思ったことNO8

周りの人に恵まれていると思う。(99/11/18) NO91

 授業研が近づいてきて、よくわからないけど、ちまちまとやっているうちに、睡眠不足。部屋も資料や、製作中のものやポスターカラー、指導案の下書きなどなど
荒れてきたよー。おまけに、食生活もめんどくさーって感じで適当になってきて、もう、気持ちもぼろぼろ。今日は、化粧するのもめんどくさくなっちゃうし。
 そしたら、さっちゃんよりメールがきて、「ご飯つくるよー。栄養とりにおいで」って。
今日は、なべに、エビチリで、栄養満点。おまけにケーキまで用意してあった。
ありがとう。涙がでそうだったよ。おかげで、元気になりました。
 学校で仕事している最中も、さりげなーく、私の一番大好きなおやつのコアラのマーチをさりげなく買ってきてくれたりする心遣いをうける。
みゆとの電話では、(みゆも大変な状況)
「150km離れた地でくりもがんばっていると思えば、元気がでるよ。」
「それは、わたしも同じだよ。がんばろーね、慢性睡眠不足だよね。」
いつも、そう。気持ち的に大変なときに、周りの人からいつも助けてもらう。
わたしは、もともと根性なしなので、そのやさしさのおかげて゛生きているようなもんだよね。つくづく、周りの人に恵まれていると思う、今日このごろ。
ありがたいことです。実感。

今日は11月19日 久慈君の誕生日だね。(99/11/19)No92

 今日は、11月19日。久慈君の誕生日。もちろん、生きていればの話。
 毎年、この日は、久慈君の誕生日だって思う。でも、久慈君は、死んでしまった。
 高校の時、片思いだったけど、ずっと好きだった。冬になると、同じバスに乗りたい がために、遅刻覚悟で待っていたり、わたしたちは、隣同士の席だったのて゜、よく 「また、遅刻だー」って、怒られていた。
  その思いは、伝えたけど、結局、友達のことを気にいったみたいで、大学生にな  ってからは、会っても口もきかなかった。大学三年生のとき、入院して、一度お見
 舞に行った。その時は、そんな大変な病気って知らなかった。
  しばらくして、退院して、大学に復帰した久慈君に最後に会った日のことを忘れな
 い。学食でたまたま会った。なぜか、久慈君の方から声をかけてくれて、わたしは なんとなく、友達のことがひっかかていて、下を向いたままだった。
 そして、それが最後になってしまった。

 『キッチン』という小説で、主人公のみかげが「えりこさんに最後に会ったとき、笑っ ていた。ああ、よかったって思った」みたいなとこがあったけど、私は、最後に笑っ  て別れることができなかった。就職して何年かたって、久慈君が亡くなったことを聞 いた時、すごく後悔した。以来、人と別れるときは、必ず笑顔で別れようって思った

 高校卒業して、ずいぶんたつけど、私は、いつも11月19日になると久慈君のことを
 思い出す。高校2年のあの日、「今日、誕生日なんだー。山口百恵の結婚記念日と
 同じなんだよ」と言った時のことを覚えている。高校三年生の時、廊下ですれちが  った時に、「今日、誕生日だね、」って、どきどきしながら話しかけたこともあった。
 久慈君の誕生日を何人の人が思い出しているかは、わからないけど、わたしは、こ れからもこの日だけは、ちゃんと久慈君のことを思い出すことにしている。

 2001年に筑波万博で出した年賀状が届く。久慈君の家にも17歳の久慈君のはが きが着くはず。あの17歳の久慈君は、なんて書いたのかな。
 ということで、ちょっとせつない夜でした。

何のために?(99/11/20)No93

 一応、授業研のめどがついてきた。形が見えてきた。具体的に動けるところは、動いてきたんだけど、とにかく要領が悪い。「これをやったらどうかな。」ってことを手あたりしだいにやっているので、物にならなかったり、形にならないものが多くて、やっているわりには、前に進まないの。もっと、スマートにできればいいんだけど、思わず「もっともっと」と欲張ってしまう。
 練習2時間で、実際それを使うのは10分とかなんだよね。「何のために?」って思う。
こんなにやらなくったって、ある程度のレベルの授業をすることはできるし、別に、誉めてもらおうと思ってやっているわけじゃない。子どものためっていうのもちょっと違うかもしれない。とにかく納得したいんだと思う。ひとりよがりかもしれないんだけど。だけど、前の貯金でやっていくようなことはしたくいし、とにかく新ネタでやりたいし、何かを提案していく授業を目指しています。
 しかし、こういうのは、恐ろしくパワーがいるんだけど、今回も何とか自分なりにがんばれたんじゃないかと思う。あと一週間だから、ラストスパート。ファイト。

授業研が終わったぞー。(99/11/25)No94

 大岡さんの日記にてんぷら屋さんの話があったんだけど、「普通にやって9割の力で仕事ができるってのがプロ」みたいなことがありました。
 そう、いつもいつも授業100パーセント完璧を目指していたら、死んでしまう。だから、ある程度、普通にやってます。でも、授業研の授業は、120%を目指すんです。それをすることによって力がつくんじゃないのかなあって思います。細かいところまで、配慮するとか、いろいろな方法を模索するとか、そこで技術を培って、力をつけて、普段の9割の力の底上げするって感じかなあ。
 私の場合、「遊んでいる」間に、ちょこちょことネタを蓄積していく。街で感じたことや、みたもの、そういうものをどんどん栄養にして、ためておく。それは、ちょっとほっといているんだけど、ある日、アイデアとして形にしていく。
 今回は4月から本屋行ったり、図書館行ったり、本読んだりしていたので、最後に形にまとめる作業は楽だったな。
 ということで、これからもどんどん楽しいことを追い求めるのさ。
HP作るようになってからね、日々楽しいことを見つけるのが上手くなってきたかもしれない。さてと、真理ちゃんも言ってたね、「遊び」と「仕事」どちらの時間も大切にしよう。

はいっ、次って感じ。(99/11/27)NO95

 授業研が終わったので、今日は、自分へのごほうびの日帰り一人旅。のんびりと過ごして、もう満足満足。
 バレーボールしていると、気持ちの切り替えが大事。「はいっ、次」って。
いいプレイをしても、ミスをしても、常に気持ちをリセットして、次にむかう。そう。
まあ、授業は、これからも毎日続くんだし、仕事も山のようにあるし、また、たんたんとやるしかないね。「はいっ、次」で。
 

教室作り (99/11/30)NO96

 枝元なほみさんの料理の本を買った。仮想食堂という設定なんだけど、これは、教室にもあてはまるなーと思った。

 ・安くなくては、いけない。(普通のものを基本に忠実に)
 ・たまには、ぜいたくなものも食べたいというものにも、対応。(時々、特別に)
 ・腹8分目で、おさえられる。満腹でもいいけど。(もっと、やりたいってとこでやめよう)
 ・バリエーション豊富、組み合わせ自由が得意。
 ・酒もある、もちろん。(これは、教室だと、遊びかなー?)
 ・清潔第1主義である。(気持ちのよい教室)
 ・友人、恋人を呼びたくなる。(いろんな学年の人と、交流させたいね。)
 ・メニューに国境はない、目指すは、新おふくろの味(私なりの授業がしたいね。)
 ・いつも元気と愛をあげよう。(これが、一番大事かもしれないね。)

 つまりは、「安らげる場」「楽しめる場」であること。ってありました。
 教室でも、そういう空間を作りたいナーということで、とりあえず、教室そうじや、掲示を
 かえた。もっと、もっと、「時間」と「空間」プロデュースしたいよね。

 といいながら、「スパルタ教育」なんだけど・・・・

無駄なことなのかなあ。どうなのかなあ。(99/12/4)No97

 知能テストをした。まあ、こんなもんっていう気持ちもあるけど、確かに、ある側面は、測れるよね。個人的には、知能テストをした後に、その子に先入観をもたないようにしている。良くても、悪くても。「その子の可能性を信じる。」というのが、信条なので。
 でも、でも、実際、記憶力のよしあしや、計算や、文字に関して、能力の差というものは、絶対的にある。たとえば、1年生でも、同じ25分の学習の時間に引き算10問とくのが、やっとの子と、100問解く子が同じ土俵で、学習している。同じ25分でも、学習の深さが全然ちがうから、違う時間を過ごして、そして、結果的に両極分解していく。
 LDという、学習障害というところまでは、いかなくても、文字が記号にしか見えない子とか計算ができない子がいるとして、例えば、いっくらやっても、漢字が覚えられない子に対して漢字の練習をさせることに意味があるんだろうか、とか、かけ算の九九が2年生に覚えられなかった子は、結局、3、4年になっても、覚えられないものなんだよね。覚えられない九九を覚えさせるのは、意味があるのかな。
 「いやなことから、逃げない姿勢」とか、「とにかく、努力する姿勢」を養うってこと?
でも、でも、担任が終わった時点で、やはり、どこかその子に対して、無責任になっていく自分がいる。
 その子たちの将来は、大丈夫なのかなーと心配するけど、何もできないし。
 
 その時、その時でベストを尽くしているけど、今やっていることが、その子にとって、無駄なことなら、やっても意味がない。あーあ、力つけてあげたいのになあ。

カウントダウン(99/12/12)No98

 99年もあともう少し、カウントダウンが始まる。いろんなことって、終わりが見えてくると、今まで当たり前のことでも、見え方がちがってくる。
 よくわからないけど、29歳の時も、「ああ、20代も終わりだ」なんて思っていたけど、30になったからって、何も変わらないし。でも、妙にいろいろ考えてたなあのころ。今は、というと、何も思わないかも。誕生日も、あっそうって感じで、過ぎて行く。
 今、もしかしたら、もうこの街に住むのも終わりなのかなーなんて、考えたら、当たり前に通っている本屋さんや、ごはん食べにいくところのお姉さんなんかが、妙に特別に見えてきて、
通りを走っていても、なぜか感傷的になったりする。
 でも、でも、カウントダウンっていったって、結局、そこにあるのは、当たり前の日常でしかないし、99年と2000年がどう違うっていっても、たいして変わらない気もするし。
 とにかく、1日1日を大切にしていくことだけを考えたいって思う、今日このごろ。

 去年今年 つらなる棒のごときかな
      高浜 虚子

後ろ向き発言(99/12/14)No99

 今日、私の思ったこと。「期待しなきゃ、がっかりすることもないよね。」というとても、後ろ向きなもの。
 実は、二月に筑波付属小で研修会があるんだけど、それに参加したい人を職員会議の時に募った。誰もいなかったし、外の空気を吸って、刺激にするのもいいかなあと思い、立候補したけど、雰囲気的に、だめみたい。
 他の人なら、いいの。私だからだめなの。それは、私が1年担任で1日入学と重なってしまったかららしいんだけど、そんなの、誰でもできることなのに。結局、行かせたくないんだよね。
 この話、私じゃなかったら、喜んで出してもらえるんだよね。
 今回の場合、「行きたい人」って、言ったから「行きたい」って言っただけなのに、「だめ」って、言うのなら初めから声をかけなきゃいいのに。この学校にいて、学んだこと。
「期待しなきゃ、がっかりしない。」
「言われたことだけやっていれば、バトルが起こらず、まるくおさまる」
「自分の主張をすれば、わがままって言われる。」
「何でも、反対する理由はつく」
「結局、正しいことと正しくないことの基準は、校長の意見一つ」
「求めるものを高くすれば、自分が苦しむだけ」
「人は、自分の経験の範囲でしか、物事を考えることができない。」

 この前、転勤のための面談の時、私、すごい誉められちゃって、「ずいぶん協調性がついて、あなたの成長をとてもすごいと思う。」(言われたことだけやるようになったからだよっ)とか、「若いときは、自分が常に正しいと思いがちだけど、人の意見を聞く耳をもったわねー」(とりあえず、はいって言っていれば丸くおさまるんでしょっ)とか。( )は、私の心の声。
 全部、後ろ向きだからだよ。そういう人が使いやすくて、いい人なのかいな。
 私は、この1年を振り返って、そんな自分が、すごいいやだったよ。ということで、記念すべき99番目の書きこみが、後ろ向き発言オンパレードで、読む人不快でごめんなさい。
でも、すっきりしたー。

 もちろん、とりあえず、愚痴ってみたけど、前向きにやっているから、大丈夫だよっ。

やったー、思ったことボックス100だぞー。(99/12/18)No100

 HPをはじめて、そろそろ一周年。(作り始めてからね)。思ったことボックスも100が目標だったので、なんとか、目標達成だよー。
 振り返ってみると、その時、その時に頭の中で一番の自分のブームについて、書いてあるって気がします。授業研の時は、そのことだし、通信票の時は「評価」についてとか、でも、こうやって記録として残していくと、それなりにいろんなことを考えていたんだなあとしみじみ。
 普段、思っても、そんな思いは、ふっとんでしまうので、やっぱりこうやって「思い」を残しておくのも悪くないって、思った。
 さて、HPをUPした99年は、いろんなことがあった。インターネット初めて、ほぼすぐってくらいにHPも作り始めたので、もう、わからないことだらけで、今になるとはずかしーって思うことの数々。
 うん。やりながら、いろんな人との関係ができていくと、「楽しい」だけで、終わるはずはなく、「文字」という媒体で微妙なニュアンスや誤解を招いてしまうこともあり、その度に、痛い思いもしたし、痛い思いもさせてしまった。
 本当にいろいろあったよねーって、思うの。それでも、ちゃんと途切れることなく、今に関係がつながっていることに、本当にそれって、奇跡みたいだなあと思うんだよね。
 だって、別に、HPに行かないで、メールとか書きこみをやらなきゃ、あっという間に、そして、いとも簡単に終わってしまうことだし、顔を合わせるわけでもなく、生活圏内にいるわけでもなく、やめたければやめればいいという、とても危うい関係。そこにあるのはさ、きっと、「その人にアクセスしたい」という気持ち一つなんだよねー。それだけで、つながっていた関係。
 いろんなピンチなことがあったけど、その後にちゃんと関係を修復して、復活していけたことがめちゃくちゃうれしかったです。(周りの人が大人だった?)だから、結構、簡単に終わることもないんだなーなんてことを逆に思ったりしたんだよ。
 まあ、インターネットという微妙な距離感の中で、綱渡りのような人間関係。なかなかスリルがあったかも。まだまだ未熟だから、きっと、これからもいっぱい痛いこともあると思うし、考えることもあるでしょう。その中で、成長があるのかもしれないって思ったりします。
 あっ、でも、いろいろなことがあった中で、学んだことの一つに、おなかの中に思いをためたままだと、どこかに無理が出てくるってこと。だから、ある程度、「本当に思っている」ことをちゃんと相手に言うことが大切だし、言ってもらって気がつくということも多々あるということ。言ってもらってから、「えー、そんな風に思ってたなんて、知らなかったー。」ということもよくある話。
 微妙な関係だからこそ、気をつかうことも必要だけど、微妙な関係だからこそ、本当のことを言うことも必要ということ。なかなか深いでしょ。こうやって考えると、微妙だけど、濃いよねえこの人間関係。


 思ったことボックスも100ということで、今までをふりかえってみました。