ペテルギウス腕とアルタイル腕との分岐宙域傍の銀河中心近く、恒星集団群が壮大な
星団ジェットを吹き上げる輝きを背にして進む艦隊があった。
帝國軍ザムエル中央基幹艦隊の第六,第七,第八駐留艦隊であった。
総指揮旗艦ガンツ・ブリッツ・ドラッケン巡航ブリッジ内。
「艦隊誤差が6光秒以内か、これだけの規模からすれば各中級指揮官の艦隊運動の采配は
十分過ぎるほどだ、そうは思わんかね、艦長?」
「そうですな、
これだけ負荷の高い事象平面で秩序だった運動を維持できるのは我が軍の誇りですな」
「各艦隊に再度伝達、ジェット流踏破まで定時報告を怠らぬように――」
指令を伝え切らぬ内に航法班からの緊急割込みアイコンが明滅して、ホロウィンドウが
巡航ブリッジ中に開かれていく。
「何事だ」
「艦隊進行方向11時、仰角2時35分方面にデフォールドアウト反応確認、想定航路を
逸脱した状況、もしくは事象平面に特異点が現出した可能性があります」
「観測を継続し、最適な回避航路の選定、急げ!
提督、これはまさか!?」
「これだけ不安定な宙域でのデフォールドなど自殺行為だ、
我々のヒューベリオンはまだ建造途中、ましてや自由連合の艦では制御不能だ」
「閣下、重力偏向の茫漠状態から沸騰状態を確認、急速に艦隊前方を遮断していきます」
前方2光秒程の距離に発現した時空の断列。
そこから白く輝く鳥が羽ばたき飛び立つように感じられた。
「ロストEVAの輝き」
息を呑む提督。
小魚の群に大型の捕食魚が襲い掛かるように中央基幹艦隊を正面から突き抜けていく
光の鳥。
羽ばたく毎に舞った羽根が次々と新たな光の鳥へと変化して、艦隊を舞い散る羽根で
呑み込んでいく。
約30分後。
「残ったのは僅か二百隻余り、航行可能なのは半数にも満たない」
「六万隻有余の基幹艦隊が一挙に壊滅とは、休戦も止む無しですな、提督」
◆◆◆◆◆◆◆
それから約十年が過ぎた頃。
高層フラットの窓辺、ベッドから夜空を見上げる一つのシルエット。
第一太陽の紅い光を反射した月が右上に白く小さく強く輝く第二太陽を載せるように
していた。
◆◆◆◆◆◆◆
銀河オリオン腕からカノープス星系方面へ銀河平面座標で30パーセク程の宙域。
自由連合圏の統治圏内の通商と通航の安全を確保する為に中継可能な恒星系並びに
植民惑星を拠点とした警備機構としての汎宙域沿岸星系警備隊が宇宙軍の外部組織と
して機能していた。
一目でそれとわかるよう外壁に白を基調としたコーティングを行い、中央に藍色の
太い三本の帯を船体に対し斜めに配した全長700m弱の中規模宙域航行船舶が一隻、
優雅に進んでいる。
汎宙域沿岸星系警備隊第三哨戒艇ラグニッツァに乗艦する航法士官のアスカと技術
士官の碇シンジ。
二人は交際中であったが任務に追われて関係は進展しないままだった。
沿岸星系警備隊といえば聞こえはいいが宇宙軍と異なって雑務が中心で、それ故に
勤務は不規則である。
「また勤務シフトが合わないの?」
不平を鳴らし、口を尖らせるアスカ。
休憩デッキで珈琲を飲みながら手荒にカップを鳴らした。
「仕方が無いじゃないか、こっちは内勤が中心だし乗艦する時だって勤務ブロックが
違う訳だし」
抱えたファイルのパームトップを手で叩きながら抗弁を試みる。
「努力ぐらいするものでしょう」
シンジはアスカが何を言いたいのかは充分判っていた。
アスカの誕生日が近いのとシンジが一人で過ごす時間が増えてきていることだった。
勿論、アスカもシンジが何故一人で過ごしているのかも理解していた。
シンジにはやらなければならない事があるからだ。
それでも、とアスカは思いながら口にはつい出せず終いだった。
◆◆◆◆◆◆◆
フォールド空間を航行する大型の戦闘艦が一隻。
「ダイブ域内に隔壁を確認、フィールド範囲から浮遊隔壁だと想定されます」
「相転移領域は?」
「想定される群体の規模は百余り、第二種形態だと予測されます」
「このままハイパードライブを継続か?」
「いえ」
別の士官がホロスクリーンを重ねる。
「現時点での事象平面の場の分布状況から三週間から四週間後に通常空間にフォールド
転移すると観測されます」
「承諾した、それとなく本件を伝えておけ」
◆◆◆◆◆◆◆
帝国との和平成立後、共同統治協定宙域となり連合圏からの植民が進んでいた頃。
植民星ウルヴァシー域を通過する超古代遺産の中の一つ、フローターベイル[直径
20q、長さ120q]の群体の幾つかが空間転移後、惑星へ落下する事が判明した。
「提督、派遣するのは軍ではなく、沿岸警備隊で宜しいのですかな?」
監察官のドメニコが連合宇宙軍幕僚室にて作戦本部長の碇ゲンドウに問い掛ける。
「問題はありません、通航の安全確保が沿岸警備隊の役目です。
我々はフローターベイルの邀撃を第一とするものです」
自動防衛システムにより撃破不可能なため、疎開船団を第三哨戒艇が指揮すると
共に護衛に就く事になった。
ウルヴァシー星自治政府のあるリンデンバウム市に船団計画士官として1週間早く
先行し港湾ドックに降りたった。
「オービタルシャフトの規格はH−4か、
この星の住民の数だと移動に時間が掛かってしまいそうだな」
貨物搬入の大型ガントリー部をうろうろしながら確認をするシンジ。
「ええと、待ち合わせ場所はここでいいんだっけ?」
広々とした入室国控え室に一人ぽつねんと座るシンジ。
時間帯によるものなのか、人の流れは少ない。
「時間、間違えたかな?」
先行するメンバーの中で技術的な事前調整を任されたというのに、何が哀しくて
民間船で来なきゃダメなんだ?と愚痴を心の中だけにこぼしながら、他のメンバーは
疎開船団と一緒に明後日来るから、それまではホテル住まい、初日から幸先悪いなぁ、
と片肘突きながら軽く食事を摂ろうかと思案を続けているシンジの前に誰かが立った。
「担当者が急用でしたので代理の私が参りました
第三哨戒艇の碇シンジさんですか?」
顔を上げてみると一人の女性が涼やかな顔をして右手を出した。
「宙港湾局一等書記官の綾波レイです、貴方の技術サポートを承っています」
「あ、はい、碇シンジです」
手を差し出し、握手しようとしたのと同時にシンジの胃が空腹を訴えた。
「よかったらカフェテラスで話しませんか?」
初対面なのに奇妙な安堵感を覚えながらシンジは席をたった。
続劇 -PasterKeaton©2001-