思ったことボックス
No3
| No21 甘えているなあと反省 No22 何をこんなにむきになっているのかな。 No23 仕事意外に趣味って、やっぱり大切だね。 No24 自信ってどうしたらつくのかなあ。 No25 「見てしまったから跳べなくなるって、なんかやだな。」 No26 今年の研究テーマ No27 誰かを思って暮らすこと No28 5月こわいよお No29 変わりつづける、楽しい。 No30 わたしのお友達は、みなできている。 |
甘えているなあと反省 No21 (99/4/3)![]()
| 昨日、飲み会の二次会に行かないで、帰ってきてしまった。 他の人はみんな行った。私だけが帰った。なぜ帰ったこというと、突然、落ち込み状態に入り、もう、そこに入れる状態ではなかった。普段は、とにかく最後までいる私。同僚の方も「何か言ったか」と気にしていたと後から聞き、その人のせいではなかったので、悪かったなあと反省した。 このごろ、余裕がない。「30歳思春期説」「第3反抗期」かな。ちょっとしたことに頭にきたり、不安定になったり、落ち込んだりと激しい精神状態。 そういうことで、周囲の人に気をつかわせたりするのって、すごいカッコ悪いなあと思う。 どんどん何かと風当たりがつよくなったりするけど、ひょいとかわして軽やかに歩きたいと思う今日この頃。 私は、結局周りに甘えているだけなんだよね。反省 |
何をこんなにむきになっているんだろう。
No22(99/4/7)
| この10日間、ノンストップで働いている。毎日、毎日、14時間とか、15時間とか。そろそろ限界。 とにかく、一年生ということで、すごいパワーがいる。そして、すごいテンションで子どもたちと接する。 私は,毎日毎日こんなにめちゃくちゃ働いて、限界までやって、自分を追い詰めていると思えるほどに無理をしているのも すごくわかるし、こんな働き方していたら、絶対倒れるのもわかるし、でも、働かずにはいられない。 本当に何をこんなにむきになっているんだろう。自分なりに考えると、今、すごくすごく自信がなくて、せめて仕事だけでも自信をもちたいんだと思う。そして、今、子どもたちにエネルギーを注げば、注ぐほど、ちゃんと返ってくるものがある。 それが、快感になっているのかもしれない。 周りの人たちがすごい心配している。でも、私が、今、私でいるために、仕事しつづけるしか方法が見つからない。 |
仕事意外に趣味って、やっぱり大切だね。
No23(99/4/11)
| 「魔の一周間」を通りすぎ,この土日は、テニスをいっぱいやった。パソコンもいっぱいいじった。読書もたくさんした。 つらいつらい精神状態だったけど、集中して、好きなことをしていると、どんどん心に活力が生まれるのがわかった。 仕事ばかりじゃあ、やっぱり、つまらない。もちろん、仕事も好きだけど、趣味の世界で広げた人脈やヒントをまた、仕事に返したり、一見、仕事に関係ない知識や勉強したことって、後で自分の力として、ひょいと役に立つこともたくさんあるし。 だから、今は、直接仕事に関係のないことで、自分の好きなことは、いっぱい勉強したいし、いっぱいやってみたいし、という知識欲がもりもりと湧き出している。 あっそうそう、車の支払いも済んだから、今まで我慢していたライブとおでかけも解禁にしよう。 うーん、どうせ、しばらく結婚するとかもないと思うし、今ある時間とお金を自分のために贅沢に使ってみようと思う。 自分の世界をいっぱ広げて、引き出しもいっぱい欲しいなと思う。今しかできないことを、今やろう。 |
自信ってどうしたらつくのかなあ。
No24(99/4/17)
| いきなりタイトルの結論は、もう出ている。つまり、「〜できる。」ということだと思う。 自分の力が目に見えて分かっている場合なんかは、自信がつくんじゃないかなと思う。例えば、子どもだとしたら、「字が書ける」とか、「二重跳びが30回できる」とか。私が、子どもを育てる時は、あまり、「〜できる」という部分にこだわらないで、 「前よりも、どう変化したのか」というとこを重視するけど、やっぱり、子どもにしたら、「過程」もそりゃ大切だけど、最終的な結果の部分もやっぱり大事なんじゃないのかなあと思う。「過程」でがんばって、それが、「結果に」現われてこそ自信がつくんだと思う。 それで、自分について、今、だめたなあと思う部分がたくさんあって、そこができたら、自信か゛つくかなあと思うんだけど。 「自信のない点」 ・感傷的になる。・すぐ泣いてしまう。・字が先生とは思えない。・図工関係が苦手。・整頓が苦手。 ・だらだらする。・「まあ、いいか」でことを済ます。・一生懸命は、やっていると思うけど,大きなミスをよくする。 ・きちんとした話し方ができない。・授業がもう少し上手になればいいのに。 ・時間の使い方が下手。・ご飯とか、ぱぱっと作れない。・生き物関係が苦手。・知らないことが多すぎる。 ・体が弱い。すぐに、ダウンする。・理論的に話ができない。・気がきかない。・物怖じする。・小心者 とかとか、もっともっと、きりがないくらい。そんなことを並べていたら、ますます、自信がなくなってくるけど、やっぱり、女の人が、「自信」がつくのは、好きな人に好きになってもらっている時とか、自分の家族に認めてもらっている時とかなんじゃなかなあと思ったりする。私は、今のところ、好きな人に好きになっていてもらっている状態ではないので、まあ、そういう自信はないけれど、とりあえず、一年生からは、愛されているようだし(勘違いかもしれないけど、彼らは私が好きなようだ) 他の学年の子でも、私のことをものすごく好きでいてくれる子が結構いるみたいだし、(しかし、「遊び」という利害関係がつきまとっているけどね。あと、ちょっかいをかけるとか、名前を呼んであげているとか。)私の自信は子どもたちからもらっているのかなって、今、思った。 あっ、結論が違っていたかもしれない。いくら、「〜できる」ことが、いっぱいあっても、それは、自信にはつながらないかも。 「認められていること」「好きでいてもらうこと」「愛されていること」それが、自信につながるんだよお。うん。 って、ことは、やっぱり、「子どもに自信をつけさせるため」には、「私が子どもを認めること」「好きでいること」「愛すること」 それが、お互いの自信になるのかもしれない。あれ、よくわからなくなってきました。 あと、自信をつける練習で大切なことは、「とにかくやってみよう」という気持ちを持つことかな。今、できなくても、いつかできるようになると信じるって感じで、「今」の状況にとらわれない。「未来」を信じて物事に取り組む姿勢。 これが、大切かもしれないなあ。 |
見てしまったから、とべなくなるって何かやだなあ。
(99/4/20)No25
| お仕事も8年目に突入し、べてらんとまでとはいかなくても、ある程度の親からの信頼とか、今までの実績とか(微々たるものですが)少しずつ積み上げているものがある。だけど、今までって、「見る前に跳べ」状態で、とにかく自分の信じた道を一直線にがんがん突き進んで、それは、ものすごい大変な道だとしても、分からなかったからとりあえず、終わりを目指して行くしかなかったって感じで今まで、仕事してきた。 今、2度目の一年生。「じがくくん」という毎日の家庭学習プリントを出しているが、この道は、とてもとても厳しい。 毎日のコメント書きと教材作り、普段の教材研究や分掌の仕事にプラスして毎日1時間半近くの時間を費やすことになり、 前回やった時に、「2度とするもんかあ」と心に誓ったのでした。 いろいろと、「苦しさ」を知ってしまった今、「やるか、やらないか」を迷う場面が多くなってきた。以前だったら、そんなことは、考えないで、「まず、やってみよう」って、やっていたから、迷うことがなかった。しかし、今は、「どういうことになるのか」という 結果を知っている、苦しさやめんどくさいとか、大変さとか。 それが、「年をとるってこと」なんだなあと最近思う。 「何かやりたい」でも、これをしたら、また、管理職とぶつかったり、めんどくさいことになる。「やーめた」とか。そういう結果を予想して、先回りして、楽な道を選んでいる自分を発見した時、愕然とする。 「見てしまったから、飛べなくなる」って、すごいカッコ悪いなあ。知っている上で、それを承知で再び飛んでみることができる ことが、30代のお仕事の仕方なのかなって、最近思う、今日このごろ、再び、自学くんをはじめることにした。 |
今年の研究テーマ
(99/4/24)No26
| このごろ仕事ねたばかりだけど、今年の校内研究は、「子どもの読書指導」について。 私は、去年まで図書館担当だったけど、今年は、サブの立場なので、ちょっと気楽に考えているが、このテーマは、私にとって、 とても興味があることなので、自分なりに深く研究しようと思っている。 というのは、校内の研究だから、いろいろと枠があり、自分の不本意なことでも、合わせないといけなかったりする。 去年は、私の授業公開があったが、自分のやりたいようにできず、バトルを繰り返し、結局最後は、ストレスで入院するという さわぎを起こしてしまった。だから、「公」の部分と、「個人的」な部分とを分けて考えて、見えない部分で、せこせこすることにする。もともと、研究するのは、すごい好きなんだけど、管理職の方々は、どうも『枠』にいれたいみたいで、私は、『枠』」から出たいタイプだから、もう、合うはずがないし、生き方がちがうから、あの人たちとは、合わせても仕方ないし。 今年は1年生だから、主に「幼児教育」全般について。 1 本好きの子どもを育てる。 2 「手仕事」にこだわる。折り紙とか、「ものをつくる」手を育てる。 3 「歌」「踊り」「音読」とか、自己表現のできる子どもにする。 4 生活力をつける。 主に、「1」がメインテーマ。 世の中は、結構楽しいことにあふれている。それらのことについて、「楽しみ方」を体験させたい。 1年って、子どもにとっては、ものすこ゜い成長が見られる。どう変化していくのか、とても楽しみ。 自分の中で、まあ、地道に研究していこう。 |
誰かを思って暮らすこと
(99/4/30) No27
| インターネットで、たくさんの人と知り合いになるけど、その人とは、実際には、会うことはない。でも、その人は、実在し、生活し そして、文字を媒体として、つながりをもつ。自分の時もそうだったけど、ホームページの日記って、正直な気持ちを書けそうで、案外見る人のこととか考えると書けないことも多い。だけど、書きたいことは、書きたいから、その中の一部をさりげなあくにおわせて一行なり、二行なりにいれる。状況は、書かないんだけど、読んでいると、「何かあったのかな」って、「どうなのかな」って、その人の心のゆれを感じてしまうことがある。 だからといって、自分の本来の「生活」に関わる人ではなく、でも、「生活」には入っているわけで、会わない分、一日のふとした瞬間に考えていたりすることがある。別に、私が心配しても、何になるわけでもないし、もしかして、これって余計なお世話ってもんなのかなあと、かえって「考えている」自分を自分で非難してしまうことがある。 今朝、メールをもらって、その人の状況がとても大変なので、一日中、気に留めて暮らしていた。 忙しそうなので、メールは出さないことにして、とりあえず、私は応援しているよという気持ちを空にとぱしておこうと思う。 それが、届くかどうかは、ちょっとわからないけれど、その人に0.1gでもいいから、元気を分けてあげられたらと思った。 インターネットを始めて、ホームページを始めて、誰かを思ってくらすことがとても多くなってきたなと思う今日このごろ。 「大切」な人が増えたってことかな。(あっ。照れますねえ。) |
5月 こわいよお。
(99/5/1)No28
| ああ、とうとう5月。5月と言えば、運動会練習。ひたすら、毎日体育なんだよねえ。でも、そんなものは、こわくない。 5月、5月と言えば、「5月病」。子どもも慣れて、私も慣れて、がくんとくるかも。 でも、そんなものもどうにかなる。 5月、5月と言えば、問題行動も出てくる。とくに、行事が終わったあとなんか。 まあ、起きたら起きたで、考えよう。 私が、今、こわいもの。それは、ずばり、「生き物」です。 虫類、ウサギ類、ざりがにとか、はっきりいって、嫌いです。 まず、5月にうさぎがとうとう、一年生のお世話になる。あの、目つきの悪いうさぎちゃん。人間に、全然なついていないうさぎちゃん。それだけならいいけど、だくと、かじるし。 そして、更に、輪をかけて、「かぶと虫の幼虫を80匹」もらったというおそろしい事実。で、三つの学年で山分けしたけど、一年生の分は、30ぴき。これを教室で育てるということで、もうとほほ。バケツに入っている幼虫を土の入った水槽に移し変えないといけない幼虫にさわるのね。あー、やだよお。 昨日は、子どもが、カエルを手にのせて「かわいいでしょ」と言ったので、それを泣く泣く(心の中で。顔は笑顔)手のひらにのせて「かわいいねえ」と相槌をうつのは、結構な試練です。あと、けんごろうや、かなへびも触ったよ。 担任の影響が大きいので、私が好きにならないと子どもたちも好きにならないから、どっちが先かといわれれば、やっぱり私ががんばるしかないねって、感じ。 今年の課題は、「生き物に強くなる」ということですね。あーあーあーあーあーあーあーあー、こわいよお。 (これを最後のオタケビにしましょう。) |
変わりつづける 楽しい
(99/5/3)No29
| 結構、このごろ、小さなことで、自分の中に変化が起きている。例えば,今日のかぶとの幼虫。ちょっとだけ、抵抗がなくなってきた。 少なくとも、一匹なら、かわいいと思えるし。(大量なのは、いやだけど) うにが食べられるようになったり、ほややかきやたらこなど、 今までほとんど食べられなかったものが、食べられるようになったり、大嫌いなジエットコースターが楽しいと思ったり。 子どもとの接し方も,以前よりはやわらかくなってきたり、(時々、びしいとなるけど)あっそうそう、鉛筆の持ち方を25年ぶりくらいに変えたら、字が整ったり、ちょっと手首の使い方を変えたら、テニスのサーブが入るようになったり。 朝、全然起きられなかったんだけど、このごろは、5時半には、起きられるし、日記なんて、続けて書いたことなかったのに、ホームページで続いているし、ピアノは、昨日、最初のうちは、全然指が動かなかったけど、2時間続けて弾いていたら、どんどん感覚が戻ってきて,指がだんだん動いていく喜び。ちょびの散歩の時,季節の花々に目をむけたり、おもしろい雲の形を見つけてみたり、そして、 ありまえだと思っていた、親の愛情のありがたさが心にしみたこと。どんどん、物事の扉が開いていくって本当に楽しい。 人間、そうそう変わるもんじゃないけど、「いつでも」変わることは、できると思う。まだまだ、自分の可能性を信じることができるかもしれない。これからも、どんどん変わり続けていきたい。自分の中の頑なな部分をどんどん壊して、また作って、いつでも、新鮮な気持ちで毎日を過ごしたい。このごろ好きな言葉は,「更新」。ホームページもそうだけど、今ある日常の「繰り返し」を大切にしながらも 「更新」していくことか゜、自分が毎日楽しくいられるこつじゃないのかな。 まあ、「生活」自体は、この8年ほとんど変わっていなくて、「くりちゃんも、変わらないよねえ」というのは,私の枕言葉になっている今日このごろだけど、私も密かに密かに変わっているんだよ、ということで。 |
わたしの友達
(99/5/5) No30
| わたしは、「ともだち」がいる。小学校時代の友達、中学校時代の友達、高校時代の友達、予備校時代の友達、大学時代の友達、 社会人になってから仲良くなった友達などなど、なぜか、ずっと、ずっと続いている。この前の日記に出てきた、みゆなんて、小学校のころからの仲良しなので、もう18年以上になる。他の友達も、少なくとも10年以上はつきあっている。仕事や立場は、ちがっていても、 不思議なことに、縁が切れなくって、気まずくなることもなく、会った当時のまま、同じスタンスでつきあっている。 私の友達は、みな、私のことをそのまま受け止めてくれる。だから、ともだちの前の私は、飾ることなく、本当に私のまんまでいられるので、居心地がとてもよい。 友達と会って、おしゃべりすると、それぞれの世界でがんばっていることがひしひしと伝わってくる。すごい刺激になる。それは、競うという意味ではなく、純粋に「すごいなあ、」と思ってしまうのだ。私などは、「あっ、まだまだなんだなあ、私」と反省することも多い。 私の財産は、って聞かれたら、「ともだち」って、本当に心から思っている。だって、みな実力あるんだもん。優しいし。(あまえっ子モード )まあ、世間の声は、「女ともだちとつるんでいても、未来はないぞ」という声が大方なんだけど、「いいもん、楽しいから」 しかし、もしや、居心地がよいのは、友達が独身同士だから?そういえば、独身密度がどんどん濃くなるのは、気のせいかなあ。 結婚式が途絶えてから、早2年、みんなあ、遠慮はいらないからね。今年も結婚式は、ないのかなあ。もう、5月も中旬だし。 それにしても、私って、どうしても、おちをつけないと気がすまないのかな(笑い) |
