2004年9月度MCTツーリングレポート(一泊)・前編

2004年09月14日 第1版公開

日時

9月4日(土)〜5日(日)

目的地

長野県木曽郡開田村【ロッジ上天気】

天候

1日目:曇り一時晴れ のち雨....(__;)   2日目:雨のち曇り

1日目] [2日目

9月4日(土):1日目  

ここ最近、いい方の天気は当たらないクセに悪い方の天気ばかり的中している。今回も、1週間くらい前には晴れ的予報が出ていたがあっさりと崩れ、4日くらい前からは曇り、2日前からは雨マークが付いていた。雨でも中止するわけにいかないのが一泊ツーリングなので、覚悟を決めていくしかない。

AM3:20、5回セットした携帯アラームの3回目で目を覚ました。4時間半程度の睡眠だが快調だ。すぐさま外に出て天気のチェックをすると、どんより曇ってはいるものの雨粒はない。何とかこのまま、せめて1日目だけでも保ってほしいものだ。My Wife も起きてきてくれたが、2歳半の娘はスヤスヤと夢の中だ。

i-mode の天気情報と「Yahoo!天気情報」で情報を見てみることにする。二つの予報内容は全く同一だった。

場所

9月4日(土)

9月5日(日)

東京
(出発地)

曇り時々小雨

6時〜12時

 70%

12時〜18時

 40%

18時〜24時

 60%

曇り時々雨

0時〜 6時

 ?%
 6時〜12時  ?%
12時〜18時  ?%

埼玉県
秩父地方
(1日目通過地)

曇りのち雨

6時〜12時

 40%
12時〜18時  60%
18時〜24時  60%

曇り時々雨

6時〜12時

 ?%
12時〜18時  ?%
18時〜24時  ?%

長野県
中部地方
(1日目通過地)

曇りのち
小雨

6時〜12時

 20%
12時〜18時  60%
18時〜24時  30%

曇りのち
小雨

6時〜12時

 ?%
12時〜18時  ?%
18時〜24時  ?%

長野県
南部地方
(宿泊地)

曇りのち雨

6時〜12時

 30%
12時〜18時  50%
18時〜24時  50%

曇り時々雨

6時〜12時

 ?%
12時〜18時  ?%
18時〜24時  ?%

山梨県
甲府地方
(2日目通過地)

曇りのち
小雨

6時〜12時

 40%
12時〜18時  50%
18時〜24時  40%

曇り時々雨

6時〜12時

 ?%
12時〜18時  ?%
18時〜24時  ?%

やはり、というか、どこを見ても「晴れ」の文字は皆無だ。ピンポイント天気でも、良くて「曇り」しかない。ま、雨に降られるのもツーリングのウチさ、と覚悟していれば、雨もさほど苦ではない。

ただ一点、実は一週間前にフロントタイヤを交換したばかりで皮むきが全くできていない。ほとんど新品状態でのいきなりの雨中走行はイヤだな、と考えていたが、どうやら雨が降り出すまでには一皮むくことができそうだ。

いつものようにトースト1枚とコーンフレークでの軽い朝食をとる。前日までに準備を終えていたので余裕で朝の時間を過ごす。まだ眠っている娘に「行ってくるよ」と耳元で囁き外に出る。

フラッシュ有りの状態での撮影。光が届いた部分だけが明るくなり、シャッタースピードが速くなるので、逆に周りは暗くなってしまう。これではまるで真夜中だ。 外に出るとだいぶ空も明るくなってはきたものの、まだ暗い感じではある。ここでフラッシュ有り無しでバイクの写真を撮ってみることにする。

........で、撮ってみたのが左右の写真。フラッシュの有り無しで写真自体の明るさもこんなに違う。実際には両写真のちょうど中間くらいの明るさなのだ。

フラッシュ無しでの撮影。シャッタースピードが遅いので空も明るいが、実際にはこんなに明るくはない。

KATANA の暖気も終わったので、My Wife に見送られながらAM5:20に家を後にする。

  

集合場所の Motor Cycle Shop Kiyomiya にはAM5:25に到着する。だいたいの人が集まっていたが、近所の人が一番遅いようだ。Y田氏がまだだ。あとH.I 原氏もまだ来ていない。

参加メンバー紹介

 

参加者

愛車

備考

O川氏 RF900R  
A川氏 FORZA  
M野氏 ZZ-R250  
Y田氏 Bandit1200S 2003年6月度以来久々の参加
U海氏 GSX1300R ハヤブサ  
H.I 原氏 CB400SF お寝坊サンして途中合流に。
2003年3月度以来久々の参加
M.I 原氏 SV400S 事実上、今回からクラブ員に。初めて先頭で隊列を率いた
  O智氏 CB400SF-HVS II  
  N.T田氏 CB1300SF SPECIAL  
  O村女史 CAGIVA  RAPTOR BALIUS II から乗換。しかも昨夜に納車されたばかり!
  M徳氏 XJR1300  
  N.T中氏 VRX Roadstar 1日目の昼食までの参加
S枝 GSX1100S KATANA

以上の13名だ(*印はMCTクラブ員)。一泊ツーリングとしては昨年度と同人数となった。なおN.T中氏は仕事の都合で1日目途中で帰るため、宿泊は12名となった。
なお今回の幹事は基本的にクラブ員全員であるが、事前の下見も含めてM.I 原氏がほとんど仕切ってくれた。またM.I 原氏はこれを機会に事実上9月度からクラブ員となってくれた。

ふと道路脇を見ると見慣れないバイクが。CAGIVA の赤いバイクだ。誰のだろう?........な、なんと!小柄なO村女史のバイクだというではないか!しかも昨夜に納車されたばかりだと聞き2度ビックリ!

それにしてもH.I 原氏がまだ来ない。連絡をしてみよう、と携帯を取り出すとH.I 原氏から5分前に着信があり、伝言メモにメッセージが記録されている。なになに?

 H.I 原氏「ごめーん、寝過ごしちゃった。先行ってくださーい。後で追っかけます」

なんだぁ?寝過ごしたのかぁ?と伝言を聞き終わったと同時にH.I 原氏から着信が。伝言の内容と同じだが、ここでM.I 原氏に電話を替わってもらい、小鹿野の朝食処コンビニでの合流を目指してもらうことになった。

  

途中合流となったH.I 原氏を除いたメンバーで簡単な朝ミーティングをしている最中に雨粒がポツリポツリと落ちてきた。なんだぁ?早くも雨降りか?とビビったが、雨粒はすぐやんでしまった。ミーティング後すぐに出発することに。AM5:40、Motor Cycle Shop Kiyomiya 前を出発する。私はケツ持ちで最後尾スタートだ。

今回のルートは次のように予定している。
  
1日目






Kiyomiya → 都道4号所沢街道 →(所沢市)→ R463所沢入間バイパスR299
(飯能市)→(秩父市)→〔志賀坂峠〕→〔十石峠〕→ R299武州街道R141佐久甲州街道R299 →(八千穂村)→〔麦草峠〕→ R152 →(茅野市)→ R152杖突街道 →〔杖突峠〕→(高遠町)→〔中沢峠〕→〔分杭峠〕→〔地蔵峠〕→ 蛇洞林道 →〔しらびそ峠〕→ R152R474三遠南信自動車道 → 長野県道251号 → R153 →(飯田市)→ R153R256 →〔清内路峠〕→(南木曽町)→【妻籠宿】→ R19中山道(木曽路) →【寝覚の床】→(木曽福島町)→ R361木曽街道 →(開田村)→【ロッジ上天気】
  
2日目






【ロッジ上天気】R361木曽街道 →〔長峰峠〕→(高山市)→【飛騨高山】→ R158 →〔平湯〕→〔安房峠〕(旧道)→(松本市)→ R19 →(塩尻市)→ R20 →〔塩尻峠〕→ 長野県道14号 → 長野県道16号 →【諏訪湖】→ R20甲州街道 →(小淵沢町)→(韮崎市)→(甲府市)→ 中央道・甲府昭和 IC → 中央自動車道利用 → 八王子 IC → R16東京環状R16八王子バイパス → 都道169号 → 都道59号 → 都道29号新奥多摩街道 →(立川市)→ R20甲州街道 → 都道17号 → 都道14号東八道路池の上通り → 都道248号新小金井街道 →(裏道) → 都道15号小金井街道 →(裏道)→ Kiyomiya

雨がひどい時は途中をショートカットするなどして予定通りいかない部分もあるだろうが、なんとか全て走りたいものだ。

都道4号【所沢街道】を北上し埼玉県に入る。この頃で既に雨粒はなくなっていた。できればこのまま雨無しで走りたいものだ。所沢市街からR463【所沢入間バイパス】に入っていく。

R463【所沢入間バイパス】に入ってすぐにあるオービスの真下で KATANA のオドメーターがジャスト 40,000 km となった。走りながらの確認のみで証拠写真は撮れなかったが、それがちょうどオービスの真下というのもなんじゃいな〜?という感じだ。....(^^;

信号待ちでストップした時に1枚パチリ。さすがに走行中は撮れないので、唯一乗車中のショットとなる。

R463では流れが速いので、信号で一旦寸断されると前になかなか追いつかない。この日も入間市内で寸断された後、再び隊列に復帰できたのは、道路がR299に変わり飯能市に入ってからだった。合流直後、隊列は埼玉県道30号へと右折していく。そしてさらに埼玉県道15号へと左折。この道は通常、秩父方面からの帰路で利用することが多いが、今回は逆方向からの利用だ。たいした景色ではないが、目に映る風景が新鮮に感じる。

R463で信号待ち中のショット。左前はO村女史、右はM徳氏

〔久保〕交差点を右折してR299に復帰する。ここから先は秩父までほぼノンストップだ。たまに遅いクルマに引っ掛かりながらも淡々と走って行く。このあたりになると日も差し始め、とても雨が降るような天気には思えなかった。【正丸トンネル】を抜けると再び厚い雲に覆われだした。日差しもなく暗〜い感じになってきたので、やはりこの日はずっと曇ったままなのか、と諦めかけたが、秩父に近づくにつれて再び明るくなっていく。日差しも復活し、だんだん気分も良くなっていく。

R140との交差点の手前でY田氏が「休憩まだ〜?」と聞いてきた。小鹿野のあたりのコンビニで休憩するとM.I 原氏から聞いていた私は「もうちょっとですよ」と答えた。本人に確認したわけではないが、この時Y田氏はトイレに行きたかったのではないだろうか?だとするとここからコンビニまでの約10分はとても長く感じたに違いない。

R140との交差点〔上野町〕を超え、さらにR299を進んでいく。アップダウンはあるものの基本的には穏やかな道だ。しかし一部に突然峠道のような急コーナーが出現する。左、右と連続する急コーナーの所で、右コーナーをインベタで入っていったY田氏がアウト(左側)にどんどんはらんでいく!タイヤレベルであと10cm前後まで縁石に接近し、あわや接触・転倒直前!というところで何とかスローダウンして持ち直し、平坦になった道に復帰できた。後ろから見ていた私もビビったが、当のY田氏は相当パニクっていたに違いない。

  

〔泉田〕交差点を通過し、間もなく現れたコンビニに先頭がすべり込んでいく。AM7:25、セブンイレブン【小鹿野バイパス店】に到着。

O村女史の新しい愛車・CAGIVA  RAPTOR(カジバ・ラプトール)。小柄なO村女史のためにあるようなリッターバイクで、前車の BALIUS II では片足でもツンツンだった足つきが、このバイクだと両足がしっかり地面に付くくらいO村女史にはピッタリだ コンビニに着くなり、O川氏がO村女史の新しい愛車に興味津々だ。早速乗らせてもらっていた。コンビニを出て行くO川氏を見ていた他のメンバー、「O川氏が乗ると(1000cc なのに) 125cc くらいに見えるね」。それほどコンパクトなのだ。小柄なO村女史専用“スペシャル”とでも言えるくらい小さいので、わりと長身のO川氏が乗ると足がとっても窮屈そうだ。

なんでも、前日にバイク屋さんから納車OKの連絡が入り、夜に取りに行って家に戻っただけという、正真正銘ピッカピカの新車だ。当然タイヤの皮むきも全くできていなかったが、ここまでの道のりで皮むきもきれいにできていたようだ。

ここでH.I 原氏と合流できるはずだが、M.I 原氏は「時間的にちょっと厳しいかもね」と心配している。心配していても仕方ないので、ゆっくり目の朝食タイムとする。

コンビニ到着後30分が経過しようとしていた。まだH.I 原氏が現れる気配がない。ここでH.I 原氏の携帯に電話してみるが、走っている最中なのだろう、20回鳴らしても応答がない。諦めて切ったとほぼ同時に私の携帯が鳴った。H.I 原氏からだ。聞くと、今横瀬のあたりにいるという。となるともうちょっとかかるな。もう間もなく出発しようとしていたので、ここでもM.I 原氏に電話を替わってもらい、次の休憩地点で合流することを伝えた。次の休憩地はR299から一旦R141に入り、その後再びR299と分岐した先のR141沿いのコンビニ・セブンイレブンと決めた。

電話していた関係で結局35分の休憩タイムとなり、AM8:00にコンビニをあとにする。

  

スタートしてすぐ、次の交差点脇にある別のコンビニから原付二種のグループが発進し始めているのが見えた。たぶんこのグループも私らと同じように志賀坂峠を目指すのだろう、私らと同じ方向に車体が向いている。

〔黒海土バイパス前〕交差点を過ぎるとだんだん峠道らしくなっていく。それにつれて隊列もだんだんばらけてきた。最後尾の私の直前にY田氏がいてこの2台、その少し前をO村女史とM徳氏の2台、そしてその前のメンバー達という具合に引き離され始めた。

M徳氏も峠はあまり得意ではないのか、コーナーを進入してから立ち上がるのが遅い。車体が直立に近くなってからでないとスロットルを開けていかない。なのでそのすぐ後ろをO村女史がピタッと付いた状態で走っていく。O村女史にしても、安全のことやグループメンバーということから抜かすに抜かせないので少々やきもきしていたことだろう。

それ以上にペースが上がっていかないのがY田氏だ。M徳氏・O村女史にも付いていくことができずにどんどん引き離されていく。峠道だというのにツーリングの千鳥走行よろしくず〜っと車線右側だけで走って行くものだから、右コーナーとなるとインベタ、左コーナーだとアウトベタ走行だ。なのでスロットルも開けられず車体も思うように傾けられずにペースが遅いのだ。しまいには先ほどのコンビニで見かけた、KSR80 らを中心とする原付二種グループに後ろを突っつかれ始めてしまった。

志賀坂峠を越えたあたりで、後ろの原付二種グループを先に行かせる。私一人なら譲る必要もなかったが、Y田氏のペースが極端に遅いので頭を押さえ続けるわけにも行かず、譲るしかない。

R299が左折するポイントを過ぎ、次は十石峠を目指す。日航機墜落の慰霊碑前を通過し群馬県道124号との分岐も超えて順調に走って行くと、突然隊列が停まった。どうしたのかと思ったら、なんと群馬県道45号との分岐の先のR299は「時間帯通行止め」となっていたのだ。前方に工事の重機が何台か見えるが、AM9:00〜PM0:00までの間は通行止めとなっている旨の看板が出ていたのだ。

う〜む、どうしよう?重機は見えるが工事をしている様子はない。かといってそのまま進んでやっぱり通れなかったら、道幅も狭いだろうからUターンするのも辛そうだ。すぐ脇にある群馬県道45号に行ってしまうととんでもなく遠回りになってしまうので、そのルートは考えられない。思案したあげく、群馬県道124号に回って北相木村経由でR141に出るルートに変更する。さっそくみなUターン。走り出していくが、ちょっと待てよ?ルートを変更することをH.I 原氏に連絡しないで大丈夫かな?なんかイヤな予感がするなぁ......(^^;

  

少し戻って群馬県道124号に入る。ツーリングマップルによると「このあたりの県境越えのルートで一番マトモな道」だそうだ。へぇ〜、これでねぇ、という感じなのだが、そうするともし工事をしていなくてもR299はもっとひどい道だ、ということになる。この群馬県道124号も路面のあちこちに枯れ葉や落ちた小枝が散乱していて、峠道らしい楽しみ方はできない。

そうこうしているうちに再びY田氏が前走車から遅れだした。Y田氏のすぐ前はO村女史だが、O村女史から前の人ははるか彼方に飛んでいって影も形もない。志賀坂峠を走っていて時と同様、インベタ・アウトベタで走っている。また後ろから見ていると肩から腕から、上体全部に力が入って緊張しているのがよくわかる。Y田氏にとっては久しぶりの峠道、というより、久しぶりのツーリングで、バイクに乗ること自体に緊張していたようだ。

ぶどう峠で前を走るメンバーが停まってY田氏と私の2台を待っていてくれた。このぶどう峠が県境になっていて、道も長野県道124号に変わる。先頭は私らが追いついたのを確認して再びスタートしていく。1km と走らないうちに、またしてもO村女史とY田氏の間はかなり開いていった。Y田氏も遅くて私に悪いと思ったのか、少し緩やかになったところで私に「前に行って!」と合図してきた。一応ケツ持ちしている立場上、一旦は断ってY田氏に前を走ってもらっていたが、次に緩やかになったところでも合図してきたので、「私が走るライン通りに走ってついてきて下さい」とお願いして前に出させてもらった。

私が前に出て2〜3コーナーまでは何とかついて来てくれていたY田氏だが、私がちょっとスロットルを捻るとたちまち間が広がってしまう。大きいカーブならY田氏も大丈夫なので間が開いてもそのまま走って行くが、ちょっと小さいコーナーが続く所ではスローダウンしてY田氏が追いついてくるのを待つ。そんな走りをしながら南相木村に入っていく。長野県道2号に入ってすぐのGSに隊列が停まっているのが見えたので、その後方に私らも停まる。ここではO村女史と2〜3名のみが給油していた。M.I 原氏によると、あと 50 km くらいの所で正式にGSストップする、とのこと。私の給油はその時でいいや。

ストップ中に、2番手のA川氏、3番手のM野氏に、Y田氏を4番手にして走ってもらえるよう話しをする。おそらくその方がY田氏にとって走りやすいんじゃないか、と考えたからだ。しかし再スタート後、Y田氏は遠慮したのか、今まで通りケツから2番手で発進していく。前の方で走った方がペース的に楽に走れるはずだよ、Y田氏!......まぁ発進してしまったものは仕方がない。次の休憩地まではそのままガマンだ。

  

長野県道2号から小海町でR141に出る。これを北上し、R299への分岐のすぐ手前のコンビニに入っていく。ここでH.I 原氏と合流できるはずだ。AM9:55、セブンイレブン【小海店】に到着する。

O村女史のバイクは注目の的! 駐車スペースに停まるなり、再びO村女史の新バイク・CAGIVA RAPTOR のまわりに人が集まり出す。Kiyomiya のお店では扱えない“イタ車”ということもあるが、みんながみんな興味津々という感じだ。
なおエンジンは SUZUKI の TL1000 ベースのものなので信頼性はバッチリだろう。TL とどのように味付けを変えたのか、乗り比べてみたいものだ。
常に CAGIVA RAPTOR の周りには人が集まる

20分が過ぎ、30分が過ぎた。それでもちゃんとここでH.I 原氏と合流できると信じて待ち続ける。しかし一向に姿を現す気配がない。それになにより、先ほどの時間帯通行止めとなっているところからちゃんと迂回できたかどうかが心配だ。やはりあの時、ルートを変更することをちゃんと電話しておくべきだったなぁ、と後悔し始めていた。この時点でH.I 原氏の携帯に電話しても、電波が届かなかったり電波が届いても全然出てもらえなかったりしている。連絡がとれないと待っているメンバーも動きようがない。

誰かが「H.I 原氏のことだから、通行止めの看板が目に入らなくてそのままR299を走ってくるんじゃない?」と言っていた。後でわかったことだが、この時やはりH.I 原氏はそのままR299で十石峠を通過してきたらしい。そうとは知らない他のメンバーは、現れないH.I 原氏をコンビニで待ち続けている。

コンビニに到着してから1時間が経とうとしている。いくらなんでも遅すぎる。1回目の休憩地点で約20分ほどの差であったはずなのに、飛ばし屋の?H.I 原氏がそれ以上差を広げるはずがないのだ。「どこかでコケたのかなぁ?」とだんだん心配になってきた。

AM11:00になり、それまで通じなかったH.I 原氏から私の携帯にメールが入った。「10時半現在 麦草峠です」 なにーー!どういうことだ!H.I 原氏の方が先に行っているではないか!すぐさまH.I 原氏の携帯に電話をかける。今度はすぐに繋がった。

「もしもーーし!」
H.I 原氏 「どうもですー。いま追っかけてまーす」
「何で麦草峠まで行ってるの!」
H.I 原氏 「え?」
「キミの方が先に行ってるよ」
H.I 原氏 「え?ボクの方が先なの?」
「さっきの休憩の時にM.I 原氏と合流するコンビニを打ち合わせたんじゃないの?」
H.I 原氏 「コンビニ見あたらなかったよ。よくわかんなかったんでそのまま先に進んだんだ」

私とH.I 原氏の会話からH.I 原氏が麦草峠まで行っていることを知った他のメンバーが早速準備して順次スタートしていく。私も送れるわけに行かないので、

「そのまま動かないで待っていてね!」

とH.I 原氏に伝えてそのまま電話を切った。急いで準備し、AM11:05、1時間10分ぶりにコンビニをあとにする。このとき、Y田氏には前の方に入ってもらうことにした。

  

R141を北上し、1km ほどでR299へと左折する。しばらくすると再び峠道が始まる。先ほどの休憩の際「もう峠道はいいよ、走りたくないよ」と言っていたY田氏のことが気にかかるが、最後尾から見ている限りでは、先ほどまでの峠道ほど難儀しているようには見えなかった。明らかに先ほど後方で走っていた時よりペースは速い。やっぱり前の方のメンバーと一緒に走った方が走りやすそうだった。それでもその前を走るメンバーよりは遅く間が開きがちだったが。....(^^;

いくつものコーナーを抜け麦草峠までやって来た。一旦停まるが、H.I 原氏の姿がない。携帯に電話をしようとするがあいにく圏外となっていて発信できない。ふと携帯の画面を見るとメール着信マークが。開いてみるとH.I 原氏からだった。なになに、どれどれ........「現在位置を言おうとしたら電話切られましたので伝えます。今は、下ってきて 299 と 152 の分岐芹ケ沢のところです」とある。なにーー!麦草峠で待っているんじゃないのか?さらにその先まで行ってしまっているようだ。メンバーもすぐに再スタートする。

峠を越えれば今度は下りだ。このあたりでは少しガスっていたが下るにつれて晴れてきた。途中遅いクルマも何台かいたが道を譲ってくれるクルマが多い。抜かせてくれてありがとう、と手を挙げて合図し先に行かせてもらう。

楽しい峠道をグングン下り、H.I 原氏からのメールにあった芹ケ沢のあたりにやってきた。そしてようやくここで、H.I 原氏と一緒になることができた。隊列はそのままノンストップでH.I 原氏の前を走り去り、H.I 原氏には私の後ろの最後尾についてもらった。

H.I 原氏と合流後少し走ってGSに立ち寄る。ここが正式な給油ポイントだ。PM0:05、茅野市豊平のGSで給油ストップ。そしてここで、H.I 原氏が正式に隊列に合流した。10分ほどで全車給油を終え、再び走り出す。

GSで正式に合流したH.I 原氏。お寝坊サンした反省からか、神妙な表情だった

R152と変わった道をR20方面に向けて走って行く。予定ではそのまま一旦R20に出てから再度R152へと進むと思っていたが、先頭のM.I 原氏は〔鬼場橋〕交差点で長野県道192号へと入っていく。私の頭には県道ルートは入っていなかったので少々戸惑い、地図で現在の走行位置を必死で探すが、走りながらだとそれも難しい。そうこうしているうちに赤信号で隊列が寸断されてしまった。寸断されて残されたのはM徳氏、私、H.I 原氏の3台だ。私のすぐ前を走っていたO村女史は、M徳氏を抜かして赤信号の中右折して先に行ってしまった。

青信号と共にM徳氏から順に右折していく。少し走るとT字路になっているが、M徳氏は何のためらいもなく右折していく。あれ?ホントにこっちでいいんだろうか?手前にあった標識には「高遠方面:左折」とあったような........?

すぐに信号待ちで停まったのでM徳氏に聞いてみる。

「こっち(右折)で正しいの?」
M徳氏 「わかりません」
「え?わからないで右折したの?」
M徳氏 「わかりません。こっちでいいのかな、と思って右折しました」
「それじゃダメじゃん!道がわからないんなら停まって確認しないと」

適当に走ってもらっては困るな、M徳氏。すぐに今走ってきた道の形と地図とをにらめっこして現在位置を予測する。どうやら県道経由でR152に出るルートから外れてしまっているようだ。この時、雨も降り始めてきた。雨粒が結構大きく、早いウチにレインウェアを着たい感じの雨だ。

幸い地図はすぐ目の前で交差する道がR20だと示しているので、青信号と共にほぼUターンする形でR20に出る。東京方面に1km ほど進んだところで「高遠:右折」と標示板が出てくれているので、右折してR152【杖突街道】に入る。右折しながら左手を見ると、私らをおいてきぼりにした先行車の一部が信号待ちしているのが見えた。さらに右折した前方には、高速のガード下で停まって後続を待っているO川氏らも確認できた。雨も降っているのでガード下で一旦停まる。

「どうします?(レインウェア)着ちゃいます?」「着といた方が無難だね」 雨の様子からして着ておいた方がよさそうだ。ふと気づくと先頭のM.I 原氏やM野氏、A川氏らがいない。「先にどんどん走って行っちゃいましたよ」とO川氏。M.I 原氏らもどこかで停まってレインウェア着ているに違いない。そう思って急いで着込み、さぁ、と見ると、もうやみ加減だ。U海氏が「これで走り出すとやんじゃうんじゃない?」などと言っている。私もなんかそんな気がするなぁ。着込んだレインウェアのせいで蒸れて暑いし、やっぱり脱ぎたいな、と思ったがもうみんなスタート準備OKで身構えている。仕方なくそのまま走り出す。

1km ほど先の所にM.I 原氏が停まって後続を待っていた。ここでは既に雨はやんでいた。M.I 原氏らは一旦着たのだろうがレインウェアをたたんでいるところだった。私も脱ぎたかったがそんな時間はなく、すぐに再スタートしていく。

  

杖突峠までやって来た。そしてここで右手にある茶屋の方に向かってすべり込んでいく先頭。ここで昼食だ。本来ならもっと先、長谷村にある【南アルプス生涯学習センター入野谷】という村営の宿泊入浴施設で昼食にする予定だったのだが、予定より1時間以上ずれ込んでしまっていることもあり、杖突峠での昼食に変更したのだ。PM1:00、杖突峠の茶屋に到着する。  

早くお店に入りたい人たちを呼び止める。このあと、いつ雨が降り出すかわからないので、そうなる前に写真を撮っておきたかったためだ。

【杖突峠】の茶屋の駐車場にて。O村女史の新愛車・CAGIVA  RAPTOR を囲んで

写真を撮り終え店内へ。そばがメインのお店なので当然そば類を頼む。ふと窓の外を見ると、諏訪湖方面の眺望がすばらしい!「おーーすごい!」と言いながら、写真を撮るのをすっかり忘れていた私であった。....A^^;

食事中にM.I 原氏から、この後のルートを短縮・ショートカットして行く旨説明があった。理由は、1時間以上も大幅に遅れているために当初予定のルートで【妻籠宿】や【寝覚の床】をまわっていると宿到着がかなり遅くなることと、天気が今一つ心配だからだ。予定通り進んで雨に降られると峠道ということもありかなり大変な道程が予想できたことも大きく影響している。ただ一人、O村女史だけは予定通りのルートを走りたかったようだが、ま、それは次回に走る時の楽しみとしておいてもらおう。次回がいつあるかわからないが........(^^;

この時点で、以降のルートは次のように変更になった。(通過した部分は省略)
  
1日目

〔杖突峠〕→ R152杖突街道 →(高遠町)→ R361権兵衛街道 →〔権兵衛峠〕→ R19中山道 →(木曽福島町)→ R361木曽街道 →(開田村)→【ロッジ上天気】
  
2日目






【ロッジ上天気】R361木曽街道 →〔長峰峠〕→(高山市)→【飛騨高山】→ R158 →〔平湯〕→〔安房峠〕(旧道)→(松本市)→ R19 →(塩尻市)→ R20 →〔塩尻峠〕→ 長野県道14号 → 長野県道16号 →【諏訪湖】→ R20甲州街道 →(小淵沢町)→(韮崎市)→(甲府市)→ 中央道・甲府昭和 IC → 中央自動車道利用 → 八王子 IC → R16東京環状R16八王子バイパス → 都道169号 → 都道59号 → 都道29号新奥多摩街道 →(立川市)→ R20甲州街道 → 都道17号 → 都道14号東八道路池の上通り → 都道248号新小金井街道 →(裏道) → 都道15号小金井街道 →(裏道)→ Kiyomiya

食事を終え外に出ると、さっきの到着時より晴れていた。集合写真をもう一度撮り直そうかとも思ったが、時間が押していることもあり断念した。まぁ、先に撮った写真(上の写真)には不満がないので、あえては撮り直す必要もなかったが。

そしてここで、昼食処までのツーリング参加のN.T中氏がお別れだ。ここからR20まで戻り、中央自動車道で東京に帰るという。「私が帰ったら雨が降ったりしてね」......N.T中氏が笑う。しかしこの後、この言葉通りに的中するとは、この時誰も思っていなかった!

N.T中氏のお見送りを受けながら、PM1:50、杖突峠を後にする。N.T中氏も気をつけて帰ってくださいな!

  

N.T中氏が抜けた本隊12台はR152【杖突街道】を南下していく。この先の道はなだらかに下っていて交通量も少ない。なので俄然ペースが上げられる。気持ちよ〜く走っていける........が!急に雨が降り出してきた。ポツポツというような生やさしい雨ではなく結構しっかり降り出した。先ほどのN.T中氏の「私が帰ったら雨が降ったりしてね」の言葉通りとなった。ひょっとして、N.T中氏はMCTツーリングにおける“晴れ男”だったんじゃ........?その晴れ男さんが帰ったものだから途端に雨に降られたんじゃなかろうか?と思えるほどタイミングドンピシャで降り出す雨。

前方を見ても暗く厚い雲が覆っている。なのですぐに脇に停まって全員レインウェアを着込む。レインウェアさえ着ていればたいした雨でもないし、履いているライディングシューズが“防水・撥水”を売り文句にして売られていたことを思い出し、ここではあえてブーツカバーを履かずにライディングシューズのままで走ってみることにする。

全員がレインウェアを着込み再スタート。しばらく走ると小雨になり、すぐに雨はやんでしまった。しかしこの先もまた降られるかもしれないし、脱いだり着たりが以外と面倒くさいのでそのまま走り続けていく。

高遠町でR361【権兵衛街道】へと進路をとる。ここから伊那市に向かうR361は平坦だ。ところどころで雨に降られるが、局地的な雨なのか、すぐやみ、また降られてすぐやみ、を繰り返しながら伊那市を通過していく。

R153を横断しさらに峠に向かって進んでいく。R361はトンネルを建設中の箇所があり、そのため工事中の箇所を迂回する形でR361の旧道の方に導かれている。旧道の方はまんま峠道で、前方から「もう峠道は(走らなくて)いいよ〜」とY田氏から聞こえてきそうな感じだ。

権兵衛峠には何もない。駐車スペースがあるのみだ この標示板が無ければここが権兵衛峠だとわからない しばらく走って隊列が止まる。そう、ここが〔権兵衛峠〕なのだ。この時点でPM3:05になっている。雨が降っていなくても、このショートカットルートで大正解だ。

ここから望む景色は特になんてことはないが、雲の切れ間から日が差して明るくなっている伊那市街が見える。

そしてここでも1枚写真を撮っておくことにする。本来なら訪れる場所ではなかったが、これも何かの巡り合わせだ。記念に撮っておいてもいいだろう。

権兵衛峠にて。U海氏以外全員レインウェアを着ているのは雨が降ったりやんだりと安定していないためだ

この写真からもわかるように、U海氏だけがレインウェアを脱いでいる。もうあまり降らないと思ったからなのか、単純に蒸して暑かっただけなのかは知らないが、この天候ではちょっと無謀な感じがする。

20分ほど小休止し、PM3:25に権兵衛峠をあとにする。

  

R361【権兵衛街道】を西に進んでいくと〔姥神トンネル〕が現れる。トンネルの中は気温が低く、1km 以上走った後に外気に出るとヘルメットシールドやミラーが全て曇って全く見えなくなってしまった。幸いヘルメットシールドは少し開けただけですぐに曇りはとれたので大きな影響はなかったが、ミラーはしばらく見えないままの走行となった。

トンネルを出てわりとすぐにR19【中山道】に突き当たる。これを左折して木曽福島町方面に向かって走る。あともう少しで再びR361へ、という地点に来た時、ポツポツ、と来たかと思ったらいきなり「ドザザザザーーー!」とものすごい勢いで雨が降り出した。文字通り土砂降りだ!もう次の信号で右折しようというところで、U海氏がこらえきれずに左に寄せて停まった。先ほど権兵衛峠でただ一人レインウェアを脱いでしまっていたため、慌ててレインウェアの上だけを着込んでいるが、たぶん間に合わずにグッショグショだろう。

当の私も人の心配をしている時ではなかった。この突然の土砂降りで、レインウェアのパンツの縫い目の防水テープが剥がれているところから一気に雨水が浸入し、それこそあっという間にレインウェアの中のGパンがぐっしょりと濡れてしまった。Gパンだけではない。その下のパンツまでもぐっしょりだ。これじゃあレインウェアの意味がないじゃないか!........幸い上半身の方は大事なく、濡れているのは下半身だけだ。

Gパンだけで済んだかな、と思ったのもつかの間、今度は右足のライディングシューズの中がぐっしょりだ。不思議なことに左足の方はシューズの中は全く水が入ってこない。シューズ自体の防水性能はしっかりしたものだ。しかしながら右足の方は、濡れたGパンの保水力が限界を超えたらしく、Gパンとレインウェアからしたたり落ちる水のせいで中に浸水したようだ。

隊列は〔木曽大橋〕交差点を右折しR361に入ったところで停まった。U海氏を待つためだ。U海氏もすぐに曲がってきて、みんなが停車しているのを見るや、レインウェアの下もその場で履いていた。再び発進すると数キロ走ったあたりで小やみになってきた。しかしこれ以降は、一部で雨がやみ路面も乾いた区間があったものの、ほとんどが雨中での走行となった。

  

R361【木曽街道】を北上していく。前方には遅い観光バスが走っていたが、勾配がきつくなると登坂車線が現れたため、観光バスは登坂車線に入っていってくれた。先頭から順にバスを追い越していくが、雨のせいもあるがペースがあまり速くない。〔新地蔵トンネル〕の手前で登坂車線が終わるため、観光バスも走行車線に戻ってきた。この時、U海氏と私の2台だけが観光バスの後ろとなってしまい隊列が寸断された。そしてそのまま〔新地蔵トンネル〕に入っていく。

トンネルさえ出ればすぐにバスは抜けるのでそのまま先に行ってくれていても良かったのだが、先頭のM.I 原氏はトンネルを出たところで隊列を左に寄せて待っていてくれた。結果、せっかく登坂車線で抜いた観光バスをまた前に出す結果になったが。その観光バスはしばらくすると左折して消えていった。

隊列は雨の中、【池の沢ポケットパーク】の先から村道に入っていく。しばらくすると長野県道20号に突き当たるのでこれを右折し、すぐまた村道へと左折すると、間もなく右手に“上天気”と書かれた看板が見えてきた。雨の中、砂利で上っている駐車場にバイクを慎重に進入させ、おもむろにエンジンを切る。やった、無事着いたぁ!権兵衛峠からジャスト1時間走り、PM4:25、宿泊地のペンション【ロッジ上天気】に到着した

ロッジ上天気

TEL  0264-44-2131

 http://www.jotenki.com/

FAX  0264-44-2131

〒397-0302 長野県木曽郡開田村西野 6322-419

※今回は雨のため、建物の写真が撮れなかった....(__;)

雨が降る中なのですぐさまロッジに入ってレインウェアを脱ぎたい。しかし別館のコテージの玄関は狭く、一度に全員が入れない。みな一様にレインウェアを着ているため、それを玄関先で脱ぐのに時間がかかるのだ。ようやくのことでコテージ内に入り濡れた服を乾かす準備をしていると、御岳明神温泉【やまゆり荘】までオーナー氏自らが送迎してくれるという。「あと15分後に送迎車が出ますよーー!」みな慌てて準備していた。なお、男11名が別館のコテージに貸し切り状態で入り、女性のO村女史は本館の部屋を一人で使わせてもらえることになった。ただO村女史本人は、みんなと一緒でもいいようなことを言っていたようだが。....(^^;

ギリギリで送迎車に間に合う。発車して2〜3分で御岳明神温泉【やまゆり荘】に到着する。「ちょうど1時間後のPM5:50に迎えに来ます」と言い残してオーナー氏は戻っていった。

1時間しかないから早速お風呂だ。体を洗い内風呂につかる。ちょっと熱めだが私にはちょうどいい。肩までつかると雨の中走ってきた疲れが癒されていく感じがする。外の露天風呂はぬるめで長風呂ができる。雨がしたたり落ちる中メンバーとツーリング談義に花が咲き、あっという間に時間が経ってしまう。

風呂から上がると大半のメンバーがビールをおいしそうに飲んでいる。私も飲もうかどうしようか悩んだが、ペンションでの食事まで楽しみをとっておくことにする。

きっかり1時間後、オーナー氏が迎えに来てくれた。外に出るといつの間にか雨がやんでいる。H.I 原氏が見ず知らずの若い女性二人組に頼まれてカメラマンをしている。それが終わり送迎車に乗り込むと、また2〜3分ほどで【ロッジ上天気】に戻れた。

コテージの各部屋の中では、ガスストーブを焚いて全室“乾燥室”と化していた。私はGパンからぐっしょりと濡れてしまっていたので、これをストーブの正面に置いて全力で乾かす。ライディングシューズはそのそばに置くが、風が中に入りづらいのでなかなか乾かない。明日の朝までに乾けばラッキー、という感じだ。

  

PM6:30から食事だと聞いていたが、みな待ちきれないのか、PM6:25にはホールの席に着いていた。スペイン料理店にいたというオーナー氏の料理が楽しみだ。実際、今回の一泊ツーリングの宿泊地をこの【ロッジ上天気】に決めた決め手は、インターネットで各宿泊処のHPを検索していて、検索した中で一番宿泊内容や雰囲気、料理内容がわかりやすかったからだが、「スペイン料理」というものにも多大な興味があったからだ。MCTの一泊ツーリングは例年、和食で海鮮もの、魚介ものばっかりで、洋食物というのはホントに珍しいのだ。

食事が出てくる前に、明日のルートについてM.I 原氏から説明があった。2日目は高山まで行ってR158で松本方面に行く予定としていたが、明日も雨が予想されるためにルートをショートカットするという。R361を北上するが高山までは行かず、長野県道39号【野麦街道】に入って野麦峠経由でR158に抜けよう、ということになった。また高速も、甲府昭和で乗っても勝沼で乗っても時間的にあまり変わらなく、かつ勝沼からなら確実に高速代が安いので、そのように変更した。

この時点で、2日目のルートは次のように変更になった。(通過した1日目は省略)
  
2日目






【ロッジ上天気】R361木曽街道 → 長野県道39号野麦街道 →〔野麦峠〕→ 長野県道26号 → R158 →(松本市)→ R19 →(塩尻市)→ R20 →〔塩尻峠〕→ 長野県道14号 → 長野県道16号 →【諏訪湖】→ R20甲州街道 →(小淵沢町)→(韮崎市)→(甲府市)→(勝沼市)→ 中央道・勝沼 IC → 中央自動車道利用 → 八王子 IC → R16東京環状R16八王子バイパス → 都道169号 → 都道59号 → 都道29号新奥多摩街道 →(立川市)→ R20甲州街道 → 都道17号 → 都道14号東八道路池の上通り → 都道248号新小金井街道 →(裏道) → 都道15号小金井街道 →(裏道)→ Kiyomiya

さ、明日のルートも決まったことだし、安心して食事を楽しむことにしよう!

まずは、今回参加できていない清宮社長からのプレゼントであるビールで乾杯する。銘柄を見ておくのを忘れてしまったが、とてもおいしいビールだ。グビグビ入っていってしまう。続けてオーナー氏がウデに縒りをかけた本格スペイン料理が次々と出てくる。料理の写真も撮ったが全部は撮れなかったし、私のつたない写真技術でせっかくの料理がへんに見えてもいけないので、ここでは写真を載せないことにする。

【ロッジ上天気】の料理を見たい人は次の URL にアクセス願います。 →→→ http://www.jotenki.com/
このトップページから「お食事」をクリックすると、お料理メニューが見られます。全部おいしいですヨ!

食事がおいしくどんどんおなかに入っていく。最後のデザートまでおいしくいただいた後、このデザートを作ったのは二人いるオーナー氏のお嬢さんのうち中学1年生の上のお嬢さんだと聞いてびっくり!プロの腕前だ。とってもおいしかった。

食事が済むとお酒がビールから焼酎系に変わり、宴席はまだまだ続いている。少しするとオーナー夫妻が輪に入ってきてくれていろいろな話しをしてくれた。村のこと、ペンション経営のこと、ホームページのこと....etc。焼酎もいっぱいサービスしてもらってしまい、延々PM11:00までこのホールで盛り上がってしまった。他の宿泊者には大声で迷惑かけてしまったかも?m(_ _)m
写真中央の方がオーナーの寺本氏。このホールでは iMac がインターネットに常時接続され、このホールの様子もリアルタイムでネット上に公開されている。なおインターネットは宿泊者が自由に見られ、掲示板への書き込みもできる

ホールでの宴会はPM11:00でお開きとなった。H.I 原氏、Y田氏、A川氏らは早々に寝てしまったが、それ以外のメンバーはオーナー氏にさらに焼酎をサービスしてもらったこともあり、コテージ2階のリビングで山手線ゲームで盛り上がる。AM0:30ころ、さすがにみんな眠くなってきたのでお開きとし、就寝。床につけばみなあっという間に夢の中に入っていく。おやすみなさい..........zzZZ......

1日目の走行距離:347.0km

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後編に続く