序 論


西部劇への招待

「ワイルド・ウエスト・ショー」

のポスター

 かつて西部劇という映画ジャンルがありました。そして常に映画史の中で主要な位置を占めてきました。少なくとも1970年代初めまでは西部劇を抜きにして映画史を語ることはできませんでした。何故なら、西部劇はそれまでに2万本以上も作られ、映画史の中で重要な役割を果たしてきたからです。

 世界最初のストーリーを持った映画は、1903年の『大列車強盗』という西部劇でした。そして、ハリウッドで初めて撮影された長編映画は、1913年の『スコオマン』という、これまた西部劇でした。

 『大列車強盗』以前には、バファロー・ビルの“ワイルド・ウエスト・ショー”の様子を収めた記録映画が大ヒットしています。

 西部劇は、遠くサイレントの時代から、アメリカ国内はもとより、世界中の人々に最も親しまれたジャンルなのです。このことは、アメリカ映画そのものである西部劇が、他国においても作られている事実が証明しています。

 そして、西部劇は娯楽作品として他のジャンルへ強大な影響を与えただけでなく、映画芸術のためにも絶大な貢献をしてきました。

 

 しかし、現在では西部劇は衰退(というより消滅)し、ジャンルとしてとらえることはできなくなりました。個々には西部劇の世界を舞台にした作品はありますけどね。
 そうした情況で今更西部劇について書くのはアナクロなんですが、私は西部劇が好きなんですよ。物心がついて、最初にトリコとなったのが、テレビの西部劇でした。ガンファイター・二挺拳銃・カウボーイ・インディアンなど、西部劇がやたらと流行した昭和30年代のことです。
 『ララミー牧場』という西部劇があって、その番組の終わりに淀川長治さんが西部劇についてのうんちくを語る「西部こぼれ話」のコーナーがありました。名作西部劇を引用しての解説には多大な影響を受けましたね。
 それからというもの、西部劇に関することには、何でも興味を持つようになりました。西部劇と名のつくものは一流だろうが三流だろうが、可能な限り観まくりましたよ。それと、西部劇にハマッて以来、集めた雑誌の切り抜きがダンボールいっぱい。そろそろ整理しなくては……

 

西部劇の分類

一口に西部劇といっても、その捉え方によって、様々に分類できます。

 なぜなら、多くの識者が西部劇について語っていますが、どれ一つとして同じ定義がないからです。人それぞれに、西部劇の捉え方がちがうのです。ただ、いずれの場合も、西部劇を考える上で、意見が分かれる共通のポイントがあります。それを論争という形で私なりに分類してみました。

 

時代論争

 西部劇は、個人が銃によってトラブルを解決ができた時代までの話。つまり、第一次世界大戦までとする説。

 それに対して、現在の話であっても、カウボーイの生活や気質が描かれた作品や、西部の風土に根ざした男の闘いを描いた作品は西部劇とする説。

 つまり、前者は、『ジャイアンツ』、『荒馬と女』、『ジュニア・ボナー』、『ブロンコ・ビリー』、『脱獄』、『シティ・スリッカーズ』などがあげられます。

 後者は、『日本人の勲章』、『黄金』、『明日の壁をぶち破れ』などです。

 

製作者論争

 西部劇とは、ハリウッド西部劇のことであり、他国のものは西部劇に含めないとする説。

 現在、出版されている西部劇映画関係の本には、マカロニ・ウエスタンについての記述が殆どありません。西部劇はアメリカの歴史そのものであり、アメリカ人以外の西部劇は、単なるアクション映画とみなしているわけです。

 逆に生粋のマカロニ・ファンは、マカロニ・ウエスタンは西部劇とは異なるジャンル、と言っていますから、どっちもどっちです。

 だけど、19世紀から20世紀初頭のアメリカ西部(メキシコを含む)を舞台にした映画は、どこの国で製作しても西部劇だと私は思っています。マカロニにしても、ウドン(日本製の西部劇「イースト・ミーツ・ウエスト」等)にしても、映画の中では、登場人物はイタリアや日本でなくアメリカ西部で息をしているのですから。

 

舞台論争

 西部劇の舞台はアメリカ(一部メキシコを含む)に特定する説。メキシコが舞台であっても、『革命児サパタ』のようなメキシコ革命劇も西部劇には含めない。

 これに対して、西部劇と同じ時代で、ガンマンやカウボーイが活躍する映画は、どこの国が舞台でも西部劇とする説。メキシコ革命劇でもアメリカ人が活躍すれば西部劇。

 オーストラリアを舞台にした『ブラッディ・ガン』や、日本を舞台としたマカロニ・ウエスタンの『Silent Stranger』はもちろんのこと、ブラジル映画の『アントニオ・ダス・モルテス』も内容的には西部劇だと私は思っています。

 

ジャンル論争

 時代も舞台も西部劇の世界だが、テーマや表現形式の違うものは西部劇に含めないとする説。

 具体的には、

・『風とともに去りぬ』『愛情の花咲く樹』『遥かなる大地へ』等のラブ・ロマンス

・『アニーよ、銃をとれ』『ペンチャー・ワゴン』等のミュージカル。

・『マルクスの二挺拳銃』『キートン将軍』等のコメディー(ドタバタに限定)。

・『ビリー・ザ・キッド対ドラキュラ』『恐竜グワンジ』等のホラー。

・『黄色い老犬』『大草原の小さな家』『名犬リンチンチン』等の子供向けファミリーもの。

 これらは、作品によって議論がわかれます。境界が明確でないからです。
 『腰抜け二挺拳銃』はコメディーでも西部劇だと思うし、『カラミティー・ジェーン』もミュージカルだけど……

 

 いずれの論争も解答はありません。西部劇的要素を持つ作品は、「西部劇シネマ館」では全て対象としています。

 

西部劇映画史の流れ

 西部劇映画の流れは、大雑把に以下の8つの期間に分けることができます。

 

T期 サイレント西部劇

 『大列車強盗』にはじまり、ブロンコ・ビリー・アンダーソン、ウイリアム・S・ハート、トム・ミックス、ハリー・ケリーが活躍し、一大叙事詩といえる『幌馬車』、『アイアン・ホース』の登場が西部劇をA級作品におしあげました。

 

U期 トーキーになった西部劇

 西部劇に音が出るようになり、シンギング・カーボーイが登場します。ゲーリー・クーパー、ジョン・ウェイン、ジョエル・マクリー、ランドルフ・スコットなど西部劇スターが台頭してきます。

 

V期 戦後の西部劇ブーム

 戦後、アメリカ文化の流入とともに、西部劇は単純だが明るく率直なアメリカ人のイメージを植えつけ、戦時中の鬼畜米英を忘れさせ、アメリカに対する憧れへと変えていきます。

 

W期 テレビ西部劇とガンブーム

 テレビが各家庭に普及し、少年たちはテレビのヒーローにあこがれ西部劇ゴッコに興じます。主題歌がヒットし、銃器への関心と呼応して一大西部劇ブームがおこります。

 

X期 西部劇の大型化

 テレビに対抗するため劇場西部劇は、大画面に適した大作へと傾倒していきます。

 

Y期 マカロニ・ウエスタンの出現

 アメリカB級西部劇がテレビ西部劇の影響により衰退し、それに取って代わるようにアクション中心のイタリア製西部劇が世界中を席捲します。

 

Z期 ニューシネマ時代の西部劇

 ベトナム戦争により、西部劇は正義を単純に謳いあげることができなくなり、質的な変化を余儀なくされます。

 

[期 西部劇の衰退から消滅

 西部劇がジャンルとして成り立たなくなり、叙事的西部劇の最後の傑作『ダンス・ウィズ・ウルブズ』と、叙情的西部劇の最後の傑作『許されざる者』をもって消滅しました。

 

 結局、西部劇は日本のチャンバラ映画と同じで大衆文化そのものだということです。西部劇というジャンルがダメになったのは、大衆が苦手とするこ難しい理屈や夢をこわすようなリアリズムが西部劇の中心になったからだと思っています。このことは、西部劇映画史のなかで触れていきたいと思います。
 それでは、独断と偏見の西部劇映画史を開始します。

 

 

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