EX-S EVA(イクス・スペリオル エヴァ)

 ACT.5 紡ぐは礎、それは思いの綾なす心音の調べ

「人と人との諍いだ」

 全天モニターに投影された地球連合とコロニー連合との戦闘で放出
された電磁波と輻射の様子を見ながら抑揚の無い声を洩らしたシンジ。
「――でも」
「傍観するしかないのよ」
 ルリの心を察するように綾波が制した。
「この世界の人達自身で決める事だからね、僕等が僕等の力を使って
良いのはこの世界が望まぬ力がこの世界に訪れるのを止める事だよ」
『228光秒先の宙域にVN反応の偏移域を2から5迄確認しました』
 シンジの吐露に呼応するようにサリーネンが超感リンクを通して通
信を入れてきた。
 続けてデータパスが転送され、体内WEB経由で互いにシンクロした
視床下部に映し出された。
『戦闘の推移が予測通りですと四時間以内にVNの顕在化が起こります』
「有難う、サリーネン。引き続き準備を続けて」
『了解しました、レイ様』
 サリーネンのグリッド表示が深次元潜航状態に変わったのを確認し
てシンジはロブ達への回線を開いた。
「通信の傍受から大規模な戦闘が起きているようです。
 一つ確認しますが、ロブさん達は力づくで説得しなければならない
時はどうしますか?」
「相手を認めるためにかい?」
「いえ、自分に従わせるためにです」
 ニュアンスの違いを考えているのか、ロブは即答しなかった。
「説得ってもなぁ、結局はお互いが相手の事をどう考えるかだよな、
一方的なのは説得じゃないと思うぜ」

       ――― ◇◇◇ ―――

 飛び交う銃弾と砲弾が炸裂する音が幾重にも重なる中、意識をとり
戻したシンジ。
 使徒との降臨戦争が終って既に三年以上が経過していた。
 人智を凌駕した使徒との無謀とも思える戦いが終った世界に訪れた
のは人同士の恩讐と欲望と権謀のモザイクだった。
 地域紛争と民族紛争は至る所で起きては神を失った人々を底の無い
渦の中へと飲み込んでいくようだった。
「僕には誰も救えないの?」
 無数の屍が折り重なる中で只一人、生き残ったシンジが苦しそうに
地面を叩いた。
 生き残ったシンジを見る多くの人々の目は畏怖と嫌悪と侮蔑に満ち、
否応無くシンジの心を突き刺した。
「死ねない、綾波ともう一度逢う為に」
 諍いの坩堝に閉じ込められていた頃を思い出していたシンジを新た
な警告のオーラルトーンが呼び戻した。
 全天スクリーンに宙域の警戒管制情報が次々と表示され、超感リン
ク越しにサリーネンの報告が入った。
『スクランブルコードの異なる暗号通信で活動中の物体、十二個群が
接近中です、輻射エネルギーパターンから回収した機体と同一のもの
と想定されます』
 続けて「平文の通信が入ってきているわ、ロブ達のと同じコードの
一般帯域らしいわ」と綾波が状況を補足した。
「反地球連合勢力の来訪です、父様」

       ――― ◇◇◇ ―――

 ロブ達の不良息子のボロ船号とシンジ達の船を囲むようにして展開
した十二機の戦闘艇が艇後方のブースターユニットを艇前方に突き出
すように動かして急制動をかけ減速すると、その勢いを利用して変形
すると人型のモビルアーマーになった。
 アイボリーホワイトにオレンジのストロボラインとスプリット迷彩
とブルーのストロボラインとスプリット迷彩のがそれぞれ六機ずつだ
った。
「向こうは臨戦体勢で攻撃準備中よ」
 各個の拡大画像を投影しながら兵装の展開準備を超感リンク越しに
シンジに伝える綾波。
 同時に主核船体の中で“ヴィゥン”と何かが目を醒ました。
「父様」
「ルリ、大丈夫だよ、起動させるつもりはない」
 シンジが優しく応えるとそれに合わせるように通信が入ってきた。
「ジャンク屋、及び所属不明の大型船に警告する、
 これより先の宙域は戦闘宙域になる。
 速やかな転進、もしくは我々の指揮下に入ることを勧める」
 真正面に位置した指揮官機らしきオレンジ迷彩のモビルアーマーが
右腕に保持した大型の二連ビーム砲を横に向けて針路の変更を促した。
「オレンジライトとブルーレフト、最精鋭部隊のお出迎えか」
 ロブの目が受けて立とうと意気揚々に輝く。

       ――― ◇◇◇ ―――

「貴方達は力を何に使うつもりですか?」
 シンジが音声回線をオープンにして指揮官機に問い掛けた。
「力、とは?」
 コクピット内でVRヘッドを装着したパイロットが研ぎ澄まされた
刀剣のような声で聞き返した。
「オブライエン、その宇宙船の中から五号機の信号が出ているわ」
 秘話通信でブルーレフトの隊長機から報告が入る。
「鹵獲されているのか?」
「いえ、作戦コードの解除が為されていないので収容されただけ、
 と考えられるわ」
「それで先程の質問、か」
 作戦行動時間が減算表示されるのを見ながら、オブライエンは息を
大きく吐いた。

       ――― ◇◇◇ ―――

「力は、それを使う人によって変わるものだと私は思います」
 オブライエンの問いに答えるようにルリが指揮官機との間の宙域に
ホログラム投影をして強制的に音声回線に声を割り込ませた。
「私達は大きな力が人々の命を奪うのを望みません、
 ですが、
 命が奪われるのを防ぐ為に別な命を奪うのは何の解決にもならない、
 ただ、互いに振り上げた拳を下ろし、同じではない、互いに互いが
他者である事を認め合えるなら、力とは大きくならずともよいのでは、
そう私は思うのです」
 宇宙船の前に幻想的に映し出されたルリがまるで妖精のようにはに
かみながら目を閉じて両手を握り、祈るようにして消えていった。
「僕は、力とは一人で生きるためのものではなく、一緒に生きていく
ためのものだと思っている。
 娘の気持ちも同じだと思っている。
 これでは、答えにならないかな」
 シンジの答えを聞きながら苦笑するオブライエン。
「我々を瞬時に一掃出来る力を隠しながら、面白い答えだ」

       ――― ◇◇◇ ―――

『碇様』
 超感リンク経由でサリーネンがシンジを呼んだ。
『VN−DS反応の偏移が終息していきますので追尾に移行する必要があ
ります。これまでの観測結果からすれば我々がこれ以上この世界に踏
み止まる必要はありません、ディバイダーを収容します』
 数秒の沈黙後、シンジが思念を接続する前に綾波が「制御をこちら
で行なうわ、浮上後接合、一気に反転航法に遷移するわ」とシンジに
応えるようにして航法機器とリンク接合を行い、艦を後退させ始めた。
「ありがとう、綾波、ルリ、反転航法への準備、頼んだよ」
「はい、父様」
 自分の思いを汲み取った綾波に礼を云いながら再び指揮官機への通
信をオープンにして画像表示も行なうシンジ。
「僕は、人と話すのが苦手で、気の利いた会話やジョークも下手で、
 相手を傷つけてしまわないかといつも思っていた。
 僕自身、ずっと他人に受け入れて欲しくて、
 それでいて僕らを疎ましく思う人々になかなか堪えれなくて、
 何度も何度も逃げ出しそうになった、
 大勢の他人を死なせてしまった、
 友達も亡くしてしまった、
 思い出も約束も何度も何度も壊された、
 小さなことかもしれない、
 ささやかな、ほんの大した事ではないのかもしれない、
 でも、
 僕は僕を受け入れない世界を受け入れらる、
 それが、
 僕が僕であり続けられる事だから」
 シンジの声を聞きながら「他人様が居ないと商売できないし、それ
にさ、俺は美味いシチューは作れないし、音痴だし、画のセンスもな
いしなぁ」とロブが嬉しそうに追従する。
「判った、出来るだけ努力しよう」
 指揮官機からの応答が入ると他の編隊機が再び変形を行い、隊列を
整え戦闘宙域へ加速していった。
「返さなくても宜しいのですか?」
「既に無くなっていたものだ、その機体は。
それとギャンブルで下手な色気を出すと大損すると決まっていのでな、
私は君達に会わなかった、それだけだよ」
 そう云い残すと変形してブースターの最大加速を行い、あっという
間に星々の輝きと同じくらいに小さくなっていった。

       ――― ◇◇◇ ―――

「行ったな」
 ロブが一息いれようと背伸びを仕掛けるとシンジから通信が入った。
「どうやらここでお別れのようです」
「母港へ帰るのかい?」
「そうですね、母港に戻るといえば戻る事になります」
 シンジが言い終わるとほぼ同時に噴水が噴出すように次弦潜航して
いた全長二十キロ弱の主核船体が飛び出してきた。
「さよなら」
「皆さん、短い間でしたがお世話になりました」
 綾波の短い挨拶とルリのハキハキとした言葉が対を為す。
「また、会えるといいですね」
 シンジの言葉を残して一気に加速した主核船体が光の翼を靡かせる
とあったという間に漆黒の宇宙に一際輝く星となって消えていった。
「ロブ、今の…」
「いいじゃねえか、出会った事はほんとだろ、それでいいじゃねぇか」

       ――― ◇◇◇ ―――

「ねぇ、父様」
「なんだい、ルリ」
「あの世界での戦争は終るのかしら」
「終る、かもしれないし、また始まるのかもしれないわ」
「母様、私達は時の向こうからずっとそれを見続けるの?」
「それは判らないわ、誰も、私も、でも、私は大丈夫だわ」
「辛いかもしれないね、見つづけるのは。
 でも、僕は人を信じれると思う、人が生きていく事を」
「――ありがとう、父様、母様」

  

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