[戦評]▽WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦
 
☆2月18日・両国国技館

王者 畑山 隆則 引き分け 挑戦者 リック 吉村  

mario's scorecard

畑山 隆則 

9

10

9

9

9

9

9

9

10

10

10

10

113

リック 吉村 

10

9

10

10
10 10

10

10
9-1

9

9

9

114
 
 
mario kumekawa

 僕の採点では、やや辛くつけても、リックがワンポイントは勝っているように思えた。けれども、微妙なラウンドもいくつかあったし(というか、完全にどちらかのワンサイドのラウンドは少なかった)、ドローという結果も、まあ仕方が無いといえば仕方が無い。

 序盤、リックのアウトボクシングがペースを握っている間も、畑山の迫力ある左フックがリックの膝を揺らしていたし、逆に、最後の3ラウンドでさえ、純然たるパンチのヒット数ではリック優性と採点されてもおかしくない回もあった(事実、アルゲリョは10回、コバは12回をリックのラウンドとしている)。

 判定は、けして不当ではないと思う。ただ、タイトルマッチの引き分けは事実上チャンピオンの勝ちに等しいことを考えると、リックに同情の声が集まるのはしかたないだろう。リックは、本当によく戦った。いささかダーティ・ファイトで、「あれじゃあ……」と思うボクシングファンも少なくないのだろうが、僕は、ダーティなのもリックの持ち味だと思う。リックは、けっして品性下劣であるがゆえに、ああいうスタイルをとったのではなく、戦術として選択したのだ

 むしろリックは“クリーン”過ぎたとさえ思う。頭が当たって、畑山がひるんだとき、リックはけっして打ちこもうとしなかった。必ずしも、リックのせいで起こったわけではないバッティングのときでさえ、畑山は戦うことを放棄して、何度も痛がることに専念した。あれは畑山が甘い。リックも、ああいう場面では、3,4発、「追撃」を打ちこんでこそ、真のしたたかな“ダーティファイター”と言える。

 しかし、総じてリックは僕がしてほしいと思っていたことを、ことごとく、しかもきわめて理想的にやってみせてくれた。このウェブサイトの展望記事を読んでくださった方なら、僕が「リックが勝つには」として上げた戦術・展開をほぼすべて実現したと感じておられるだろう。

 序盤、ジャブと右。続いてアッパー、中盤はクリンチでごまかし、終盤に再度打ち勝つ。そういうパターンを、僕はリックの勝利の形として想定していた。ほぼその通りに試合は運んだが、最後の3ラウンズ、やはりリックは疲れ過ぎていた。スピードはリックの方があるので、畑山も疲れていれば、打ち勝てるかもしれないと思ったのだが、やはり畑山のスタミナはたいしたものだ。かなり足をもつれさせながらではあったが、とにかく前進し、攻勢を取り続けていた。サウル・デュラン戦でもこういう戦い方で劣勢の試合をドローにこぎつけたが、これも彼の底力だろう。

 リックファンとして、思いは残らないでもない。「中盤にもう何発か右ストレートを打ちこんでいたら」、「もう少しだけクリンチをおとなしめにして、減点(森田主審の減点は正当だったと思う)を回避できていたら」、、「アルゲリョが初回か5回を(他の2人と同様)リックにつけていたら」、「9回のはじめに痛烈な左フックを食わなかったら……」などなど。

 しかし、それよりも何よりも、36歳にして、自らのボクシングを高度に集大成してみせ、全盛期の畑山と引き分けて見せたリック吉村の偉業を、ここでは讃えておきたい。リックは世界挑戦をしないまま、引退する可能性の方が大きかった。しかしこの一戦で、22回の日本王座防衛戦が一段と輝きを増したのは間違いない。今回も、10回までは明らかにリックが勝っていた。最長不倒の日本王者リック吉村は、23回目の“日本王座防衛(10回戦での日本最強の証明)”もして見せたのである。


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