ピクニック

 花と緑の溢れるその庭の奥には東屋があった。
 中には鋳鉄とオーク材とガラスで作られたテーブルと椅子がゆったりと置かれている。
 なんでも、ヘルムートも小さい時には母親とここまで散歩をしてきておやつを食べたりしていたらしい。
 
 エリスは椅子に座って、そこから見える庭をスケッチしていた。
 今日は風もなく、日差しはぽかぽかと暖かく、花は草も木も咲き乱れて新緑も美しい。こんな春らしい天気だとピクニックも楽しいだろう。
(ヘルムートさまとお庭でピクニックもすてきかも……)
 うっとりと風景を眺めながらスケッチの手を止めてぼんやりしていると、ふと目の前が真っ暗で何も見えなくなった。
「…………え……?…………きゃあ……っ」
 わたわたと狼狽えていると、耳許でくすっと笑う声がした。
「僕の奥さん、春の日だまりで眠くなってた?」
 目の前が見えるようになって、後ろから両手で目隠しされたことにようやっとエリスは気がついた。
「ヘルムートさま…………っ、びっくりしました……っ」
「うん、びっくりさせようと思ったからね」
 ちょっぴり意地悪そうに笑うと、ヘルムートは足許から大きなバスケットを持ち上げた。
「お茶にしようよ。きみの焼いてくれたお菓子を発見したからね」
「……わあ……っ、ピクニックみたい……っ」
 うれしそうに言うのを楽しそうに見返すと、ヘルムートはテーブルにパウンドケーキとクッキーが入った盛り籠と胴長のポットに入れて冷ました紅茶を取り出した。エリスもいそいそとバスケットからランチョンマットと食器を出してテーブルを調える。
「今ね、ヘルムートさまとお庭でピクニックしたいなあって思ってたの……」
 そうっとヘルムートのカップに紅茶を注ぎながら言う。
 胴長の茶器はエリスがお茶を淹れるのにいいだろうとヘルムートが特別に作らせたもので、ふつうのポットと大きさは変わらないが熱いお茶をポットごと水に入れて冷ましてから飲むためのものだ。香りは多少飛んでしまうがエリスに火傷されるよりはいいとヘルムートはこっそり思っているが当のエリスは気がついていない。
「僕もさ、書類仕事に飽きちゃったからきみとお茶をしたかったんだよ。侍女たちにきみはどこ?って聞いたらいい天気だから庭のどこかですって言われて慌てちゃったよ」
 東屋に、そよ風と一緒に花びらが舞い込んでくる。白やピンクや黄色の花びら。
 ヘルムートの向かいに座るエリスは今日はピンクのドレスにおそろいのピンクのリボンで髪を結んでいる。
(春の妖精みたいだなあ……)
 ほわんとした笑顔に微笑み返すと、ちょっぴりほっぺたを赤くして俯いたのがまた可愛い。
 お茶とお菓子を楽しんで、エリスのスケッチブックを見ながらおしゃべりをして。
 エリスはスケッチブックを抱え、ヘルムートはお茶道具を詰めなおしたバスケットを持って東屋を出た。
「ヘルムートさま……重くありませんか」
「僕には軽いものだよ」
 小さな手をするりと空いた手に収めて数歩歩き出したヘルムートが、ふと足を停めた。
「……ちょっと待って」
 手を離してバスケットをおろすと、そばの潅木に歩み寄って群れ咲く花の丸い塊を折り取る。
「はい。今日のきみに似合う色」
 差し出された花は淡いピンク色であまりに綺麗で、エリスは「わぁ……」と声を上げた。
「きれい……」
「そうだなあ……こうがいいかな」
 結わえた髪のリボンの根元に差し込まれる。
「うん、かわいいよ。生の花はあんまりもたないのが残念だけどね」
「うれしい……ありがとうございます、ヘルムートさま」
 花と同じ色に頬を染めて見上げる妻を、ヘルムートはやさしく見つめた……が、ちょっと悪戯っぽく微笑む。
「お礼にキスが欲しいな」
「え……っ」
 びっくりして見上げるとヘルムートはちょっぴり意地悪そうないつもの笑みを浮かべていた。と、表情が寂しげになる。
 内心、スケッチブックがちょっと邪魔だなと思いつつ、狼狽えるエリスの身体をさりげなく抱き寄せて顔をのぞき込む。
「……だめなのかな……」
「え、えと……」
 意を決したように、エリスがつま先立ちしてくる。唇を触れ合わせるとさらに顔を赤くして俯いた。ヘルムートにすれば物足りなかったが、内気なエリスには精いっぱいだったのだろう。お返しに、ピンク色の頬にちゅっとキスをする。
「じゃあ散歩しながら戻ろっか」
 こくりと頷くその小さな手を握り、ヘルムートとエリスは散歩を楽しみながら家まで歩いていった。


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