第十三話 希望する死
<ネルフ本部内シンジ専用執務室兼研究室>
シンジが仕事をしているところに、前回の件について加持がやって来た
「シンジ君、どういうつもりだ。まだ、葛城が知るには早すぎる事項なのは、君が最もよく知っているのではないのか。あのアダムの事は!……」シンジに詰め寄る加持
「何の事ですか?いきなり」ととぼけるシンジ
「とぼけるのはやめてくれないか。あんなことをできるのはネルフでも君ぐらいなものだ」と少し口調を強くして言う加持
「……そうですね、分かりました」とシンジは加持の表情を覗き込むとそれは真剣なものだったので、これ以上とぼけるのは無理だと判断し、正直に言う
「何であんな事をしたんだ?!君の行動にしては軽率すぎないか。もう少し後先を考えて行動をする人間だと俺は思っていたよ」
「一応これでも先のことを考えて行動してるつもりなんですけどね……理由ですか?………理由はあなたと同じですよ。ミサトさんを早く呪縛から解き放ちたいという…」ニヤリ笑いをしながら言うシンジ
「何の事かな?……」今度は加持がとぼける
「分かってるんですよ。自分の身の危険まで顧みず真相を知りたがっているのは、ミサトさんのためだということは……彼女はあのセカンドインパクトで両親を失い、その気持ちがあなたへの愛情に、使徒への必要以上の憎悪へとなっている事を。あなたは、それを知って、彼女から離れていった。そして、彼女を助けようと思った。それには、真相の究明が最も早いみちと考えて今の行動をしている………違いますか?」
「…………シンジ君は俺の事を買いかぶり過ぎだ。おれはただ、自分の欲求を満たす為だけに動いているんだ。決して他人の為ましては葛城の為に動いているわけじゃない………とにかく、今後は葛城への変なアプローチはしないでくれ。もし、彼女にこれ以上何かあったなら、俺は君を許さないだろう」と加持は言うと部屋を出て行った
「分かってますよ。あなたが、こちらの不利益になる行動をとらない限り、ミサトさんには危害を加えません。身の安全は僕が保証しますよ……そういう契約でしたからね」と加持の後ろ姿に語るシンジ
そして、加持はシンジの視界から消えた
<同本部内シンクロ実験ホール>
3本のシミュレーションプラグにレイ・シンジ・アスカが入っている。そのプラグに周りにはLCLが満たされチルドレンたちを守っている。今日は通常のシンクロ・ハーモニクス試験を行っている
「ミサトさん、何か疲れているみたいですね」とマコトは作業をしながら横でただ実験を見つめているミサトに言う
「ちょっち今、プライベートで大変なのよ」とミサトは軽く言う
「加持君のこと?」とリツコは茶化すように言う
「うっさいわね〜!……ところで、実験の方はどうなの?」と否定はしないが話題を変えるミサト
「これを見てください」とディスプレイの方を指して言うマヤ
シンクロパターンは次々に変化していた。シンジの成績はずば抜けているのはいつもの変わらないが、アスカとの差が今までに比べると徐々にではあるが縮まっているのが分かる
「へ〜、なかなかいい数値ね」と感想をもらすミサト
ミサトは3人が映るディスプレイを見ると、マイクを取りアスカに
「アスカ、記録更新よ」と言った
アスカはその話を聞くと満足そうな顔をした
そのミサトの横で、困惑の表情を浮かべるリツコがいた。確かにアスカは成績が伸びているのだが、レイは以前にも比べてシンクロ率・ハーモニクス値ともに少しづつではあるが下がっていた。リツコはそちらの方を気にしていた。ただ、今、その事に気がついているのはリツコと01というシミュレーションプラグに入っているシンジだけだった
<テスト後
同本部内チルドレン専用ロッカールーム>
テストが終わり、レイとアスカは帰宅する為、プラグスーツから普段着(制服)へと着替えていた
アスカは嬉しそうに、レイは感情を表に出さないようにしていた。二人の様子は正反対のものだった
ただ、途中からアスカもレイの様子に気がつくと、その様子に気を使い何も言うことなく二人は本部を出て家へと向かった
アスカにもレイの気持ちがある程度理解できたのであろう
<同時刻
同本部内リツコ専用執務室兼研究室>
リツコのところにシンジが来ていた。二人の前にはコーヒーの入ったマグカップが置かれている
「どういうことかしらね?」とリツコはディスプレイに映るレイの最近のデータを見ながら言う
やはり、そのデータはレイの成績が少しづつではあるが下がっているのを物語っていた
「……僕にも分かりませんよ」と冷静にシンジは語る
「そうね、原因については今のところ不明ね。でも、このままじゃまずいわよ。今のところ、この状況に気がついているのは、少数だけど、これ以上進行するようだと、問題よ」
「分かっています………ですが、原因がわからない以上、対策の打ちようがありません。当分は様子見しかできません」
「ええ」
「それでは、僕は他の事もあるので、失礼させていただきます」と言うとシンジは出て行った
(原因の一端はあなたにあるのよ。シンジ君!…それに気がつくまで、私たちには何もできないわ……)シンジの後ろ姿を見ながら思うリツコ
<翌朝
第三新東京市内ビル街>
何の前触れもなく突然ネルフ本部の直上、つまり第三新東京市上空に使徒“らしき”球体の物体が現れた
それは、ゆっくりと何をするでもなく移動していた。その周りには、その物体を囲むように零・初・弐号機が配置されていた
<ネルフ本部内第一発令所>
突然の襲来に緊急対策会議が開かれていた。ここにいなければならないはずのゲンドウは、欧州へ会議の為に出かけているためいなかった。シンジの乗る初号機とは特別直通回線で繋がっている為、同会議にシンジは参加していた
「どういうことなの?!富士の電波観測所は何をしているの?!」とミサトは言う
「何も感知していなかったようです。突然、直上に現れました」とシゲルが言う
「パターンオレンジ!使徒とは確認できません」とマコトが報告する
このことが、ネルフ本部内を困惑させていた。使徒の展開するATフィールドは青のパターンを発するはずなのである。オレンジとは人(エヴァ)の発するフィールドパターンである
「どういうこと?!!」ミサトは取りあえず叫ぶ
「新種の使徒と言う可能性はあるわ」とリツコは少ない情報の中から冷静に可能性を抽出していった
『それは、ないでしょう。マギはどういってます?』と初号機内のシンジは言う
「現段階での判断は保留しています。データが足りなすぎます」とマヤは口にする
「とにかく、正体が分からない以上、当分は様子見よ。目標とある程度の距離を保ちつつホールドよ」とミサトが指示を出す
『そう言うわけにはいきません。ネルフ本部の真上に使徒を長時間放置しておくなんてことはできません。違うプランを考えてください』とシンジは提案(命令)する
「…………分かったわ。ではひとまず目標を市街地上空外へ誘導しましょう。それから、異常がなかったら、そこで事の次第を練りましょう。良い?シンジ君、レイ、アスカ!」とシンジに賛成を求めると同時にレイ・アスカにも言う
『『『分かりました(分かったわ)』』』
「そう…でも、目標は正体不明。気をつけて、慎重にね。それと具体的な作戦だけど先行する1機がおとりとなり目標を所定の場所まで誘導。残る2機はそれの援護をお願い」
ミサトが最終的な指示を出すと3人は何も言わずに、その場から移動し作戦行動を開始した。おとりは使徒との距離の関係上アスカに決まった。シンジは自分がやると主張したが、初号機は使徒と最も離れていた為時間的に一番リスクが大きいと言う事で却下された
アスカは使徒との距離が最も3機の中で近かった為に選ばれたわけで、当然他の2機に比べて早く所定の位置につくことができた
「二人ともまだなの〜?」とアスカはぼやく
零号機・初号機はビルなどの障害物に被害を与えず、使徒に気づかれないように慎重に移動している為、計画の位置につくにはもう少しかかった
「もう少し時間がかかりそうだ」とシンジは言う
レイも同様のことを言った
二人の言葉を聞くとアスカは独自に(勝手に)判断し二人の移動を円滑に行う為に注意を弐号機(自分)に向けるよう使徒(と思われるもの)に対して銃撃を行った。しかし、それは球体の物体を素通りするだけだった
アスカの銃撃と同時に発令所では警報が鳴り響いた
「パターン青を確認!場所は弐号機直下です!」とマコトが報告する
この言葉に発令所内は騒然となった
「どういうこと?!!」とミサトは叫ぶ
前面の巨大スクリーンには黒い影のような物体に引きずり込まれている弐号機の姿が映し出されていた
それは突然だった。アスカが使徒に命中させたはずだった。だが、それと同時にその物体が太陽の力を借りて形成しているはずの影が急激に拡大し始めた。そして、弐号機の真下まで来るとそれを永久の闇へと引きずり込んでいった
事態を知った零号機・初号機は弐号機を助ける為に急いだ。初号機は援護用に持っていたポジトロンライフルを構えると球体の物体に向かって放った。陽電子は一直線に目標に向かったが直撃の寸前に姿を消した
その間も弐号機は沈んでいった。だが、もう少しで全体が沈もうとした時、その場に零号機が到着した。零号機は、何の迷いもなくその影へと飛び込むと弐号機を引きずり出した。それと同時に零号機は完全に沈んでいった。
その様子を呆然と見ているしかなかったシンジ。その後撤退の指示が出、シンジは拒否したが、結局は発令所内のメンバーの説得により戻っていった
<数時間後
移動発令所>
影の拡大がある程度まで進んだ段階で止まり、その対策を練るためその間近に移動発令所を置いた。中にはシンジ・ミサト・リツコなど主要メンバーがいた
「やっぱりこれは………」シンジは送られてきたデータを見て驚愕する
「ディラックの海でしょうね………内側に強力なATフィールドを形成しそれによって支えているんだわ」冷静に分析するリツコ。だが、表情は少し曇っていた
「理論では聴いた事がありますが………実際に可能だなんて……!」
「相手は人間の常識を超えたものなのよ……ところでどうするの?」
シンジとリツコはこの数時間の間に考えられうる対策を幾つも挙げ、その内の最も成功確率のよいものを実行に移すためにメンバーに説明しようとしている
「あの影が使徒の本体よ」とリツコは前にいる主要メンバーたちに説明を開始した
「直径はおよそ680メートル、厚さは約3ナノメートル。その極薄の空間を内向きのATフィールドで歪曲し支える事によって虚数空間を形成しているものと考えられます。その空間はディラックの海と呼ばれ、外部とは完全に分離されたクラインスペースと言えるでしょう」と手元にある書類を見ながら言うシンジ
「使徒のことは良く分かったわ。でも、どうやって倒すの?それも考えてるんでしょう?!」とミサトはその二人に言う
「それは………」突然表情を曇らせるシンジ
そのシンジを見てリツコはシンジの気持ちを汲み自分が話し始めた
「簡単に言えばその空間を支えているATフィールドの強度を上回るエネルギーを使いフィールドを破壊し、空間自体を形成不能にするわ」
「その具体的方法は?」
「現存する932個全てのN2爆弾を影に投下。更にエヴァ残り2機で使徒のATフィールドに干渉、1時的に使徒のフィールド強度を下げることによってフィールドを破壊する」
そのリツコの説明にそこにいたメンバー全員はシンジ同様に表情を曇らせ驚愕した。メンバーはその計画の結果を予期できたからである
「……そんな計画には賛成しかねるわね。パイロットの生命の保証ができないじゃない!」とやっと口にするミサト
「今回の作戦は零号機のサルベージを最優先事項とします。パイロットの生死はその次よ」とリツコはミサトを睨みつけるように言う
「ふざけるんじゃないわよ!!あんた達、人の命を何だと思ってるの?!!」と逆にミサトは睨み殺す勢いでリツコを見、叫んだ
それまで何も言わなかったシンジはそのミサトの発言で顔を上げると
「……分かってますよ。でも、これが最も成功率が高いものなんです。これで、失敗したらレイどころじゃありません……」と沈痛な面持ちで言う
そのシンジの様子を見たら誰も文句などを言おうとする者はいなかった。そして、その様子に最もショックを受けていたのは自分の所為でレイをあんな目にあわせてしまったと思っているアスカである。
アスカは、最後まで話を聴かずにその場から出て行ってしまった。シンジはそれを見るとすぐに後を追った
アスカは一人夕焼けのさす薄暗い中使徒のある方向を見ながらいた
「アスカ、どうしたんだい?」とやさしく後から声をかけるシンジ
「………………私が悪いのよ………私が落ち着いて行動をしていれば…………レイをこんな目に会わせずにすんだのに…………」と泣き声をまじえて言うアスカ
シンジはアスカのその様子を把握すると少し間をおいて言う
「アスカだけの所為じゃないよ。僕も悪かったんだ。僕がもう少し早く着いていれば、二人を助ける事ができたのに…………でも、いつまでも後悔しているわけにはいかない。それは分かっているだろ、アスカ!」
「………」アスカは何も言わない
「アスカが本当に今回の行動を反省し、レイに対して思っているなら、いつまでもこんな事をしていていいと思う?」できるだけやさしい口調で話し掛けつづけるシンジ
少し考えるとアスカは首を横に振る
「レイにすまないと感じるなら、今回の作戦を成功させた後に謝ればいいじゃないか。でも、そのためには、君の力も必要なんだ。これ以上は言わなくてもわかるだろ?!」と言うとその場から離れていったシンジ
その後のアスカの表情はだいぶ違うものになったと言う
この二人を遠目から見ている人、加持がいた
シンジはそこに近づいていった
「見てたんですか?」とシンジ
「ああ、久しぶりにいいものを見せてもらった」と加持
「加持さんがいたなら、僕じゃなくあなたに言ってもらえば良かったですね」
「君はまだ分かっていないのか。俺じゃ意味がないんだよ。君じゃなきゃ」と多少呆れながら言う加持
少し話すとシンジは作戦の準備の為戻っていった
<数時間後
作戦遂行予定場所>
予定の時間がきているのに、作戦は開始されていなかった。シンジとアスカはエヴァに乗り込み準備を終えていた。作戦を実行しようにも所定の数のN2爆弾が到着していなかった
「いつになったら、N2兵器は到着するのかしら?」とミサトは苦々しく言う
「ロシアとフランスが出すのを拒んでいるようです。現在、司令が交渉を開始したそうです」とマコトは報告する
「この非常時に自国の利益しか考えないなんて馬鹿な事をするわね」とリツコは言う
「まあ、司令が動いてくれたならすぐでしょう。あの人はそう言うことは強いから」
その後、数十分もしないうちに到着のめどが立ち1時間後にはすべてのN2爆弾が到着した
<作戦実行直前>
空には無数の爆撃機が旋回し、いつでも爆弾の投下ができる段階になっていた。エヴァの2機も所定の位置についた
「N2爆雷投下準備完了しました。カウントダウン開始します」シゲルは言う
「シンジ君・アスカ準備は良い?」と最後の確認をするミサト
『はい(大丈夫よ)』とシンジとアスカは了承する
そして、作戦を実行に移そうとした瞬間、地面が裂け始めた。そして、空中に浮かぶ球体を破るように内部から零号機が這い出ていた
その場にいたものは何が起こったのか把握できなかった
「どういうことなの??!!」ミサトはとにかく叫んだ
「まだこちらは何もやっていないわ。なんでこんな………センサーはどう?」とリツコ
「全て振り切れています。計測は不能です」とマコトは現状報告をする
「マギの判断は?」
「解答を提示できないと判断したようです」とマヤ
その零号機の様子はとても人の作ったような理性の働いているようなものではなかった。その姿を見てアスカは怯え、シンジは多少困ったような表情を浮かべていた。ただ、驚いた様子はなかった
「私たちは何てものをコピーしてしまったの。これは間違いだったの………」リツコはただ驚愕していた
「エヴァが第一使徒のただのコピーじゃない事は分かってるわ。でもネルフは使徒を倒した後こんなものをなんに利用するつもりなの……」とミサトは言う
その場には零号機の発する雄たけびのような声が響いていた