僕も、ハミルトンファンの皆さんには申し訳ないですが、おそらくずっとあのような状態で、余生を過ごしてしまう気がします。あれだけ衝撃的なエピソードをしらけさせてしまうような復活は、できればして欲しくないものです。 その後、あのエピソードの意味をいろいろと考えてみましたが、オルゴールのイベントで、ランスロット自らが語った「命という名の責任」という言葉が個人的にどうしても気になりました。 プランシー神父のように拷問の果てに息を引き取ったとしてもおかしくないのに、なぜ、ランスロットは生き延びたのか。肉体的・精神的な強さもあったでしょうが、 何よりランスロット自身の「死んではならない」という意思が強かったからだと思います。 この点で、これは彼の本望だった・・・そう、思いたいです。「命という名の責任」に殉じたのだと。 また、この避けられない悲劇については、製作者のメッセージのようなものもある気がします。 デニムは主人公である限り、死にません。死んだらゲームオーバーになりますからね。そして生き延びてエンディングを迎えます。一方で、ランスロットも死んではいません。しかし、その結末は全く対照的です。そこで、「命という名の責任」を全うする運命にある主人公が決して辿ることのない悲劇的な結末を、あえて、ランスロットに辿らせたのではないか、という気がしてなりません。 少なくとも、「ハイムの戦役で戦死」という時点で、ランスロット・ハミルトンには悲劇が運命付けられていたのかも知れません。 もちろん、「死ぬこと以上の悲劇」を見せる、という意味もあると思いますし。 ちなみに、事実と異なったエピソードが「伝説」で語られていますが、それはランスロットがライム炎上後、行方不明(=逃亡?)になったのではなく、そのとき自らの命を犠牲にして騎士としての命を全うしたのだとゼノビアでは伝えられ、それが史実として残ったのだろう、と勝手に解釈しています。 でも、ランスロットの存在自体が消えてしまうことには、絶対反対です。「タクティクス」で奥さんの存在が判明したからには、その忘れ形見がいてもおかしくはないはず・・・!! きっと、息子かあるいは娘がいて、父の遺志を引き継いで参戦してくれる・・・。そしてそこで、若き日のハミルトンや、タルタロスとの一戦に関するエピソードが語られるかも・・・・・・と期待しています。
さすがに、オウガバトルは奥が深いっす。エピソードを並べてみると、文学やドラマに匹敵する内容をもっていると思います。いや、プレイヤーとの双方向性やマルチシナリオを考えると、それ以上かも! と、長々と語ってしまいました・・・(^^;が、いかがなものでしょうか。
|