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スカーレット・ウィザード番外編

【Fairyling】


 彼がそれを見つけたのは、ひさしぶりにガウラン高地の屋敷に帰ってきた、その翌朝のことだった。

 ジャスミンは相変わらず時差ぼけも激務疲れも見せずに
「ここのジョギングコースを走りこまないと帰った気がしない」
と言って夜の白んだころに出かけたのだが、誘われたケリーはベッドの中から丁重に辞退した。
「なにもそうあくせく身体を鍛えなくたっていいじゃないか」
 いそいそと出かけた妻を見送り、呆れた口調で呟いたが、シャワーを浴びて爽やかな風に吹かれているうちに散歩に出かけたくなったのだった。
「おとーさーん」
 たまたま目がさめて窓から庭を眺めていたダニエルにせがまれ、たまには一緒にと連れ出したのだが、滅多にないことにダニエルははしゃいでいた。父親よりも早く行こうと駆け出したり、枝に止まった小鳥に見入ったり、また父親のところにかけ戻って足にまとわりついたりと忙しい。
「走るにしても足許気をつけろよ、ちびすけ」
 苦笑しながら、木立を挟んでゆるくカーブしている小道の向こうへ駆けて行く息子に声をかけた。
 このあたりは広大な敷地の中では屋敷からは近いのだが、庭師が丹精した庭園や温室からはずいぶんと離れている。針葉樹の樹海の手前、白樺や広葉樹の林が殆ど手入れもされてないような野原や泥地があちこちに点在し、ケリーとダニエルが歩いている土の剥き出した小道と、ジャスミンが先を走っているだろう整備されているジョギングコースくらいしかない。当然人気も無いしある意味物騒極まりない場所でもあったが、この敷地は《クーア・キングダム》以上にセキュリティが厳しいので侵入者はありえない。そういう意味でケリーもダニエルが少々目の届かない場所に行っても心配はしていなかった。
「おとーさぁん!」
 駆けていったと思ったダニエルが大急ぎで駆け戻ってきたので、ケリーはふと眉をひそめた。
「どうした?」
「ねえねえ、すごぉいの!」
 小さな手で父親の大きな手を掴み、一生懸命引っ張ろうとする。
「ねえ!」
「なんだ、どうしたんだ?」
 嬉しそうな表情から危険ではないのだろうと判断して尋ねるが、ダニエルは興奮してそれどころではないらしい。
「ねえ、こっち!」
「こらこら、落ち着けよ」
 笑いながら引っ張られて行ったが、ふと既視感をおぼえた。昔、こんなふうに手を引っ張られたことがあった。麦藁帽子に青いリボンがついていて蝶々結びが揺れていた。
「ねえ、おとーさん、すごいよね?!」
「ほう」
 ケリーも思わず目をみはった。そこは木漏れ日の落ちる窪地だったのだが、一面の青紫だった。かぐわしい香りさえ漂っている。そして、その色と香りがケリーの記憶を刺激した。
 ダニエルは父親の顔を見上げたが、驚いた表情を見てきゃっきゃと笑うと手を離して窪地に駆け降りていった。しゃがみこみ、息を吸い込み、青い絨毯をしげしげと眺めて無造作に引っ張る。
「おとーさん、これ、なあに?」
 息子の後から窪地に降りたケリーは小さい握りこぶしと共に突き出された花を見て微笑した。
「これはスミレだな」
 そう言った途端、彼は思い出した。
 ......そうだ。昔、おなじ風景にいた。たしか春の終わりで、やっぱり手を引っ張って連れて行かれたんだ......。

 あの時、彼を引っ張っていったのは1つ年下の少女だった。薄茶色の髪に青いリボンを巻きつけた麦藁帽子を被っていた。
「これをケリーに見せてあげたかったの。ほら、西ウィノアに行った時、スミレの花の砂糖漬けをお土産にくれたでしょ?」
 碧の瞳は嬉しそうにきらめいていた。          しるし 
「ここはね、ウィノアに住んでる妖精が春のダンスをしたって徴なのよ」
「妖精?」
「そうよ」
 疑わしい気分全開で聞き返す彼に、少女はしっかりと頷いた。
「ほんとにいるのか? 妖精なんて」
「あら、この星が生まれてこんな風に植物も生えて動物もいるのよ。妖精の魔法に決まってるわ」
 ケリーは顔をしかめた。
「それって、村の連中の『神様』とどう違うんだ?」
 しゃがみこみ、紫色を敷き詰めたような花の群生をしげしげと観察する。
「神様はね、人のために宇宙やこの星を作られたって、教会では教えてるの。でも、本当は妖精が自分たちのために作った楽園にあたしたちが勝手に入りこんでるんじゃないかしら?」
 隣に少女は同じようにしゃがみこみ、小さな手を伸ばしてそっと花を撫でた。
「......あたし、妖精さんたちに会ってみたい。会ってお礼いいたいな」
 彼は今度はしげしげと少女を見つめた。
「お礼ってなんの?」
「こんなステキな場所を作ってくれてありがとうって。そしてここに人間を住まわせてくれてありがとうって。だって、こんなにキレイなところを作れるんだもん、逆に言えば、人間に渡したくなかったら、きっと一晩で無くしちゃう事だって出来たのよ。それをしないでくれたから。そしてね、ここをずっと大切にしていくからって約束したいの......」


「......ちびすけ。そんなふうに千切ったら、花が可哀想だ」
 くしゃっと花を掴んだ握り拳を指差して言う。
「花もな、生きてるんだ。一生懸命生きてる。だからこのままそっとしておいてやろう」
 ダニエルは父親の顔と手に持った花とを交互に見た。
「お花、かわいそう?」
「そうだ。だからもう千切るんじゃないぞ。......まぁ、取っちまったものはしょうがない。お母さんに見せてやろう」
「うん!」
 子供はにっこり笑って家に向かって駆け出す。ケリーはしばし窪地を眺め、踵を返した。
 あの頃の彼は、神など信じず、まして妖精に至っては埒外の存在だった。
 今になってみると、幽霊星に住む、ラー一族などと名乗る連中は、あの少女が思い描いていた存在に近いのかもしれなかった。
「おとーさん、あれなあに?」フェアリーリング
「ん? ああ、あれはな、『妖精の輪』だ」
「よーせいのわってなあに?」
「妖精があそこでダンスをした跡だよ」
 ダニエルは父親のズボンにつかまり、目を丸くした。
「おとーさん、よーせい見たの?!」
「いいや。お父さんが子供の頃、教えてもらったのさ、そういうものだってな」
「だあれ? おかーさん?」
 ケリーは思わず吹きだした。
「別の女の子だよ。花のことをいろいろと知ってる女の子だったな」
 ふと思い出す。そういえば幽霊星から持ってきたスミレを女王はどうしただろう。帰ったら訊いてみるか......。


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