第二十二次ソウル遠征 〜南北分断をこの目で見る〜
                                                        2011年05月05〜06日 with Maximilian(ユウマ)


3:第三トンネルと板門店、そして帰国。

その後、DMZ観光の山場、第三トンネル見学へ。
第三トンネルとは、北朝鮮が韓国へ侵攻する為に掘っていた南侵用トンネルの一つ。
今のところ四本見つかっているのですが、脱北技術者の話だと16本掘っているんだそうな?
恐ろしい。都羅山展望台より更に北東へ移動、軍事境界線から160m地点まで進めます。

ここについてから天候はいきなり雨。ついに振りだしちゃいました・・・。
急いで建物の中に入ります。

ここも内部は写真撮影禁止。まずは映画を7分間見て、それから記念館を通り抜けます。
映画の内容は朝鮮戦争の事と、DMZは人が入らないので貴重な動植物にとっての
サンクチュアリの状態になっている、という内容。確かに地雷は危ないけど、人間が一番怖いともいえるからね・・・・。

記念館はDMZの写真や朝鮮戦争の類だが、言葉の面もありよくわからなかった・・・
でも、凄いお金をかけているなあ、という印象。

  
(上写真:モノレールで第三トンネルの中へ向かいます、中は撮影禁止)

さて、記念館を出たらモノレールでいよいよ第三トンネルの中へ下ります。
コースによってはモノレールに乗れないコース、乗れるコースがあるようです
安いコースはモノレールには乗らず、横に掘られた徒歩用トンネルを使います。

相当距離があるので、足腰に自身が無い場合はモノレールをオススメします。
なお、現地でモノレールに追加代金などでの変更は出来ません。

モノレールのトンネルもとっても小さく、壁際の人は頭を下げるとかしてギリギリの中進みます。

さて、モノレールをおりてから、北朝鮮の掘ってきたトンネルをずっと通って
軍事境界線から160m地点までいけるのですが、狭い狭い。ずっと中腰で向かいます。
中で特に印象に残るのはダイナマイトの穴といい岩盤の固そうなこと。
よくこの岩盤を掘ってこれたなと思いつつ、狭いトンネルを見学しました。

あと、ずっと中腰で移動するから、腰が痛かった・・・(笑)
で、地上に戻ってDMZの記念碑をみたりしていました。

 

あと、地上で印象に残ったのはここのエリアがモロ地雷原の中に作られているということ。
もちろん施設区域内は地雷撤去が終わっているそうですが、周りの丘全てが地雷原。
ベンチの裏も地雷原。ちょっと、怖いですね。

 
(上写真左右:ベンチで記念撮影してる裏側に・・・・地雷の文字(汗))

この公園は北朝鮮の脅威を国民に知らしめる為、板門店とは違い、韓国人も訪れることが
出来るようになっているそうです。今日も団体さんが来ていました。

さて、DMZの見学はここまで、最後にイムジン川をもう一度渡り、統制エリア外の臨津閣で下車。
ここでDMZコースとお別れし、JSAコースへ合流します。まずは昼食♪まってました!(笑)

 

 

JSAコースは昼食をこの臨津閣にあるレストランでプルコギ定食を頂きます。
全州中央会館や又来屋等、何店かプルコギを食べてきた私ですが、ここのも美味しかった。
でも、先述の二店舗もそれぞれ異なるタイプだけど、ここも初めての感じ。

 

例えるならむかーし学校給食で「すき焼き」って言って出てきた奴が鍋になった感じ。
あっさり目な感じで美味しい。最後は汁をご飯に掛けてビビンバに(笑)

突き出しも海苔やキムチが美味しく、おかわりを(笑)

さて、おなかいっぱいになったところで、バスはいよいよJSAエリア、板門店に向かいます。
JSAってのは「Joint Security Area」の略。共同警備区域って意味なんですけど・・・
ポプラ事件以降、共同区域ではなく、板門店エリアも軍事境界線を挟んで北の施設と南の施設が
混在するというエリアとなっています。でも名前はJSAのまま。

韓国軍90%、米軍10%からなる国連軍(あとは中立監視団としてスウェーデンとかスイスがいる)
の駐屯地である「キャンプ ボニファス」にてブリーフィングを受け、ゲストバッチをつけます。
そしてここで、有名な「死んでも責任取れないよ」という紙にサインをし、国連のバスに乗って板門店へ向かいます。

さすがにここからは今までのムードと一変。警備してくれる軍人さんも真剣その物。
ピリピリした空気が流れます。態度の悪い客も正直このグループにいたのですが
その彼らも静かにしていました。

板門店についたら二列縦隊になり、自由の家と呼ばれる南側の施設の中から、板門店の会談場へ向かいます。
二グループに分かれていたので、一グループが見学中に私たちはその後ろで待機。

目の前で警備隊が守っている向こうに、北朝鮮側の「板門閣」が見え、そこに警備している北の軍人が一名。
北朝鮮の軍人、始めてみた・・・。この角度から写真撮りたかったなあ(撮影不可)

そして、いよいよ会談場に入ります。・・・この場所が、私たち一般人が韓国側から軍事境界線を越えられる唯一の場所。
実際は私たちがいる間は会談場自体が南の管轄になるので「北朝鮮に入った」わけではないのですが
物理的に「軍事境界線を越える」事は可能なわけです。

 

マイクのおかれた会議室。この下に軍事境界線が。
外にはコンクリートラインがあり、南北の境目がくっきりと示されている。

 

終わっていない戦争。終わっていない分断。
教科書でしか知らない現実を目の当たりにすることが出来ました。

見学が終わったら来た道をまた二列縦隊で車に戻ります。韓国側の自由の家も立派な建物。
写真が撮れないのが残念・・・と思いつつバスに戻り、帰路へ。さっきの会議場前の道を通るのですが・・・
この時車内から写真を撮るのだけは可ということに(北側に向けてのみ)
というわけで、雨に濡れてよく見えないのだが一生懸命シャッターを切る(笑)少しは収められたかな?

 
(上写真左右:帰り際のバスからの撮影。)

その後「帰らずの橋」「ポプラ事件のポプラ跡」を見て、キャンプボニファスへ帰還。
・・・・生きて帰って来れました(笑)

 
(左写真下部分、コンクリの場所がポプラの木跡。右写真:帰らずの橋)

で、ここで売店に立ち寄るのですが、北朝鮮ウォンの紙幣が売ってたり
北朝鮮産のワインやウイスキー(こんなのあるのか(笑))さすがに大きいから
買わなかったけど、飲んでみたかった・・・気はする。少しだけ。

 

さて、売店見学も終わって、あとは一気に市内へ直行。
帰りのバスは皆爆睡(笑)こんなもんだよね。

ロッテホテル前で解散後、ソウル駅前のダンキンドーナッツで一休みした後、ロッテマートでお買い物。
買い物が終わったら、隣接のソウル駅からA'REXに乗車です。今度は直行特急。
10分位しか変わらないのに値段は三倍(笑)少し贅沢な気もするけど、折角だし体験しておかないとね。
KARST(駅併設のシティエアターミナル)でのチェックインは搭乗三時間前までなので今回は間に合わず。残念。

 
 
 

時間に間に合えば搭乗、荷物預け、出国手続きまで出来てしまうらしい。すげ。
昔は日本もT-CATで出来たのにね。

 

空港に着いたら帰りの飛行機に搭乗です。
又もB737-900、今回はGW中の本領発揮で満席!並び席で確保できず、ばらばらに(涙)

 

そんなハプニングはありながらも、無事に日本へ帰還。
節電ムードたっぷりの東京を横目に、車にて帰路に着きましたとさ。

今回も超特急な旅行でしたが、お付き合いいただけたユウマ氏に感謝。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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