太田道灌
扇谷おうぎがやつ上杉定正の臣。江戸城をはじめ河越城、岩付城を築く。 文明十二年(1480)太田道灌の活躍により長尾景春かげはるの本拠日野城(埼玉県荒川村)攻略し5年間にわたる長尾景春の乱が終結する。 文明十八年(1486)太田道灌は扇谷おうぎがやつ上杉定正に相模糟屋で暗殺された。 太田道灌の暗殺を契機にして山内上杉氏と扇谷上杉氏は関東の武士を二分して全面的な武力抗争である長享ちょうきょうの乱を展開する。