第十二話 人、それは嘘


 

 

 

 

<夕刻

第三新東京市郊外第二芦ノ湖上空>

日本政府との会議の為、首都第二東京に行っていたゲンドウと冬月は帰途の最中だった

二人は、ヘリに乗り冬月は窓から外の景色を見ていた。それを見ながら横にいるゲンドウに話し掛ける

「碇、この間、キール議長から私に計画の進行に関する催促の連絡があったぞ。責任者のお前ではなく、私に直接な。向こうはかなり焦っているようだぞ。あまり焦らすと何が起こるか分からん…」

ゲンドウは冬月の言葉を聞いて

「ふっ、問題ない。事は計画通りに進んでいる」と返す

「お前のな……」

「冬月……老人たちは、何もできんよ。切り札はすべてこちらが握っている」

冬月はこれ以上何を言っても意味がないと気づき話題を変える

「…それならいいがな……ところで、加持君の事はどうする?最近、動き回っているようだが……」

「好きにさせておくさ。老人たちにしても政府の奴らにしても、ある程度情報を与えていたほうが、行動を予想しやすい。そちらのほうが、こちらとしても楽だ。よって当分は様子見だ」とニヤリと笑いながら言うゲンドウ

そのゲンドウを見て、もう言う事はないなと感じる冬月

 

 

 

<同日昼

京都府新京都市内>

とある廃屋。加持リョウジは周りを覗いながら、誰もいないのを確認すると、素早くその中に入っていった。その中には汚い机と黒電話が一つ置かれている以外何もなかった。加持はそのことを認識すると

「これで108個目か………」と呟いた

瞬間、加持が入ってきたドアとは逆方向にある裏口のほうから物音と同時に人の気配がした。加持は携帯している拳銃に手を伸ばすと、少しずつ近づいていく。そして、ゆっくりとその裏口を開けた。そこにはいかにも買い物帰りのおばさんがいた。加持は、その存在を確認すると、拳銃から手を離し

「何だあんたか。久しぶりだな」という

「何故お前がここにいる?お前の任務はネルフの内偵ではないのか?マルドゥックの方に顔を出すのは、まずいぞ」とそのおばさん風の女性は言う。このおばさんは加持リョウジと同じ日本政府内務省所属のスパイのようだ

「分からない事を分からないままにしとくのは、気持ちが悪くてね。かといって、誰かが教えてくれるとも思えない……仕方なく、自分で調べているというわけだ」

女性は加持の言葉を聞くと、自分が持ってきた買い物篭から一冊の書類を抜き出すと加持に投げ渡した

「それの、代表取締役の欄を見ろ」と女性は言う

「ああ、知ってる名前が多いって言うだろう。碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、キール=ローレンツ、どれもネルフや委員会の主要人物の名ばかりだ」

「知っていたのか?!」

「まあね、これでも一通りの事は調べているからな………マルドゥック機関。エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた人類補完委員会直属の諮問機関。だが、その正体はいまだに不透明……調べてみれば、全ての関係機関はここと同じようにものけの空」

「その通りだ。よくそこまで調べたものだ……だが、お前の仕事はこれではない。ネルフの調査のはずだ。あまり外れた行動をとると命を縮める事になりかねないぞ」

「ご忠告は真摯に承っておきます」とニヤリ笑いで言う加持

 

 

 

<再び

第三新東京市ネルフ本部内第五実験ホール>

チルドレン3人のシンクロ・ハーモニクス実験が行われている

「00・02ともに汚染区域に隣接。01にはまだ若干の余裕があります」とマヤ

「そう、なら、01のプラグ深度をもう少し下げて」とリツコ

「はい」とマヤは返事をすると実行に移した

ディスプレイには3人のシンクロ率が映し出されているが、やはり、シンジの成績はずば抜けていた

「この深度でこの数字とは……もう賞賛の言葉も見つからないわ」とリツコは言う

「確かに成績はずば抜けているけど、いつもと比べると何か様子が変じゃなかった?」とミサトは今日のシンジの様子を見て言う

そのミサトの言葉を聞くとリツコは表情を少し曇らせ言う

「明日はあの日だから………」

リツコの発言を聞くと、ミサトも何か思い当たる事があるのか、リツコ同様表情が曇った

「なるほど………」

その会話を横で聞いていたマヤは意味が分からずに

「あの日って何ですか?」と二人に聞く

リツコは少し考えて

「エヴァ最初の人間とのシンクロ実験が行われ、失敗した日よ」と冷静に事象のみを答えた

「それだけじゃ分からないんじゃないの………その実験の失敗でシンジ君のお母さん、碇ユイさんがなくなった日なのよ」とリツコの説明に補足を加えるミサト。ミサトは内容が内容なだけに努めて口調を明るくした。しかし、その言葉で、その場にいる職員たちの表情も先程のリツコ・ミサト同様に曇った

ミサトは、その雰囲気を感じ取ると、話題を切り替えた

「ところで明日の結婚式、何着ていくの?」

リツコもミサトの思っていることを理解し

「まだ特に決めてはいないわ。うちに帰ってから決めるつもり。ところで、あなたは何を着ていくつもり?」と答えた

「それが、もう………こうたて続けにあると着る服もなくなるわよ」

「何言ってるの。服ならたくさん持ってるじゃないの?………さては、みんな入らないとか?…」と茶化すリツコ

「うるさい!!!それにしても、三十路前だからって、どいつもこいつも焦りやがって」と吐き捨てるように言うミサト

「お互い最後の一人にはなりたくないわね」

「そうね」

外見上二人はにこやかに会話をしているが、実状は激しい戦いが繰り広げられていた。その雰囲気は、先程とは別の意味でモニター室内のほかのメンバーを凍りつけるほどの威力があったとか……

 

 

<同本部内チルドレン更衣室前廊下>

実験を終えた3人は各自更衣室で着替えて、一緒に帰るため待ち合わせをしていた。

先に終えたシンジは廊下に置いてあるベンチに座り、自分のシンクロデータの載った書類を見ながら二人を待っていた。そこにアスカがやって来た。それを見るとシンジは立ち上がった

「待った?」とアスカは言う

「いや、来たばかりだよ。ところで、レイはどうしたの?」とシンジ

「もう少しかかるみたいだから先に出てきちゃった」

「そう…」とシンジは言うと再び座りなおし、書類に視線を落とした。そのシンジの様子を横目で伺いながら、アスカはシンジに言う

「あの……シンジ?」

アスカの言葉に書類からアスカの顔へ視線を移すと

「何?」と聞いた

「明日の日曜日………ヒマ?」

「明日?………ごめん。明日はちょっと用事があるんだ」

「そう…………」

「明日、何かあるの?」

「別にそう言うわけじゃないわよ。ただ、暇かな〜と思って…」

そんな中に着替えを終えたレイがやって来た。3人が揃うとそのまま帰途についた

 

 

 

<翌日

ミサト宅>

今日は、ミサトは結婚式に、アスカは前々よりヒカリに頼まれていた友人とのデートに、シンジとレイはとある場所に出かけていった

 

 

<第三新東京市内某結婚式場>

ミサト・リツコ・加持の3人は大学時代の友人の結婚式に招かれ参加していた。ただ、加持は何の理由の為かまだ到着していなかった

「何やってるのかしら…………」と周りを見て加持がいないことを確認するとそう言うミサト

「心配なの?」と茶化すリツコ

「別にそう言うわけじゃないけど………」

そこにタイミングよく(?)加持参上。それを見て更に不機嫌そうな顔をするミサトとその二人を見ているリツコ

「あんた、何やってるのよ?!とっくに式は始まっているのよ」とミサトは怒鳴る

「いや〜仕事が片付かなくてね」といつもの男くさい笑いを浮かべる加持

「何言ってるの。いつも暇持て余してるくせに。良くそんな事いえるわね。それに、そのカッコ何なのよ!いつもと同じじゃない!せめてネクタイくらいちゃんとしめなさいよ」と加持のネクタイを直してやるミサト

「あなたたち、夫婦みたいよ」とこの二人を見て素直な感想をもらすリツコ

「それは、嬉しいな」と加持

「冗談じゃないわよ!」とあわてて否定するミサト

 

その後、ミサトは飲みまくったという

 

 

 

<同時間帯

同市郊外セカンドインパクト被害者共同墓地>

碇ユイと書かれた墓標の前に立つシンジとレイ。そうしていると、後方から巨大な音と共にVTORが下りてきた。そして、中からゲンドウが出てくるとこちらに向かってきた

ゲンドウはシンジの間近までやって来ると、レイの方を見、すこし表情を曇らせた。そう、レイはここにはいるはずのない存在だからである。今日は、シンジとゲンドウのみでここに来る予定だった。

 

 

 

<数日前

ネルフ本部第3直通エレベーター内>

ここには、シンクロテストを終えたシンジとレイが乗っていた。シンジはいつも、チルドレンとしてのテストを受けると、その後自分の仕事(ネルフ関連・“その他”)があるため、ネルフ本部に夜遅くまで残る事も少なくない。そのため、アスカやレイと共に帰れる時はそんなに多くはない。だが、今日は、レイの時間にあわせて帰途についた

そこには、二人しかいなかった。まず、シンジがレイに話し掛ける

「レイ?今度の日曜日、何か用事ある?」

レイは、少しそのシンジの質問の答えを頭で考えると、否定の意味をこめて頭をフルフルと横に振る

「じゃあ、少し付き合ってもらえるかな?」

「ええ」とたんとうに答えるレイ

こうして、レイはどこに行くのかも知れずにシンジの誘いを受けたのである。シンジとしては、今日この日にレイにここにいて欲しかった。それは、今は亡き母への親孝行と暴走しかけている父と自分への戒めの為に………

 

 

<再び共同墓地内>

ゲンドウはそこにいるレイをチラッと睨むと、それだけでレイに関しては何も言おうとしなかった

レイを中心にシンジとゲンドウは墓標の前に立つと、目を瞑り手を合わせた

その後、シンジがゲンドウに話し掛けた

「父さんは、毎年ここに来てるみたいだね」とゲンドウの方はまったく見ずに言う

「ああ」とこちらも墓標だけを見ながら答える

「僕は、学生の時は来れたけど、ネルフに入ってからは忙しくて来れなかったよ……もう3年になるかな。最後にきた時から…」

「こんなところに来たからといって大した事は無い。遺体も何もないんだからな……それよりも、ユイは我々の心の中にいる。それだけで良いのだ……」

「父さんはそれで良いかもしれないけど…僕には母さんの記憶があまり無いんだよ………父さん…母さんってどんな人だったの?」

「………その内分かる………では行くぞ」とゲンドウは言うと後方で待っているVTORへ戻っていった

レイは二人の真中で会話を聞いていたが、何も言う事は無かった。ただ、去っていくゲンドウを見つめているだけだった

「レイ?僕らも行こう!」とそのレイに話し掛けるシンジ

レイは首を縦に振るとシンジの後を追うようにその場から去って行った

 

 

 

<結婚式3次会会場>

ミサト・加持・リツコはカウンターに座っていた・3次会とは言ってもそこにはその3人以外に誰もいなかった

「何年ぶりかね。3人だけで飲むなんて…」と加持は言う

「そうね……」と少し考えるリツコ

「私、ちょっちトイレ」というと席を立ち化粧室に向かった

そのミサトの後ろ姿を見つめながら物思いに入る加持

(ヒールか……時は流れてるのかな…)

ミサトがいなくなると加持はポケットから一つの箱を取り出しリツコに渡す

「第二東京のおみあげ。確か、猫グッズ集めてたよな?」

リツコはその箱を見ると少し表情を曇らせて言う

「ええ、ありがとう………だけど、あまり深追いは良くないわよ。京都に言ったなんて情報は私にだって入ってくるくらいなんだから。もう少し、自分の行動を管理しなさい…」

「何言ってるんだよ。俺が行ったのは第二東京だよ」

「加持君、あなたが何をしたいのか、私にはわからないわ。でも、ミサトに悲しい思いだけはさせないでね。あれでも一応親友なんだから…」

加持は表情を真剣なものにし

「ああ、分かってるよ」と一言いった。そこに、ミサトが帰ってきた

その後も3人だけの宴会は続いたという

 

 

<同時間帯

ミサト宅>

ここには、シンジ一人だけがいた。レイは帰宅の途中にネルフより招集がかかった為、本部へ向かった

シンジは自分の部屋に大切に保管されているチェロを取り出すと弾きだした。毎年、この日に今はいない母ユイに捧げるかのように弾きつづけていた。それは、チェロと出会うきっかけを作ってくれた母への思いと、その母をこんな事にした者たちへの復讐心を忘れぬ為に……

その音色は美しいが悲しみが織り交ぜられていた

そして、演奏は終了した。それと同時に、誰もいるはずのない室内からパチパチと拍手が起こった

そこには、帰ってくるには早すぎるアスカが立っていた

「やるじゃない。そんな事もできたの?!」とシンジの行動を意外そうに言うアスカ

「まあね。ストレス解消の趣味程度のものだけどね」と軽い調子で言うシンジ

「……………シンジ、今のそんな風に聞こえなかったんだけどな。何か、思いが込められていたような……」

「そう?気のせいじゃないの。ところで、今日、デートだったんじゃないの?帰ってくるには早すぎない?」

「だって、面白くないんだもん。ジェットコースター待っている時に帰ってきちゃった」

「それでいいの?」

「いいのよ。どうせ、ヒカリの頼みで嫌々行ったんだから」

「だったら良いけど……」

「シンジ、そんな事は気にしないで。もう少し、弾いてみて、お願い」

シンジはそのアスカの発言に少し考えると

「良いよ」と軽く返事をすると再び音色を奏で始めた

 

 

 

<翌日

ネルフ本部セントラルドグマ内大深度実験ホール>

ゲンドウが一人立っていた。その前には巨大な試験管のような物があり、その中にはLCLが満たされレイが入れられていた。それを見るゲンドウはにやり笑いをしていた。レイは無表情で自分の感情を表に出そうとしなかった。これは、自分の意識で行動しているのではないと思いがたいために……

 

 

<同日早朝

ミサト宅内ミサトの部屋>

ミサトは前日の深夜、加持に抱えられてやっとの帰宅を果たしていた。普通なら、午後になるまで起きるはずのないのに、ミサトは何かの気配に気がつくとマクラの下に置いてある拳銃に手を回し、一気に起きた。しかし、そこには、誰もいなかった。ミサトは一通り調べるが誰かの出入りがあった事を裏付けるものはなかった。ミサトは、勘違いかと思い再び寝床につこうとすると、机の上に一枚のネルフ本部内のセキュリティーカードと時間・場所を記した紙が置かれていた。それを見ると、ミサトは頭を切り替え取るものも取りあえず本部へと向かった

 

その様子をミサトのマンション近くの車内で見ているシンジ。これはシンジの手によるものだった。ミサトが出て行くのを確認するとシンジもその場から離れていった

 

 

 

<再び

ネルフ本部内ターミナルドグマ>

加持はシンジから受け取ったセキュリティーカードである施設への侵入を試みようとしていた。ところが、何故か何度試みてもエラーになってしまうのである

(シンジ君!………罠か?!)

“ガチャリ”不意に加持の後から音がした。加持は振り返らずともそれが何であるか、理解していた

「二日酔いは大丈夫か?昨日は飲みすぎたみたいだったな」といつもの軽い調子で言う加持

その後では、加持に銃口を向けるミサトが立っていた

「ええ、朝の侵入者とあんたのおかげで目がさめたわ」とミサトは言い、ディスプレイを覗き込んだ。そこには先程から赤い表示でエラーが出されていた

「良くここまで、入れたな」

「親切な人が招待してくれたのよ。朝、招待状を持って来てくれたわ」と言うと自分の持っているカードと場所・日時がかかれたメモ書きを懐から出した

「これだったら、開くんじゃないの?特務機関ネルフ諜報部、同時に日本政府内務省特殊監査部所属の加持リョウジさん」とわざわざ長い説明をつけて加持の名前を呼ぶと自分の持っているカードを渡すミサト

「ばれてたか?」

「バカにしないでよ。これでも、ネルフの作戦部責任者よ。ある程度の事は情報が入るわ」

「だったら、こいつの事は知っていたかな?」と言うと受け取ったカードをカードリーダーに通す加持

同時に音もなく前を閉ざしていた重厚な扉が開き始めた

「こ、これは……!!!どういうこと??!!」とその眼前に広がるものが信じられずにいるミサト

そこには、巨大な赤い十字架に張り付けられ胸には槍が刺さり顔は仮面で隠され下半身がない白い巨人がいた

「これは………エヴァ?……いや違うこれは……まさか……あの……」とミサトは戸惑う

「そう、セカンドインパクトからの元凶。全ての要であり、始まりである、アダムだ。あのセカンドインパクトはこいつの所為で起こったのさ。葛城は見てるはずだ。あの南極で……」と加持は冷静に言う

「これが、アダム!………あの第一使徒が何故ここに……」と言うと表情が厳しくなるミサト

「司令やリっちゃん、委員会の意向さ。使徒を呼び寄せる為に生贄としておかれているのさ」とわざとシンジの名は出さなかった加持

「ネルフは私が思っているほど甘くないようね」と言うと加持に向けていた銃をしまい、その場からいなくなったミサト

(シンジ君、何故俺にこんな事をさせるんだ。俺だってあんな葛城は見たくないぞ)とそのミサトの後ろ姿を見ながら思う加持





第十三話へつづく


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