真・世紀エヴァンゲリオンシリーズ:外伝
第弐部 「生きる事、生きていくこと 〜ありがとう〜」
西暦2031年5月、フランス南東部アルビオン高原。
「なんなの、これ」
大樹の生長を微速度撮影で再生するように大地に根を張るように、天空へと梢を伸ばすように巨大な宇宙使
徒が融合し、接合し、展張を重ねていく。
「第四拾弐,四拾五,四拾六,四拾七の各宇宙使徒の波形パターン位相が接近、エネルギー反応値が膨大な
数値を示していきます」
為す術もなく傍観するしかないとはこのことなか、アスカは舌打ちを重ねる。
「撤退するわ」
「ちょっと待って、このまま座視するの」
「このままではこちらのATフィールドが浸食されてしまうわ、兎に角下がって」
弐号機の足元では量子崩壊が始まっている。
「そんなお姉ちゃん、私は嫌よ」
「アスカ、ハノーファーを忘れたの?」
「!!」
ハノーファー(独逸)、幼い頃の記憶。美しかった町。
亡き母の想い出、家族との日々、姉と遊んだ湖、そして私の始まりの地。
露を払った葉の様にあっけなく虚数の彼方に消えた町。
――ママ。 心の中で呟くしかない、永遠に失われた世界と同じように。
感傷を断ち切るようにアスカが弐号機を後退させ、外部電源を再接続させる頃、忽然と宇宙使徒が消えた。
「え!? 何」
「アスカ、落ち着いて。ジャミル、そちらで何か観測出来ていないかしら」
ノーチラス1(後に月面戦闘で擱挫撃沈)待機中の壱拾号機、ジャミル・ガードナーの返答は素っ気無い。
「観測も何も、確認されない」
ノリコ参謀の記録より。
約一時間後、月とのラグランジュ点L2の中間地点に再度出現後、爆発消滅、経緯不明。
設置中のオービタルリングへのデブリの影響度は目下の処では影響は発見されず。継続し監視中。
以後約半年に亘り宇宙使徒の襲来は確認されず。
西暦2033年9月、日本第三新東京市MEATIA直上。
宇宙使徒に浸食・融合されて肩部から上を残し人型を成していない状態のアスカ。
制御を外れて猛り狂う野獣のように暴走する弐号機。
自らの意志の範疇を凌駕した事態の推移に為す術もなく、ただ血涙を流すだけ。
「…どうして、…どうして私は、…私は…生まれて来たの、ママ…」
優しく暖かい母との日々を思いだしても、笑顔のまま何も答えてはくれない。
キョウコ・ツェッペリンは何かを話しているようだがアスカには聞こえない。
「…ママ」 意識が半濁していく中、弐号機の胸を貫いた初号機の手がエントリープラグを力任せにえぐり取っていく。
半壊し潰れゆくプラグ内に千切れたアスカの元肉体であったどろどろの塊が四散していく。
初号機のモニター越しに初めてその事実を知る面々。
MEATIA本部内ではその画像を見て卒倒する者、嘔吐する者、泣き出す者、目を伏せる者。
「ア、…アスカ、なんて事…」 月面基地の弐号機が何故、第三東京市に現れたかを悟ったミサト。
「シンジ君、浸食の恐れがあるから後退して。 レイ、槍で弐号機を、…シンジ君?、シンジ君?、シンジ君?」
初号機の応答が無い。
モニタでのシンジの表情は固まったままだ。 「碇君、下がって! 碇君!」
ミサトの呼びかけにも綾波の声にも反応しないシンジ。
トウジが光の彼方に消えた今、無惨な姿のアスカの感触が初号機の手を通して伝わってくる。
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁぁぁっぁぁぁぁぁあ"あ"あ"あ"あ"――」
西暦2038年11月下旬、第壱東京市。
去年より5日早く初雪が振り銀世界の中、今夜は3度目の雪見月である。
羽田の到着ロビーも除雪による滑走路閉鎖が終わった後なので閑散としている。
「うう、寒いじゃねえか」
ゆっくりと閉まるドアから吹き込む寒風に首を思わず竦めてしまうハンソン。
「早く着いて夕食にありつきたいもんだね」
ソフト帽を被り直したサムソンが空きっ腹を満たすことで暖まりたいことをごちる。
「でもなあ、姐さん仕込みなんだよなあ」 「そうなんだよなあ」
ありつきたい夕食が意に反して味が良くないであろうことに肩を落とす二人。
空港内のカフェテリアは閉鎖の影響で早々と店仕舞をしていた。
灯の消えたぬくぱら亭の前をすごすごと通りすぎていく。
綾波の炊事はミサトと変わらないのである。
「せめて料理はグランディス姐御に習って欲しかったすね」
ミサトの料理の腕前を忘れたい程身に浸みている二人にとって、シンジの助言で少しはマシになっている事を期待して
荷物を押しながらすごすごと駐車場へと向かって行きだした。
二人から拾数メートル離れた左前方の降車場に数人のがっしりとした男の集団がエレカに乗込むのを何気なしに見て
いたハンソンが急に叫んだ。
「あっ! あいつ」 「どうした、急に!?」
「カリで俺達にちょっかい出してきた奴だ、間違いねえ」
既に走り去った方向を眺めながら拳を堅く握りこみ上げる怒りを抑制する。
「ホントか?」
「ああ、何しに来やがったんだ、あの野郎」
見上げた夜空は次第に雲が増えだしており、夜半には雪になりそうな気配だった。
杉並区荻窪駅から少し離れた綾波の自宅。
すぐ傍の公園と幼稚園の前にハンソン達が来たエレカが停められている。
深々と雪降る狭い路地に人通りはない。ただ、何軒もの台所からの食欲を刺激する匂いが漂っている。
そして、ダイニングテーブルを向かい合うように囲んで坐るシンジと綾波の前でハンソンとサムソンが勢い良くガツガツと
手料理を平らげていた。
「ああ、うもうなったわあ、ほんまや、おいしいでこらあ」
「ほんとほんと、腕を上げているよ。良かったなあ、シンジ」
呆れるように見ているシンジだが内心は誉められて嬉しいのである。
「空腹は最高の調味料と云うわ」
淡々と自分の腕が未熟のなのを吐露するが
「いやあぁ、たとえそうでもこれは違う。姐さんのなんか空腹でも食べたくないもんな」
「そうそう、あれは猫でも避けるよ」 「カラスでも食べないわな、あははっはぁ――」
ミサトの料理を肴にして笑うのだが気付けばシンジが指先で後ろを見ろ、と語っている。
背中に氷柱をいきなり差し込まれた寒気がして、そおっとハンソンとサムソンが振り向くと、
「あんた達、よくも云ってくれたわねえ」
目がすわったミサトが頬をピクリとも動かさずにぼそっと喋る。
「くのぉおおおおお、すっとこどっこい!!」
拳骨で思いっきり二人の頭を殴りつけ、両手で二人の襟首を締め付ける。
「あんた達の明日の朝食は抜きよ、いえ、あたしが作ってあげるわ」
ニヤリと不敵に笑いの向こうにあるものが耐え難いことを想像してしまうハンソンとサムソン。
「ひえぇぇぇぇぇぇええ、お赦しを〜」
「シンジ君、今度のミッションだけど大丈夫?」
考え込むように押し黙ったままのシンジにミサトが問い掛ける。
「ええ、怪我も大分良くなっているので何とかなります、はい。
それに今回はハンソン、サムソンの二人が居ますから」
身体の事を聞かれたと思い、咄嗟に返事をする。
前回のミッションで肋骨の壱本にひびが入ったのだが経過は順調なのでその事を聞かれたのだと。
「お任せ下さい〜」
両頬が赤くなるまでミサトのスパンク(平手打ち)を食らった二人が元気の無い返事をする。
綾波が一瞬、シンジの横顔を見詰め、心配げな表情をしたことをミサトは見逃さなかった。
シンジと綾波にとって国連からの業務命令を拒否する事は出来ない。
日本への帰国許可が国連安全保障理事会議で採択されたとしても、碇シンジに自身の行動の決定権は無い。
5年間の無国籍処分と終生国連活動に奉仕する義務は未だ継続中なのである。
帰国により開発計画局詰めは終わったが、国連職員として同様に依託される職務を遂行しなければ日本に留まる事は
出来ない。そしてEVA発掘及び月への移送後は業務以外の地球への降下は許されないのだ。
帰国後のシンジ単独ミッションはこれまで2度有り、いずれも国外である。
今度のミッションも国外だが綾波と共同遂行の義務があることになっている。
綾波にとって処罰決定後、初めての海外である。そのミッション内容は、
"EVA発掘作業中に係る「LAST Children」移送準備と警護を両名で行い、テロを阻止せよ−"と。
「さあ、明日は早いわよ、もう寝ましょう」
リビングのソファーに横になり毛布を被ろうとするミサト。
「あのう姐さん、俺達は?」
「お前達はくるまの中、はい、これ」
外に停めているエレカで仮眠しろ、と断言するミサト。
手渡す包装紙で寒さをしのげと示している。
勿論、これは周囲を警戒しろというのを言い換えているのだが冗談にしてはセンスが無い。
「碇君、大丈夫?」
ミサトのパームトップを見返しているシンジに、パジャマだけに着替えた綾波が声をかける。
「う、うん。――大丈夫だよ」
シンジが気にしていたのはミッションの事ではなかった。
付随する未確認情報として示された画像ファイルである。
ほんの数秒なのだが、その内容は誰しも衝撃的だった。
遺跡宇宙船「LAST children」を受け入れる保護施設監視カメラが捉えた不審な人物の斜め前からの姿。
栗色の髪に碧眼、勝気な視線。
見覚えのある顔、惣流・アスカ・ラングレーである。
「お会いにはならないのですか?」
出立前の仮執務室で数々の事務手続きを終えたミナミ補佐官が碇ユイに訊ねる。
「あの子はやるべきことをちゃんと遣っています。私が口出しするには未だ早いでしょうし、仕事を押しつけている側としては
会ってつけいる隙を見せる訳にはいきません」
てきぱきと必要な持ち物を鞄に詰め込みながら、甘やかしてしまいそうで困るといった顔で返答する。
「では、何か伝言は?!」
「そうですね、"いつまで待たせる気なの"、で御願いします」
「は? ああ、そういうことですね」
共に苦笑しながら端末の電源を落とし、セキュリティロックの準備をしているとドアを甲高くノックする音が4回響いた。
「マリー・フランソワ・グランディス、ユイ長官の護衛に只今より着任致します」
ユイとミナミを乗せたトライクは新チャンギ空港を目指してハイウェイを疾走していた。
熱い日差しの中、風を受けて走るのは心地よい。
「もうそろそろいいでしょう」
ハンドルを握るグランディスが周囲を見渡して大きめの声で叫ぶ。
有線式のインカムをそれぞれ付けて話せるか試みる。全ては盗聴対策である。
「宜しいようです、長官」
電波状況を確認してからミナミが念の為にSMGのセイフティを外す。
「結果はどうでした?」
「はい、やはり安全保障理事会各国の不明瞭な予算が増加しています、宇宙軍以外の派遣費用の支出額が前年比の
150%になっています。特に北米地域へのプラント関連情報の秘匿が顕著でして、ついでダミー 発注が急増しています」
「平和維持活動への予算振り分けも去年の二倍ね。シャフト関連の名目が多すぎるわね」
「周辺地域の紛争対処の演習予定がいずれのシャフトでも入っています」
シャフトを巡る紛争の対処にしては大袈裟すぎる、一体何が――、不安が的中しないことを祈りながらも、不測の事態
への対処を覚悟するユイであった。
「どうしてパーティーに出なければならないんですか」
窮屈そうに蝶ネクタイを締めながらシンジがごちる。
「あらぁ、怪しい奴ほどパーティーで自分の虚栄を誇示したいもんよ」
「怪しいって云っても姐さん、大使館ですよ、あそこは」
「そうですぜ、いくら俺達でも任務を離れてはドンパチ出来かねますぜ」
言葉とは裏腹に愉しそうなサムソンにハンソン。
シンガポールのぬくぱら亭の出前ランチをぱくつきながら力拳のポーズを見せる。
「大丈夫だって、会場から一歩出てしまえばこちらのもんよ」
やる気だよこの人は、何か仕掛けたんだろう――諦めてシンジは拳銃と予備の弾倉を一つ、綾波に渡した。
2時間後、シンガポールの夜空に爆炎が立ち上った。
「やりいっ!!」
ミサトが親指を立てて満足げである。しかし、続けて誘爆が立て続けに起こり火の柱が次々と立つ。
「あっちゃぁ〜」
気を取り直し、「動きはっ!?」
内股に隠していたパームトップをミサトと綾波が取り出し、シンジ、ハンソン、サムソンが携帯端末にて場内のモニタを
監視する。
「こいつとこいつとこいつは、違う…」
「姐さん、こいつらの動きが手際良すぎですぜ」
爆発がまるで予定された出来事のように整然と移動する集団がいる。
ハンソンがクリックした人物がファイルから検索され情報が一覧で次々とリスト表示されていく。
「グラーフ・エルンスト・ケッセルリンク、独逸カール・グルッフ社の軍事顧問団の長。
元独逸MEATIAの一員でもあるわね、見覚え有るわ、こいつ」
過去のMEATIA在籍者ログを検索したミサトが叫ぶ。
「ハノーファー消失の二日前に遺跡宇宙船に移動しているわ」
ロビーを通り抜け、駐車場へ向かおうとするとシンジ達の前にクーン・クーンが立ちはだかった。
「未だ君達の出番ではなくてね」
小刻みに爆発と閃光が起こり、足止めされてシンジと綾波、ミサト達とに分断されてしまう。
「てめえ、この、この前の借り、うわっち」
ハンソンが火線の突破を試みるがクーン配下の十字砲火で身動きがとれない。
煙幕が次々と焚かれ、異臭が場内に充満していく。
照明が落された中で威圧するように影がシンジに突き迫る。
奇妙な不快感を催す周波数が大音響で駐車場を突然、侵食していく。
「なんだぁ、この音!!?」「ひぎゃぁ、気持ち悪い、ムカムカしてくる」
「皆、気を…つ、、け、て、ぐぅあ"、は、吐きそう、だ、わ」
ガスマスクは想定しないなかったので準備していない、これは嵌められた!!ミサトが口許を押さえながら微かな音を
聞き取って銃を撃ち返す。
シンジとの綾波の全身が虚脱感に襲われ、小刻みに震え出していく。
「ぐっぅ!」
クーンが肘鉄でシンジの脇腹を突き、返す勢いで手刀をみぞおちに叩きこみ、右手から拳銃をねじ取る。
シンジの身体が開いた瞬間、膝蹴りを弐発入れて胸元に張り手をかます。
ボディアーマー越しでも重い蹴りの衝撃で肋骨のひびが再び開いて激痛がシンジを震わせる。
「碇くん!」
手下側に牽制の弾を数発打込み、クーンの背後を蹴りで狙うが掴んだのはクーンの後頭部ではなく逆に綾波の爪先を
クーンの豪腕が掴んでしまった。
つま先を引っ張られ、体勢を崩されて綾波も膝蹴りを食らい、壁際に投げ飛ばされてしまう。
軽装のボディアーマーでは格闘戦にはまるで役に立たない。
立ちあがろうとしたシンジの脇腹に脚払いをかけ、呼吸を整える綾波のノースリーブの肩口を掴んで背負い投げを行う。
薄手のカクテルドレスは無残にも引き裂かれ、受身をとらせてくれない。
「…きっ、…い、いたぁ……」
コンクリートに叩きつけられた綾波の呻き声がシンジの理性の箍を外し獰猛な闘争心が全身を包み込んだ。
「あ、や、な、みに触れるなぁっ!」
電光石火の俊敏な跳躍で一気に間合いを詰め、体重を乗せた掌蹄を突き立てる。
ハンソンですら一撃を加えられなかったクーンへの打撃が、クーンの足元をよろめかせる。
「スーツが無ければここまで、か」
やるじゃないか、といった素振りで肩をすくめ、両手で張り手を食らったシンジが綾波の所まで飛ばすと同時に駐車場
内に神経系ガスが次々と焚かれた。
「シンジ君、レイ、大丈夫!?」
「くそう、またしても逃げられやがった!」
標準時刻、同日深夜。
オービタルシャフト頂部港湾ブロック脇のラウンジ、通称「最も高い展望台」
宇宙船への乗換えのトランジット・エアロックの扉が開くとファンファーレが響き渡った。
天井と床に礼服を着た士官達が整列している中、中央の臙脂色のケープを羽織った女性将校が一歩前に出、カチリと
した動作で敬礼をした。
「国連宇宙軍月方面統合軍団参謀、タカヤ・ノリコ、碇ユイ長官の着任を歓迎致します、敬礼!」
余り肩肘張らないでね、といいたげな表情で軽く略礼で答えるユイ。
「そうですね、それでは皆さん、ホーム(月面基地)に参りましょうか」
「総員、配置!」 一斉に集まっていた士官達が月面基地へと向かう宇宙船に整然と乗り込み始めた。
その中にはマサミやファナの姿も確認できる。
「長官、艦長からです」
ミナミがパームトップを開くと、その上にウィンドウが開かれ、艦長の映像が現れた。
「Nノーチラスへようこそ、碇ユイ長官。
月までの短い間ですが、御寛ぎください。そして、この度の御就任、お悦び申し上げます」
「こちらこそ、お力をお貸し下さい…」
「気がついたの? 碇君」
シンジが痛みを思い出しながら目を開けると、覗き込む綾波の顔があった。
「…怪我はないのかい、綾波」 「私は…大丈夫よ」
頬を撫でるシンジの片手に手を重ね、瞼を閉じて手の感触を反芻する。
綾波にとってシンジの肌の温もりを感じているときがもっとも心休まるのである。
「お楽しみのところ、ちょっち悪いけれど出発の準備、出来たのよね…」
「しかし、よくここまで情報が入りましたね。
いくら宇宙開発局としても組織解体されたMEATIA内の情報の秘匿度は高くてアクセス制限が掛かっている筈ですよ」
遺跡宇宙船へと向かうビジネス機中でミサトからブリーフィングを受けるシンジが感心したように洩らす。
「ああ、これ、違法コピーと不正アクセスの賜物!」
「まだやっているのですか?!」
「そう、ミナミ補佐官のお陰よ」
シャフト及びリングの調査情報並びに遺跡宇宙船、旧第三新東京市ジオフロントのMEATIA本部の情報は全て非公
開でMEATIAで一元管理されていたが、降臨戦争終結時のドサクサに紛れてバックア ップを含めて2/3近くをリーク
しダミー機関に埋没させ偽装工作を行い隠蔽をしたのである。
これは同時期に碇シンジと綾波レイの失踪・拉致監禁事件(公式上、事件は存在しない)もあり接収さ れる前に重要
情報を確保すると共に巧みにアクセス経路を設けたのである。
この時に中心的に活動したのが、現ミナミ補佐官とノリコ参謀である。
ミナミ補佐官による裏情報の確保はこの後も重要な局面で役立つ事になる。
惣流・アスカ・ラングレー、2ndチルドレン、EVAパイロット。
「2nd? 確かレイの次にエヴァ弐号機に感応したから、だったわよね」
ミサトが過去の適格者ファイルを見ながら独り呟く。
−西暦2013年12月4日生まれ。A型。独逸ハノーファーにて誕生。
母:キョウコ・ツェッペリン、精子バンクより提供された精子により受胎。
提供者不明、精子バンクの記録、全て抹消済み。
キョウコ・ツェッペリン、2010年からの遺跡宇宙船の調査に参加。
2017年に遺跡宇宙船内の調査中に事故で死亡。
以後、アスカ・ツェッペリンは叔母の惣流・アリサ・ラングレー家に養子として引き取られる。
「出生が不明なのはレイ以外にはアスカとカヲルだけか…?
変ね、どうしてこれだけなの? 出生時間も場所の病院も不明だわ」
目指す遺跡宇宙船の情報にアクセスする。ミサト自身は1度立ち寄っただけで詳しくは知らない。
−遺跡宇宙船の調査。
1938年、独逸ハノーファー大学の地学調査団による海洋調査により発見されたと思われる。
39〜41年に亘り秘匿されたままだが地質状態からの本格調査が始まったと思われるが、独逸敗戦により詳細は不明。
資料散逸。次いで、57年からの国際観測年で海洋調査が行われた事で該当海域の地盤が宇宙船である可能性が報告
された。本格的に宇宙船として認識されたのは60年代後半の海洋調査で金属性の岩盤を音響探査で判明した事による。
戦後、モルディブ上空のオービタルシャフト"ニルヴァーナ"を東経73度 ガン島直上、3万メートルに基底部を発見。
遺跡宇宙船はモルディブ諸島であるラッカジブ海嶺とカールス バーグ海嶺に挟まれたアラビア海盆の最も狭い谷間の
赤道を上下に跨ぐ状態で南北にして沈んでいた。しかし全長100Kmを越す三胴形式の巨大な岩盤状の宇宙船故に最も
浅い船殻上部では水深500mにも 満たない。後に判明するのだが一部甲板構造部がモルディブ諸島の一つのアト−ル
(環礁)下に埋没していた。調査の出発点はここを起点として行われた。80年代以降である。内部のエヴァ発見は2004年。
判明している内部構造の総面積はカリフォルニア州に相当すると推定されている。
モルディブでのホテル宿泊記録から大戦期の独逸調査団の一部が判明、以下列記。
「……えっ!? キョウコ・ツェッペリン?」
これは偶然? ミサトは眼を疑った。
−キョウコ・ツェッぺエリン。
調査団の地質学者:ソウイチロウ・ツェッペリンの妻。
「何か有る、何かあるわ、これは」
当時の家族構成を検索して結果をみてみると、
−1941年、ソウイチロウ病死。
45年、連合軍のハノーファー侵攻に際して養父・ツッェペリン伯、姪のヒルデガルド・ローザライン(Hildegard Rosalein)・
ツェッペリンと共に空襲を逃れ疎開する。
註:前世紀大戦略史
38年、グスタフ・ハインツ・ローエングラムのクーデターで独逸第参帝国の総統アーダルベルト・フォン・ヨア
ヒム・ヒトラーが放逐、国家社会主義政党の独裁が終焉、極めて民主的な独裁国家としての新生独逸第参帝国が
誕生。英仏両国家による戦時賠償を放棄した政策を破棄、チューリンゲンで不可侵条約を締結するがチェコスロ
バキアに独逸寄りの自治政府が誕生したことより英国第8師団第24挺団が中立国ベルギーに駐留。39年6月の外交
交渉分裂、8月のポーランド王国での民主化運動弾圧に対する擁護をローエングラムは公布し、9月には武力介入。
王統派の国外追放に対して英国政府が宣戦布告、9月中旬に仏蘭西政府も宣戦布告、ここに第2次世界大戦が勃発、
独裁主義と民主主義による民衆解放を目指した稀有な戦乱が開かれる。
緒戦は圧倒的な独逸軍有利に展開、独逸戦略爆撃団と装甲機甲化師団、戦艦による陸上への艦砲射撃、空母艦
載機と潜水艦連携による洋上作戦、電子諜報戦が繰広げられ、今日の戦術の基礎を全て確立したとされ、破竹の
進撃が見られたが、43年、露西亜と亜米利加が戦線を布告、同年6月、日本と亜米利加が太平洋戦争に突入。
全世界規模の物量戦、消耗戦が展開され、徐々に徐々に独逸軍の敗退が色濃くなる。44年10月の英米連合軍の
ダンケルク上陸により大陸反攻戦が始まる。ハノーファー空襲:米空軍戦略爆撃第8・363混成航空団第26重爆撃
ウィングの夜間絨毯爆撃に蹂躙され業火に包まれる。5回、のべ14晩1432機の空襲があり、疎開時最大規模の
空襲。同じ頃、果敢な抵抗状態のビッテンフェルト大将隷下の機甲化軍団は、西進する露西亜軍第23個連隊が英
米との協定を無視したゴジュフペルコポルトキ(ポーランドのバルタ川流域都市)を突破の前には敗走を続ける。
ドルトムントに達した連合陸軍第43挺団とケルン郊外の仮設前進基地から地上襲撃第133航空中隊が襲撃を繰返す。
英ダクスフォード基地を離陸したコンベアB-36が護衛戦闘機P-51Hマスタング24機と偵察記録用F-61Hブラックウィ
ドウを引連れる。非公式資料にはこのB-36にはウラン235核分裂反応爆弾が搭載されていたとされるが独逸空軍の
追撃でバルト海に撃墜される。
「確か、ザクセン州立大学(ハノーファー)が原爆製造を行っていたとされていた筈では」
−この疎開時にキョウコ・ツェッペリンが襲撃されたとされる非公式未確認記録がある。
ヒルデガルド・ローザラインは孫娘にキョウコと命名。
「キョウコ? ここでもキョウコね、このキョウコ・ツェッペリンの履歴は、と」
アクセス結果が表示され、息を呑むミサト。
「同一人物? それじゃあ、独逸海洋地質調査団の一員の肉親、その孫が同じ遺跡宇宙船の調査を?
確か、大学は、ザクセン州立大学、これも同じ、そしてハノーファーは宇宙使徒来襲でディラックの海の彼方に消えた…。
何かが、きっと何かがあるのだわ、アスカ出生の秘密が」
三日後。
遺跡宇宙船中央船殻部、LAST children発見ブロック。
ほぼ遺跡宇宙船の重心区域にあたり、この下層ブロックにてEVA弐号機から拾三号機までが発見された。
そして、前層ブロックにエヴァ量産ブロックと思しき区画があり、この調査を元に量産機計画、EVAシリーズ構想が建て
られたが現在中止されたと発表されている。
LAST children、約二万五千年前とされる遺跡宇宙船での只独りの蘇生可能な人間として、「遺された子供」 と証される。
発見者の命名により"ナディア"と呼ばれる。外見から幼児体型であり、11歳前後と思われるがLCRに満たされた特異な
プラグ:EVAのエントリープラ グに酷似;に両手、両足を鋳込むような状態で眠っていたが、降臨戦争終盤、月面基地崩
壊時に只1度だけの 覚醒、解析不明な言葉を発し、同時刻、遺跡宇宙船の浮上が始まる。
ナディアを取り囲むように12本のプラグ挿入部があり、さらに外周を囲むように四段にわたり計96本のプラグが設置さ
れていたが、内部はLCRのみで人物が居たかは不明。
「このため、いつからか関係者の間で"ナディアの霊廟と使徒"と呼称されるようになったんです」
旧MEATIAの一員のタカハマ技術研究員が解説する。
遺跡宇宙船の調査は現在も継続中だが外様のミサト達には非協力的で仮設休憩ブロックをベースキャンプにあてがわ
れただけである。
「そして、月やここでの情報のオーバートランスファー(強制転移)よりシャフトやリングの解明が進み、宇宙使徒の来襲も
予想されました」
降臨戦争当時もナディアの移送も検討されたが至らず、この度、冬月教授の依頼で日本の旧松代研究施設への移送が
来年3月に計画されているのである。その移送計画の概要をミサト達に説明するタカハマ。
「シンジ君とレイは!?」
臨時の官制室を設置したブロックの中で珈琲カップを両手に抱えたミサトが尋ねる。
「二人でしたら、気分がすぐれないからと休みに行きやしたが」
ガツガツと夕食を頬張りながらハンソンが答える。
「ここは感応しやすからじゃないでしょうかねえ」
即席の3次元マップを作成中のサムソンも同じく答える。
「あら、そう。折角新しいスーツのこと、話そうと思っていたのに」
その頃、別室ではシーツに一緒に包まったシンジと綾波は必死に襲い来る感応の誘惑と闘っていた。
抱き付く様に互いの身体を合わせ、震えを沈めるようにお互い手を廻して堪えていた。
猛烈な意識への侵食が続き、今は甘美な激しく沸き起こるような誘惑が二人を呑み込もうとしていた。
「だ、大丈夫か、い、綾波」
「だ、大丈夫よ、碇、く、ん」
恐怖に苛まれるような侵食に続いて悦楽と愉悦の侵食。怒涛の性的衝動が二人を貫く。
原始のリビドーが肉体を汚染し、ぎりぎり耐えうる意識の奥底に迫り来る、この感触、使徒に侵食されてLCRに還元してし
まった時と同じである事に気付く二人。遺跡宇宙船が碇シンジと綾波レイの意識を摂り込 もうとしているのだ。
遺跡宇宙船からのアンチATフィールドの過干渉。
妖艶な綾波がシンジの心のひだに纏わりつき囁く。
「あなたとすべて一つになりたいの…」
蕩けるような声のシンジが綾波の心の扉の向うから囁きかける。
「さあ、僕のすべてと融け合おう…」
意識の奥で融けかかり、半分重なり合ったシンジと綾波が互いを抱締め叫ぶ。
「ち、違う…、僕達は」「私達は」
「別々だからこそ、一つになれるんだ」
怨む様に湧きあがる影が偽りの碇シンジと綾波レイを吸収し、人の形を作り、泣くように叫ぶ。
「どうして、みんな、私を独りのままにするの…!?」
影がパッと四散し、幻惑と衝動から途端に開放された。
「来たわね」「ああ、アスカだ」
「現在、アスカと目される侵入者はここから5km前方の層域を移動中です。
ただし、あくまでソナーとレーダーの反響結果です。ATフィールドを展開されたら正確な位置の捕捉は 困難です。
ここにはATフィールドの展開相関観測装置は設置されていません」
タカハマがサムソンの作成した3次元マップから状況を説明する。
「それと、別の侵入者が居るようです」
「分かったわ、シンジ君、レイ、二人とも戦闘準備よ、ここに新しいスーツを用意したわ」
差し出された2つのスーツケースを受け取り着替える二人。
数分後、隣室で着替えていたシンジが抗議するように部屋に帰ってきた。
「ミサトさん、なんなんです、綾波のスーツは!」
続くように部屋に戻ってきた綾波はシンジの抗議の意味が分からないでいる。
「あらあ、スーツ用のアンダーアーマーよ。身体にピッタリじゃない」
見ればボンテージのように綾波の両腕、両足、胴や乳房を包む形である。
「だからって、このフリルとリボンは何ですか、却下!!」
ハイレグの腰元には覆うように長めのドレープがかかったフリルとエメラルド色の大きなリボンが背中側に付いている。
絞め付ける様に綾波の肉体にフィットしたスーツの緊張感を解くようにフリルとリボンが配され ている。
しかし、これではステージ衣装じゃないか、とシンジは内心思う。
「魔法少女みたいで可愛いじゃない、ねえ、シンジ君はそう思わないの?」
「冗談は止めてください、却下といったら却下です!!」
「ダメ? 似合わない? 丁度合うのに…」
シンジが気に入らない事で沈んだ表情になる綾波。
「いや、そんな、綾波に似合わないものなんてないよ、十分、魅力的だよ、その、つまり」
ニヤリ、と笑うミサトに対して背中に廻した左手で"嵌めましたね!"と抗議するシンジ。
「フリルとリボンは戦闘の邪魔だから外そうよ」 「そうね、じゃあ」
別に二人はいちゃついているのではないのであるが、その状況を作ってシンジの反応を見るミサトに苦笑するしかない。
「じゃあ、お願いね」
「はい」「ハイ」
スーツの実装を掛けて量子展開された光が二人を包み、新たなプラグスーツが現われる。
西暦2033年9月
降臨戦争末期、最後の一週間に30体の宇宙使徒が襲来した。
戦闘は激烈を極め、第三新東京市と月面のMEATIA基地を除いて各地域のMEATIA施設は崩壊。
被害規模は甚大で死傷者数は五百万人を越えた。(降臨戦争時の総被災者数は二億を凌駕した)
既に生存する適格者は綾波レイ、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、惣流・ユウ・ヴァン・ラングレー、 ユラナ・ウィンスロット、
ネピチア・ゴールデンバーグ、渚カヲルの7人に減っていた。そして月面基地崩壊。 惣流・ユウ・ヴァン・ラングレー死亡。
「人が、人が、みんな死んでいくわ…」
EVA-八号機に乗るユラナが泣き叫ぶ。
「遺跡宇宙船が浮上していくわ、今更、今さら何をしようっていうのよ!?」
同じくEVA-九号機にのるネピチアも泣き叫ぶ。
ダブルハーケンとツインランスを掲げ、八/九号機が遺跡宇宙船近傍を遊弋する第壱百四使徒と壱百六 使徒と対峙する。
そして、閃光が2つ煌き、静寂がインド洋に戻った。
この浮上により海流が変化し、インド亜大陸の平均気温は5℃以上低下、不作による餓死者は今も減らない。
5年後、再び遺跡宇宙船に火が入ろうとしていた。
プラグ内のナディアが目蓋を微かに開き、口許を歪めた。
まるで悲劇を弄ぶ魔女のように。
意識野への侵食が停止したことを確認し、戦闘準備を行うシンジと綾波。
弾倉を確認し、太腿のホルスターに突撃拳銃を収める綾波。
50口径の大型アーマーライフルを背負い、軽く綾波とキスをするシンジ。
「僕は闖入者を排除に行くよ、アスカを任せたよ」「じゃぁ、後で、シンジ君」
シンジと綾波が通路を歩いて行くとふっと二人が消えた。
「何? どうしたのぉっ!?」
ミサトが眼を見開き事態を問質す。
「ここでは二人ともATフィールドを自在に使えるのかもしれません」
「現われました、シンジは闖入者の直前、綾波は推定位置霊廟の1段下層、前方3.5kmです」
「それと、ナディアの状態が変化しています」
調査団からの連絡でも機関部に高エネルギー反応が見られ、再浮上の可能性があるという。
「そう」
同時刻、第参東京市、ジオフロント内。 初号機と零号機が僅かに震えた。初号機の両目が光る。
同時刻、アメリカ・シャイアン山中。 漆黒の闇の中、猛々しい眼光が幾十も点いていく。
カツカツ、と靴音を響かせながら霊廟に近付いてくるアスカ。
その10mほど前方、空間が萎縮した直後、綾波レイが姿を現わした。
「着たわね、ファースト」
アスカが答えるように不敵に笑った。
赤い深紅の宇宙用プラグスーツ。アスカ死亡時の出で立ちである。
「貴方は誰?」
「私? 決まっているじゃない、総流・アスカ・ラン――」
「違うわ、弐号機パイロットは死んだわ…」「あなたはアスカじゃ、…ないわ、只のコピーよ……」
憤りが顔面に広がり、怒気が拳をわななかせる。
「あなたに、ファーストに私の気持ちが分かってたまるもんですか!」
アスカが動いた瞬間、突撃拳銃を抜いて躊躇いもせずに3発打ち込む。
だが、水面に波打つ波紋のように空間が彎曲し、アスカに直撃しない。
「今のは!?」ミサトが叫ぶ。
「ATフィールドではありません、ですが位相差空間が現出した事に間違い有りません」タカハマが答える。
満足そうに凶悪な笑みを浮かべほくそえむアスカ。
ふっと消え、次の瞬間、綾波の間合いに詰めよりパンチを打込む、その手が、指先が巨大な鍵爪シザー ハンズに変化して
電撃が発ち上がる。
表情を何も変えずにATフィールドを展開し防禦体勢を執る綾波。不安も自信の表情も見せない。
ゆっくりと右手の突撃拳銃を構え、一気に全弾をアスカに撃ち放つ。
「やはり、通常兵器はダメね」
歪んだアスカの周囲の空間が元に戻り、足元に撃ち放った弾丸の破片が転がる。
「手抜きしないで全力で私を殺しなさいよ、ファースト」
『違うの』
三白眼で眼光を妖しく光らせアスカが楽しそうに次々とシザーハンズのパンチを繰り出してくる。
「痛いのね、私にも判るわ、だから…」
アスカの心の波がATフィールド越しにレイの心に押し寄せては帰っていく。
突撃拳銃をホルスターに仕舞いこみ、右手を横に広げる。
霊廟のナディアが楽しそうにくくく、と笑う。
「高速物体が二人に向けて移動!」サムソンが叫ぶ。
床面を突き破り、棒状の物体を綾波の手が掴んだ。
「ロンギヌスの槍!!」ミサトが霊廟を確認する。
ナディアのプラグ横、7本の槍の内、一つが抜けて無い。
「心が痛いのね、それを、寂しい、と、云うの…よ…」
ぐるん、と槍を廻し、アスカを弾き飛ばす。
「寂しいから貴方はここに戻って来たの?」
遺跡宇宙船からの精神汚染、ナディアの表情、そして不敵なアスカ、誰もが綾波には寂しそうに見える。
「満たされたあんたに何が分かるのよ」
『違う』別な声がレイの胸に響く。
激しくシザーハンズのラッシュで綾波に応酬するアスカ。短い動きでそれら全てを受け流していくレイ。
鼻をくん、とぴくつかせて得心するアスカ。
「ファースト、あんたメスの匂いがするわ、そして、何かを抱え込んでいるわね、オスの匂いだわ」 『懐かしいわ』
怒りの激情に駈られたアスカがATフィールドの干渉をものともせずに強引に鍵爪を捩りこんでくる。
「あなたは本当のアスカじゃないわ、答えて、アスカは何処?」
『私はここなのよ』
言葉尻も烈しく叱責するように問う綾波、そしてロンギヌスの槍をアスカの脇腹に刺し込み、動きを止めた。
槍が触手のように変化し、アスカの全身をぐるぐる巻き包み込んでいく。
「アスカはどこ?」
スーツの実装を解く綾波。
「レイ、何をする気なの!?」
闖入者の半分以上を排斥したシンジ。
「殆どはもう身動き取れませんよ、素直に降伏したらどうなんですか?」
影に潜んだクーンに対して降伏勧告を行う。
アーマーライフルの銃弾は硬質ウレタンの積層チップ弾なので撃たれても死ぬ事はない。
鈍い爆発音がすると、周囲の照明が落ちた。本来の照明ではないので臨時に仮設された照明。
「ここではそんな事しても無駄ですよ」
言い終わらない間に間合いを詰めたクーンがシンジの背後を襲う。
打込まれた拳を難なく掌で掴み、軽く引っ張りクーンの体勢を崩し、膝打ち、肘打ち、踵落しを食らわせる。
続けて廻し蹴り、一本背負い、張り手とパンチを繰り出して強請を削ぐ。
『やはりスーツを実装状態の適格者、とくにここでは無敵だ。頃合だな、本当の仕掛けも終わったようだ』
「分かった、降伏するよ」
と言葉とは裏腹に閃光と煙幕を張って、非常用の仮設通路に逃げ込んでいった。
「? そうか、こういう事か」
事態を察したシンジ。
突然、ATフィールドが展開できなくなっているのである。「遺跡宇宙船、いや、ナディアの干渉か」
「驕ったの? ATフィールドを、スーツの実装を解くなんて」
槍を引きぬくとアスカは半裸状態になっていた。
シザーハンズを繰り出そうとするが、両手が何も変わらず、素手のままである事に愕然とするアスカ。
「どうやらここの主は何もかもお見通しのようね」
周囲を見渡す綾波。
何が起きているのか理解できないミサト、ハンソン、サムソン。必死に解析を続けているタカハマ。
ガツっと床にロンギヌスの槍を突き立てる綾波。
「アスカはどこ?」
『私はここよ』 「なにいつまでも訳のわからない、な、な、な、い、う、や、や、や、ま、ま、め、い、や、やめて!」
『私はここよ』猛烈な痛みがアスカを襲い、体の奥底から込上げてくるものが有る。
「……私を閉じ込めないで、私の中の私よ、私はここよ、ここなのよ、助けて、何故、私まだ生きているの…」
胸を掻き毟る様に悶えたアスカが数度、頭を床に叩き付けて嘆く。
「…ねえ、お願い、…どうして私は未だ生きているの?!」
再び顔を上げたアスカの表情は、かつて見せた柔らかい笑顔だった。
「助けて、お願い、どうして私、未だ生きているの、どうして私は生まれてきたの、また生まれてきたの?」
そっとしゃがみ込み、アスカを抱かかえる綾波。
「ファースト?」
「可哀そうな人、あなたは望まれて生まれてきたのに、寂しいだなんて」
アスカの顔を自らの胸元にあてがい、あやす様に指先で髪を梳いていく。
「この匂い、メスの匂い、いいえ、ママの匂いだ…」
安らかな寝顔になるアスカ、全てを母に委ねるような充足した心地よい寝顔。
――『アスカちゃん、ママよ、例えどんな哀しい事も苦しい事もママが居るから無くなっちゃうわよ』
生まれたままの赤子のアスカに授乳させながら独り言のように呟くキョウコ・ツェッペリン。
「アスカと綾波の周囲のアンチ・ATフィールド値が急激に上昇していきます、これは精神融合です」
タカハマがこれ以上無いと言った困惑の表情でミサトに問い掛ける。このままでいいのか、と。
「取敢えずアスカの正体を見極めれるのは今はレイだけなのよ、レイに任せるしかないわ」
遡る過去の記憶、垣間見えてくる遺跡宇宙船でのキョウコ・ツェッペリンの記憶。
西暦2014年夏。
「生むの、キョウコ?」
「ええ、生むわ。
この子はね、二万五千年前の遺伝情報をもったナディアの分身でもあるのよ。
ナディアの蘇生はこのままでは失敗するかもしれないわ。
でも、私の卵子から取り出した遺伝情報と結び付けることで独りじゃなくなるのよ、
この世界で新しい命として生きていくのよ。ナディアの思いと命は受継がれて行くのよ。
どんな形であれ、命は受け継がれて行くのよ星の彼方までもね、だから決めたの、この子の名前を」
「決めたの!?」
「ええ、明日香、アスカよ」
「いい名前ね」
「貴方も頑張ってね、ユイ」
「大きなったわね、アスカ…」
「ママ!!」
遺跡宇宙船に残されたキョウコ・ツェッペリンのパーソナルパターンがアスカに語り掛ける。
霊廟に今も残るプラグの一つ、そのLCR液の中から。
「寂しくなんかないのよ、アスカ、ママはいつでも貴方の傍に居るのよ…」
「私、独りじゃなかったのね、この為に生きて来たのね」
顔を上げたその向うに綾波のこの上なく慈愛に満ちた笑顔。
「あなたも私以上に寂しい中を生きて来たのね、だから、あなたは優しのね」
全てを悟り、喜びの笑顔を浮かべるアスカ。
「そう、シンジね、貴方の大切な人は、そして、……ママになるのね、きっと」
ゆっくりと無言で頷く綾波。
気がつけば奥からシンジが駆け寄ってくる。
「馬鹿シンジ!! ファーストを哀しませたら承知しないからね。
……最後に二人にお願い、私を止めて、私達は沢山居るの、だからもっと酷い事がもうすぐ起こるわ、その時、躊躇せずに
私を止めて、それが最後のお願い、そしてナディアを赦してあげて、あの子は寂しいのよ。
私は彼女の分身、あの子の子供でもあるわ、だから、判るの、ナディアを……」
陽炎のように揺らめき、消えて行くアスカ。
そっと肩に手を添えるシンジ。
「碇君、アスカは…」
「わかってるよ、綾波。 さあ、これをお墓に持っていこう」
僅かに残されたアスカの髪を拾うと、綾波の頬にキスをした。
「アスカの為にも幸せになろう、綾波。そして、生きていこう、皆の分も。
帰ったら、綾波に話したい事があるんだ、大切な話しだよ」
一体どんな話しなのだろう、そう思いながら綾波は立ち上がった。
「お腹が空いたわ」「僕もだよ」
国連安全保障会議室別室。
「そうか、遺跡宇宙船の再起動には成功したか、構わない、ナディアの移送には問題ない。
来年のことだ、問題はない」
クーンからの報告を受けた男が答える。
「さて、諸君、このことで各シャフトへの展開が問題なく出来そうだ」
「そう、全ては我等のシナリオの通りに」
「全ての破滅から逃れる為に」
「月は遠いよの、フハハハハハハァ」
遺跡宇宙船舳先近くのアト−ルのコテージに佇む影が一つ。
エメラルドグリーンの海は鮮烈なルビー色に輝き、激しい鼓動のような夕日が水平線の向う側へと隠れよう
としていた。
その情景を見やる影。成熟した大人の女のようにも見える。髪が風に揺れると流れるように伸び
豪奢な金髪が夕日に煌き、
まるで黄金色の海のようになる。振り向いたその姿はアスカ?
なびく髪を一振りすると瞬く間に短くなり、体付きも華奢な
少年のようだ。
「さあ、もうすぐ第弐幕が開くのさ」
陶器のような高笑いを上げるその顔は渚カヲルにそっくりだった。
外伝第参部に続く。