butubutu6
ぶつぶつ5
小さな革命
No161(2000/6/1)
| ぶつぶつコーナーは、わたしの影の部分となりつつあるような気がしてきました。日記には、明るく元気な自分。ぶつぶつのとこには、その裏側でじたばたしている自分が描かれているような気がしてきた。 更新しているくせに、日付を変えないで、そのままにしているしね。 あたしは、あまりにも、じたばたしているのがいやなので、ちょっと自分の中に小さな革命を起こしたいって思っています。 もう少し、強くなりたいって思います。 |
お手入れ
No162(2000/6/2)
| とにかく、放置しておくと、大変なことになっている。いつでも、それが生きている状態にするには、「お手入れ」が必要。 HPもそう、ぬかみそも、教室も、人間関係も、お部屋も、体も、野菜も、 何もかも・・・ やっぱり、お手入れしているところは、生命力があるんだよね。そして、そこに必要なのは、「気づく」こと。 あー、ここが、こうなっているとか、ここは、こうした方がいいとか、いつも気を配って、自分で動くことが大事なんだなあって思うのでした。 |
がむしゃらさ
(2000/6/19)No163
| なんか、がむしゃらに仕事したり、遊んだり、なんでもいいんだけど、そーいう気持ちをちょっと忘れているな・・・。 実習が終わったんだけど、実習生を見ていて、初心を思い出して、そんなことを思った。 気迫という言葉も忘れていたような気がする。もちろん、余裕をもって、 あたかかく・・・みたいなそういうのもいいと思うんだけど、わたしのキャラクター的に、そして、そういうのは、もう少し、年をとってからでもいいかな?なんて思ったりした。 このごろ、あまりに平和すぎる教室。だんだん、そういうものに物足りなさを感じて、何か、ことを起こしたくなってきた。 ぜいたくな悩みなんだろうけど・・・もっと、せめてみようか。 |
ハードル
(2000/6/19)No164
| 授業研が終わった。私の心構えとして、とにかく、前のものを超えるものにすること。何かを提案すること。だから、苦しい。 今回は、とくに、新しいことではなかったけど、「書く」「聞く」「話す」「読む」という基本を押さえれば、ここまで2年生でもできるよっていうこと。 だから、普段のしつけや、訓練的なことは、必要だよってことを見せた。 それから、私が、いかに、子供たちの気づきのよさをひきだすか。教師側がいかに、子どものよさを広げていくことが大切かってことに重点をおいた授業。ハードルは、下げてない。もう、すれすれでハードル倒しそうだったけど。ここからが、また、次のスタートだね。 |
思うことでそれは、大事な宝物だよね。
No165
| 黄色いばけつという話を読み聞かせしている。きつねの子が、黄色いばけつを見つけるんだけど、一週間待って、まだそこにあったら、自分のものにしよって決めて、その一週間のお話。一週間、きつねの子は、黄色いばけつと一緒に時間を過ごすんだけど、最後の最後にばけつは、なくなってしまうのでした。でも、きつねの子は、「もう、いいんだよ。」って言って最後は終わる。作者の後書きに、手に入らなくても、きつねの子は、色あせずにいつまでも黄色いばけつは、いつまでも胸にあるって感じのことが書いてあった。 そうなんだよね。「思う」こと・・・そのことで、大切な宝物だよね。その文読んで、泣きそうになったよ。きつねの子は、「もう、いいんだよ」って。 私も、「もう、いいんだよ」って、思っているんだけど、時々、ため息ついちゃうことがある。本当に、もう、いいんだけど。いいんだけど・・・ |
平凡だけど新しい出会いの毎日だね。
(2000/7/4)No166
| くりちゃん通信って、ほんとに、平凡な日々。だけど、毎日、繰り返される日常は新しい出会いの毎日。同じ日なんて、1日もないよね。 |
ゆっくり育てる・でも、苦しいこともくぐらせる
(2000/7/5)No167
| このごろ子どもは、ゆっくり育てるのが確実だなあと思う。あたりまえのことを何度も何度もくりかえして。基本の基本をじっくりと育てたいと思っている。 たとえば、うた。三年生で二部が入ってくるけど、なかなかできない。でも、上手にできなくても、くりかえしやる。くぐらせる。そうすると、4年生になったときに、いきなりできるようになっている。そのころには、もう、自分は担任じゃなくなっているんだけど、それでも、いい。 その時、その時の結果は、すぐに求めない。だけど、苦しいところもやることは、きっちりとくぐらせる。「できない状態」というのは、なかなかこちらも苦しいし、子どもも苦しい。だけど、そこでくぐっておくと、いつの日か花ひらくことができる。苦しいからといって、そこから逃げると、結局、なんの発展性もなく、その先が進まず、次を積み上げることができない。 だから、ゆっくり育てるけど、今を逃すと大変なことは、こだわって、子どもをおいこんでくぐらせたい。例えば、リズム感や音感、文字のていねいさ、作文を書くこと、水泳、九九、生き物を育てること、鉄棒などは、小さいうちが肝心なもの。派手じゃなくていいから、確実にね。 |
感じのいい人
(2000/7/8)No168
| この前、友達が研究会で司会をしたんだけど、ものすごい感じがいいの。 自分の友達だから誉めるんじゃなく、それ抜きにして、「いやあ、感じいい」って 思った。で、なんか、話したくなるんだよね。多分,他の人も同じで、研究会は、当然活発だった。 実は、わたし、HPでは、にこやかな人と受けとめられているけど、実際の私は、かなり烈しく、そして、かなり態度も悪い。よく、けんかもするし、いいがかりもつけるし、なんだかんだ言う。多分、あんまりいい感じじゃないのね。 自分で言うのもなんだけど。それで、合わない人となると、とことん合わない。「態度悪いって、開き直るな〜」とも言われた。 だけど、友達みてたら、「いい感じ」っていいな〜と本当に羨ましくなってしまいました。さて、私も、路線を変更しようかな〜。30過ぎたしな〜。 |
人との距離
(2000/7/8)No169
| その人との関係を長く保ちたいと思ったとき、わたしは、相手が自分との距離をどうとってくるか・・・というのをよーく見て、そして、常に、支点が真中に来るように微妙に距離をとる。変な話、だから、人づきあは、長い人が多い。 近くなったなあと思うときは、近づき、遠くしているなあと思うときは、遠くに離れ、バランスよくまっすぐになるようにしている。人間関係って、支点から距離がお互いに一定だとうまくいくよね。だけど、どちらかが近づきすぎたり、遠のいたときに、距離を変えないとだめになる。 それは、自分が近づきたいと思ったときも、相手との距離を測ったときにもし遠かったら、自分からは近づかない。すごく臆病だなーと思いつつ、心地よい関係を壊したくないときは、なおさらかもしれない。 でも、結局、犬のようになついてしまうこの性格。知らない間に、近づいていっちゃうことも多々あって、「あっ、しまった・・・」とまた、ダッシュで逃げ帰ることもよくあります。そして、その時、めちゃくちゃ不自然な行動をしているようで、きっと、その人は、ものすごーく、困っているんだろうな〜と内心ごめんなさいって思いながら、また、同じことを繰り返す。 「ここから入っちゃだめ」という線を踏んで逃げたり、「ここまではいいのに〜」 という距離までじりじりとしか行かなかったり、日によって違うので、近かったり遠かったりされるのって逆に言えば、相手は、疲れるよね。 そんなこんなで、もっと、素直に人づきあいしたいね〜。はあっ。 |
同時代の共有
(2000/7/9)No170
| HPで毎日行くサイトのみなさんと仲良くしてもらっているけど、それって、「今」っていう時間をみんなで共有しているような気がする。「台風」だったり、「選挙」だったり、時代の流れを共にしながら、それぞれの人のその日のとっておきの話を聞くのって、お互いに時間を重ねているような気がします。「今、現在」で常に付き合っている状態がすごい楽しい。 コンサートの時なんかも、お客さんみながら、「あー、この人たちと同じ曲を聴いて日々を過ごしているんだな」と考えるとちょっと不思議な気分。 今日は、友達からもらったMDを聞きながら1日を過ごしたけど、なんだか、心に同じ曲が刻まれているのも一つの共有ってことかな。 つまり何がいいたいのかっていうと、HPやってて良かったなって思うことの一つが「共有」という感覚なのってことなんだけどね。わかります?? |