5月某日 | メーデー参加のため、亀戸中央公園へ行く。 亀戸へ行く手段はいろいろ選択肢があるが、今回は、最寄駅からバスで新小岩まで出て、そこから総武線で二つ戻るかたちをとることにする。 新小岩は、申すまでもなく、先日終わった「ビューティフル・ライフ」で常磐貴子が住んでいた街。バス乗車中、頭のなかはB’zの 「♪手をつないだら行ってみよう 燃えるような月の輝く丘に」というフレーズが繰り返される。何と単純な。 また、「アド街ック天国」の新小岩の回で、日本の北京≠ニ称された自転車であふれる交差点も目撃。その通りの自転車の多さに感激する。 |
5月某日 | 自宅から自転車で約20分ほどのところにある水元公園にサイクリング。東京都の北東端に所在するここは、行ってみると、水と緑に満ちあふれた巨大な公園であった。建物が何も見えない青空を見上げると、ここが東京であることを忘れる。引っ越しで疲れた体と頭のいいリフレッシュになった。 |
5月某日 | 自転車で亀有駅の南からお花茶屋まで、古本屋探訪。お花茶屋駅前の商店街のなかにあるA書店(堀切菖蒲園の同書店の兄弟店)はさすがにいい本がある。 自転車であちこちをさまよい歩く楽しさを知ってしまった。 |
5月某日 | 友人のHPにて、銀座の交詢社ビルが近日取り壊されることになり、そろそろ建物のまわりに足場が組まれてしまうということを知り、駆けつける。同じ目的で見に来ている人々が結構いる。また、東側面(ピルゼン側)をキャンバスに描いている人二人。私もデジカメでその姿を撮影する。もったいない。〔写真〕 昼食は、三原橋近くの“Dear.SOUP”という、スープがメインの店にて。スープにご飯かパンがついて700〜800円。情報源は『散歩の達人』。なかなかいい。 銀座線で上野に出て、上野松坂屋にて買物ののち、帰宅。 |
5月某日 | 新宿区所在のブックオフめぐり。高田馬場北店・高田馬場店・新大久保店の三店舗。一番質が良さそうなのは高田馬場北店。数が揃っているのは新大久保店。新大久保店で野尻抱影の未入手ちくま文庫本をゲット。全体的には、期待したほどではなかった。広さはやはり山形のほうが断然。 高田馬場から新大久保まで歩く。そのあいだの百人町・新大久保近辺という場所は、まっすぐな道で整然と区画されている。このあたりはもともと何だったのだろう。新大久保は雑然としていて、人の流れがスムーズではない。 その後銀座に出て、歌舞伎座團菊祭五月大歌舞伎夜の部を観劇。今回は絶対確実に近藤サトさんが受付にいた(しつこい)。歌舞伎役者の奥様はたいへんだ。 |
5月某日 | 朝、千駄木→根津神社ルートで通勤。昼、大喜@湯島でつけそば。湯島近辺を散策している途中、昼休みのネクタイ姿のサラリーマンが二組(それぞれ関係なし)、全力投球でキャッチボールをしている場面に遭遇する。うち一組は、道路をはさんで、道路をななめに横切るかたちでだ。 |
5月某日 | 朝、西日暮里→富士見坂→三崎坂→あかぢ坂ルートで通勤。帰りは、団子坂上から千駄木の住宅が密集している路地をあてどなく歩き、狸坂から動坂下に出、古書ほうろうに立ち寄る。 |
5月某日 | 友人二人を誘って、堀切菖蒲園・お花茶屋の古書店めぐり。堀切ではラーメン二郎にて昼食。その後拙宅にご招待し、書物談義に花が咲く。 |
5月某日 | 帰り道、おばけ階段→根津神社を経て、今日もまた古書ほうろうに立ち寄り、西日暮里から帰途につく。地下鉄二駅分歩くことが苦にならなくなった。 |
5月某日 | 昼休み、久しぶりに福のれんで昼食をとった後、湯島界隈をあてどもなく散策する。いつも脇に見ながら素通りしていた麟祥院に入ってみる。門内に案内板を見ているおじいさんがいたのがきっかけ。ここは春日局の墓所があることで知られる。 入ってみると緑が鬱蒼として、木陰が涼しく、意外に広いので驚く。東洋大学発祥の地の碑、春日局のお墓、彼女の実家の稲葉家の墓所など。さらに墓地の奥地へとさまよっているうちに、一番隅のほうに赤煉瓦を格子状に積み上げた塀で区画されている墓所を発見。これは怪しい。近づいてみると、嵯峨実愛はじめ華族嵯峨家の墓所であった。嵯峨家は元正親町三条家。実愛は、明治初期に伯爵→侯爵の陞爵運動をしたことで有名(浅見雅男『華族の誕生』中公文庫、参照)。探墓の嗅覚がわれながら敏感になったことに満足。 |
5月某日 | 朝、今日は日暮里駅北口を出る。露伴邸跡を通っていこうと思っていたが、北口を出てすぐにある谷中墓地入口から入ったことがないので、入ってみる。入ってしばらく行くと、右手に巨大な墓が。見てみると出羽海谷右衛門(つまり「角聖」と呼ばれた第19代横綱常陸山)のお墓。さらに行くと牧野富太郎のお墓、侯爵花山院家のお墓など。こちらも見所多し。 帰途、信濃町へ。駅近くにあるデ・ラランデ邸が目当てだったが、すでに解体されて塀だけが残されている〔写真〕。その後四谷方面へ歩く。このあたり、非常に起伏に富んだ地形だ。途中、若葉という素敵なくぼみ町≠通る。そこから東福院坂をのぼり、四谷・新宿通りに出る。途中の右手に、まず愛染院。塙保己一のお墓があるということだったが、ちょっと中に入りずらい雰囲気で、今回は断念。さらに進むと文化放送の社屋が。あたりには若い女の子たちがたむろしている。誰かの収録があるのだろう。 新宿通りで見つけた小さな古本屋をひやかしたあと、津の守坂を下って市谷・靖国通りへ。津の守坂の目線の先には、先ごろ竣工した防衛庁の建物、そして通信のための鉄塔がそびえ立っている。曙橋より帰途につく。 |
5月某日 | 五回目の結婚記念日。五年かあ。 仕事帰り、シャモ料理の老舗玉ひで@人形町に行く。シャモ鍋定食。はじめて生の鶏肉を食べる。うまい。また鍋では、鳥レバーの柔らかいこと。口に中に入れるととろける感じ。レバーを含め、こんな美味い鶏肉ははじめて。二畳の狭い小部屋もまたいい。満足なり。 |
5月某日 | ブックオフめぐりパート2。目白駅を降り立ち、目白駅前店。友人のために掘出物。 気分を良くして、日立目白クラブへ。学習院の寮として建てられた上品な建築物。十年近く前、同級生の友人の結婚式がここで執り行なわれた。もちろん友人は日立の社員。当時この場所がそうした由緒のあるものだとは思っていなかった。いやはや目白(下落合)の住宅の高級さは並大抵のものではない。 目白の徳川黎明会(徳川林政史研究所)の前を通って池袋方面へ。ここの建物もモダンなもの(昭和7年築)。 二番目は要町店。さらに地下鉄有楽町線で東池袋に出、さらにそこから都電荒川線を乗り継いで大塚へ。三番目は大塚駅前店。 |
5月某日 | 所用で三田へ。ブックオフ大井町阪急店に立ち寄る。帰途、日の出桟橋まで歩き、水上バスで浅草まで。浅草からの便に比べると乗船客が少なくて快適。やっぱり隅田川の橋はいい。 |
5月某日 | 所用で三田。都営三田線を一つ手前の芝公園で降りる。 綱の引手坂を登り赤羽小内に入る。有馬化け猫騒動の猫塚探索のためであったが、見つけられず。その後イタリア大使館の脇を通る。近くの春日神社で、子猫を口にくわえた親猫を見かける。子猫は死んでいるらしい。一日ブルーな気分に。 |
5月某日 | 朝、先日購入した森まゆみさん編著『谷中墓地掃苔録』を携えて谷中墓地散策。これまで踏み込んだことのない乙1〜7の地域に行ってみる。前掲書では「弐」がそれに該当する。乙地域に踏み込む前に、田中芳男のお墓。さて乙地域。まずは何といっても重野安繹。職場の大先達。隣には幕末の攘夷派公卿大原重徳のお墓。私と同じような目的のおばさまの団体と出会い、徳川慶喜のお墓の位置を尋ねられる。教えてあげたら、「あら、あなたの持っている本いいわね」と言われた。 その後浅利慶太氏の父、姉、夫人のお墓、箕作家のお墓。また、原阿佐緒との不倫によって東北大教授を辞職に追い込まれた物理学者石原純のお墓。さらに依田学海のお墓。最後はあのニコライ堂のニコライ大主教のお墓。ここだけ異質な空間。よく通っていた道路のすぐ裏にあるではないか。まだまだ谷中墓地は見所満載だ。 |
6月某日 | ブックオフめぐりパート3。6号松戸馬橋店に行く。 |
6月某日 | 帰途、千駄木の邸宅地域をぶらぶらと歩き、須藤公園の上に出る。以前書いたが、ここはもと旗本松平氏の屋敷(庭園)跡。須藤公園に至る手前に「須藤」という表札を掲げたお家が数軒。関係があるのかと思ったら、あるようだ。 公園入り口に据え付けられた来歴の碑によれば、このあたりは、明治期に一時品川弥二郎の手に渡ったのち、須藤某さんが買い取り、須藤さんが都に寄付したとのこと。だからこのようなかたちできちんと保存されているわけだ。いいなあこの辺。 |
6月某日 | ブックオフめぐりパート4。東武伊勢崎線沿線埼玉南部めぐり。春日部駅東口店・越谷駅前店・草加店に行く。 |
6月某日 | 帰途、銀座に立ち寄る。歌舞伎座近くの奥村書店から、松屋裏の奥村書店二つ。戸板康二氏の署名本(\1,000)をゲット。 |
6月某日 | 帰途、池袋に立ち寄る。たもかく本の森、文庫ボックスの二所。 |
6月某日 | 歌舞伎座六月大歌舞伎昼の部「番町皿屋敷」「大津絵道成寺」を幕見で見る(\800*2)。昼は米沢ラーメン愛愛で冷やしラーメン。 |
6月某日 | 東京駅八重洲地下街の八重洲古書館と金井書店に立ち寄る。その後歩いて銀座に出、歌舞伎座六月大歌舞伎夜の部を見る。幕間に銀座元楽にて元ラーメン。 |
6月某日 | 柴又にサイクリング。片道25分ほど。さすが下町の大観光地、決して広くはない参道は人でいっぱい。 |
6月某日 | 仕事帰り、神宮バッティングセンターに立ち寄る。絶不調。信濃町駅を降り立つと人が多いのに気づく。ヤクルト×横浜戦であった。今回は断念。 その後歩いて千駄ヶ谷駅まで出、駅近くの東京体育館へ。今日は休みであったが、女子バレーボール世界最終予選のチケットを売っていないか確認したかった。休みの日は窓口も開いていないらしい。仕方なくそのまま地下鉄大江戸線の国立競技場前駅から、次の代々木駅まで乗ってみる。ガラガラ。一両に数人。しかし車輌のクッションは快適なり。 |
6月某日 | 朝、千駄木→根津神社ルートで通勤。帰りは一つ手前の駅で下車し、駅周辺にあるリサイクル書店をまわる。 |
6月某日 | 帰途、千駄木界隈を散策し、西日暮里の古書ほうろうに立ち寄るも、六月一杯休業ということで、空しく帰る。 |
6月某日 | 高田馬場から早稲田まで、早稲田の古本屋めぐり。 その後、早稲田近くの馬場下町から都バスで信濃町方面へ。夏目坂を上り、河田町の東京女子医大前、旧フジテレビ(今は都営住宅建設中)、四谷大木戸を通り、新宿御苑裏の内藤町大京町で下車。慶応大学医学部辺を歩く。厳めしい雰囲気の近代建築二つ。北側の建物が古そうだと思っていたが、帰宅後『建築探偵術入門』を見ると南側の建物が昭和七年築の大学病院別館だという。いいもん見てねー。 信濃町駅で友人三人と待ち合わせ、四谷方面散策。まず旧デ・ラランデ邸を見て、出羽坂を下り、みなみもと町公園へ。入り口に鮫ヶ橋の地名の発祥となったというせきどめ稲荷がある。一説では、荷風「日和下駄」の閑地≠ニはここの公園を指すのだそうだ。帰宅後地図を見ると、真向かいにマーシャル諸島大使館があったという。気づかなかった。与謝野馨氏が選挙カーに乗っていた。 鮫ヶ橋谷町の通りを散策、塙保己一のお墓がある愛染院だが、墓地には入れず。新宿通りから四谷の飲み街(杉大門通)を下り、右手にバブルの塔≠ニして名高い未完の塔を見上げながら靖国通りに出る。正面にフジテレビ通りを見て、斜めに台町通りを上る。めざすは坂上にある余丁町。荷風断腸亭の故地だ。覚えていた番地はマンションが建っていた。説明板すらない。残念なり。余丁町の通りは尾根道となっており、突き当たりに厳島神社(通称抜け弁天)がある。余丁町辺はいかにも旗本屋敷があったと推測される短冊形の町割りが残る。 抜け弁天を詣で、都バスに乗って神楽坂まで。山形居酒屋「もきち」で飲み会。相変わらず十四代は美味い。 |
7月某日 | 赤羽の古本屋めぐり。駅周辺にある昔ながらの古本屋からブックオフまで4軒。意外にいい本を置いているお店が多い。小収穫。 その後、浦和の駒場スタジアムで開催された浦和レッズ×モンテディオ山形戦を観戦。もちろんモンテディオを応援する。当たり前の話だが、まわりは山形からツアーを組んで来た人たち、首都圏に住む山形出身の人たち、モンテディオが好きな人たちばかりで、何とも楽しい。久しぶりに大声を出す。 試合は残念ながら敗れたが、帰途、駅前で「山形吟醸」という看板を出す居酒屋を見つけ、メーリングリストの仲間(高校の後輩でもある)三人と飲む。話が尽きない。したたか酔って来たく。 |
7月某日 | 帰途、東大地震研前の願行寺・西教寺を通り、日本医科大→団子坂上→須藤公園を経て、西日暮里の「古書ほうろう」に立ち寄る。最近古書ほうろうに立ち寄るときにはこのルートを使うことが多くなった。 願行寺・西教寺は鴎外の史伝ゆかりの寺であることをいま読書中の『鴎外の坂』で知る。今まではお寺があることは知っていたが、名前までしっかりと覚えていなかった。 |
7月某日 | 朝、千駄木→団子坂→藪下通り→根津神社→おばけ階段ルートで通勤。団子坂は鴎外観潮楼跡のある藪下通りまで登るのがきついので、途中の崖下で左に折れることが多いのだが、完全なる『鴎外の坂』の影響で藪下通りを通りたくなったのだ。 |
7月某日 | 目黒区在住の友人の案内で、東横線沿線の古本屋めぐりをする。 学芸大学駅周辺から都立大学駅周辺を経て自由が丘まで。そこそこの収穫。途中、都立大学駅近くの和歌山ラーメンの店まっち棒にて昼食。久しぶりに和歌山ラーメンを食したが、やはり美味い。電車を使わずすべて歩いたので、最後の自由が丘にたどり着いたときにはヘロヘロに。 自由が丘は初めて訪れる場所。巷の評判どおり、ベビーカーを押す奥様方が闊歩している。モンブランにてモンブランを買って、古書買いすぎの贖罪とする。 |
7月某日 | 歌舞伎座市川猿之助七月大歌舞伎昼の部を観る。帰途、奥村書店に立ち寄る。また、友人にプリンがおいしいと教えてもらった銀座千疋屋に立ち寄り、そのプリン(600円!)を買って帰る。 |
7月某日 | 昼休み、ちょっと足をのばして飯田橋へ。六月下旬、警察病院の裏に、中野のラーメンの名店「青葉」の支店が開店したばかりだという。ランキング上位の常連店なれど、行ったことがない店だったため、大きな期待を抱いて、すでに5〜6人が立ち並ぶ行列の最後尾につく。 猛暑だったので、つけめんを注文しようと思って来たのだが、初めての青葉だし、まわりの人が食べているのを見て、「特製中華そば」にする。煮干だしのきいたスープ、チャーシュー、メンマ、煮玉子すべてが絶品。暑いなか汗をかきながらおもむいた甲斐があった。今度はつけめんを食べよう。 今まで飯田橋からは神楽坂方向にしか行ったことがなかったのだが、逆方向牛込橋を渡った富士見方面もまた趣がある界隈だ。 |
7月某日 | 友人と、中目黒に開店したブックオフに行く。三フロアにわたる。その後中目黒から目黒川沿いを権之助坂下まで歩き、坂の中腹にあるラーメン屋田丸でチャーシュー麺を食す。目黒川沿いの整備された遊歩道は風情あり。桜の時期はいいのだろう。 目黒から池袋に移動、サンシャインで開催中の古本掘出市を流して帰宅。 |
7月某日 | 所用で渋谷区東の国学院大学へ行く。表参道を起点に、昼食は醍醐@青山。食後青山通りをぶらぶら歩く。自分は青山という場所が似合う人間ではないのだが、青山というところは歩いていてなぜか楽しい。歩いている人々を見ているのが楽しいというべきかもしれない。 国学院大学周辺を散策。旧オウム南青山総本部跡。私の記憶にある景色(車の往来が激しい商業地のど真ん中)とはまったく異なり、閑静な住宅地の真ん中といった雰囲気。真向かいには常陸宮邸。根津美術館を含む南青山周辺の豪邸を見て歩く。 |
7月某日 | 市川猿之助七月大歌舞伎夜の部を観る。夕食は元楽でつけ麺大盛り(\880)。 |
7月某日 | 朝、久しぶりに谷中ルートで通勤。蝉の声喧し。そして暑い。 昼は青葉@飯田橋。三人待ち。でもすぐ席につくことができた。食べたのは特製つけ麺(\850)。美味い。よくラーメンを評して「麺がスープに絡む」という言葉を聞くが、それを初めて実感したような気がする。 帰途、秋葉原に立ち寄る。さすが物欲の街。ワクワクしてくる。 |
7月某日 | 昼、三週間ぶりくらいでがんこ@本郷。ここもやはり美味い。24・25日と感謝セールで各メニューが300円になるという。残念。その日は所用で来ることができない(涙)。 帰途古書ほうろう@西日暮里まで歩く。汗だく。でもそこそこ収穫があったのでよろし。 |
7月某日 | 木挽町にて、昼の部「黒塚」を幕見で再見(\900)。大入り満員なり。昼食は久しぶりに小法師にて、和風冷やしラーメン。 1000円散髪をした後、日本橋三越にて家族と待ち合わせ。買物をして帰宅。 |
7月某日 | “我楽多本舗”の10000HIT記念オフ会に参加。飯田橋の居酒屋で飲む。十四代本丸。オフ会の前に青葉で腹ごしらえ。今日は普通のつけ麺(\650)。美味い。 |
7月某日 | 大田区大森中にある密乗院というお寺での板碑調査に参加する。 行きは京急蒲田駅から、呑川・旧呑川緑地を歩く。帰りはJR蒲田駅まで歩く。途中、「キネマ通商店街」という程良く寂れた商店街を通る。もちろん、頭では「蒲田行進曲」が流れる。 せっかくだから(この辺の論理飛躍か)、大井町で途中下車、駅前のブックオフ大井町阪急店に立ち寄る。 |
7月某日 | 今日も同じく密乗院。行き帰りともJR蒲田駅から。現地まで徒歩25分程度。 今日は京急蒲田駅から蒲田駅周辺の古本屋めぐりをする。京急蒲田駅前のアーケード商店街に四軒。JR蒲田駅前に二軒。昨日蒲田駅を出たばかりの電車の車窓から、「古書」の看板を見つけ、帰宅後物の本で調べてみると、何と龍生書林であった。仙台の頃から知っている名前だ。今日の一番の楽しみ。行ってみると、名前が「誠竜書林」に変わっていた。名前が変わったのだろうか。ともかくも購入二冊。 もう一つの楽しみ。それは蓮沼駅(東急池上線、蒲田の次)前のラーメン屋「インディアン」。ラーメンとカレーのセットが美味しいと評判の店である。当然ラーメン+半カレーのセットを注文する(\1,000)。ラーメンは薄味。チャーシューが柔らかくとろけるようで絶品。それ以上にカレーが絶品。大当たり。美味すぎる。昔デパートの食堂で食べたカレーライスにコクが増して上品にした感じ。メニューには「当店のカレーより美味しい店があったら教えて下さい。勉強してきます」の言葉が。自信があるのだろうが、それに見合う味。カレーだけを食べに来たいくらいだ。 |
7月某日 | 今日は大田区南馬込の万福寺にて調査。浅草線西馬込駅から歩く。途中、すでに開館していた大田区郷土博物館に立ち寄り、『馬込文士村ガイドブック 改訂版』を購入(\200)。 起伏が激しい道を歩きながら思ったのは、「ここ馬込は、大田区の山手だ(田園調布はこのさい無視)」ということ。昨日までの蒲田周辺が下町的とするなら、馬込は閑静な住宅地という雰囲気が濃厚。文士村≠ェ形成されるだけのことはある。 昼休み、少し時間があったので、地図を携えて、今日の一番のお目当て、南馬込4丁目にある三島由紀夫邸を訪ねる。途中、衣巻省三・稲垣足穂旧邸があるはずなのだが、見つけられず(涙)。細く、起伏が激しい道を歩くこと十数分、ついにそれらしい建物を見つけた。多角形の塔二つが左右に配置された二階の造りがきわめて個性的で、「おっこれは」と思って表札を見ると、「三島由紀夫」の文字が。わおー。一段高くなっている庭を見上げると、有名なアポロンの立像の背中が見える。わおわおー。むろん今もご遺族(ご子息)が住んでいらっしゃるので、遠慮しつつちょっとだけデジカメで撮影して、早々に立ち去る。 帰途、馬込から大森まで歩く。もう少し仕事が終わるのが早ければ、文士村を散策したのだが、少し遅くなったので断念。北原白秋邸跡・日夏耿之介邸跡を見たかった。後日を期す。 そのかわり、環七から分岐して大森駅前まで伸びる「ジャーマン通り」(この名前は何?来歴不明)で、とびきり素敵な古本屋さん(「さん」を付けたい)を見つけてしまった。幸福な気持ちで帰途につく。 |
7月某日 | 大喜@湯島で昼食。つけそば(\650)。青葉@飯田橋の濃いつけ麺を堪能してしまったからにはどうかとも思ったが、ここもやはり美味い。 スピッツのニューアルバム『ハヤブサ』を購う。 |
7月某日 | 朝、久しぶりに団子坂→藪下通り→根津神社ルートで通勤。汗ダラダラだが、鬱蒼とした木々に囲まれた根津神社で一瞬の涼味を味わうのもまたよろし。 |
8月某日 | 仕事帰り、新宿駅前のデパート二軒に立ち寄る。 まず小田急百貨店内の小田急美術館。本日から始まった「寺山修司展」をさっそく見る。夏でだらけた気持ちがピリッと引き締まる思い。なぜこうも寺山のつむぎだす言葉に惹かれるのだろう。「不完全な死体として生まれ、何十年もかかって完全な死体になる」という詩のパネルの前でしばしたたずむ。また、彼の出演した日本中央競馬会のCMが流れるモニターの前で釘付けになる。新たに彼の演劇人としての側面に興味を持つ。「天上桟敷」の講演を見てみたかった。ともかくも、生きる力がみなぎってくる。 次に京王百貨店。古書市に行くつもりだったのだが、本日が最終日で早く終了してしまっていた(涙)。 気を取りなおして百人町の人気ラーメン店竈でくん玉チャーシュー麺(\950)。すべてよし。途中、竈の主人の出身店武蔵の脇を通るが、ものすごい行列。竈は並ぶことなくほどほどの混みよう。これでいいのだ。 新大久保駅に向かう途中、「新宿古書センター」なる古書店を発見。あんなに旺文社文庫の在庫がある店は初めて見た。 |
8月某日 | 福島県郡山市の磐梯熱海に一泊。温泉につかる。…といっても、研究会のセミナー。おまけに自分の口頭報告。でも楽しい二日間なり。 郡山は盆地であり、夏は特有の暑さにみまわれる。しかし朝晩は涼しくすごしやすい。そこが東京の暑さと大違いのところだ。 |
8月某日 | 仕事帰り木挽町へ。妻と待ち合わせて、八月納涼歌舞伎第三部「東海道四谷怪談」を見る。三部制だと仕事帰りに見ることができる。幕間に外でラーメンでもと思っていたが、ものすごい雷雨のため断念。 |
8月某日 | 昼は大喜@湯島でラーメン。外がいくら暑くても、美味いものは美味い。汗をかきながらスープをすする。 帰途古書ほうろう@西日暮里に立ち寄る。いつものごとく汗ダラダラ。でもミニ収穫あり。 |
8月某日 | 青葉@飯田橋。暑いのに、夏なのに五人待ち。中華そば(\600)を汗だくになりながら食す。しばらくつけ麺ばかりだったが、最初に行ったとき以来の中華そば。美味い。今度後輩を案内せねば。 |
8月某日 | 後輩が職場に調査に来たので、誘って池之端藪蕎麦へ。はじめて藪蕎麦に行く。ざる二枚に天たねで2050円。ちょっと高めで、そのうえに量も物足りないが、蕎麦とは本来こういうものなのだろう。蕎麦の風味が素晴らしい。 |
8月某日 | 心静かになりたくて、朝、久しぶりに谷中墓地ルートで通勤。並木が涼しい。この時期のお線香の香りもいい。心が静まる。瑞輪寺隣の日本美術院は新築工事中。以前の建物はすっかり取り壊されてしまっていた。変化その一。根津小学校前の通称「カメ公園」に、文京区で墓石型<rルを建てるというので、周辺のマンションに反対の幟が立ててあり、反対運動が繰り広げられている。。掲げてあった計画図を見ると確かに墓石型≠セ。変化その二。三浦坂→異人坂ルートを歩くと汗だくに。 帰途、バスにて厩橋に出、そこから浅草まで歩く。雷門の古本屋で大収穫。最後に吾妻橋のたもとから隅田川を眺める。脇の船宿では宴たけなわで賑やかだ。いい一日であった。 |
8月某日 | 所用で仙台に行く。駅から国分町近くのラーメン屋北○まで歩き、つけめん(\700)。いわゆる冷やし中華の味をつけめんにした感じ。麺が固くしまってしこしこ。 タクシーで大橋たもとの尚古堂書店へ。小収穫。そこから歩いて東北大学へ。広瀬川の川風が素敵に涼しい。幸福な一日。 |
8月某日 | 千駄木→団子坂→観潮楼跡→根津神社ルートで通勤。暑くとも歩いて、少しは運動しないと。 |
8月某日 | 木挽町にて八月納涼歌舞伎第一部の「茶壺」を幕見で見る。 気分良く外に出て、奥村書店にて一冊購入。都営浅草線にて日本橋へ行き、日本橋高島屋にて家族と待ち合わせ。高島屋の地下大食堂で昼食。デパートの食堂なんて、何年ぶりなのだろう。地下食品街で開催中の信州・軽井沢うまいもの展で夕食のために生そばを買い求める。 その後日本橋近くの榮太郎本舗に行くも、休み。東急日本橋店があった場所は、すでに建物は撤去され、ぽっかりと空を見通せるような空間が広がる。 歩いて東京駅の八重洲地下街へ。古書二冊。子供のために「おじゃる丸」のおもちゃ。 |
8月某日 | 神保町の共栄堂にてポークカレーを食す(\800)。苦みがあってなかなか。 |
8月某日 | 山形に帰省する。 |
8月某日 | 冷やしラーメンの元祖といわれる栄屋本店に行く。ここで冷やしラーメンを食べるのは二度目だが、やはりラーメンは冷たいより熱いほうがいい。 |
8月某日 | 仙台に行く。知人宅に一泊。 |
8月某日 | 多賀城にある東北歴史博物館に行く。昼食は結婚披露宴を行なったホテルにて。山形に帰る。 |
8月某日 | 蕎麦屋の庄司屋に行く。接待とおぼしきサラリーマン多し。外車をはじめとした高級車で来る人多い。われわれはTシャツに短パン・サンダル。 ここの支店「出羽路」が、虎ノ門にある山形プラザ「ゆとり都」にあって、以前友人と行ったことがある。そのとき食べたのと同じ板そばを食す(\1,300)。コシがあってうまい。妻は相盛板といって、蕎麦と、そうめんのような白くて細いさらしなが半分ずつ板にのったもの(\1,600)。満腹。 |