第九話 人の決意(後編)
<死の大地南極>
ゲンドウと冬月はここに補完計画の鍵の一つであるロンギヌスの槍を取りに来た。南極は海が赤く染まり、塩柱しか生えていない、死の大地となっていた。その中を一隻の空母とそれを守るように七隻の巡洋艦がいた。空母の上には、カバーをかぶせられた棒状のもの=ロンギヌスの槍が置かれていた
そして、旗艦のブリッジにゲンドウと冬月が立っていた
周囲を見渡しながら冬月が言う
「いかなる生命に存在を許さない死の世界南極……いや、地獄と言うべきかな」
「だが、我々人類はこうして立っている。生物として生きたまま」とゲンドウが返す
「科学の力で守られているからな」
「科学は人の力だ。弱い人類に与えられた唯一の力だよ」
「その傲慢と間違った認識が、15年前の悪夢、セカンドインパクトを生んだのだ……その結果がこれだ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。まさに、死海そのものだよ」と皮肉まじりに言う冬月
「だが、原罪の汚れなき、浄化された世界だ」
「私は、罪にまみれても、人が生きていける世界を望むよ………それにしても、よくあのご老体たちが今回の件を黙認したものだな」と視線を漠然とした周囲から空母の上に載る槍に移す冬月
「それについては未確認ではあるが、キール議長以外の委員の誰かが強くネルフに渡すように推したという情報がある」
「ひとまず、その人物には感謝しておかなければならんな。これで、我らの希望が近づくのであるから…」
「ああ、だが、あの老人たちのことだ何を考えているか分からんからな。これからは更に気をつけなくてはなるまい」
そこに緊急連絡が入る
<<第三新東京市ネルフ本部より入電!使徒の発生を確認>>
「それで、どうしたのだ」と冬月はマイクに向かって話す
<<それが、使徒の放つ強力なジャミングによる通信不能の為、それ以上の情報が入りません>>
「どうする?碇」とゲンドウに対策を聞く冬月
「問題ない。あそこにはシンジがいる。何か対策を練ってくれるはずだ」と自信ありげに言うゲンドウ
「そうだな」と納得する冬月
<ネルフ本部内第三会議室>
使途が突然現れて数時間、使徒の攻撃方法などの特質に関するデータをある程度集めたので、それに対しての対策会議が行われていた
「現在の使徒の状況はどうなっていますか?」とまずシンジが発言する
「2時間前に国連に要請してN2航空爆雷を使用しましたが、まったく効果がなかったようです。使徒はその後、インド洋上空衛星軌道上を進行中にサーチ衛星を破壊。現在はロストしています」とマコトが報告する
「まあ、N2兵器が通用すれば苦労はないわ」とリツコがこぼす
「そうね」とミサトもリツコの意見に頷く
「それで、攻撃方法は、どうなっていますか?」とまたシンジ
「使徒は自分の一部を分離し、その部分が地上に落ちてくる時の落下エネルギー及び使徒自身のATフィールドのエネルギー用いて攻撃してくるようです。これが、そのときの様子です」とマヤが言うとディスプレイには、海の中に突然現れたクレーターのようなものが映る。それと同時に、マギが算出した使徒本体が落ちてきた時のエネルギー量が表示されていた
「誤差修正をしているようですね」とそれを見て感想をもらすシンジ
「マギもそう推定しているわ」とリツコ
「直接来るわね、ここに。そうなったら、第三芦ノ湖の誕生かしら」と冗談をまじえて言うミサト
「いえ、本部もろとも太平洋と繋がりますよ」とシンジも冗談で答える
「どうするのシンジ君?今回の使徒は、今までのものとは桁が違うわ。このままでは、相当な被害が想定されるわ」とリツコ
「……マギの今回における判断は?」とシンジ
「全会一致で撤退を推奨しています」とマヤ
「そうですか……分かりました。現時刻を持ってネルフ権限における特別宣言D−17を発令!日本政府、関係各省及び戦自、国連に通達。本部を中心に半径50キロ以内の全市民を避難されてください。後、マギのバックアップを松代に依頼しておいてください」
「本部を放棄して、ここから逃げる気?!」とリツコ
「いいえ、そんな考えはありません。ただ、危ない思いをみんなでする必要はありません。関係のない人には逃げてもらうんですよ。それに、僕達が逃げては意味がないでしょう。ここが使徒と接触したら、人類の終わりなんですから」
そこにいる人間は全員シンジのその言葉の意味を理解し、何も言おうとはしなかった
「では、これからの対策は技術部・作戦部双方にお任せます。僕は、一チルドレンに戻りますので」と言うとシンジはその場を出て行った
それを何も言わずに見送ると各人は自分の担当する作業を始める為、そこから離れていった
<数時間後
同本部内化粧室>
リツコとミサトがいる。その二人の間には何かわからぬ緊張感が無言のまま広がっていた
「本当にやる気なの?」とリツコはミサトの顔を見ようともせずに聞く
この数時間の間にミサトを中心として対使徒の作戦が練られていた。リツコはその意見に全面的に賛成することができないでいた
「ええ、これしかないわ!それとも、ほかに方法があると思ってるの?」と先程から何度も繰り返し言っている事を言うミサト
「…………」リツコの反論する事はできなかった。ミサトが実行しようとした作戦の他にもいろいろな案が出されてはいたが、マギによる成功確率の試算の結果、この案が最も確率が高かった(それでも、2%以下ではあるが)
「リツコ!あんたもシンジ君たちが心配なんでしょ?それはわかるわ……でも、仕方ないのよ、使徒の殲滅は私たちの仕事なんだから……」
「………そうね。私にとっては確かに使徒の殲滅は“仕事”だわ。でも、ミサトあなたはどうかしら?!自分の為なんじゃないの。復讐と言う!」
「………!!!」キっとリツコを睨みつけるミサト。その殺気だった視線を受け流すリツコ
そして、リツコはそれ以上何も言わずにそこから立ち去っていった
「わかってるわよ…………」誰もいなくなった化粧室でミサトが一人呟いた
<同本部内第一作戦会議室>
そこには、ミサトとチルドレン三人がいた。
「えっ!使徒を受け止める??!この手で直接!?」とアスカは言う
「ええ、そうよ。使徒落下予想地点にエヴァ三体を配置。ATフィールド最大で使徒を受け止めるのよ」とミサトは極冷静に答えた
「マギの判断は?」とレイが聞く
「限りなくゼロに近いわ!」
「それで、成功したら、奇跡ね」とアスカは皮肉雑じりに言う
「アスカ!奇跡ってのは起こしてはじめて価値があるものなのよ」と諭すように言うミサト
「つまり、何とかしろって事?」
「すまないわね、これしかないのよ、作戦は」
「作戦?!こんなずさんな作戦聞いたことないわ。こんなもの作戦とはいえないわ!」とアスカは怒鳴るように言う
シンジは、この時成り行きを見ていたが、ここで会話に入ってきた
「アスカ!大丈夫だよ、心配しなくても。何とかなるよ、みんなで頑張れば。それに、アスカとレイは必ず僕が守るから!」とやさしくだが意思のこもった表情で言うシンジ
このシンジの言葉に、明らかに不愉快がっていたアスカも表面上は特になんでもなかったが不安を感じていたレイも“大丈夫なんだろう”と納得した
「ありがとう、シンジ君」と代表してミサトが言う
「僕は別に何もしていませんよ」と笑顔で答える
その笑顔にたじろぐ三人
「き、規則だと、遺書を書くことになってるけど、どうする?」とミサトは何とか平常心を保って言う
「そんなもの、いらないわ!」憮然と答えるアスカ
「必要ありません」と簡潔に答えるレイ
「僕も結構です。この二人を守らなければいけないのに、こんなところで死ぬわけにはいきませんからね」
このシンジに言葉に感動するアスカとレイ
「シンジ君…………みんな、これが終わったら、何かおいしいものでも食べに行きましょうね。だから、絶対に帰ってくるのよ」とミサトはかなり感情を込めて言う
「もちろん」 「ええ」 「はい」と三人が同時に言う
<場所を移して
第一発令所>
前面の巨大ディスプレイにはマギが算出した使徒落下予想地点が映っている。それは、第三新東京市全域をしるしていた
「こんなに広いの!………」とアスカはその範囲の広さに驚嘆していた
「ええ、そうよ。この範囲内のどこに落ちても、本部を根こそぎえぐる事ができるわ」とリツコは平然と答える
「そこで、エヴァ三機をこういう風に配置するわ」とミサトが言うと、ディスプレイには三機の配置地点がプロットされた
「この配置の根拠は?」とレイも冷静に聞く
「女の感よ!!」自信いっぱいに答えるミサト
「へっ?!!」アスカはそのミサトの言葉にその場に似つかわしくない反応をする
「冗談よ。マギの判断で最も確実な場所に配置しているわ」とリツコが付け加える
「リツコ!!」と不満げに言うミサト
「ところで、シンジ君はどうしたの?」とミサトの追及を避けようと話題を変えるリツコ
シンジはこのとき何故かここにいなかったのである
「そう言えばいないわね。誰か知らない?」とミサトもリツコに言われてはじめて気がつく
その問いに誰も答えなかった。そこにちょうど良いタイミングでシンジが入ってきた
「「「「シンジ(君)!!!!」」」」とアスカ・レイ・ミサト・リツコが同時に怒気をこめて叫ぶ
「すいません、少し遅れました」とその雰囲気に気がつかずに普通に謝るシンジ
「ちょっとシンジ君!こんな時に遅刻とはどういうこと??!」とミサト
「少し用事がありまして、何か問題がありますか?」とシンジ
「問題?大有りよ!今、作戦の詳細を説明していたのよ」
「それなら、問題ありません。作戦は完璧に理解しています。先程、リツコさんから書類を頂いたんで」
シンジにこう言われてしまうと一応上司であるのでこれ以上強い事はいえない
「そう、でも、士気に影響するから、これからは遅刻しないでね」
「はい、分かっていますよ」
「じゃあ、三人揃った事だし、お願いねみんな」とミサトが言うとチルドレン三人をケージへとやった
<同本部内エヴァ専用ケージ>
三人はエントリープラグに搭乗するために、エレベーターに乗っていた
作戦の開始が近づくにつれて、アスカはいつもに比べ口数がめっきり減り、レイは表面上の変化は分からないが二人とも緊張とそれに伴う恐怖を感じていた。
シンジはその二人の様子を確認するとまずアスカに声をかけた
「アスカ、大丈夫?」
「何言ってるの、シンジ。私が怖がってるとでもいうの」と強がって言う
「レイは?」とアスカの言う事を無視して今度はレイに聞くシンジ
「も、問題ないわ」とこちらもなんでもないように振舞う
シンジは二人の反応を予想していたので、一幕おいて今度は二人に言う
「アスカ・レイちょっとこっちに来て」と近くに呼ぶ
アスカとレイはその言葉に無意識にひきつけられるようにシンジに近づく。シンジは二人が真正面まで来ると、二人を同時に抱いた。そして、二人の耳にささやくように優しい声で話し掛けた
「大丈夫だよ。君たちが怖がる事はないんだよ。君たちは僕が必ず守るから。危険な目には絶対にあわせないから」と
この言葉に二人の緊張感・恐怖感は吹き飛んだ。そして、エレベーターが上り終わるまで、その態勢でいた
<再び
第一発令所>
使徒落下に備えて職員が忙しそうに準備をしている
「使徒落下予想時刻まで後120分です」とマヤが言う
「そう、分かったわ。みんなも退避して。今ならまだ間に合うわ。ここは私一人で充分だから」とミサトは言う
「そうはいきませんよ。子供だけを危険な目に合わせて逃げるなんて訳にはいきませんよ」とマコトが言う
周りの職員たちもそのマコトの意見に頷いた
「みんな………ありがとう。でも、エヴァの中が一番安全なのよ。エヴァが大破してもATフィールドがあの子達を守ってくれるわ」とミサト
<一時間後>
エヴァの配置は完了し、チルドレンたちはそのときが来るのを静かに待っていた
シンジは、ミサト・リツコ・アスカ・レイほか自分にとって大事な人のことを思っていた。そして、最後に初号機内のディスプレイに映る零号機・弐号機を見て
(アスカ・レイ君たちのことは僕が必ず………何かあったら、頼みます、ミサトさん、リツコさん)
そして決心が決まると、シンジは初号機エントリープラグ内に自分専用に作らせた端末の最後のキーを押した
<二時間後>
使徒落下予想時刻になり、発令所内には緊張が走る。そして、警報とともに使徒に動きが生じた
「使徒を確認!距離2万5000!」とマコトが報告する
「来たわね!エヴァ全機スタート準備!」と指示を出すミサト
「目標は使徒のジャミングにより光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、距離1万まではマギが誘導するわ」とリツコが言う
「その後は、各自の判断により行動して」とミサトが付け加える
シンジは操縦桿を握り、神経を研ぎ澄ましていた
(いくぞ!スタート)と自分の中で言うと、初号機だけがスタートした
零号機・弐号機は作戦開始時間を過ぎているのにスタートしない
その様子を不思議に思い、ミサトはレイとアスカに言う
「レイ・アスカ!作戦開始よいそいで!」
だが、一向に零号機・弐号機は動こうとはしなかった
「どういうこと、リツコ?」とミサトは隣にいたリツコに聞く
「なんてこと!!………停止信号が出されているわ!零号機と弐号機に任意で……シンジ君、まさか!」とリツコは驚嘆していた
零号機・弐号機はシンジにより動けない状態にいたのである
レイとアスカはエントリープラグ内で一生懸命にエヴァを動かそうと試みるがまったく動作しない
「何でなのよ!!!」
「シンジ君!!!」泣き叫ぶアスカとレイ
初号機は一人全力で使徒落下予想地点へ向かっていた
発令所内では停止信号の解除を急いでいたが、プロテクトが硬い為すぐにできるものではなかった
そこに初号機の情報が入る
「初号機、シンクロ率急上昇!100・120・140%まだ上がっています」とマヤ
「シンジ君、そう言うことなのね」と一人その情報を見て納得するリツコ
「初号機、195%で安定!」
「どういうことよ、リツコ!」何がなんだかわからないミサト
初号機は使徒の落下より一瞬早く目的地点につくとフィールドを全開にして左手だけを上方に構えた。そこに使徒が落下してきた。凄まじい衝撃に大気は歪み、衝撃波が起こる
だが、使徒の落下は完全に止まった。初号機は右手に装備したプログナイフで使徒のATフィールドを切り裂くと、そのままコアを貫いた
使徒はそれにより命を失うと初号機の上に力なく覆い被さってきた。そして、爆発し消滅した
<数時間後
ネルフ本部内第一発令所>
南極にいるゲンドウ達とやっと通信が回復し、結果報告の為ミサトたちがいる
通信はSOUNDONLYになっていた
「すいませんでした。私の勝手な判断で初号機を大破させてしまいました」とミサトはゲンドウに謝罪する
『話は聞いている。どうやら、シンジの勝手な行動があったようだな。君に責任はない』とゲンドウ
『良くやってくれた、葛城三佐。我々の任務は使徒の殲滅だ。それをしっかりとやり遂げてくれたのだ、謝る必要などないぞ』と冬月はミサトを労った
「どうもありがとうございます」
『ところで、シンジの状態はどうだ?』
「衰弱の状態が激しいので、今は集中治療室で休んでいますが、命に別状はありません」とリツコが答える
ここに、チルドレンは誰一人いなかった。シンジは、シンクロ過剰による衰弱で入院。それからはなれようとしない二人である
『そうか』とゲンドウの語調には特に変化がなく感情の変化を窺えないが、それは安堵していた
<同時刻
同本部内総合病棟集中治療室>
シンジは中央のベッドで眠っていた。その隣には心配そうにその様子を覗うアスカとレイがいた
二人の目には涙が溜まり、赤くなっていた。そして、シンジの手を強く握り締めていた