ホームグランド ・ホームタウン
NO81(99/9/24)
| この前のフジサワオープンは、いつもやっているテニスクラブが会場だった。大会は、結構いろんなところから参加していたんだけど、やっぱり、そこは、ホームグランド。 進めているのもコーチやオーナーだし、知っている人たちもたくさん出ていて、安心しきっている私。今回は初試合だったんだけど、ホームグランドのここで試合ができたのは、よかったなって思った。自分の居場所がちゃんとあったなって思ったし。 そーだ、ホームグランドと同じような意味で、「ホームタウン」私にとっては、やっぱり盛岡。 予備校時代を除けば、ほぼ岩手に住んでいるので、街も、人も私は、ここにいると、自分らしくいられるのです。丁度いいんだな。あと、川の街ってとこも好き。 小・中・高・大学とずっと同じ街に住んでいるのもカッコ悪いナーと思うこともあるんだけど、 でも、やっぱり何がよいかって、「友達」がこの街にいるってことが一番かも。 よく、「ホーム」という言葉が使われるけど、自分にそういう場所があるって(家以外にも)ことが 幸せなんだなあって、この前のテニスの試合の日に思ったのでした。 |
回りだす瞬間があるね。
No82(99/10/22)
| この一ヶ月うだうだと暮らしていた。まあ、東京行ったり、ギター練習したりもしていたけど、張り合いが今いちない毎日。学習発表会は、今年、劇の取り組みだったんだけど、準備をやりたくなくてうだうだと「できない、できない」って言っているだけで、ちっとも問題が解決しない。そこへ、助け舟、大道具を作ってもらった瞬間に、突然ほかの小道具類のアイディアが回ってきて、めんどくさいと思っていたことを一気に片付けはじめたら、次々にたまっていた仕事も終わった。何かのきっかけで、よどんだ空気を一掃する瞬間があるなあと思う。 HPの方も、昨日からうだうだと「あー、できないできない」と悩んでいたけど、 転送が成功したら、保存ができない問題もファイル名変えたりしたら成功。 あら、一気に更新までこぎつけた。 その「回り出すタイミング」は、やっぱり自分で自分を追いこんで、本気で考えた瞬間におとずれるのかもっていうのが今回の教訓だったりする。 |
気が利くのとでしゃばりすぎの境目って?
(99/10/26)NO83
| この前の学習発表会の時、ふと見ると、父兄がござを敷いていないところに座っていた。 詰めれば、座れそうなんだけど、ござをもう一本出すか出さないかを迷っていた。すると、それに気がついた先生がさっと持ってきてくれた。 それから、転校したばかりの子が見に来た。全校合唱なんかは、ずっと一緒に練習していたので、歌えるという状況。「一緒に出してもいいですか?」と教頭に聞くとOKの返事。すぐに、外ズックを雑巾でふいたり、いすを用意したりする。 いろんな状況の中、気がついたときに、気を利かせるか、でも、それがでしゃばりすぎにならないかと、その境目が難しい。 今、音楽会のために、3〜4年生が練習している。音楽担当なので、練習のお手伝いはしたいものの、口出ししすぎって、思われるのもーと思ったりとバランスが難しい。 「助かった」というのと、「やりすぎ」の加減は、みんなどうやって、考えるのかなあ。 そう考えると、やらないのが楽かもって、思うんだけど、でも、そういう考えも後ろ向きだしね。 あとは、経験を積んで、その加減を知るのかなあ。百戦練磨??? |
ふりかえることも必要。
(99/10/27)No84
| この前は、遠足があった。歩いている時に、前だけ見ていると、山道だし、きついし、目的地まで 「まだー?」って感じで歩く。でも、ちょっと、後ろを振り返ってみると、高台から自分が歩いてきた風景の美しさに気がつく。 「ふりかえる」って、後ろ向きっぽくていやだけど、「あー、きれい」と歩いてきた道を思えたら、また前に進む元気がでるんだって思った。 今は、きついって思っていても、元気を出して、歩きましょう。 |
今日に限ってなんで?
(99/10/29)No85
| 夜、一人で仕事をしていたら、めっちゃくちゃおなかがすいた。幸い、だれもいないことをいいことに何かおやつあまってないかなーと棚をみると、ポテトチップスがある。このポテチ、もう、三ヶ月以上も前からあって、誰も手をつけない。夏休み前からあるし、ポテトチップスについて、誰も話をしなかったし、夜、遅く残っていたときも、「食べようか」という会話も一度もなかった。 ついつい、「後で戻しておけばよいか。」と食べ始めたら、つい、一袋食べてしまった。8時過ぎて同僚がスポ少の練習から戻ってきた。よっぽどおなかがすいていたらしく、 「すげー、腹へった。そういえば、ここに、ポテトチップスあったよね」とふってきた。 わたしは、「何を言っているのかわからないわ」という顔で、「うん、あったよね」としらをきった。 同僚いわく、「多分、たなのおかし、整理したんだね」なーんて、言っていて、思わず、私は、ゴミ箱のポテチの袋を見えないように机の中にしまったよー。だって、今まで、一度もそんな話、したことないのに、どーして、今日に限ってポテトチップスのことふってくるのよー。 といいながら、実は、口の周りがちょっとぎらぎらしていたの、ばれたかな?とどきどきした。 こんなことで、どきどきして、どーすんのよねえ。 そりゃ、半分残しておけばよかったんだけど、食べちゃったんだもん。 これでも、去年までは、「道徳」の研究していたんだよね。うちの学校。(笑い) |
エクササイズ
( 99/11/3 ) No86
| 月曜日に観た平尾はるなさんのピアノコンサートは、繊細なタッチと、力強いタッチととにかく自由自在だった。「アイザックスターンと若者たち」という番組をみていたけど、その厳しい練習にすごいなあとひたすら感心。 とにかく、「練習」あるのみなんだなあって、思った。「エクササイズ」って、言葉が好きです。 |
無神経さに気をつけないとね。
(99/11/4)No87
| きのう、マリアンとデヴイ夫人の口けんかをテレビでみたけど、マリアンの無神経さに「あんた、マジ?」と思った。文章にするのもいやなくらい。あんたー、そんなの怒るのは当たり前でしょって思った。 でも、全然気がついていないの、マリアン。で、筋違いなこと言っている。 この前の職員旅行で、私に対する超失礼な発言が校長にあったんだけど、それだって、私がものすごいムッとしていることにも気がついてない。 気がつかないことが、一番こわいんだねー。で、もっと怖いのは、相手がそのことについて、何も言わない時。私は、「言わせとけばいーじゃん」って、はき捨てるように心の中で思っていたけど、それがずっと、わだかまりになっている。だから、逆に、言ってもらえた時の方がほっとするというか。 「ごめんなさい」って、思えるでしょ? ということで、「気づかない」という無神経さが一番こわいって、思う今日このごろでした。はい。 |
じゃんじゃん荷物が届く今日このごろ。
(99/11/6)No88
| 授業研なので、インターネットで注文をたくさんしているから、じゃんじゃん荷物が届く。それも、黒ネコの宅急便が多いから、いつも配達の人も同じで、そして、私は、いつも不在。今日は、たまたま家にいたので、「あー、今日は、いましたね。」と言っていた。このごろ、すごい常連サン。 ということで、パネルシアターの本も材料もしっかりそろった。やっぱり、便利だよねー。 しかーし、落とし穴があった。紀伊国屋の方では、結構まとめて注文して、「これだけ買ったら、送料の480円も安いもの」って、思ったけど、一気にくるわけじゃなくて、あるものから順番にくることが判明。今日は、一冊だけ届いたから、1800円の本に送料480円なわけで、「えっ、これから他の本もばらばらにくるわけじゃないよねー」とおののいている。他のものは、発注済みってなっているから、 お願いだから、まとめて来てねって思っている。 それにしても、やっぱり、インターネットがあったから、ここまでくる時間があっという間だった。日曜日に注文した最初の荷物は月曜日には着いてたもんね。すごいなあ。 |
いろいろ思った1日
(99/11/9)No89
| 今日の研究会では、いろいろなことを思ったなあ。 まず、これは、横浜のぎょうざ食べたときもすごーく思ったんだけど、「基本的なんだけど、めちゃくちゃおいしい」ってことが大事だよねっていうこと。授業も料理も毎日のことで、そんなにそんなに特別なことなんてできないからこそ、基本を大切にして、おいしいものにしなくっちゃって思うんだなあ。 そのためには、やっぱり、最初においしい作り方を知ってなくっちゃないし、それを作るために日々、 腕をみがかないとねみたいなこと。「プレーンオムレツ」が一番難しいってことかな。 で、いつもプレーンなものばかりでは、やっぱり飽きちゃうから、たまには、「スペシャル」なことも大事で、それが、授業研だったりするんだけど、それだけじゃなくて、教室ちょっと飾ったり、料理を盛る器も大事にしたいなーみたいなことも思いました。 それから、二個目は、「温故知新」かな。図書館教育では、今、「マルチメディア」を使った情報教育をいかに取り入れるかみたいな流れだけど、講演の中で、『ハイテクが進めば進むほど、子どもにとって、ロウテクの部分が大事になっていく』ってあって、そこをいかに融合させるかだよねー。 この前、内外教育ってのを読んでいて、「子どもは、今、少子化だけではなく、劣子化してる」という文章がのっていたのを思い出した。今の子ってね、手に力がないの。ひもが結べない、鉄棒で体を支えられないとか。でもって、口だけは、達者みたいな。 だから、もっと、「土くさい」部分も大事だし、かと言ってそれだけではいけけないし。 今度の授業研で、「子どもが読み聞かせ」を自分で本選んで、練習して披露するんだけど、わたしはそれをMDに録音して、子どもたちが絵本みながら自分たちの読み聞かせを聞けるみたいなコーナーを作ろうって思ってます。それから、パネルシアターもデジカメで写真とって、下に文章書いてHPビルダーでHPみたいに作ったら、パソコンで絵本みたいに作れるよねー。CD−Rも買ったし、そしたら、オリジナルCD−ROMも作れるなあ。(まあ、あくまでアイデアです。) まあ、結構夢は、広がるんだけど、何せ今は、一年生。できる範囲が限られちゃう。 先生の仕事選んで良かったなあって思うのは、こういうの、自分で考えて、いろいろできる楽しみがある。 ということで、今日は、何を書きたいんだか、よくわからないです。 いい授業をみると、やる気でるんだなあ。 |
あいさつって、やっぱりいいね。
(99/11/12)
| すべての基本は、あいさつからってよく言うけど、やっぱり、あいさつは、うれしいものです。 わたしの場合、子どもたちには、徹底的にあいさつをしこむんだけど、「○○さん、おはようございます」 って、名前つきで必ず言わせるし、あいさつを無視するなんて現場を見た日には、もう大変。「それって、人として、一番やっちゃいけないことなんだよ」とまで、一年生にむかって言ってるし。 「あいさつ」ができるできないって、重要だよねー。でも、そういう形式の問題じゃなくって、やっぱり、気持ちの問題だなって、このごろおはよーコーナーをしていて思うんです。 おはよーコーナーは、まだ二日目だけど、妙にうれしいの。なんでだろう。多分、おはよーを言うって、 心の中のカーテンを開ける作業なのかもしれない。「朝だよ−」って。 結構、自分では、最初、なんてばかなコーナーを作ったのかななんて思ってたけど、実は実は、このおはよーのものすごい威力に驚かされた二日間でした。 元気を分けたり、あげたりがおはよーなのかもね。 |