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スカーレット・ウィザード番外編


【First Contact】


「ジェム!」
 簡易医務室を出てきた大柄の兵士に同僚が声をかけた。
 振りかえった兵士は相手を見て笑った。
「やあ、ジャック」
「なんか、『満身創痍』ってぇセリフを思い出す格好だな」
 近寄ると、バンソウコウと包帯だらけの身体をしげしげと眺めた。
「しょうがないだろ。芋虫に生きたまま齧られる趣味は、わたしには無いんだ」
 ジェムと呼ばれた兵士は赤い前髪を掻き揚げた。
「熱は下がったのか?」
「ああ、下痢も治った」
「軍医殿がおまえをバケモン呼ばわりしてたって、もっぱらの噂だぞ。男だってぶっ倒れそうな症状
なのに、女のおまえがなんで平気なのかってな」
 女兵士は声を上げて笑った。
「馬鹿。男より女のほうがタフだってのは、人類が生まれた時から決まってるだろ」
「そうか?」
 怪訝な顔の同僚に顎をしゃくってみせ、女兵士は湿った土が踏み固められた小道を歩き出した。
「タフな証拠にな、女ってのは子供を産むんだぞ。男なんて、女が出産してるところに居合わせたら
自分が死にそうな顔して逃げ出すって言うじゃないか」
 つい先日、初子の誕生に休暇を取って立ち会った男は渋い顔をした。
「......それはおれへの当てつけか?」
「一般論だ」
 あっさりと言ってのけた女兵士は、肩を並べるどころか、同僚よりも逞しい体格の持ち主だった。
だからと言って男が背が低いわけでも貧相な体格なわけでもない。すれ違う他の兵士たちも、歩兵部
隊にふさわしく逞しい体格ばかりで、要は女が居並ぶ男たちと同等かそれ以上の体格ということであ
る。しかし、いわゆる「筋肉だるま」というわけではなく、軍服の上からでも、出るところは出て細
いところは細いという、素晴らしいスタイルの持ち主であることはわかる。
「......わたしが退院してくるところを待ち構えてたところを見ると、何か用事だったのか?」
 ふと気がついた様に、女は男に訊いた。
「おう、訓練もあと2日で終わりだろ。今夜でおれらの中隊は非番になるんだ。で、おまえの快気祝
いと誕生日祝いをやろうって話になってな」
 女は目を丸くして振り返った。
「快気祝いと......なんだって?」
「お誕生日会、だとよ! いよっ、ダンナ、いつもモテモテだねえ!」
 にやにや笑いながら、男は相手の背中を勢い良く叩いた。
「快気祝いはともかく、軍人がお誕生日会ってのは初耳だぞ?」
「おれたちもどうかと思ったが、女どもが聞きやしねぇんだよ」
 男は肩をすくめた。
「まぁ、おまえをダシにしての合コンもよかろうと思ってな。どうだ?」
「そうだなあ。アルコールで体内消毒するか」
 底無しのウワバミで鳴らす女は嬉しそうに言った。「それで合コンの口実にもなれば、みんなでハ
ッピーってやつだしな」
「それでこそジェムだぜ! じゃあ、交代時間から30分後に正面詰め所前に集合だからな」
「ああ」
 司令部のテント前で女はテントを指差した。
「じゃあ、わたしは報告に行く」
「おう。じゃ、またな」
 片手をあげて二人は分かれた。





 天井から下がったファンがゆるゆると回る、薄暗い酒場で、初老の男が独り、カウンターで酒を飲
んでいた。
 他にも客は居たが大半は卓席で女をはべらせている。カウンターの男は女を呼びたそうなそぶりも
見せず、女たちもわかっているのか近寄ろうともしない。男は時折、つまみのポテトチップスをつま
んでいる。
 扉が軋み、店に居た女たちのあいだにため息が広がった。
「あらぁ、いい男ねぇぇ」
「おにぃさぁん、いらっしゃぁぁい」
「悪いな、姐さんたち」
 鼻にかかった甘い声が飛び交う中、若い男の声がした。
「俺は今日は決まった相手がいるんでね」
「やぁねぇ、デートォ?」
「え〜、誰よ、もうっ! にくったらしいっ!」
 女たちの嬌声を通りぬけた新手の客は、カウンターの男の隣にどさりと腰を下ろした。とたんに女
たちの悲鳴が上がる。
「いや〜っ! 男が相手なのぉ?!」
「あんなにいい男なのにホモなのぉっ?!」
「しかも、相手が全然麗しくないわ〜っ!」
 思わずカウンターに突っ伏しそうになるのを堪えると、脇で平然と飲んでいる男を、若い男はげん
なりと見た。
「......どーゆー店だよ、ここは」
「ノリのいいネーチャンたちの揃った店さ」
「......帰るかな、俺......」
「大将にどう言い訳するつもりだ?」
 立ち上がりかけた男は、あきらめたように座りなおした。
「いい子はご褒美が貰えるぜ、坊主」
「......ヨシュア。いいかげん俺も怒るぞ」
「文句垂れるな、ケリー。ここはな、おやっさんのお気に入りの店なんだ」
「爺さんの趣味は悪過ぎだぜ」
「そりゃ悪かったな、若いの」
 間髪入れない返事に振りぬくと、いつのまにか老人が1人立っていた。その背は、スツールに座る、
ケリーと呼ばれた男の目線よりも低い。
「爺さん。気配消して俺の脇に立つのは止せよな」
「うるさいわ。わし1人の気配も気づかんアホな海賊は誰だ?」
 舌打ちした若者の後ろを通り、老人はヨシュアと呼ばれた初老の男の隣に腰掛けた。
 各々酒を注文し、ちびりちびりとやりながら3世代の男たちは何気ない風を装いながら情報を交換
していた。
 ケリーと呼ばれた若い男は小さなメモリーチップを老人に渡し、老人は別のメモリーチップをカウ
ンターを滑られて寄越した。初老の男が1枚の小型ディスクを手渡すと、若い男は別にメモリーチッ
プを交換して渡す。
「しかし、なんだな」
 老人はグラスに注がれたおかわりをのんびりと味わいながら小さく笑った。
「通信にすりゃ早いし便利だが、直に顔をあわせるっていうのも、たまにはいいもんだな」
「そう言ってもらえると、場所をセットした甲斐があったってもんですよ、おやっさん」
 初老の男は相好を崩しながら言った。
「あたしなんか、こうでもしなきゃこいつとゆっくり話すってのもないですからね」
 『こいつ』といわれた若者は口許だけでにやりと笑った。
「結構、顔をつき合わせてるような気もするけどな」
「馬鹿野郎、数年に1回―――」
 バタンと扉が乱暴に開けられ、賑やかな喧騒が飛びこんできた。初老の男は肩越しに振り向き、若
い男と老人は口を閉じて前の壁に掛かっている鏡越しに眺めた。
「連邦軍か」
 前に向き直った初老の男が口の中で呟いた時、兵士の1人が怒鳴った。
「オヤジ、20人だ!」
「いらっしゃい、軍曹さん......あらあら」
 擦り寄っていった女の1人が呆れた様に言った。「女性の方もご一緒?」
「わりぃね、アニー。今日はうちの中隊の合コンなんだ。主賓はこいつだ」
 若い男が眺める鏡の中で、集団の中でも頭一つ大きい赤毛の兵士の指差されている背中が見えた。
「オヤジさん、頼んでおいたもの、出来てるぅ?」
 女兵士の1人がカウンターに寄り掛かって尋ねると、酒場のオヤジは頷いて店の奥に引っ込み、す
ぐに大きな紙箱に入ったものを持ってきて手渡す。
「おいおい、メアリ、それからやるのかぁ?」
 誰か男の声が嘆くように言い、箱を受け取った女兵士は「あったりまえじゃない!」と返事をした。
数人の女兵士たちが皿やコップをオヤジから受け取り、それとは別の、大皿に載った肉の塊や酒瓶を
男たちが受け取っている。
「ジェムの席はどこよ?」
「ここさ、ここ! 主賓はこちらへどーぞ」
「マッチはどこ?」
「そんなもん、あるか。ライターだよ、ライター」
「酒を注げよ、早く」
 賑やかな話し声が一瞬止み、唐突に歌い出された「ハッピーバースデー、トゥユー」の歌声に、店
内の緊張が一瞬にして崩れた。
「......なんだぁ、ありゃあ」
 どっと精神的に疲労を感じた声で若い男が囁いた。
「お誕生会、だな」
 初老の男はむせた酒に咳き込みながら返事をした。
「あんなガキども相手にわしらはケンカやっとるのか」
 魂の抜けたような声で老人がぼやいた。
「ジェム、ろうそく消して、ほら!」
「おまえいくつになったんだ? 20? へえ! んじゃ、ジェムの快気祝いにもカンパーイ!」
 乾杯の声と拍手の音が天井に反響する中、男3人は立ちあがった。
「......帰るか」
「そうだな」
 店を出ると、熱帯気候特有の、湿度の高い夜気がねっとりと肌にまとわりついてきた。
 老人はさっさと消え、若い男と初老の男は並んで歩き出す。
「......この星の感想は?」
 ぽつんと初老の男が訊くと、若い男は首を振った。「よくまぁ、こんな星でねえ」
「あの店だったんだが、居抜きで持ち主が変わったんだな」
 ため息と共に男が言うと、若者は眉をひそめた。「......そうだったのか」
「ま、昔の話さ。おまえ、これからどこにいくんだ?」
 さばさばとした口調で訊いた男に、若者は肩をすくめた。
「《ヒルディア》の向こうッ側の《門》をまだ探検し尽くしてないんだ」
「そうか。まぁ、おまえとダイアンなら下手なことにはなりゃしねえだろう」
 信頼されているのか諦められてるのか、よくわからないセリフに頷いた。
「また面白いものを拾ったら、あんたんところに行くからさ」
「ああ、土産話を楽しみにしてるぜ。......おっと、オレはこっちだ」
 男たちは四ツ辻で別れた。若い男が見ていると、初老の男は背中を丸めて歩きつづけ、角を曲がっ
て姿を消した。立ち止まったまま、ふと夜空を見上げ、伐採されたジャングルの隙間から見える星空
を眺める。
 地上もたまに降りるとそれなりだが、俺には宇宙のほうが面白い。
 口笛で埒も無いメロディーを吹きながら、若者は歩き出した。




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