資本主義の終焉と歴史の危機 水野和夫著
21世紀の「価格革命」は、「電子・金融空間」でつくられた「過剰」なマネーが新興国の「地理的・物的空間」で過剰設備を生み出し、モノに対してデフレ圧力をかける一方で、供給力に限りがある資源価格を将来の需給逼迫織り込んで先物市場で押し上げる。1990年代の原油価格は平均で1バレル19.7ドルでしたが、現在は100ドル前後ですから、約5倍になっています。西欧的な近代社会は途上国から資源を安く購入することで成り立っていたのですが、途上国の近代化によってその条件がもはや消滅してしまった。先進国が輸出主導で成長するという状況は現代では考えられません。自国の通貨安政策によって、輸出が増加できるのは、先進国のパワーで途上国をある程度押さえつけるような仕組み、つまり資源を安く買い叩くことができる交易条件があった1970年代までの話です。
いちはやく日本が資本主義の限界を迎えていることは、1997年から現在に至るまで、超低金利時代がこの国で続いていることが立証しています。中小企業・非製造業の利潤率が1973年にピークをつけ、その時点で国内においての拡大路線が終わったことを示唆している。近代社会を特徴づけていた大量生産・大量消費がピークを迎えたことになります。日本では1970年半ばに「地理的・物的空間」の縮小傾向が明らかになりました。バブル生成とその崩壊も、グローバリゼイションも、もとをただせば1970
年代半ば以降のフロンティア消滅に起因している。
バブルとは、資本主義の限界と矛盾を覆い隠すために、引き起こされるものである。資本主義の限界とは、資本の実物投資の利潤率が低下し、資本の拡大生産ができなくなってしまうことです。投資家や資本家はもはや実物経済では稼げない。そのため、土地や証券といった「電子・金融空間」にマネーを注ぎ込み、バブルを引き起こすことで、資本主義が正常運転しているかのような偽装を図るのです。しかし、「地理的・物的空間」での利潤率低下を覆い隠そうとしてバブルに突入したという点で偽装ですから、すぐにその矛盾はバブル崩壊という形で露呈します。バブル崩壊すれば、信用収縮が起き、名目GDPが縮小します。そして、バブル崩壊の後に待っているのが、賃金の減少や失業です。それに対処するという名目で国債の増発とゼロ金利政策が行われ、超低金利時代と国家債務膨張の時代へと突入していきます。利潤極大化を最大のゴールとする資本主義は、資本の自己増殖のためにバブル経済を厭わないことによって、超低金利というさらなる利潤率の低下を招いてしまう。アベノミクスのごとく過剰な金融緩和と財政出動、さらに規制緩和によって成長を追い求めることは、危機を加速させるだけであり、バブル崩壊と過剰設備によって国民の賃金はさらに削減されてしまうことになります。
そもそも資本主義自体、その誕生以来、少数の人間が利益を独占するシステムでした。ヨーロッパのためのグローバリゼイションの時代である1870年から2001年までは、地球の全人口のうちの約15%が豊かな生活を享受することができました。この15%は、ヨーロッパ的資本主義採用した国々で、当然アメリカや日本もそこに含まれます。日本の「一億総中流」が実現できたのもこの時代です。しかし、逆に言うと、世界総人口のうち豊かになれる上限定員は15%前後である。20世紀までの130年間は、先進国の15%の人々が、残りの85%から資源を安く輸入して、その利益を享受してきたわけです。資本主義が決して世界のすべての人を豊かにできる仕組みではないことは明らかです。現在の新自由主義者が唱えている規制緩和とは、要するに一部の強者が利潤を独占することが目的ですから、そのような政策を推進していけば、国境を越える巨額の資本や超グローバル企業だけが勝者となり、国内の企業や中流階級はこぞって敗者に転落していくに違いありません。
「世界の工場」と言われる中国ですが、輸出先の欧米の消費は縮小しています。この先、1990年代から2000年代前半までのような消費を見込むことは不可能です。アジアの中でも中国は、日本、韓国、ASEAN諸国と領土問題を抱え、関係は悪化するばかりですから、対アジアの輸出も今後は翳りを見せることでしょう。かといって、中間層による消費がか細い中国では、内需主導に転換することもできません。いずれこの過剰な設備投資は回収不能となり、やがてバブルが崩壊します。中国でバブルが崩壊した場合、海外資本、国内資本いずれも海外に逃避していきます。そこで中国は外貨準備として保有しているアメリカ国債を売る。中国の外貨準備は世界一ですから、その中国がアメリカ国債を手放すならば、ドルの終焉をも招く可能性もあると言える。中国バブルの崩壊後、新興国も現在の先進国同様、低成長、低金利の経済に変化していきます。つまり世界全体のデフレが深刻化、永続化していく。資本主義の暴走に歯止めをかけなければ長期の世界恐慌を経て、世界経済は定常状態へと推移していく。定常状態とはゼロ成長社会と同義です。ゼロ成長社会といのは、人類の歴史のうえでは、珍しい状態ではありません。一人あたりのGDPがゼロ成長を脱したのは16世紀以降のことです。この後人類史でゼロ成長が永続化する可能性は否定できません。資本主義の次なるシステムが見えていない以上、資本の暴走を食い止めながら、資本主義のソフト・ランディングを模索することが、現状では最優先されなければなりません。
超マクロ展望 世界経済の真実 水野和夫・萱野稔人著