真・世紀エヴァンゲリオンシリーズ:外伝

 外伝第参部 とても大切な、大事な事 〜あなたに逢えてよかった〜


序章:

 誘爆が連続するフォボス基地機関部に入り、悲壮な表情を浮かべて中へと走り出していくシンジ。
「レイ,レイ,レイ,どこにいるんだあ!!!!!!!!!」
 脱出通路から進入しインカムで叫び続ける。
 だが、碇シンジの声は聞えることなく、レイの涙は既に血に変わり、頬に凝結していた。
 ナディアとの戦闘で生じた亀裂から部屋の空気が漏れ出している。
 壁際から背中越しに伝わる爆発の振動も遠い向こうの出来事のように感じてしまう。
 レイは、シンジと別行動をとって良かったと思っている。――巻き添えにしなくて済んだ、と。
 以前にもあった、血が抜けていくのに身体が重い…、変だ…。
 ほんの十数メートルしか離れていないのに機器と隔壁が二人の間を無限とも感じる位に隔てていた。
 この10年、シンジと出会って様々な出来事、戦乱、死と別離、楽しいこと悲しいこと、心の術を曝け出す事の難しさ。
 感情というものを育んだ10年。
 好きだと気付くのに、好きだと言えるのに10年が必要だったこと。
 10年経っても相変わらずシンジの煎れる紅茶は下手なこと。
 支えられる人が居ること、支えてくれる人が居ること。甘える意味、甘えられる意味。
 そこに私を待つ人が居るということ、待ってくれる人が居るということ。
 抱き締めた時の肌の温もり、重さ、その大きさ。
 とても心地良く、ほっとする想い。
 擦れていく世界の全て、シンジの微笑が最後まで離れない。
「本当にあなたに会えて良かった、ありが――」
 それはもう言葉にならなかった。
 唇も動かなかった。
 誰も聞く者も居なかった。
 瞼は開いていた。
 だが、瞳は静寂色に沈んでいる。

 時に西暦2039年、3月30日、午後3時25分。

 綾波レイの時間が止まった。

 25回目の誕生日であり、本来は碇シンジとの結婚式の日であった。


第壱章:ここからの始まり

 西暦2025年、8月、月面基地L3内内郭居住ブロックの或る一室

「ミサちゃん、もうすぐお昼ですよ、片付けてこっちに来てね」
 母親の催促をドア越しに聞きながら人形を抱えた少女がベッド脇のタンスに人形を置くと、てくてくとダイニングに
向けて走り出していく。
「レイちゃあん、また後でねぇ」
 ダイニングのドアを少女が開けたその時。
 その光りは地球の夜の大地でも下弦の月面上に一際輝いて観測されたという。
 L3の基地機能は跡形も無く爆発で粉砕されてしまっていた。
 黒点が瞬き彎曲した空間からエヴァ初号機が咆哮を轟かせながら飛び降りてくるように着地した。
 虚無と静寂が周囲を侵食し広がっていく中、両手で掬い取るように瓦礫を持ち上げた。
 そして――。
 初号機はそのまま全てのエネルギー反応を停止させて微動だにしなかった。
 3時間14分後、救助班が全ての確認を終えた時、生存者は初号機の両手の中で瓦礫に独り埋もれていた
綾波レイ、只一人であった。
 いや、正確には、生存者は綾波レイと認識票に記載された少女であった。


 それから数週間後。

 回収されたエヴァ初号機が格納されているMEATIA仮設ケージ。
 後にMEATIA宇宙基地となり、MEATIA解体後は国連宇宙軍月面基地となるのだが、遺跡構造を覆い被さる
形で発掘作業と平行し建設されている最中である。旧月面基地L3が地球側に面したオービタルシャフトの
調査拠点であったように遺跡調査基地は恒久的な月面活動を企図としたものでマスドライバーの増設計画も
立案中である。
「冬月教授、碇ユイ様が、、到着さ、、ま、した」
 インカムの奥から途切れ途切れの声を確認すると簡易装備の宇宙服の右手を大きく廻して、ライトを明滅
させた。エアロック内に戻る合図である。
「お久しぶりです、冬月教授」
 エアロックから出た冬月を迎えた第1声は良く通る碇ユイの声だった。
 微重力の中、つま先のステップワークで巧みに重心を移動させ、反動をつけて控えの研究ブロック室へと
スローモーションを見るような動きで入ってきた。
「早いな、シャフトを使ったのかね?」
「ええ、安全に月面に降り立つには気密されたシャフトが一番ですわ。
 実際に体感するのが理解の第1歩ですし、それに今回は一人ではありませんので」
 壁面に並べられたモニタの一つに碇シンジの横顔が映る。
「大丈夫なのかね、碇君、L3以来子供の帯同は許可が下りない筈だが」
 冬月の疑念に対しての返事は曖昧なユイの笑顔だけだった。

「スキップでとぅ〜らったり〜」
 地球の1/6の重力加速度で遊ぶように通路という通路を跳ねるように歩くシンジ。
 通路の壁面は防護用の緩衝材が一応張られているので勢い余ってぶつかったとしてもそれ程は痛くない。
 曲がった通路や階段を昇り、開け放されたままのドアの向う部屋に入るとツンと医薬品の匂いがシンジの
鼻を点いた。
「保健室かな?」
 落された照明の下でベッドが脇に置かれていて、何気なしにシンジは覗きこむようにして薄いカーテンを
捲った。
 そこには、シンジと同い年くらいの女の子が眠っていた。
 ただ、一つ違っていたのは蒼い髪の毛の色だった。


「碇さん、ちょっと」
 簡単な医務検査を終えた碇ユイをミナミが呼び止めた。
「私に何か?」
「ええ、少しお話ししておきたいことが」
 場所を狭い気密ロックに移すとミナミは単刀直入に切り出した。
「L3唯一の生存者の少女についてなのですが、存在が確認できないのです、何も」
「存在が確認できない…? 身元確認、でなくてですか?」
 怪訝に訪ねるユイに対してミナミは事態が深刻であるという表情で
「L3でのイミグレイションはほぼ喪失していますので、地球圏からの出発記録を検索してみたのです。
 シャフト頂上部のデータもL3消失のEMP被害で損傷が著しく普及が困難でした。
 そこで公開サーバー上の履歴を調査したところ、綾波という人間は存在しないのです」
「身につけていた認識票は正規のモノなのでしょう?!」
「はい、L3で発行されたモノに間違いはありません」
「そう、ところでそれをどうして私に?」
 盗み聞きされているかのように周囲を気にしながら口元をユイの耳元でそばうちながら
「事故調査に上がってきた団員がしきりに情報を求めていますし、記録の一部が抹消されました」
「MEATIA内部で?」
「はい、それで直接の関係者でない碇さんには話しておいた方がいいのではないかと」
 やおらMEATIA内部の触れえざる動きがあることとその渦中に巻き込まれようとしていることに驚き、そして
「これだけの遺跡と事態ですから、まるで冒険映画みたいなものですね」
 息をつき、面白いことが始まりそうな未来を楽しむように笑い、
「判りましたわ、それでは私は黒幕になれば宜しいのですね、協力しますわ」
 固い握手を交わすとユイはシンジと一緒に昼食を採るといって食堂に向かっていった。
 入れ替わるように通路の向こう側からタカハマ技師がミナミの傍にやってきた。
「碇さんに話したのかい?」
「ええ、あの人はあの人自身が思う以上に政治力を持つ方だし良き方向に尽力される中心になって下さるわ」
「そう思うよ。
 ところで被験者:綾波レイのDNA調査の結果なんだが、どの人種との特徴を持ち合わせていないんだ」
「一致しないの?」
「いや、そうじゃなくて、パターンが当てはまらないんだ。まるで型枠が別々なクッキーを合わせるように」
「でも、あの子は人でしょ?」
「そうだよ、紛れもなく人間だよ、差分比較は0.004%違うだけだ、十分誤差範囲だけどね」
 非常に困ったというように頭を掻きむしりながら
「初号機と感応したから調査報告上で隠す訳にはいかないし、感応理由を委員会側はしきりに解明したがって
いるからね、しらばっくれる事も出来ないよ、これじゃあ」
 手に持ったパックジュースを飲み干し
「最初は検査値の間違いと思ったんだが、被験者のDNA特徴に近似する配列を持つ人間がここで採集した中
から見つかったのだけど、誰だと思う」
 遠回しの表現が何を云いたいのかに気付いたミナミは身体の震えが止まらなくなった。
「そうだよ、碇さんとシンジ君だよ」


 2025年、秋雨に埋まった第3新東京市。

 宇宙使徒邀撃の要塞都市だが格子状に各所に配された兵装ビル群の中心区域は、その灰色のビル壁面故に
より雨の冷たさを強調するように沈み込んでいた。
 その中で滝に打たれるように立ちつくしたまま動かないレイ。
「レイは?」
「ずっと初号機が見える場所から動いていません」
「そう」
 ミサトの問いにオペレータの一人がやりきれなさそうに応える。
「鈴原君の様子は?」
「意識を取り戻しました。現在は仮説医療区域で治療中です」
 治療中の鈴原トウジがモニタに映し出される。
「こんな時に碇指令は居ない」
 一人ごちるミサトだが、不在なのは碇ゲンドウだけではない。
 インド洋での集中攻防のため起動できるEVA8体の内、零号機/初号機/参号機を除く全てのEVAが遺跡
宇宙船と対峙する4体の宇宙使徒と戦闘を繰り広げている為、最小限のスタッフを残して派遣されているか
らである。
 半壊した地上部にモニュメントのように位相差空間に取り込まれた初号機の虚像がミラーコーティングさ
れたように鉛色の空を反射させている。実像ではない虚像、見えているのに救出することも援護することも
出来ない。
「3rdチルドレンの生命維持装置の限界が近付いています。
 この為、使徒撃滅及び初号機サルベージにロンギヌスの槍を使用します。タカヤ作戦参謀に上申の用意を」
 作戦課長の宣言に仮設司令部に緊張が走る。
「4thチルドレン負傷の現状では作戦行動を1stチルドレンのみで行います」


 

 ドアを閉めると全身から力が抜けたようにベッドに倒れ込んでしまうレイ。
 疲れは日増しに強まり、十分に回復していない体力を少しずつ削いでいく。
 裁判の疲れではない、シンジと会えないことが疲れを誘うのだ。
 宿舎は狭く薄暗く調度品も安っぽくて、まるで独房のようである。
 同じ建物に碇君が居る、たとえ会う事が適わぬともそれが今のレイには唯一の支えである。
 サイレンと怒号が窓越しから洩れ伝わってきているが、それさえも慣れてしまっていた。
 国連横の国際裁判所周囲ではさながら中世の魔女狩りのように碇シンジと綾波レイに対する処罰を求める
デモと集会が連日繰り返されている。後に「人の理性と品性がこれほどまで醜く愚かであることはなかった」
と評されるほどにそれは惨すぎた。
 2033年10月の事である。

 綾波レイと碇シンジに対する処罰は後世の研究者の統一された見解として"不当"であるが一般的である。
 実際、降臨戦争終結後数ヶ月で相次ぐMEATIAの組織縮小と施設の閉鎖が行われ、矢継ぎ早に刑事訴追、民
事訴訟、賠償要求、行動制限、裁判所を通さない尋問と拘留が行われたことは明白である。
 あらゆる立場と権利を剥奪され、数々の保証を打切り、恣意の報道は過熱することを止めなかった。
 そして、公式に国際裁判として、戦争犯罪として控訴される事となり、翌年2月に下された、碇シンジの
国籍剥奪と国外追放(日本への入国の禁止)。綾波レイの永久保護観察処分及び国外への渡航禁止。
 同年5月、就任したばかりの合衆国大統領の国連総会演説後、同会での両名への処分が苛烈過ぎと異例の
減刑案が採択されるに至り、5年間の無国籍処分と終生国連活動に奉仕する義務で撤回された。
 そして、2038年9月に二人の行動制限が撤回された。
 だが、それは終わりの始まりを意味する事に気付いた者はごく僅かであったのである。

第弐章に続く・・・ 

[BACK] [NEXT] [外伝TOPへ] [真エヴァTOPへ]


     Copyright By PasterKeaton project Inc(C) since 1992