第八話 静寂なる闇の底で(前編)
<ネルフ本部内シンジ専用研究室>
シンジはデスクに座っていた。そして、その前には一束の書類がある
その書類に目を通すとシンジは
「わかりました。これは、お望みのものです」と言い、その部屋にいたもう一人の男に封筒を手渡した
その男はその中を確認すると、“ニヤっ”と男らしく笑い、何も言わずに外に出て行った
男が完全に部屋から出て行くと、その部屋の奥にある別のドアから別の男が入ってきた
「いいのか?あんな男を信用して」と入ってくるなり言う男
「ええ、今のところ僕と彼の利害は一致しています。現段階では特に支障はないでしょう.それに何かあってもこちらには人質がいますしね」とシンジは”ニヤリ”と笑いながら言う
「ふっ、おまえらしいな。そのためにあの女と同じ家で暮らしているのか!でもあの男には気をつけろ」
「それは充分にわかってます。ところでユウさんが今ここにいると言う事はなんかあったんですか?」
「ああ、親父に言われてな。これを、シンに渡すようにだとよ」と言い一枚のディスクを手渡した
シンジはそれを渡されると中身を確認もせずに
「ゼーレが動き出したようですね」と言う
「ああ、急に金回りが良くなったようだな。九号機までの建設予算がすぐに決まっちまった」
「そうですか………国連の動きは?」
「それを調べる為、俺が日本に来たんだ。これから第二(東京)に行ってみる」
「ご苦労様です」
「ふっ、気にするな。好きでやってんだからな」と言うと男=鍔淵ユウジは出て行った。
シンジは一人になるとニヤリと笑い、先のディスクに目を通した
<数日後
第三新東京市内とあるクリーニングショップ>
ごく普通の朝の風景。
リツコとマヤが制服をとりに来た。シゲルは途中でこの二人に出会うと、その付き添いで一緒についてきた
「たまには、家の掃除とか洗濯とかゆっくりやりたいわね」とリツコは現ネルフの仕事体制について不平を言う
「そうですよね。もう、家なんてとても人の住める状態じゃないんですよ」と冗談をまじえてリツコの意見に同調するマヤ
「それは、贅沢っすよ。まだ、家に帰れるだけましですよ」と横で缶コーヒーを飲みながら言うシゲル
「まあ、そうね。ミサトのことを考えればましね」とリツコ
リツコとマヤの二人が荷物を取り終えると、三人はネルフに向かう直通の地下鉄が出ている駅へと向かった
<同市内地下鉄環状線、ネルフ本部前行き>
ネルフ職員の大半は、これらの公共交通機関でネルフに出勤している
あの三人は、駅から列車へと乗り込んだ。中は思った以上に誰もいなく、いたのは新聞を広げて座っている冬月副司令一人だけであった
それに一番早く気がついたのは、リツコであった
「おはようございます。副司令」と言うとリツコは冬月の隣に座った
そのリツコの言葉に気がつくと、冬月は新聞から目を離した
リツコと違い、ほかの二人は階級が違いすぎるため、座らずに直立不動で立っていた
「「おはようございます」」と二人がいう
「おはよう」と三人に対して答えるように言う冬月
「今日はいつも以上にお早いんですね」とリツコが言う
「ああ、今日は、上の議会に行かなければならなくてな」
「そういえば、もうすぐ選挙でしたよね。上は」
「全く無駄な事をしよる。議会などいらんのに。市政はマギに任せているのだからな」と冬月は言う
「マギがですか?」とマヤが反復して聞く
「ああ、三系統の独立したコンピューターが多数決で行っているんだ。ちゃんと、民主主義に基づいている。全く問題は無い」
「さすがは科学万能の時代ですね」と感心したように言うマヤ
「マヤちゃん、それ考え方古いよ」とシゲルがマヤの発言に対して言う
「そういえば、そっちは零号機。弐号機の稼働実験だったかな」と冬月はリツコにふる
「ええ、本日1030から、第三実験ホールで行う予定になってます」とリツコは答えた
「成功を祈るよ」
「ありがとうございます」
などと会話しているうちに列車は本部へと向かっていった
<ネルフ本部内第14エレベーター>
朝の通勤時間、ミサトは発令所に向かう為地下へ向かうこのエレベーターに乗っていた。そこに、走って乗り込もうとする加持が現れた。
ミサトはそれに気がついているが、あえて『閉』のボタンを押した
しかし、ぎりぎりのところで間に合い、同じエレベーターに乗るミサトと加持
ミサトはあからさまに嫌そうな顔をしている
「チッ」舌打ちをするミサト
よほど、加持と同じエレベーターに乗りたくなかったのだろう
「いや〜間に合った、間に合った」加持は汗を拭きながらわざとらしく言う
「ケッ」加持を睨みつけるミサト
「何かあったか?かなりご機嫌斜めだな」
「来た早々、あんたなんかに会ったからよ!」
そんな事をしていると、二人の乗ったエレベーターが突然止まった。照明が消え、非常用の赤色灯に変わった
「どうしたの?」とミサトは叫ぶ
「確か今日、リッちゃん、エヴァの実験してたよな(始まったようだな)」と本心とは違う事を言う加持
「実験!ミスったかな?」と冗談だけど冗談ではなさそうな事を言うミサト
「おいおい、大丈夫か?俺たちこのまま、この中にいなきゃいけないのか?」
「大丈夫よ、すぐに予備に切り替わるわよ」と自分に言い聞かせるように言うミサト」
<同時刻
同本部内第三実験ホール横モニター室>
ここでも、同様に電力の供給が切れ、あらゆる事ができなくなっていた
「どうしたの?」と状況を把握しようと聞くリツコ
「主電源ストップ!電圧ゼロです」とマヤが即座に答える
それと同時に、その場にいた所員はリツコの責任ではいかと疑惑の目を向ける
リツコはその視線を感じ
「わ、私じゃないわよ。と、とにかくファースト及びセカンドをエヴァから回収して」と上ずった声で叫ぶ
そう言い残すと、リツコはマヤを連れて発令所へ向かった
<同本部内第一発令所>
突然の事に状況を把握しようと冬月がそこにいる所員に指示を出している
「どういうことだ?」と冬月は叫ぶ
「正・副・予備回線のほとんどがストップしています」と発令所の下にいる所員が声を上げて言う
「生き残っている電源はどれくらいだ?」
「旧ゲヒルン時代に使用していた予備回線分、1.2%だけです」
「そうか………生き残っている回線は全てマギとセントラルドグマの維持にまわせ」と冬月が指示を出す
「しかし、それでは全館の生命維持に支障が生じますが……」とシゲルが反論する
「かまわん。最優先だ」と冬月が言うと
「分かりました」と納得し作業を開始した
<数十分後
同本部内総司令室>
実験ホールにいたリツコも交えてゲンドウ・冬月が対策を練っている
「今回は一体どういうことだ?」とゲンドウがいつものポーズでリツコに向かって言う
「原因については不明ですが、マギが保守する正・副・予備三系統の回線が同時に落ちるなんて事は考えられません」とリツコが答える
「ということは………」と冬月が何かをほのめかした
「ああ、そう言うことになるだろう……これは、事故などではなく人為的なものだな。多分、日本政府関係だろう、そして、今回、マギのガードを破ったということは内部に協力者がいるな」とゲンドウ
「はい、マギにアクセスをすることが容易にできるB級勤務者以上の技術部在籍のものである可能性が高いと考えられます」とリツコは悲しそうに言う
「……ねらいは本部施設の探索か?!」と冬月
「ああ、復旧ルートから進入を図ってくるだろう」
「では、マギにダミープログラムを走らせます。そうなれば、探索が困難になるでしょう」
「そうか、では頼む…」
「しかし、信じられんな……」と冬月
「ふっ、やはり、人間の敵は人間と言う事だ」とゲンドウは平然と言う
「全く、こんな時に使徒が来たら大変だぞ!」
と冬月が言うとゲンドウは何かを思い出したように聞く
「チルドレンたちはどうしている?」
「ファーストとセカンドは実験中だったので、回収後待機させています」
「シンジはどうした?」
「シンジ君なら、三日前に休暇願を受理したぞ。今日は確か休みのはずだが……」と冬月
「何だと…!!どういうことだ??!!」
「特に重要事項が無かったからな。不受理の理由も無かった」
「わ、わかった。今すぐに探し出せ!」とリツコに向かって言う
「はい」と言うとリツコは出て行った
<同本部大深度施設内セントラルドグマ>
休暇中のはずのシンジは何故かここにいた。シンジは中に入ろうと自分のIDを扉のスロットに通した
そこは、レベルFreeに認定されている為、ネルフでもゲンドウと冬月、シンジ以外の人物が入ることは許されていない
ここは、普段マギの完璧なセキュリティーにより守られている。しかし、今は電力不足のため、それもおろそかになっていた
シンジは数日前から本部が停電すると言う事を知っていた(あの書類にはこのことが記載されていた)。そして、それを利用し誰にばれることなく、ここにはいってきたのである。
シンジのIDが認識されその前にある扉が開かれた。そして、その部屋の中に入るとそこには、ひとつ、トランクが置かれていた。それは、加持がドイツから運んできたものだった。
シンジは、それを見ると、ニヤリと笑いながら、指紋照合をし、そのトランクを開けた。だが、その中にはシンジが予想していたものは入っておらず、空っぽだった
「ちっ」とシンジは舌打ちをした。その顔は、予想外の事態に戸惑っていた
だが、すぐに立ち直ると、部屋を出て行った
(父さん………予想以上に動いているな……委員会には何て報告するか………)などと思いながら
<同じ頃
旧東京国連軍府中総合警戒管制センター>
ここのレーダーが正体不明の物体が近づいている事を察知していた
〔測的レーダーに正体不明の反応あり。上陸予想地点旧熱海方面〕と報告される
その報告を受けた三人の戦自上官が
「多分8番目のやつだな」
「ああ、だが我々にやる事は無いだろう」
「まあ、一応警戒態勢にしておけ。きまりだからな」
とそれぞれ言う
<30分後
同所>
いくら待っても、ネルフからのアクションが無い為困惑していた
「第三東京の方はどうだ?」
「動きがみられません。沈黙を守ったままです」
「いったい、ネルフの連中はなにを考えているんだ?!」
「とにかくこちらから連絡するしかないな」
「どうやってですか?現段階では回線がつながりませんよ」
「直接行くんだよ。第三に」
そう上官に言われると納得したのか
「わかりました」と言って一人その場を発った
<再び
ネルフ本部内第一発令所>
ここでは、回線の復旧と並んで、マギの使える範囲内でのシンジの探索が行われていた
しかし、ただでさえマギの能力は平常時よりもかなり落ちているのに、それに加えて、シンジがすぐにばれないようにとマギに工作してあって、なかなかその所在を見つけだすことは容易ではなかった
「シンジ君の所在はつかめた?」と作業を続けているマヤに言うリツコ
「いえ、まだです」とマヤは答える
「………そう、なら、続けてちょうだい。これ以上なにか起こったら(使徒の出現など)私たちだけじゃ対処しきれないわ」と顔をしかめる
このときリツコは、今回の件にシンジも関係しているのではないかと言う事をうすうす感じていた
<同じ頃
同本部大深度施設内セントラルドグマ>
シンジは一通りの作業(自分がここにいるという証拠を隠滅すること・目的物の現在の保管場所を調査すること)を終えると、上に行くためにエレベーターに向かった。目の前までくると、そこの横に設置されているスロットに自分のIDを通し、エレベーターをよんだ。だが、エレベーターはいくら待ってもこなかった
それは、現在セントラルドグマとマギの維持に全電力を回しているため、余分な移動機関まで電力が回っていない為であった
「困ったな〜」と全く困っていない表情で言う
シンジは、仕方なくその場に座り
「電力が復旧するのを待つか……急ぐ必要もないだろう」と言った
このとき、シンジは使徒が近づいている事を知らなかった