Wild West Evangelion
第一話「ローハイド」

 
 そよそよと風が小春日和の日差しをほんわりと和らげている空の下で一人の青年が刈り取った牧草を
荷車に移し替えていた。一振り毎に牧草が風をはらみ、青々とした匂いを辺りに拡散していく。
 ぶるるぅつ、と馬の嘶く声がしたので、聞こえた方向を見やると壊れ欠けていた柵を越えて一頭の馬が
入り込み、乾ききった喉を潤すように盛大に飲み始めていた。
「あらららぁ〜、どこの馬だろう…。
 柵も壊しちゃって、直さなきゃいけないなあ」
 農具を地面に突き刺し、汗を拭うと水飲み場に闖入してきた馬の元にゆっくりと歩き出した。
 歩きながら帽子を脱ぎ、シャツの胸元を開けて扇いだ。碇シンジである。
 ようやく水をたらふく飲み終えた馬は所在無げかのように首を振っている。
 馬の背には荷物がマント状に被さっていた。
「よしよおし、どうした?」
 手綱を握り、馬のうなじをさすり落ち着かせるシンジ。
「どこから来たんだい?」
 マント状の布を剥がそうとすると微かな呻き声がしている。
「人?」
 ゆっくりと反対側に廻り気を付けて布をめくると土埃にまみれた一人の男が馬の背中に突っ伏していた。
「野に迷ったんだな」
 見たところ、華奢なようだがガンベルトを腰に巻いていて身長もシンジと同じ位だ。
 ――賞金稼ぎ、か。
「よおし、よおし、こっちにおいで、
 君のご主人様にはシャワーとベッドが必要のようだ」
 手綱を牽き、シンジは牧草場から町の方角へと脚を向けた。
 この賞金稼ぎの追う相手が誰なのかを少し気にしながら。


 これといった産業もないが、大河が近く肥沃な大地と豊かな山々の広がりを背にした小さな町、カロラド。
 春には幾十もの花が咲き誇り芽吹き、夏には深々とした森に雛鳥の声が溢れ、河には肥えた魚が腹を
見せて、秋には大地の恵みが穀物に果実に野菜にと姿を変え、冬には白い厳しさの中で山々に春の水を
蓄えていく。州都からは遠く離れていたが人々が大地と共に暮らす町だった。
 小さな町であったが山越えのいくつかのルートとして近年、重要さが増してきており、駅馬車は勿論のこと
大陸横断鉄道の一つの麓駅の噂も風聞として聞こえてきてもいた。
 山々の峰の大半は急峻な壁面を屹立させていて、町からも冬には頂に被った冠雪の連峰を望むことが出
来た。その冬にでも山越えの旅人の数は増えてきている為、町中には天候が崩れたときなど宿泊客で溢れ
返るようになっていた。
 大通りの2つめの角を曲がり、その宿泊客が泊まる宿の一つ、ぬくぱら亭に荷物と化した主人を乗せた馬を
引き連れたシンジが立ち止まった。
「トウジ、ちょっと来てくれないか!?」
 戸をくぐり、奧の主人に声を掛ける。
「なんやシンジ、こないな時間に、愛しの女房に会いに来たんかい?」
 そういう訳じゃないと照れながら事情を説明しようと口を開こうとすると「なにあんた馬鹿なこといってんの、
あんたじゃないんだから仕事をほったらかして来る訳ないでしょ、来る訳があるでしょうに、もう」
 トウジの耳を捻りながらヒカリが捲し立てる。
「ううん、まあ、ははは、
 なんかさ、一人旅の行き倒れっぽいのが放牧場に迷い込んでね」
「んん、どれどれ、随分汚い格好やな」
 シンジの肩越しに馬上の人物を観察したトウジが漏らす。
「碇さん、賞金稼ぎじゃないの?」
 心配そうにヒカリが小声で話すが
「いや、多分、そうじゃない気がするんだ、大丈夫だよ、きっと」
「だといいんやがなぁ」
「兎も角、2階に運んで手当をしなくちゃ、着替えとお風呂の用意をするから二人とも御願いね」
 言い終わらない内にエプロンを外していそいそと準備に取りかかっていくヒカリ。
「じゃ、運ぼうか」
「やりまっか」
 その隣のドアをくぐると、そこもぬくぱら亭であるが宿泊客専用の出入り口である。
 玄関脇の小さなロビーで宿泊客の受付をしている綾波レイ。
「マサミさんとファナさんですね、双子ですか?」
「はい」「はい」
 宿泊客名簿に羽根ペンで書き入れ、スタンプを出納帳に押して鍵を取り出した。
「部屋は2階の5号室です、食事は夜の7時からですので時間に遅れないように御願いします」
 鍵を受け取ると10代後半の双子の姉妹は話しながら階段を昇り、当分住むことになる部屋の鍵を開けて
中に入った。
「見晴らしいいわね」「そうねえ」
「さっきの受付の人、すごく綺麗な人ね」「そうね、あんな凄く綺麗な人がいるのね、世の中には」
 白皙の肌と白のドレスに映える緋色の瞳。蒼く艶やかな髪。
「この町できっと愉しいことがあるわね」「勿論、そう思うわ」

「あ、綾波」
 シンジがフロント奥の扉を開けて小声で話し掛ける。
「何?!」
「ちょっと行き倒れの人が居てさ、上の部屋で介抱するから、着替えか何かあるかな?」
 表情を変えずに一度だけ瞬きをしてぼそっと応えるレイ。
「スモックぐらいしかここには持ってきていないわ」
「じゃあ、それでいいや」
「あ、待って、あなたのシャツの替えがあるわ」
 背中を向けたシンジの左手を掴み引き寄せるようにして背中からシンジを抱き締める。
「…その人、大丈夫なの?」
 小さく、雛鳥のような、か弱くも強い声で目を伏せて呟く。
 胸に回されたレイの左手と右手を組むようにして握るシンジ。
 レイも握り返して確かめるように細く白い指をシンジの指に絡ませていく。
「大丈夫だよ、そう…、思えるんだ」
 シンジの背中に顔を預けて聞くレイ。
 そのまま瞼を閉じたまま、
「…そう、じゃあ」

「あ、ヒカリ、トウジは?」
「荷物を取りに行ったわ、あ、それで碇さん、あの人、よくは云えないのだけれど、ちょっと
違うような気がするの」
「?違う? 何がです?」
「そう、何か違和感があるの、そう感じるの」
 軽く息を整えてシンジが返答する。
「僕には悪い人には見えないけれど、じゃあ、着替えをさせてくるね」
 ドアを開けて中に入るシンジの肩越しにヒカリが疑念を再びこぼす。
「いい悪い、じゃない別の違う気がするの」


 
 部屋の中を見渡すと人影が無い。
 机の上に気付けのウィスキーが置かれていたので、どうやら起きて、ヒカリに促されてシャワーを浴びて
いるようだ。浴室の薄戸の向こうから湯を浴びる音と石鹸の香りが漂いだしている。
 軽く戸をノックし、
「気がついたのかい? 着替えをここに置いていくから―――」
 戸の向こう、湯気に煙るシャワーの中の人影を見つめてみると華奢でありながら柔らかそうな肉付きと
くびれた腰付き、豊かに膨らんだ乳房が湯で温められてうっすらと桜色に色づいているではないか。
「!? えっ、誰?」
 シンジが、シャワーを浴びている女性の顔が土埃を落とした生き倒れの人物と同じであることに気づくの
に数秒必要だった。
「あっ、女だったのか!?」
 その言葉が元行き倒れ、今やシンジに裸身をありのままに曝し続ける女性の反射神経をようやく目覚め
させた。羞恥心と空腹感からの血糖値の不足と本来の性格とがベルを鳴らすように跳ね起きて、手に掴ん
だ石鹸をシンジ目掛けて力一杯投げつける。
「いつまで見ているのよ、この身体を!」
 額にクリティカルヒットしたと思ったが実際には閉められた戸に当たっただけであった。
「ちっ、何たる迂闊、このアスカ様の極上のみずみずしいナイスなボディを無料で拝ませてしまうなんて」
 動揺を打ち消すためにか、ハイテンションな言葉を次から次へと唇上にのせていくが、おおきな空腹の抗
議で中断されてしまう。
「うううぅ、しっかし、少しはいい男だったかな」
 扉の向こう、背中を戸に当てたままの姿勢でのシンジの表情は険しい。
『女だった? 微かなこの匂い、GP04反応の匂いに近い、だけど』

 ぬくぱら亭、厨房横のダイニングルーム。
 傾いた西陽で窓外は既に夜の帳が半分以上覆い尽くそうとしていた。
 小さな暖炉にくべられた薪がパチパチと音を立てて、壁の幾つものランプが暖かそうな灯を燈していた。
「しっかし、つくづく美味しいやっちゃなあ、シンジは、で、どないやった」
 トウジが小声でシンジの耳元で囁く。
「どうって、その、何がだよ」
「おうおう、この期に及んで白を切るとはツレナイやっちゃな、あの女のハダカ見たんやろ」
 両手の人差し指で人型の輪郭を空に描くようにしてシンジに食い下がる。
「ん、いやぁ、きれいだと思うよ」
「かぁ〜、それだけかいな、もっと詳しゅう言わなんとあかんがな、って痛ってッて、ヒカリ、何するねん」
 思いっきりトウジの耳を抓りながらヒカリが凄い剣幕で睨みつける。
「あ〜ん〜た〜、料理の最中でしょう、なにこんな所で油売ってんのよ」
「なに言うとんねん、煮込みはまだ大丈夫やて、イタイッ、こら抓るなっちゅうに」
 いつものトウジとヒカリの笑劇が繰り広げられている横のテーブルには宿泊客達が着座を始めだした。
「極上に決まっているじゃない、この上ない程にね」
 ガラリ、と椅子を引きながらシンジの向かいに座ったアスカが不敵に片膝をつき、左掌に左頬を乗せたまま
断言する。
「あ、あなた、大丈夫?」
 ヒカリが純粋に様子を伺う。
「お腹が減っているだけだから食事をすれば大丈夫だわ、それより」
 胸元の第ニボタンをわざと外したままで両腕で胸元を寄せ上げるようにテーブルに両手をついてシンジの
顔を覗き込むように身を乗りだした。
「あたしのこの身体を見た代償は大きくてよ、な〜んなら、身体で払って貰おうかしら」
 大胆に座りなおしながら、大きく太腿を見せながら足を組み直すアスカ。
 ピッと人差し指をシンジに向けて手で打つ仕草をする。
「食事、何にするの?」
 ボソリ、と喋りながらも銀の水差しをテーブルに叩き付けるようにドスっと綾波が置いた。
 その勢いゆえか水差しの半分はひしゃげて水漏れがしそうな具合である。
「な、な、なによ、いきなりあんた」
 たじろぎながらも負けまいと威勢を張るアスカ。
「あ、こっちはシンジのヨメはんの綾波レイでな」
 トウジが説明口調で話すと応じるようにシンジが「妻です」と応え、続けて「夫です」とレイが応える。
『ぐっぅ、手つきか、それにしても、何この女、なにこのプロポーション、こんな細い腰ってあるの?』
 苦手意識が擡げて、妙な闘争心が沸き起こりそうな感じをアスカは持った。
「じゃ、普通のでいいのね」
 流すような口調で厨房に向かうレイがふっと口元を緩めた。
 まるで全てに勝ち誇ったような笑みのように思えてアスカの闘争心は一気に全身に燃え上がった。
「きぃーーー、今に見ていなさい、あんたに悔しいと思うくらいいい男を捕まえてみせるからね」



 
 時間は過ぎてシンジとレイの家。
「感じたかい、綾波は」
「ええ、感じたわ、微かなGP04の匂いを」
 シーツをベットに被せながら背中越しに答える。
 充分に部屋が暖まるだけの薪をくべ終えると火箸でゆっくりと燃えるように薪を並べなおすシンジ。
「彼女,アスカは大丈夫だと思うけれど、何かを運んできそうだね」
「そうね、ここでは何も起きて欲しくはなにのにね」

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