展望: 畑山隆則 対 リック吉村

 WBA・ライト級タイトルマッチ12回戦:2月17日・両国国技館

畑山 隆則

25歳

24勝19KO1敗2分

リック吉村

36歳

38勝20KO5敗1分

 

 畑山にとっては初防衛戦の坂本戦に続いて、日本のジム所属の挑戦者ということになる。「もっと世界戦らしいカードを」という声も聞こえているし、その気持ちも分からないではないが、リック吉村に世界戦の機会が与えられたことを僕は喜んでいる。22回日本王座防衛という大記録を持つリックは、世界挑戦のチャンスが与えられて当然の偉大なボクサーである。これは畑山−坂本戦に続いてのジャパニーズ・スーパーファイトだ。具志堅用高対天竜数典戦が実現したようなものである。

 ただ、「挑戦資格が与えられてしかるべき」というのと、「世界タイトル奪取の期待が大きい」というのは、全然違う話であることもたしかだ。リックは実績あるボクサーだが、畑山攻略の可能性となると、きわめて厳しいように思う。ここ数日、例によって畑山が「リックは日本レベル、オレが世界を教えてやる」と憎まれ口を叩いているが、この発言は厳然たる事実と言っていい。リックがこれまでに勝利を収めた対戦相手は、(ポテンシャルはともかく)世界チャンピオンに匹敵する戦力を持ってはいなかった。世界レベルと言えた坂本博之、ヤノフスキーにはいずれも完敗を喫している。いっぽう、畑山は二階級を制した大チャンピオンなのである。

 僕はリックのことが、リング上のテクニシャンとしても、また人間としても大好きだ。ボクシングを愛し、他人と自分に対する尊敬をつねに払う男、それがリック“吉村”ロバーツだからだ。しかし、そのリックが13年間44戦のキャリアのすべてをぶつけたとしても、今の畑山は実に厚い壁に思えてならない。

 カムバック後の2試合における畑山のファイトは本当にいい。持ち前の良く動くファイトスタイルや旺盛なスタミナに加え、機敏なヘッドスリップ、強い右フックや左右アッパーに鋭い右ストレートさえ加わった。今の畑山は、アジア人に可能な最高のボクシングをしていると言っていいのではないか。

 相性の点でも、リックに有利な材料は少ない。リックが敗れた、あるいは勝てなかった相手を古い順から挙げてみよう。大山鋭二(10回判定負け)、ヴィチェスラフ・ヤノフスキー(10回判定負け)、坂本博之(9回KO負け)、そして湯場忠志(10回引き分け)……。タイプは様々だが、いずれもリックよりも体力があり、真正面からぐいぐいとプレッシャーをかけてくるという共通点があった。若い頃のリックは、よく「気が弱い」と批判されたものだが、それは、この手の相手に対してはいかにも「気持ちで負けた」という風情で敗退したからだ。

 畑山は、まさに過去にリックを破った男たちの能力を備えている。闘志を前面に出し、精力的に動き、前に出てくる。畑山の勝利パターンを思い描くのは容易だ。すなわち、軽く足を使いながら左ジャブやボディー・フックのカウンターで距離を取ろうとするリックに対し、それをものともせず前進しつづける畑山。時折放つリックの右は鋭いことは鋭いが、セラーノや坂本に打ち勝った畑山に対して決定的な防波堤とはならない。序盤か中盤でリックの防壁は崩れ落ちる……、という感じか。

 頭の中で試合をシミュレートするほどに、上の結末になる可能性が一番大きいように思えてくる。少なくとも、リックの戦力がこれまでと同じなら、ほとんど勝ち目はない、とさえ言えるのではないだろうか?

 しかし逆の考え方もできる。いやしくも世界王座を奪取するようなボクサーは、世界挑戦ではそれまでえ見せたこともなかったような良い試合を見せるではないか。星野だって、徳山だって、セラノ戦の畑山自身も、「こんな良いボクサーだったのか? 」と誰もが驚くような試合でベルトを奪ったではないか。リックにそれができないと断言する根拠もない。

 なにしろリックは、日本王者時代は横田基地での激務と兼業するため、慢性的な練習不足をキャリアで誤魔化しながらやってきたのだった。「この程度の相手なら、この程度の練習で、この程度の試合で勝てるだろう」という感じでずっとやっていたのだ。それでも勝てるのは技量の高さだが、試合はまあひどいのもあった。

 今回のリックは、違うだろう。あれほど求めてやまなかったChampionshipfight Of The Worldである。可能な限りベストの調整をしてくるはずだ。日本タイトル防衛戦でも、比較的強敵と見られた相手のときや、新記録など節目のときに限ってグッド・コンディションで出てきた。今回の世界戦でさえ、米軍兵としての仕事がトレーニングに優先しなければならないこともあるらしいのが、ちょっと心配ではあるが、リックは超ベテランだ。やるべきことはわかっているだろうし、それをやってリングに上がってくるだろう。

 さて、では、リックはどんな課題を克服してこなくてはならないだろうか。

 まず、リック勝利のビジョンを描いてみよう。もちろん、リックは判定勝ちを狙わなくてはならない。大差判定勝ちが理想だろう。基本的にはアウトボックスしなくてはならないが、いかにもおっかなびっくりのアウトボクシングを畑山が12ラウンド許すとは思えない。手を変え品を変え、駆け引きやダーティテクニックをおりまぜての「誤魔化し」をやらなくてはならない。「まとも」にやったら畑山の方が強いのだ。

 まだお互い元気な序盤は、思いきって踏み込んで、強い右を先に当てるシーンを作りたい。1,2発は「こういうパンチはあまり食いたくないな」というブローを当てておきたいものだ。リックのスピードとテクニックなら、ほんとうに打ち勝つことは無理でも、それぐらいのことはできるのではないか。要は、タイミングの点で主導権を握るために、最初だけ少し強引に打って出るのだ。畑山の数少ない欠点のひとつは、「ジャブがやや少ない」ということだ。リックが精確なジャブを沢山打てれば、序盤を制することはできる。

 ジャブとストレートを多用して序盤をわずかにリードすることができたとしても、畑山なら必ず防波堤を食い破ってくる。だから、4回あたりからは、作戦変更だ。ジャブに左ボディーフックをおりまぜるのである。ジャブをかいくぐるために、畑山は「頭を振って入る」意識を強めるだろうから、そこをはぐらかすのだ。ジャブが来ると思ったところにボディーを打たれれば、嫌な気持ちがするはずだ。ボディーフックはリックのベストショットだ。これを思いきり打つ。多少のダメージは与えたいところだ。しかし、倒しにいくのではなく、あくまでもポイントで優位に立つための攻撃だ。

 先手、先手で戦術を切り替えていくことが必要だ。畑山のリズムを乱すことが最大の要点のひとつである。畑山は、なんだかんだいって、自信満々で来るはずだ。そこをうまく

揺さぶり、足をすくって、雑なボクシングにしてやるのだ。

 中盤、6回あたりまでに2ポイントくらいリードがほしい。リックの最高のスピードを出せれば、絶対不可能というわけでもあるまい。だが、後半は厳しい。畑山の攻撃力とスタミナが、リックを苦しめはじめるだろう。そこで、なりふり構わぬファイトが必要だ。クリンチを多用し、時間をかせぎ、スキを見て「ぽかぽかぽかっ」と軽打を連発して、かきまわしたい(あわよくばポイントを取りたいが、五分ならOK)。減点ぎりぎり、あるいは1点くらい減点されてもいい、ダーティファイトもおりまぜて、7〜10ラウンドあたりを最悪でも1点マイナスくらいで乗り切りたい。

 「ダーティファイト」の戦術としては、今言ったようなクリンチが基本となる。遠距離から軽くでもパンチを当て(リーチの差があるのだから)、畑山が出てこようとしたら、長い腕を巻きつけてしまう。この際も、「攻撃的なクリンチ」が必要だ。できるだけ畑山が嫌がり、疲れるようなクリンチをしたい。腕を少し極め気味にしてみたり、相撲のようにロープまで押していったり(後ろ向きに歩くのは、とりわけ意思に反する場合は疲れる)……。

 クリンチからのブレークも、レフェリーの声を待つのではなく、なるべく自分の意志で離れたい。うまく自分のタイミングで離れることができれば、離れ際にアッパーやショートストレートを入れるチャンスがあるからだ。

 さらに、頭の位置も大きな問題になる。畑山に距離をつめられ、クリンチもできないときは、ロープにつまるくらいなら、アゴをガードした上で、むしろ頭を下げてしまいたい。ぶっつけるつもりくらいでいい。リックのおでこは「でこっぱち」型だ。バッティングが起こったら、嫌な負傷の仕方をするのは畑山のほうだ。畑山は目も腫れやすい。故意のバッテイングはもちろんよくないが、接近戦ではごちごち頭がぶつかるくらいの位置関係でやるのだ(イベンダー・ホリフィールド作戦ともいう)。畑山がレフェリーに「頭、どうにかしてくれよ」と言うくらいなら、ちょうどいい。

 チャンスがあれば、接近してくる畑山のつま先も踏んでみたい。左のつまさきをこちらの足で踏んで、そのまま横(畑山の左側)に踏み出して、思いきりわき腹を叩く。さらに、もみ合っているうちに、アッパーに見せかけたサミングで畑山の視力を落とすことができれば理想的だ。レイ・ロビンソンやアレクシス・アルゲリョのような、超ダンディースタイルにあこがれるというリックだが、リックにはロビンソンやアルゲリョのようなパンチの決定力がない。したがって、もっともっとずるーいボクシングをしなければ「世界」は届かないと考えるべきだろう。

 そんな、ダーティ・タクティクスを駆使しているうちに、序盤のわずかなリードを保ったまま終盤に入れれば良い感じだ。最後の2ラウンドは、再度打ち合うもう、足もそんなに動かないだろうし、下手に逃げようとするとあぶない。本気で打ち合ったら、畑山の方が強いし、危ない。ディフェンスとしての打ち合いを選択するのだ。もし中盤の「ダーティ戦術」が多少とも成功していれば、さすがの畑山も疲れているはずだ。リックも疲れているだろうが、ここでは歯を食いしばってジャブを出す。もちろん、インパクトのあるパンチは畑山の方が多く出すだろうが、ジャブを含めた手数ではっきり上回れば、ポイントは取れる。

 この際、リックが自分のガードに気を使いながら、タイミングの良いアッパーを出せれば、より優位に立てるだろう古城賢一郎のようにガードを固めた上で、「がん」と短いアッパーを打つのだ。しかし、あくまでも主体はジャブ。畑山に自分のリズムでコンビネーションを出させないためのアッパーである。

 坂本には見事に打ち勝った畑山だが、坂本以上の物凄い攻撃力の持ち主かというと、そうでもない。坂本はデトロイトスタイルでインファイトするという大冒険をしたから、その賭けに敗れて轟沈したのだ。坂本よりも技術はむしろしっかりしたリックが、畑山にいっぺんに攻め崩されるとも思えない。「畑山に力を出させない」というポリシーを貫徹できれば、かなりの善戦、あるいは番狂わせの判定勝ちの可能性もゼロとはいえまい。

 とりわけ、畑山はモチベーションを維持することが難しいタイプだ。世界王者だから、無論ハードワーカーだが、けして喜んで苦労するタイプではないように見える。ボクシングが楽しくてしょうがない、というわけでもないらしい。むしろ、「苦しくてしょうがないが、自分を一番表現できるのもボクシングだから、しかたない」という感じに見える。とすれば、過去2試合、奇跡のような激闘を勝ちぬいた後で、今回はどうしても気が抜けてしまう、ということも十分想像できる。S・フェザー級王座の防衛戦のような畑山なら、リックは簡単にはやられまい。

 しかし、畑山の不調の可能性はともかく、リックが勝利するために、試合前に克服しておくべき課題にはどのようなことがあげられるだろうか?

 まず、パンチの切れ味を増しておく必要があるだろう。リックはまあまあKO勝利数もあるのだが、パンチで本当に強いのはひっかけるように打つボディーフックくらいのもので、ストレート系のパンチはちゃんと腕を伸ばして打たないので、あまり切れない。しかし、畑山が相手の場合、多少は「怖い」と思わせるパンチを打たないと、前進力をくいとめることができないし、各ラウンドのポイントも取れないだろう。

 とりわけ、ジャブの精度を増し、できるだけ硬いパンチにしておきたい。少しぐらい疲れたからといって、ジャブが弱々しく流れるようではKO負けは近い。リックが勝つ場合、序盤にジャブで崩し、終盤にジャブでポイントを取ることが必要だ。

 次に、足腰を十分に鍛えておく必要があるだろう。上に述べたように、アウトボクシングだけでは勝てないリックは、中盤をもみ合いでしのぐ必要がある。頭ぐらいぶっつけなくては駄目かもしれない。そうなると、足腰には相当に負担がかかる展開になる。

 そして、なんといってもクールに戦い抜く冷静さをもってリングに上がらなくてはならない。“ロッキー”のヒロイックさはいらない。どんなことをしても、どんな展開になっても、とにかく勝つという、鬼塚勝也ばりのリアリズムと執念があれば、36歳のベテランに女神が微笑むこともあるいはありえる……?

 畑山有利の予想があまりに当たり前なので、「リックが勝つには? 」特集になってしまいました。以上。 

 


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