
「マミー、いっちょ?」
「ごめんね、デイジー」
 涙で汚れたぷっくりした頬にキスをした。「マミーね、まだ一緒に暮らせないの。でももうすぐな
んとかなりそうだから。もうちょっとだから」
「こいつ、ずいぶんと重くなったろう?」
 ヨシュアは娘の髪を撫でた。「船の中で駆け回ってるから身体も丈夫だし」
「ヨシュア、ごめんよ。あんただけにこの子の面倒押し付けて」
「なに、構いやしねえよ。もっぱらブラウニーと《ファラウェイ》が子守りしてるし」
 デイジーの背中にくくり付けられた茶色の小熊に母親は微笑した。めったに針などもったことの無
い彼女が娘のために暇を見つけては縫い上げたぬいぐるみだ。
「よその男に迫られて無いだろうな?」
「迫られてるけど、デイジーのことを思って追っ払ってるわよ」
「おれは?」
「防虫剤」
「いいやがるぜ、うちのカミさんはよ」
 二人は立ちあがった。



 ヨシュアは緊張して立っていた。
 目の前には一生会えるとは思いもよらなかった大親分が座っている。
 《中央銀河の覇者》シェンブラック。
 そう大きい男ではない。ヨシュアとどっこいどっこいの背丈と体格だが、持っている雰囲気が尋常
ではなかった。
 座っているだけでこちらを飲みこむような圧倒感。黒い眼は射すくめるように鋭く、そしてどんな
男でも持ち合わせないような泰然としたオーラ。
「ジョッシュ、おめえ、年はいくつになる?」
「へ、へぃっ、さ、35になりやした」
 口の中が乾き、膝が笑っている。ばれないなどとは考えたことも無かった。いや、ばれるかどうか
すら考えずにやってきたことで呼ばれたことは判っている。
 ロスがシェンブラックの脇で身をかがめた。
「大将、やつのアレンジャーとしての腕はとびきりです」
 シェンブラックは参謀役の顔をちらりと見た。「コンピュータを扱う腕前は、だろう」
 60過ぎの男はじろりとヨシュアを見た。
「まさかうちの船団からそこらへん中のネットワークに潜り込んでバーリー・ザ・スネークのことを
調べまわっているやつがいるとは思わなかったぞ」
「か、勘弁してくだせえ、大親分!」
 ヨシュアはへたり込むとそのまま這いつくばって土下座した。
「悪気があってしたわけじゃあねえんです。それにおれんところの《ファラウェイ》でやるときは、
こっちのネットワークには潜られないようにしておきやした。おれは簀巻きになっても文句はいい
やせん!」
「女物の売れ残りをなににするのかと思っていたら、女に入れ揚げてるそうだな、ジョッシュ」
 ロスは呆れたように言った。「あの女だろう? キシエクのピエールの店の?」
「へ、へい......兄ぃ」
 もう駄目だ、とヨシュアは観念した。
「で、でも、ジェーンが悪いわけじゃあねえんです! お、おれが勝手に惚れて、なんとかしてやり
たくて、それで、それで......」
「ロス、こいつの女ってぇのはどんなのだ」
「チャレスカ出身のちょっと美人ってところですな」
 《プロフェッサー》の綽名を持つロスは首をひねった。
「バーリーの系列で親が金を借りたカタにあちこちで売り飛ばされて今はあの店だそうです」
「美談だな、いまどき」
「ヒモはいないし、馴染みはこいつだけだそうです」
「バーリーの野郎の餌食になりたがる男ッてのも普通じゃいねえだろうな」
 伝法な口調で言うとシェンブラックはそばの子分たちに顎をしゃくった。
「こいつをどっかの独房に放りこんでおけ。死なすんじゃねえぞ」
「お、大親分!」
 立たされ、引きずられながらヨシュアは叫んだ。
「たのんます! ジェ、ジェーンは何にも関係ねえ! おれはただの船乗りだって言ってるんです! 
あ、あいつだけは勘弁してくだせえ!」
「黙ってろ、このとんちき!」
 引きずる一人が殴りつけた。
 ヨシュアの叫び声が聞こえなくなり、ロスと二人きりになるとシェンブラックは顔をしかめた。
「どうしたもんかな。おまえさんはどう思う?、教授」
「わたしもその女は見たことありますが、どうって事のない女に見えましたがねえ」
「《連邦》のネズミじゃないだろうな?」
「それはないでしょうが、ジョッシュがうちの奴だってのはほとんどばれてるでしょうな。以前、そ
れとなくキシエクの顔役から照会が来てますから」
 シェンブラックはため息をついた。「いいアレンジャーだったんだがなあ」



 窓ガラスに雨の大粒の雫が当たっていた。
「あーあ」
 ジェーンはため息をついた。そろそろいつもならヨシュアがにぎやかにやってくるはずなのに、ど
ういうわけか音も沙汰も無い。
「ハァイ、ジェーン」
 朋輩の一人が声をかけてきた。「例のお客さん、このごろ見かけないわねえ。別れたの?」
「そういうわけじゃないけど」
 止まり木に座り込んでカウンターに頬杖をつく。「ちょっと邪険にしすぎたかしら?」
 所帯を持とう、と言われて嬉しくはあったが、そんな資格はないと思って断って、最後には怒鳴っ
てしまったのが悔やまれる。
「ごめんよ」
 男の声に振り向くと、服についた雫を払っている。それが見慣れた後姿のような気がしてはっとし
た。
「ヨシュア?!」
 慌ててそばによると、顔を上げた男は別人だった。「あ?」
「あ、いらっしゃい、お客さん」
 慌てて唾を飲みこんだ。60は過ぎているだろう男は顔をしかめた。
「まったく、雨なんて忘れてたぜ。たまに地上に降りるとこうだもんなあ、やりきれんよ」
「さぁ、奥にどうぞ。アルコールでいいですよね。ビールにします?」
「いや、バーボンウィスキーがあれば、それをくれんか」
 男はカウンターに座った。「今の姐さんでいい。雨宿りの間、付き合ってくれ」
 カウンターの親父を見やると何気なく頷かれた。つまみの小皿を出すとバーボンロックが親父から
回ってくる。
「お客さんはどちらから?」
「チャレスカからだよ」
「あら、奇遇」ジェーンは微笑んだ。「あたしもそっちの出なんです。もうかれこれ10年以上出ち
まってますけど」
「ふーん。さっき呼んでたのは姐さんのこれかい?」親指を立ててみせる。
「ただの馴染みのお客さん。なんか商売の残り物を分けてくれるんで、店のみんなで便利してて」
「そうか。いやな、俺はそのヨシュアに頼まれて来たんだがよ」
 ジェーンはぎょっとした。「ヨシュアがなにか?」
「いや、ちょいと怪我してな。しばらく動けねえからって伝言伝えに来たんだよ」
「け、怪我?」
 鳩尾が冷たくなった。「悪いの?!」
「いやぁ」
 男はつるりと顔を撫でた。「俺も直接顔を合わせたんじゃなくて通信でだからな」
「でも、動けないくらいのって......再生装置でも無理なくらいの怪我ってことでしょう?」
 男はにやっと笑った。
「姐さん、ただの馴染み相手に、ずいぶん気にかけるんだねえ」
 両手を揉みしだいた。「わ......悪い人じゃないって知ってるし......」
「実は惚れてるとか言うんだろう。気のいい奴だからな」
「あああ、あの人があたしのこと、なんて言ってるかは知りませんけど。でもだからってあたしが応
える訳には行かないんだもの」
「へえ?」
 男は座りなおした。「なんか訳ありかい?」
「あたし、借金背負ってるから。親の借金だけど、兄弟はみんな夜逃げしちまって、あたしだけが払
ってるんですよ。一生かかっても払いきれないくらい。だから無理なのよ」
 やけくそに笑った。「そのうち、保険金かけられて殺されるんだ、どうせ」
「そりゃあ苦労なこったな」
「だから、ヨシュアに会ったら言っておいてくださいよ。あたしなんぞに入れ揚げたら人生棒に振る
からやめとけって」
 男はグラスを片手に目をみはった。「へえ?」
「あたしが言っても聞く耳持たないんだもの。お客さん、ヨシュアの仲間って言っても、かなり強く
言えるでしょう? だからそう忠告してあげてくださいな」
 なぜか涙声になった。
「そうよ。いい人なんだもの。あたしなんかのために共倒れになる謂れなんてないのに」
 左手で涙をぬぐうと息があがった。「ごめんなさいね。ちょっと席外すから」
 トイレに駆け込んで鼻をかみ、息を整えた。
「馬鹿よね。お客相手によそのお客のことで泣いたら酒場女失格じゃないのさ」
 鏡の自分に向かって呟くと頭を振りたてて出た。
 カウンターを見るとお客が居ない。
「オヤジさん、今のお客さんは?」
 慌てて聞くと、オヤジは肩をすくめた。
「雨が小降りになったからって出ていったぜ。なんかおめえにチップ弾んで行ったぞ。いい話を聞い
たとかってな」
 ぽんと見たことも無い財布を投げて寄越す。
「まあ、気前のいい客だな。びた1文も取ってないぜ。取ったら八つ裂きだってすごまれたからよ」
 受け取った財布はかなりの金額が入っていた。



 3ヶ月ぶりに独房から出されたヨシュアはげっそりとやつれていた。
「ジョッシュ、おめえ臭いな」
 シェンブラックはうんざりしたように言った。
「へ、へえ」
「あとで風呂入っておけよ。それからな。おめえの処遇を決めた」
 ヨシュアはどんよりと曇った眼をあげた。
「簀巻きにしてもよかったんだがな。まぁおまえのレコに免じて、無傷で出してやる。ここからとっ
とと出ていけ」
 右手の小指を立てるとヨシュアは瞬きした。「へ?」
「おめえのアレンジャーとしての腕は勿体無いが、まぁ女に溺れていられたんじゃあかなわねえ。海
賊稼業から足を洗いな」
「は?」
「おめえ、おそらく情報屋に向いてるだろう。そっちに転業しな。それとな、バーリーには俺から話
を着けといた。これが借金の返済表だ」
 ディスクを1枚突き出した。
「それからこれはおめえの今までの働きに対しての慰労金だ。これで元金返済して利息だけ返すんだ
な」
 顎をしゃくるとロスが小袋を差し出した。
「トリジウムの1%原石1gだ。これでかなり返せるだろ」
「あ、兄ぃ! 大親分!」
 ヨシュアは身体が震え出した。「お、おれは......」
「その代わりと言っちゃあなんだがな。いい兵隊を見つけたらうちにスカウトして寄越せよ」
 シェンブラックはにやっと笑った。
「ジェーンだっけな。おめえにゃ勿体無いような女だな。俺が30年若かったら口説いていたところ
だぞ」
「......ありがとうごぜえやす!」
 土下座した。「一生、ご恩は忘れやせん!」
「なんでもいいから、あっちに行きな」
 シェンブラックは手を振った。「臭ってしょうがねえぞ、おめえは」
「へ、へいっ」
 飛び出していったヨシュアを見送ると、シェンブラックは鼻をつまんだ。
「ロス。早くこの臭いをなんとかしてくれ」


 

 赤土の上に滴るような緑の畑が広がっていた。
「まあ、こんなところかね」
 ヨシュアは村の入り口で肩をすくめて振りかえった。
「いいところねえ」
 簡易トレーラーからそばに降りるとジェーンは嬉しそうに見渡した。
「あたしの生まれたところはもっと山の中だったから、こんな場所ははじめて」
「開拓地だから楽じゃあないだろうがな」
 弱々しく笑うのに、女房は首を振った。
「なに言ってんの。あの星や借金取りに追われて流れてきた土地のことを思えば、安心して家族で住
めるだけでも幸せ」
 そうか、と呟いて女房の肩に腕を回して歩き出す。
「当分は蓄えを崩しながら牛や豚を育てることになるだろうな。おれもまさかこの星に戻って百姓す
ることになるとは思ってもいなかったよ」
「ヨシュア」
 ジェーンは眉をひそめながら不安そうに訊いた。「もしかして後悔してる?」
「いんや」
 遠くに視線をやりながら答えた。
「おれの祖父さんや親父も百姓だった。くすぶっていたのもあるが、土地を取り上げられたからおれ
は百姓にならなかった。まぁ、たまには宇宙にも出るだろうが、帰ってくる場所があるってのはいい
ことさ」
「根っこがあるから?」
 からかうように言うジェーンに向かってまじめな表情で頷いた。
「そうさ。生きてるやつはどんな奴でも根っこがあるだろう? だから宇宙にも星があってそこに根
っこを生やして生きてる奴が存在するのさ。宇宙空間には命は生まれない。命の生まれる土壌が生ま
れるだけさ。根無し草なんて人間はいやしねえ。根付く土地が見つからなくて足掻いている連中ばか
りさ」
「船乗りのいうこととは思えないけど?」
「いやいや、船乗りだって地面が恋しくなるから地上に降りるのさ。だからおまえとも会えただろ?」
 トレーラーに戻る。
「おちびちゃんはどうしてる?」
「まだお昼寝から起きないわよ」
「そりゃいかんな。起こして我が家の広大な土地を見せてやらんとな」



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