一刻館ものがたり プリプロセッション
       −スピーク・ライク・ア・チルドレン−


後編:時計坂セレナーデ

「でもさあ、八神、いつまで続けるんだろうね」
「いくら八神のお父さんでもさ、無理じゃない」
「三友商事の部長の紹介ってことなら結構あるんじゃない」
「ここで五代先生に対するポイントを稼ぎたいんだろうけれど、管理人さんさあ、
 気にしていないみたいじゃない」
「はなから勝負あったわよね」
「ま、八神の好きなようにさせましょうよ」
「そうねえ」
 お喋りを続けながら時計坂駅へと向かう敦子達。
 台地の崖側の坂道を並んで歩いていると何やら辺りの雰囲気が少し変わり出していた。
 町の音が遠のいていき、鉄橋を渡る電車の音も、小鳥達の囀りも、梢のこすれる音も聞えなく
なっていた。
「ねえ、変じゃない?」
 3人の中で敦子がまず口を開いた。
「何にも聞えないわね」
「薄暗くなってきているわよ」
「あ、流れ星」
 薄暮の茜ずんだ北空から南へと一條、星が流れていった。
 ガチャリ、と甲冑が動く音が背後でした、3人ともそう感じた。
 振り返ろうと誰もが思った瞬間、巨大な力で押されるように真横に動かされた。
「ゴメンナサイね」


戦場のめぞん一刻シリーズ番外編、「スピーク・ライク・ア・チルドレン」
 後編:時計坂セレナーデ


 一瞬の猛烈な横Gで眩暈がして時間感覚が飛んでしまった3人達だが、実際、それは数秒の
出来事でしかなかった。
「何、これぇ!?」
 頭を振りながら顔を上げてみると豪奢な栗色の髪の女性の後姿があった。
「ちょっと間が悪かったみたいね。
 済みませんが今少しばかり時間を頂けないかしら?」
 何このひとは言っているのだろう、そう思った敦子だが目の前にいる女性の向こうを見やると
男が二人対峙していた。
「あたたたた、何、どうしたの」
「ふぅーん、なんなあの」
「二人ともさ、なんか私達、やばいことに巻き込まれているみたいよ」
「ひぇ?」
 敦子が指差した先には対峙している男二人が今にも斬りかからんとしていた。
 藍色の髪をした男と、灰色の長い髪の男。
 灰色の髪の男は細い切れ長の冷たい眼光を放ち、藍色の髪の男は緊迫感の無い目をしていた。
 灰色の髪の男が刀剣を居合抜きし踏み込む!
 紙一重で身を後ろにずらし、逆に踏み込んでいく。
 しかし、早すぎて3人には二人の像がぶれて見える。
 ドン、と身体を震わす震動と轟音の中、蹴りを入れられた灰色の髪の男が宙に舞い、藍色の
髪の男が叫んだ。
「登場するには出番が未だないぜ。エキストラにするには役が決まらない。
 真打の登場まで舞台脇に引き下がっていて頂こう」
「いい準備運動だった。次回は手加減抜きにして貰おう」(声:若本規夫)
 そして、男は虚空に消え去った。

 さっきの出来事は幻?
 気付いたら敦子達は時計坂駅のホームに立っていた。
「ねえ、憶えている?」
「ハッキリ憶えているわ」
「でもさあ、何だったんだろう」


 土曜、昼下がり、一刻館へと向かう坂の途中。
「どうしたの、3人ともさ、そんな所で立ち止まっちゃってさ」
 八神の問いに対しても曖昧な生返事でしか答えられない。
「なによお、人が聞いているのにさ」
 数歩先からズカズカと文句でもあるんなら言って御覧なさい、とでも言いたげな態度で敦子
達に寄って行く。
「ううん、この前、ちょっとここで有ってさ」
「何が?」
「説明はしにくいなあ」
 麻美の返事に眉を顰める八神。
「はあぁあ!?」
「とにかく、おかしな出来事が私達にあったの、多分あんたにも関係あることなんでしょうけれど」
 自分の言葉に半ば戸惑う敦子。
「でさあ、八神、これからどうすんの?」
「決まっているじゃない、パパが五代先生の−」
「そうじゃなくて卒業してからよ、進路よ」
 悦子の当たり前過ぎる質問であった。来年は受験勉強になるだろう。その先は?
「五代先生もさ、今は幼稚園のバイトじゃない。
 このまま保父さんになるかもしれないけれど、そしたら晴れて管理人さんと結婚−」
「冗談言わないで、誰がそんなことさせるもんですか」
「でもさあ、やがみぃ、ホントは判ってんじゃないの、判っているからこそ八神は管理人さんに
ハッキリさせて貰いたいんじゃなくて?」
 麻美の問いかけに背を向け敢えて無言を押し通すしかない八神。
 初冬の夕暮れは早い。夜の帳はもう全天の半分以上を覆い尽くしていた。
「私はただ、ただ自分の気持ちに正直でいたいだけよ」
「敦子はやっぱり看護婦になるの?」
 坂の角の時計坂駅周辺を見下ろす高台の木の下の置石に腰掛ける4人。
「そうねえ、声優にもなりたいけれど。まだ、どちらになりたいのか、ハッキリとは判らない。
 でもね、それを決めるのは私自身だし、声優の仕事が私にあるのかどうか、それはその時に
ならないとわかんないし、看護婦だって片手間で出きるわけではないわ…」
「悦子は?」
「私はそうねえ、デザイン系の仕事をしてみたいけれど、漠然とね。でもデザイナーなんて
敦子以上に水ものな感じするしね、出たとこ勝負よ。
麻美が一番ハッキリとしているんじゃなくて、先生になるんでしょ」
「うん、小さい頃から学校の先生になりたいと思っていたし、あんまし取柄ないし」
「そんなこと無いって」
「そうそう、敦子の取柄はガサツだしね」
「おいおい」


 6時過ぎ、管理人室に集う敦子、麻美、悦子。

「八神さんも来ればいいのに」
「敵地に乗り込んで返り討ちにないのよ、きっとね」
 悦子の返答に苦笑する響子。
「でも、坂の途中で話しこんでいて寒かったでしょう」
「でも、不思議と寒くは無かったです。あ、すみません」
 淹れられた紅茶を頂く麻美、悦子、敦子。
「進路のこと、少しですけれど、管理人さんはどうだったんですか?」
「私は、高校でて、少しして惣一郎さんと結婚したから進路を考えもしなかったわ」
「へえ、そうなんですか」
「仲のいい友達達とはよく貴方達みたいによく連れ立っていたわ。
 私達の先に何があるか想像できるだけしていたわ、思い出すのは恥ずかしいけれど」
「何年か経ったら、わたし達も『ああ、あのころは』なんて話しているのかしら」
「やだなあ、そんな年よりくさいのぉ」
 次第に話しが弾み出し、時計の針が8時を越えようとしていた。
「ただいまあっ」
「あ、五代先生だ」
 ぞろぞろと管理人室から五代を出迎える響子達。そして5号室から降りてくる八神。
「何だ、お前達、また来ていたのか、凝りもせずに」
「済みません、私が引き留めてしまって…」
「あっ、管理人さんは気にしないで下さい。
 さ、お前達、時間も遅いし、早く帰らないと」
「はあいっ」
「じゃあ、管理人さん、楽しかったです」
「御馳走様でした」
「じゃあ、駅まで俺、送っていきますよ」
「わあ、五代先生、やさしい」
 敦子が皮肉のように五代の肩を叩く。
「あ、裏切り者、私の五代先生を」
「たまにはいいじゃない」


 そう、卒業してからは2度と得ることの無い日々、貴重な日々。
 可能性という明日が起きる度に増えていく気がしていた。
 私達は八神に、悦子に、麻美に、私に、それぞれの明日と自分に向かって応援していたの
かもしれない。
『頑張れっ! わたしっ!』−と。
 今日の日を知らなくても、そこに行く道が自分で選んだ道で来た事に後悔は無い。
 まあ、大切なことも沢山貰ったし、同じ位にバカスカ矢も刺さったけどね。
 きっと多くのものと巡り合えるきっかけがあそこに、一刻館にあったと今は思える。
 そして、あの不思議な二人ともう1度出会えたことが今の私に繋がっていると確信できる。


「どうしたの、春香?」
 小学校入学式を明後日に控えていた春香が物干し台から夜空を眺めていた。
 母の問いに「お月様が今晩はキレイだな〜、って思っていたの」と答える春香。
「冷えるわよ、早く寝ましょうね」「は〜い」

 全ての思い出に有難う、そして明日の私にこんにちは。

                                  終わり。


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