OMOTTAKOBOX 4
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うさぎがいきいきしていたこと
(99/5/20)No31
| 今日、学校で、新しいうさぎの囲いができた。だから、うさぎ小屋は、囲いの中に移動したから、うさぎは、囲いの中を自由に跳び回り、草を食べ、それはそれは、楽しそうに、うれしそうにぴょんびょんはねていた。 いつもは特定の子しか近づかないうさぎ小屋のまわりには、たくさんの子どもたちがウサギをみていた。 私は、学校で飼っているうさぎは、嫌いって思っていた。目つき悪いし、いつもじっとしていて寝て、食べて、そればっかりだった。 当然だよね。小屋の中に閉じ込めていたんだもん。そして、今日のうさぎは、本当に生き生きとしていた。外の開放感を味わっていたことだろう。うさぎだって、今まで、どんなに外で遊びたかっただろうと考えると、本当にかわいそうだなあと、思った。 ところで、このうさぎを見ていて、ちょっと、反省。私はどちらかというと、子どもたちをぎりぎりと枠に入れてしまうタイプの先生だと思う。というか、先に型を教えて、だんだんと自由にしていくってやり方なんだけど、運動会練習の時、子どもたちをあまりにも 「きっちりしろ」とか、「こうしなさい」「ああしなさい」って、言いすぎだなあと思った。つまり、こっちの要求を相手におしつけるってことは、子どもたちを小屋に閉じ込めてしまうことと同じだなって思った。 もう少し、小屋の回りに、自由に動ける場を与えて、ある程度の枠を作って、そこから逸脱しなければ、okにするとか、もっと子どもたちが、のびのびと生き生きとするんじゃないのかなって思った。 バンドのことにしたって、やる気ないやつらって、思っていた6年生がやる気だしてがんばっているのは、「できる」ことをかみくだいて、スモールステップで教えていたら、俄然くいついてきた。子どもたちのせいにしないで、子どもたちが、「生き生き」と活動するために、どんな工夫をしてあげるかってとこ、もっと、もっと、いろんなとこに、工夫の余地があると思う。 ところで、うさぎは、一匹しか飼っていないんだけど、「かわいそうだから、おむこさんもらおう」という話があるが、私が断固拒否 うさぎの繁殖力は、めちゃくちゃすごいんだぞお。前回、生後1年もしないのにすぐ妊婦になるうさぎちゃんに、「うさぎに負けた」と 落ち込む私。まず、うさぎのおよめさんよりも、私のだんなさんの方が大事じゃないの?と言ったら、(もちろん冗談ですよー。) 「うさぎは、相手を選ばないからねー、誰でもいいなら、紹介するよ」と言われた。 |
岩手について その1 盛岡冷麺について
(99/5/21)No32
| 今日の夕飯は、盛岡冷麺。家庭でできる冷麺をコンビにで買ってきたんだけど、今日、買ってきた戸田久の冷麺パックは、レベルが高かった。なんといっても、キムチが本物。スープが水でうすめるタイプじゃなくて、そのまま使えるので、確実な味付け。おまけに、麺がうまい。今までいろんな家庭向け冷麺食べたけど、No1だった。本当は、じゃじや麺にしようかなって、思ったけど、「中華そばじゃじゃ麺」という邪道なものだったので、やめた。(こんな話題が通じるのは、何人でしょうか。) とここまで、書いて、「一体、盛岡冷麺って、なあに」と思われる方もいるでしょう。冷麺は、盛岡名物で、岩手の人が全部食べるかというと、そうではなくって、盛岡の人が好んでたべます。ばれいしょでつくった麺はゴムのようで、すきとおっていて、なかなか飲みこめない麺です。スープは、牛筋からとったこってりしたスープに、キムチをたくさん入れる辛い食べ物です。 だから、私なんかは、すごい冷麺が大好きなんだけど、辛いもの好きでもあり、学校でも「味覚についていけない」と言われる程です。もちろん、友達も冷麺好きが多いので当然辛いものには強いメンバー。以前に旅行した時に、その店でおそれられている「南蛮こんにゃく」なるものをみんなで「おいしいよねえ。どうして、これが、一口でやめる人が多いんだろう」と2皿平らげました。 といっても、冷麺は「おいしい」と感じるのは、食べなれた人であって、旅行者がうわさを聞いて食べると「何、これっ」といって、残す場合が多いです。3度食べるとやめられなくなって、時々無性に冷麺が食べたくなるのでした。私なんて、「焼肉屋に一人で冷麺を食べに行く女」というすごい言われ方です。(これを言うと、世間の人は驚く。でも、食べたくって、しょうがない時があるんです。) ちなみに、東京やいろんな地方である「冷麺」は、何となく似ているんだけど、盛岡の「平壌冷麺」とは、全く別物で、今まで何度失敗したことか。「盛岡冷麺」は、盛岡で食べるべし。他の場所で食べて、冷麺を語ってはいけませんよ。 (今、住んでいる街でも冷麺は出しているけど、納得の味はないですね。) |
潔く
(99/5/25)No33
| だめならだめで、潔くひくこと。いつまでも、中途半端にひきずらない。すぱっと斬る。 何でもそうだよね。「潔く」。じゃないと、前に進めない。 |
人との距離
(99/5/27)No34
| 人とつきあう時、「相手との距離のバランスをとる」ということを意識する。近くても、遠くても、相手と自分のバランスがとれていればうまくいく。でも、自分の方が近くによりすぎたり、相手が近すぎるとぎくしゃくする。 どの位の距離感でつきあえばよいのか、ちょっといろいろ考えてしまう今日このごろ。おかげで、なんとなく不自然な動き。 こういう時は、ちょびを見習うといいかもしれないね。かけひきなく。お互いがじりじりと近づく関係が一番好きです。 |
油断しない
(99/5/28)No35
| 今日、おすし屋さんに行ったら、前の学校の父兄がたくさんいた。(同窓会だったらしい。) 今日の私は、疲れきっていたので、化粧もほとんどとれていた。Tシャツにさらっと、スカートというものすごいラフな格好で、つまり、あまりきれいにしていなかったので、3年ぶりに前の学校の父兄に会った時は、ものすごーく恥ずかしかった。 いつもは、結構、ちゃんとしているのに、ユーミンの「どうしてなーの。今日にかぎってー」というフレーズが頭をぐるぐる回っていた。 そして、「ああー、油断をしては、いけないなあ」と反省。せっかくのお寿司もおいしさ半減でした。 っぽく |
あたしにはできないよ。
(99/5/29)No36
| 管理職の人がよく言う「謙虚に」とか「受容の心」とか「聞く耳をもちなさい」とか「職場の和」とか、大切だとは思うけど、つまり、「自分を立ててもらいたいだけなんじゃないの」って、思う。つまり、お嫁さんがお姑さんに仕える感じでぶつかりあいをさけてうまくやれってことかなあ。 だとしたら、わたしには、できない。学校現場は、もっとエネルギーとエネルギーのぶつかり合うとこであるべきだと思うし。 それが、疲れちゃうから、とりあえず、言うこと聞いて、「はいっ」って言って、納得できないことでも、「まあ、いいか」と妥協することを覚えることが、大人になることだとしたら、私は、大人にならなくっても、いいと思っている。つまりは、この疲れる状況を維持するだけのパワーを私が持ちつづけていられるかというところに、大きな問題があるんだね。 |
迷った時は
(99/6/4)No37
| 行くか行かないかを迷った時は、行く。やるかやらないか迷った時は、やる方を選ぶことにしよう。 |
お気に入りの場所
(99/6/7)No38
| 今朝、大岡さんの身辺雑記読んでいたら、お気にいりの場所のことが書いてあって、私は、どこかなあと考えました。 私の場合は、近所の図書館とその近くの公園。北上川沿いの広がっているサイクリングロード。中津川沿いにあるテレビ岩手のぼーっと川をみることのできるベンチ。盛岡は、川の街なので、やっぱり川の流れがいつも心にあります。海の近くに住んでいる人は、きっと海のように。 今日も、図書館の帰りに公園でぼうっとしました。公園って、みんなが自由なことしている感じがしてすごくいい。ふだん、「〜しなさい」と いう暮らしなので、それぞれが、勝手に好きなことをするという空間って、ほんとにすがすがしいというかほっとするというか。 1年生の国語の教科書に「みんな笑う みんなうたう らんらんらんらん みんなのせかい」というのが一番初めにあるんだけど、まさしくその感じです。公園も好きなんだけど、公園にいる人をみるのも好きです。 |
コンスタントに
(99/6/13)No39
| コンスタントに睡眠とったり、仕事したりしないと、風邪ひいたり、熱でたり、ダウンしてしまう今日この頃。 無理がきかなくなっているー。ご飯食べたり、睡眠時間しっかりとったり、そういうところを優先していかないと、体がもたないみたい。 優先するものは何なのかもうちょっと、考えないとなー。 |
あたし、こんなに弱かったっけ?
(99/6/15)No40
| 体はもともと弱かったけど、心も弱いような気がする。前の学校にいた時は、頼る人があまりいなかったので、本当いつも一人で道は切り開いてきたし、(もちろんさっちゃんは、いたけど・友達にも支えられていたけど)もっと、強かった気がする。今の学校にきて、頼る人がたくさんいるのはいいんだけど、あたしは、どんどん楽な方へ、そして、弱い人になっている気がする。今、ネットしていて、ずいぶん気持ち的にいろんな人を頼りにしてしまっている自分にふと気がつくんだけど、なーんか、「悩んでいる」ぽく自分をかわいそうな方にもっていっているんじゃないのかなって、そういう自分を冷めた目で見ている自分がいたりして。あたしは、そんなに弱かったかなあ。このごろ、弱音をはきすぎじゃないの?って、喝をいれたくなってきた。 |