トーキーの登場とゲーリー・クーパー


トーキー西部劇

 映画がトーキーになったのは1927年の『ジャズ・シンガー』からですが、西部劇におけるトーキー第1号は1929年の『懐かしのアリゾナ』です。

 銃声が聞こえ、荒野を疾走する馬の蹄の響き、インディアンの叫び声、床を歩くミシミシという音。『懐かしのアリゾナ』では、ベーコンを焼くジュウジュウという音が観客の食欲をそそったそうです。西部劇の魅力は、音が入ったことによって倍化されました。

 『懐かしのアリゾナ』は、お尋ね者の山賊シスコ・キッドと騎馬警官が、“心”は聖母マリアで“体”はカルメンという情熱的な女性をめぐって恋のサヤ当てをするという物語で、ラオール・ウォルシュとアービング・カミングスが共同監督しています。ラオール・ウォルシュはこの撮影中に片目を失うという事故にあっているんですね。それで、アービング・カミングスが応援して作品を完成させたようです。また、シスコ・キッドに扮したワーナー・バクスターはこの年のアカデミー主演男優賞を獲得しています。

 シスコ・キッド(原案はO・ヘンリーが創出)は大衆の支持を得て、シリーズ化されます。続編は、そのものズバリ『シスコ・キッド』(アービング・カミングス監督、ワーナー・バクスター主演)でした。ワーナー・バクスターは日本未公開ですが、もう1本シスコ・キッドを演っています。シスコ・キッドは全部で23本映画化されており、テレビでもシリーズ化されていましたね。

 

 日本で公開されたトーキー西部劇の第1号は『懐かしのアリゾナ』でなく、『レッドスキン』でした。これは、サウンド・トラック方式(フィルムに音を記録する)でなく、レコード方式(フィルムでなく別に用意されたディスクに音を記録する)だったそうです。それと、当時としては珍しいカラー画像だったそうですよ。

 インディアンの酋長の息子(リチャード・ディックス)が白人の教育を受けたばかりに、インディアン仲間から外され、白人からは蔑視されるという現代西部劇でした。

 当時のことをよく知っている淀川長治さん、双葉十三郎さん、南部圭之助さんが書いたものを読みますと、音声が不明瞭で聞き取りにくかったそうです。それで、セリフの多い『懐かしのアリゾナ』や『レッドスキン』は日本では全然受けなかったそうです。

 字幕がなくて(日本語字幕が入ったのは、1931年の『モロッコ』から)、射ち合いが少なかったら、西部劇といっても観に行く人は少ないでしょうね。

 1929年に日本で公開されたトーキー西部劇は、上記2本の他に『狼の唄』と『高原の凱歌』があります。サイレント末期からトーキー初期においては、西部劇は概ね低調でしたが、ひとりのスーパー・スターが登場します。ゲーリー・クーパーです。

 

ゲーリー・クーパー

 ゲーリー・クーパー、本名フランク・ジェイムス・クーパー。モンタナ州のヘレナに生まれる。子どもの頃は牧場で育つ。大学で美術を学び、商業美術家を志してロサンジェルスに出るが、この道では食えず、得意の乗馬でエキストラになり、西部劇のスタントマンや短編映画に出演する。

 

 クーパーの名が知られるようになったのは1924年『夢想の楽園』でした。クーパーはエキストラ時代をのぞいて、35年間で89本の映画に出演しています。そして、クーパーが最も得意としたジャンルが西部劇でした。クーパーは28本の西部劇に出演していますが、サイレント末期からトーキー初期の売出し頃の数年と、1950年頃の彼の後期に集中しています。

 1929年に日本では、前述の『レッドスキン』、『懐かしのアリゾナ』以外にもう1本『狼の唄』というトーキー西部劇が公開されています。この『狼の唄』の主演がクーパーでした。

 山を放浪するのが好きなケンタッキーの山男(クーパー)が、メキシコ娘(ルーペ・ペレス)と相思相愛となり、その名家に婿入りするが、山の方が彼にとっては大切で、娘を連れて山に戻る。監督がビクター・フレミングで、脚本はミア・ファーローの父で後年監督になったジョン・ファーロー。

 ルーペ・ペレスが「ミー・アマド」「ヨ・テ・アモ」を歌うシーンだけがトーキーという、パート・トーキー映画でした。「ミー・アマド」は、日本でもビクターがレコード発売し、ヒットしたそうですよ。クーパーはルーペの歌声に惹かれ、二人の間にロマンスが(噂ですが)生まれたそうですよ。

 

 西部劇スターとしてのクーパーが、日本を含めて世界的に有名になったのが翌年の『ヴァージニアン』(監督:ビクター・フレミング)でした。『狼の唄』ではクーパーの声を聞くことができませんでしたから、この『ヴァージニアン』がクーパーの最初のトーキーです。

 原作はオーエン・ウィスターの有名な西部小説で、クーパーは主人公のヴァージニアンになりきるために、ランドルフ・スコットからヴァージニア訛りのしゃべり方を指導してもらったそうです。クーパーをダイコン役者という人がいますが、“善良なアメリカ人”を演じ続けたことからくる誤解で、私は自然の演技ができる名優だと思いますね。
 『ヴァージニアン』は典型的な決闘テーマもので、敵役のウォルター・ヒューストン(監督ジョン・ヒューストンの父)がクーパーに言う「この町にオレとお前では狭すぎる。日が暮れる前に出て行け」のセリフは有名になりました。ラストの決闘シーンで、接近しあう二人のコツコツという足音が決闘のサスペンスを盛り上げ、音響効果満点でトーキーらしい迫力を生み出しています。

 『ヴァージニアン』は、戦後、色彩版でリメイク(ジョエル・マクリー、ブライアン・ドンレビーによる『落日の決闘』)されていますが、クーパーのものには遠く及びまぜん。

 

 クーパーの人柄が役にマッチしていて、評価の高い作品に『テキサス無宿』(監督:ジョン・クロムウェル)があります。

 イカサマ賭博の相手を殺したリアノ・キッド(クーパー)は、旅の途中でメキシコの金持ちの未亡人が幼い頃行方不明になった息子をさがしていると聞き、仲間と共謀してその男になりすまし、件の家に乗り込む。しかし、未亡人と許婚の善意に触れ、さらに未亡人の歌を聞いて自分が殺した青年がはからずも未亡人の本当の息子だったことがわかり、改心して仲間の悪漢どもをやっつける。キッドを捕えにきた保安官に夜まで逮捕を待ってもらい、悪漢たちとの決闘にのぞむラストは泣かせるそうですよ。

 原作はO・ヘンリーの短編『二重に死ぬ』で、原作では主人公は死ぬのですが、映画の方はハッピー・エンドになっているみたいです。

 

 

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