東京物欲見物欲日録 2003

A Yamagatan in TOKYO


■最新の日録へ戻る■


9月某日 本郷春木町の先にあったラーメン屋福のれんが堂堂(SUSUMU)という名前のラーメン屋に改装されたという話を聞き、食べに行ってみる。丸そばを食べる。「丸」というのは、鶏を丸ごと寸胴に入れてスープをとることから付いた名前らしい。あっさり醤油味。少し物足りない。
9月某日 横浜若葉町にある映画館シネマジャック「自由学校」(1951年松竹、獅子文六原作、渋谷実監督)を観に行く。原作がすこぶる面白かったので期待の映画だったが、以前観た獅子文六原作の映画「青春怪談」に比べ、原作の雰囲気を伝え切れていない憾みが残る。
主人公五百助に佐分利信、駒子に高峰三枝子。原作から佐分利信の五百助は想像できなかったのだが、観てみると意外に悪くない。高峰三枝子は文句なし。ほか佐田啓二・淡島千景。佐田啓二の出演映画は初めて。怪演というべきか。なるほど中井貴一そっくり。笠智衆が高峰に言い寄ってふられる役。小津映画のイメージとは大違い。原作の役柄にピタリなのは東野英治郎一人。
映画によって、獅子文六が戦前そして戦後日本社会に放った諷刺の矢が先鋭化されたというプラス面がある反面で、五百助の転落・上昇という運命の波と気を揉む駒子の姿を「次はどうなるか」と追うスリルが薄く、また戦後東京における下層生活の細部描写が粗い印象を受ける。原作の流れを無理に詰め込もうとしたために、エピソードそれぞれが唐突に出現する。これを観ると、いかに映画「青春怪談」が原作の雰囲気を損ねていないかがわかり、またいっぽうで、小説「自由学校」という作品が獅子文六の最高傑作であることを認識させられる。
とはいえ戦後直後のお茶の水の風景がなんともいい。遠景の聖橋、ニコライ堂、お茶の水橋の下のバラック。アテネフランセ近辺の坂道から見渡す東京の町並みを見ると、これが本当に東京なのかと訝るくらい。あのあたりがいかに高台であるかを今更ながら知る。
映画館のある若葉町伊勢佐木町の隣の筋。仙台にいた頃、横浜に旅行し、伊勢佐木町の通り(イセザキモール)沿いにあるホテルに妻と宿泊したことを思い出した。伊勢佐木町を訪れるのはそれ以来。あのときは大雪に見舞われ観光どころではなかった。久しぶりの伊勢佐木町、その寂れ方に愕然とする。場末という雰囲気に墜ちてしまっている。しかしそれが自分にはしっくり来るのだが。映画館で配布されていたパンフレットには、浅草六区のように映画館が軒を連ねて賑わう伊勢佐木町の古い写真が掲載されている。先日遭遇した、通りの先に見えるランドマークタワー(みなとみらい)界隈の喧噪とは対照的だった。
9月某日 やましたさんよりまもなく閉店との報を教えてもらったので、小川町のブックマーケットに行く。ついで銀座に出、久しぶりにニューキャッスルにて昼食。大森を頼んだが足りない。やはり蒲田か。奥村書店三丁目店・新生堂をめぐったのち、歌舞伎夜の部を観劇。奥村書店三丁目店では大倉崇裕『七度狐』という収穫。落語ミステリ。
9月某日 横手出張。北上で乗り換え、北上線で横手に入る。ハイキング客多し。
昼食は焼きそばのふじわらにて、肉玉子入りダブル(530円)。満足満足。時間までまだ余裕があったので腹ごなしに散歩。横手工業高校前に小さな印刷屋があり、ちらりとのぞいてみると活字の棚が見えた。何となく嬉しい。横手では時間がなくブックオフに立ち寄れず。
仕事を終え、奥羽本線で新庄まで南下、新庄から山形新幹線に乗って山形の実家に宿泊。夕食後休む間もなく近くのブックオフ山形寿店まで散歩。川本三郎『映画の昭和雑貨店』(小学館)という嬉しい収穫あり。
9月某日 山形より高速バスで仙台に入る。バスにて、萬葉堂書店鈎取店に行く。ついに『獅子文六全集』購入。
昼食はいつものとおり名掛丁の天下一品にて。味噌天一を食す。初めて食べた時には、味噌と天一の奇跡的な合体と歓喜したが、いま食べてみると、天一はやはり普通の天一に限るというような気がする。ブックオフ仙台駅西口店に立ち寄るも、収穫なし。
9月某日 木挽町に行き、九月大歌舞伎昼の部を観劇。昼食は元楽にて元ラーメンぶためしセット(800円)。
9月某日 長男を連れて、電車とバスを乗り継ぎ中野区松が丘(江古田の東・落合の西)にある哲学堂公園に行く。東洋大学の創始者井上圓了がつくった公園。一度行ってみたかった。妙正寺川に南面した斜面に広がる抜群の立地。
川の方から岡にのぼると、明治末年から大正初年に立てられた風変わりな建物が芝生を取り囲むように建てられている。赤い六角塔「六賢臺」、方形の建物にも関わらず、正面玄関が角になっている(要するにひし形)講義室「宇宙館」、それに図書館「絶對城」。うーん、面白い。
岡を下ってふたたび川の方に出ると、若い女性二人をモデルに、カメラを持った男性が彼女たちを撮影する撮影会らしき人だかり。あやしい。
帰りに、公園の近くにある泉麻人さんのエッセイなどで有名な配水塔を見る。隣の幼稚園は「中野区立みずのとう幼稚園」という名前。洒落ているなり。帰りは目白から帰途につく。
目白から落合にかけての目白通り、下落合に夏目書房という古本屋あり。また、聖母病院入口なるバス停前にも昔ながらのたたずまいの古本屋あり。目白通りには銅板建築(どうも看板建築とまではいいがたい)の建物あり。
9月某日 長男を連れて神宮球場に行く。東京六大学野球秋のリーグ戦、早稲田×法政を観戦。ドラフトの目玉早稲田の鳥谷を見たいというのが目的。バッティングは高橋由伸、フィールディング(彼はショート)は二岡のようなタイプ。早稲田優勢のまま、試合終了を待たずに球場をあとにする。涼しい秋空の下での心地よい観戦を夢見ていたのだが、予想に反して日差しがきつい。
神宮球場の向かいに室内練習場がある。球音がするので覗いてみると、ヤクルトの古田やラミレスが打撃練習中であった。二人とも快音を響かせて鋭い打球を飛ばしている。今日はヤクルトの試合はない。休日返上で練習か。偉い。
9月某日 次男のお宮参りのため水天宮に行く。長男のときと同じ。レンタカーを借りて半年ぶりに車を運転す。水天宮はわれわれと同じお宮参りや安産祈願の人でごった返している。実は安産祈願の時にも戌の日の週末に水天宮に行った。ところが神社のまわりに行列ができている。それがお参りを待つ行列であることを知り、水天宮に詣でることを断念したのだった。今日は戌の日ではないけれど週末だから結構の人だかり。長男の時にはもっと閑散としていたという記憶があったのだが、妻に言わせると「変わらない」という。自分も片棒を担いでいるのだから言えないのだが、安産祈願・お宮参りの水天宮一極集中現象、これはどうにかならないものだろうか。なぜこうも偏るのか。
詣でた後、カーナビの導きで千駄木古書ほうろうに行く。レンタカーを借りた時でもないと、自宅にたまった本を自由に処分できないのだ。段ボール二箱を持ち込む。自分が考えていた上限ラインの2.5倍もの買取値で引き取っていただき、驚くと同時に思わず顔もほころぶ。嬉しいので本二冊購入。今度からも本を売る時はレンタカーを借りた機会に古書ほうろうに持ち込むことにしよう。
9月某日 昼休み神保町に行く。東京堂書店。昼食はまんてんにてカツカレー。また海坂書房の店頭ワゴンにて、獅子文六『青春怪談』の角川文庫版を見つける。100円は嬉し。
仕事帰り、千駄木ギャラリーKINGYOに立ち寄り、画家美濃瓢吾さんの個展「浅草人間絶景論V」を見る。我は種村ファンで、やっきさんからこの個展を教えてもらったと話したところ、気さくに色々と話しかけてもらった。携えていった著書『浅草木馬館日記』(筑摩書房)に、猫のイラストを添えてサインを頂戴する。幸せな気分で帰途についた。
10月某日 涼しくなったので、久しぶりに谷中墓地を通って通勤。いつものように色川武大さんのお墓に詣づ。谷中を歩くと俳句を作りたくなる。でも今回は言葉だけが頭に思い浮かび、容易に句にならず。ずっと考えながら歩いていたら、いつのまにか職場に着いていた。
10月某日 竹橋東京国立近代美術館で開催中の「野見山暁治展」を観る。野見山さんの作品を観るのは初めてなり。ストレートな解釈を拒否する抽象のパワーに圧倒される。常設展では、鏑木清方・坂本繁二郎・村山槐多・萬鐵五郎・村山知義・藤田嗣治・長谷川利行(「新宿風景」)・梅原龍三郎・前田青邨・靉光。松本竣介(「Y市の橋」)・小出楢重などなど。一時間余りいただけなのだが、腰痛甚だし。
その後近くにある共立女子大学に行き、公開講座のシンポジウム「人と本の空間:神田―今と昔―」を聴く。司会鹿島茂、講師藤森照信・森まゆみ・纐纈公夫(大屋書店店主)と超豪華。四氏のとめどない神保町ばなしに二時間があっという間に過ぎる。
帰途東京堂書店に立ち寄って帰宅。
10月某日 自転車にて、堀切菖蒲園・お花茶屋の古本屋めぐり。青木書店二店舗は休み。ついていない。堀切二郎にて食事。
10月某日 山形ML“POY”で出会った仲間と二年ぶりに芋煮会をする。今回は多摩川の河原ではなく、市川にあるメンバーの実家にて。庭先で釜をつくって鍋を煮炊きするという暴挙。芋煮うまし。またこのときだけ飲める十四代、やはりうまし。
薪の買い出し先のホームセンター近辺の住所表示が菅野となっていてびっくり。荷風が最晩年住んでいたところ。そのことを言うと、市川の実家を提供して下さった本人が、「高校時代にすれ違ったことがあるよ」という驚くべき発言。身近に荷風とすれ違った人がいたとは…。市川では多数の目撃証言があるのだろうなあ。その後石塚さんのサイトにて、来年三月市川市文化会館にて永井荷風展が開催されることを知る。
今回もレンタカー。わが家から市川までわずか10キロ。たった30分のドライブなり。
10月某日 神保町に行く。昼食は、小宮山書店の靖国通りをはさんで向かい側あたりにある札幌ラーメンの店味噌やにて味噌ラーメン(700円)。ランチはご飯サービスで、のりたまふりかけがご飯用としてテーブルに置かれ、無料で提供されている。珍し。最近できたとおぼしく、前から気になっていた。このところ味噌ラーメンに好みが傾いている。その後小宮山書店のガレージセールをのぞき、次いで東京堂書店
半蔵門線にて半蔵門に出、番町イギリス大使館界隈を歩く。次いで半蔵門線・南北線と乗りついで六本木一丁目下車、アークヒルズの向かい側あたりを散歩。このへんにはアメリカ大使館宿舎があるのだが、英大使館・米大使館宿舎周辺に警備の警官多し。理由如何。
最後に南北線にて目黒に出、行人坂散策。権之助坂途中にある古本屋をのぞいてから帰途につく。権之助坂に来るのは久しぶりだが、見ない間にラーメン屋が櫛比している。
10月某日 子供の通う幼稚園の運動会。初めて親として運動会に参加する。撮影係に専念。母子のフォークダンスなどで、子供と向き合うお母さんたちの慈愛に満ちた表情を見ていると癒される。エロおやじ的視線か。昼過ぎに降雨のため繰り上げて閉会。親子三人で出場するはずだった出し物が中止になって半分安堵。
10月某日 昼休み、思い立って大喜@湯島へ。七、八人ほどの行列。目当ての味噌ラーメンはすでに売り切れにて、とりそばを食す(800円)。いい意味でスープに油が多くなった印象。後味もさっぱりで、見事。
10月某日 木挽町にて、十月大歌舞伎夜の部観劇。その前に銀座の紙百科ギャラリーに立ち寄り、開催中の「雪舟からはじまった―美術史家島尾新の個展」を見る。高性能のインクジェットプリンタで印刷した雪舟の水墨画の世界。紙百科ギャラリーにて販売されている紙がみの綺麗さに見ほれる。
奥村書店をまわったのち、食事は新生堂奥村書店の向いにある函館ラーメン船見坂にて、味噌ラーメン・味玉(750円)。味噌ラーメンは美味いなあ。店によってあまり差がつかないように思う。
10月某日 川の手散歩。まず日本橋のますたにに腹ごしらえ。久しぶりだったが相変わらず繁盛している。味も相変わらず美味い。日本橋から江戸橋を経て、日本橋川沿いに隅田川まで。途中日本橋小網町のビルの谷間に、昔からの商店建築がぽつりぽつりと残っていて嬉しくなる。
永代橋にて隅田川を渡り、佐賀を歩く。食糧ビル跡地にはマンション建築中。門前仲町からバスに乗って南砂町へ出、砂村疝気稲荷・たなべ書店南砂店を訪れて帰途につく。
10月某日 私の36回目の誕生日。妻と木挽町に行き、芸術祭十月大歌舞伎昼の部を観劇。はねてのち築地まで歩き、勝鬨橋たもとの天竹にてふぐ料理を食す。本格的にふぐを食べるのは初めて。とくにふぐ刺し・ふぐちりは初めて。二人で雑炊まで食べてお腹いっぱいに。天竹は天然ふぐだというが、私どものような舌では養殖との違いはわかるのだろうか。でもふぐの唐揚げとふぐちりは美味しかったなあ。もうこれで意気込んでふぐを食べなくてもいいやという気分。レジには桑田真澄やクボジュンの色紙あり。
腹ごなしに銀座まで歩いて戻り、妻の買い物に付き合って三越。銀座通りではよくわからないパレード。
10月某日 昼休み、本郷大横丁助六にてラーメンを食して後、文京ふるさと歴史館に行き、平成15年度特別展「樋口一葉 その生涯」を見る。鏑木清方の肖像画、「にごりえ」の挿絵のほか、自筆書簡・草稿・短冊類、檜細工師三浦宏氏製作にかかる居宅模型、菊坂界隈の古写真など、充実の展示なり。会場に入る時、ちょうど出るところの同僚にバッタリ。
11月某日 竹橋東京国立近代美術館に行き、「収蔵作品展」を見る。織田一磨の「東京風景」「画集銀座」がいい。その他松本竣介・藤田嗣治・安井曾太郎など。またイサム・ノグチの「あかり」展では「陰影礼賛」の世界を味わう。
その後歩いて神保町に出、開催中の青空古本掘出市・ブックフェスティバルを軽く流す。神保町交差点のところで古本を見ていたら、同僚より肩をポンと叩かれびっくり。
都営新宿線にて曙橋下車、新宿区三栄町の新宿歴史博物館に行き、生誕百年記念「林芙美子展」を見る。芙美子は今の新宿南口辺にあったドヤ街に住み、また親が十二社に住んでいたことがある。この日は川本三郎さんの記念講演会「林芙美子の東京」があり、それを聴く。川本さんの講演を聴くのは四年ぶり。林芙美子作品を読みたくなるような刺激的なお話だった。展示も、一葉の展示に負けず自筆書簡・原稿、愛用品の類多く、目を楽しませる。
11月某日 古書即売展目当てで神保町へ。会場の新東京古書会館の前に来てみると、この日までの予定だったはずだが、前日で終了したという貼紙が目に飛び込んできてがっくり。仕方がないのでふたたび青空掘出市をのぞく。また東京堂・三省堂両書店に立ち寄る。三省堂では重松清・泉麻人両氏の対談があったのだが、開始時間に間があったので断念。昼食は味噌やにて味噌ラーメン。
11月某日 京王線下高井戸駅前にある下高井戸シネマに行く。小沢昭一さん出演映画特集「小沢昭一の小沢昭一的シネマのこころ」開催中。
目当ては18時からのトークショー。小沢さんの麻布中学時代以来の仲間加藤武さん・矢野誠一さんお二人が登場され、麻布中時代の話で盛り上がる。同じく同級生の一人フランキー堺の話を交えた加藤さんのお話が面白い。矢野さんのお話からは、当時(終戦直後)の東京における下町と山の手の間の違いについて学ぶ。
トークショーをはさんで映画二本、今井正監督「越後つついし親不知」と春原政久監督「東は東、西は西―英語に弱い男」を観る。前者は「美人の妻おしんを持つ留吉は、農閑期に越後から伏見の造酒屋へ出稼ぎに出た。彼は昇進する程の働き者。そんな彼を妬む同郷の仲間におしんは犯され、身籠ってしまう」という話。留吉=三國連太郎、同郷の仲間=小沢昭一かと思ったら、逆だった。薄倖で、留吉との婚姻で幸せをつかんだと思ったら三國に犯され、小沢に嫌疑をかけられて虫けらのように死んでゆく女の哀しさを佐久間良子が好演。佐久間良子綺麗。
後者は銀座(?)に店を構えて張り合う江戸っ子寿司屋の小沢と洋風寿司屋の藤村有弘のコメディ。マドンナ役吉行和子が可愛い。大笑いで一日を終えようと期待したのだが、それほど大笑いできるコメディでもなかった。でも昭和30年代の銀座・築地・佃島の風景を観ることができたのは収穫。
11月某日 二日連続で下高井戸シネマに行き、川島雄三監督の「洲崎パラダイス 赤信号」を観る。かつてラピュタ阿佐ヶ谷で観て以来二度目。今回は細部まで楽しめた。わずかの隙もない名作なり。冒頭とラストの勝鬨橋の風景、洲崎パラダイスをめぐる“境界”の物語。新珠三千代の美しさ、轟夕起子の好演。小沢昭一は脇役なのだが、登場するシーンのことごとくが何とも絶妙な間合いと演技で強く脳裏に刻まれ、場内の笑いを誘う。見事。
下高井戸から東急世田谷線にて三軒茶屋に出る。ちょうど始点から終点まで。三軒茶屋からバスに乗って祐天寺へ、さらに祐天寺から洗足へと二路線を乗り継ぐ。三軒茶屋ではバス停を探してうろうろ歩き回る羽目になったのだが、キャロットタワー周辺を除けば意外に古風な商店街が広がる町であることを知る。祐天寺では、駒沢通りの祐天寺バス停近くにお洒落な感じの古本屋一軒。こういう時に限って乗り継ぐバスがすぐ来てしまい、その古本屋には立ち寄れず。またその古本屋から少し西に行くと、かなり古そうな看板建築の商店があり、「こんな所にも」と驚いた。下高井戸から電車とバスを乗り継いでの世田谷区縦断、およそ1時間強なり。思ったほど早く洗足に着いた。
11月某日 木挽町に行き、顔見世大歌舞伎昼の部を観る。時間を勘違いして30分早く歌舞伎座に着いてしまったため、奥村書店のうち、三丁目店・新生堂二店に立ち寄る。三丁目店では石田波郷『江東歳時記』の収穫あり。
11月某日 先輩が教え子を引き連れて上京するというので、長男を連れて合流。上野不忍池畔の下町風俗資料館に行く。資料館の名前は知っていたけれど、またこれまで不忍池周辺は何度も歩いてきたけれど、それがここにあったとは知らなかった。以前息子と訪れた深川江戸風俗資料館と同じような仕舞た屋のセット。二階では「昭和のヒーロー展」。子供の頃友達の家で熱中した「マジンガーZ」のボードゲームやウルトラマン・仮面ライダーのカードが懐かしい。またエノケンの資料もあり。
本当はこのあと月島に出てもんじゃを食べようという計画だったのだが、子供が家に帰りたいと泣き出したので、こちらも泣く泣く帰宅することに。せっかく女子大生とお話しできるいい機会だったのに、残念至極。
11月某日 「植草甚一を読んで経堂に散歩」と行きたかったが、諸般の事情で断念。かわりに自転車で綾瀬へ。デカダン文庫休み、綾瀬大勝軒午後休みのため、堀切菖蒲園へ。堀切二郎にてはじめてラーメン以外のものを食べる。あつもり(650円)。これも美味しい。その後「講談社書店」、青木書店堀切店・お花茶屋店をまわる。
11月某日 時雨のなか池袋へ。駅西口を出ると東京芸術劇場。藤原龍一郎さんの日記でよく目にする古本屋が近くにあることを思い出し、行ってみる。古本大學池袋芸術劇場店なり。いい古本屋。芳林堂書店に立ち寄ったあと、光文社ビル一階にあるミステリー文学資料館にて、「中井英夫没後十年『虚無への供物』」展を見る。『虚無への供物』を読みたくなる。
たまたま自宅トイレにあった情報雑誌に載っていて、写真が美味しそうだったラーメン屋麺舗十六が光文社の脇を入った場所にあるということで行ってみる。ところが雨にもかかわらず外に十人ほどの行列で断念。そのまま路地裏の住宅地を歩く。意外に閑静なところ。
ブックオフ池袋要町店を見回ったあと、有楽町線で江戸川橋に出、トッパン小石川ビルにある印刷博物館に行く。開館三周年記念企画展「活字文明開化―本木昌造が築いた近代」開催中。ずらりと並ぶ鋳造活字に興奮す。また展示されていた活字見本帳が欲しくなる。図録は3000円と高く(内容はそれに見合った豪華なもの)断念。
その後バスで湯島まで出て帰途につく。
12月某日 所用にて職場に行く。帰り、根津駅近くの古書桃李に立ち寄る。また、綾瀬で途中下車してデカダン文庫に行く。開いていた。
12月某日 午前中、長男の幼稚園のクリスマス会に行く。彼の組の出し物は「アリとキリギリス」。アリの役で初めて舞台出演。長男と仲良しの友達一人がぐずって、泣いて暴るというハプニング。先生が一生懸命抱えて舞台に出してあげようとするが、暴れてすぐ袖に引っ込もうとする。お稽古ではちゃんと演じていたというから、この日は虫の居所が悪かったのだろう。でもせっかく衣装を作ったお母さんは悲しいだろうなあ。
その後渋谷に行く。まず、神南にあるたばこと塩の博物館で開催中の「大見世物―江戸・明治の庶民娯楽」を見る。最終日に滑り込みセーフ。江戸の草双紙に描かれた細工見世物の実物再現、松本喜三郎製作の生人形、各種錦絵などが魅せる。初めて訪れたため常設展示も見たが、塩・たばこそれぞれ面白い。とりわけタバコでは、江戸時代における各種煙管の展示や、歌舞伎「助六」で登場人物たちが使用する煙管の複製などが面白い。煙草のパッケージこそ商業デザインの先駆なりしことを知る。受付に受付嬢を模した生人形があった。入館の時、その「彼女」に話しかけていたような気がする。恥ずかしい。最終日ということもあってか、図録は売り切れ(増刷なし)で入手できなかった。残念。
同博物館を出ると、隣のビルにある讃岐将八うどんという店が最近開店したばかりらしく、声高に呼び込みをしている。ついそれに誘われて入ってみる。醤油うどん(冷)中(二玉)に天ぷら一個で490円也。客から見えるところで手打ちしている。コシが強くてよし。いまや時代は讃岐うどんか。
その後歩いて松濤にある渋谷区立松濤美術館に行く。「谷中安規の夢―シネマとカフェと怪奇のまぼろし」開催中。谷中といえば百間「王様の背中」を思い出す。彼の「風船画伯」というあだ名は百間による命名。怪奇・幻想にして、モダニズムを感じさせる版画の数々に魅了される。日夏耿之介や佐藤春夫とも関わりが深かったとは知らなかった。佐藤春夫の『FOU』の装画も手がけているという。谷中が挿絵を担当した百間の「居候匆々」を読みたくなった。
渋谷古書センターに立ち寄ったあと、銀座線で青山一丁目まで行き、そこから南下して赤坂・乃木坂界隈を歩く。このあたりはカナダ・カンボジア・イラク(!)などの大使館がある地域。南北にも東西にも起伏が激しく坂道がうねっている。もともとどんな地形なのだろう。地図をたよりに聖パウロ女子修道会をめぐる私道を歩いて、岩田豊雄旧邸を発見。福本信子『獅子文六先生の応接室』に描かれている岩田邸がそのまま残っているのに感動した。乃木坂まで歩いて帰途につく。
12月某日 妻が応募して当選してしまったので、船堀駅前(都営新宿線)のタワーホール船堀に「半落ち」の特別試写会を見に行く。。江戸川区船堀という町は初めて。「半落ち」は泣けた。帰りはまず船堀から新小岩までバス。新小岩のラーメン屋「匠屋」でラーメンを食した後、新小岩から最寄り駅までバス。
12月某日 木挽町に行き、十二月大歌舞伎昼の部を観劇。夜、幼稚園ママさんたちの忘年会に妻が出るというので、奥村書店・教文館に立ち寄ったくらいで、早々に帰宅。
12月某日 先週にひきつづき、渋谷区立松濤美術館の「谷中安規の夢」展に行く。今日は北村薫さんと版画家の大野隆司さんのトークショーを聴く。谷中安規の晩年に近所づきあいをしており、その死を発見したという八坂(佐瀬)喜代さん(87歳)が特別に招かれ、戦後の窮乏生活と死までの経緯をまるで物語のように話してくださった。この年代のお元気な方にはいつもそうだが、その記憶力に驚嘆す。北村薫さんの声は思ったよりカン高い。終了後、持参した北村さんの著書(大野さんが装画)『ミステリは万華鏡』(集英社文庫)にお二人からサインをいただく。
12月某日 山形に帰省。次男は初の新幹線、そして山形入り。次男ばかりが可愛がられ、長男も甘え気味。
それにしても寒い。毎年毎年帰るたびに寒さがこたえるようになってしまった。あの寒さのなか元気に運動していた若き頃が信じられない。