2階の外壁を本格的に修理することになった。 台風並に強い横風が吹くと雨漏りがどうにもならなくて。 独り暮らしに一軒家はホントに重いわい。 かなわんなあ・・と思って家を眺めていたら、2階部分が若干傾いていることに気付いた。 そういえば、2階は扉が開きにくくなっているし、壁がひび割れるのもそのせいだろうと推測できる。 2階の壁側が重すぎるんじゃないか。 父の書斎には壁に備え付けの本棚があって、ぎっしり本が詰まっているし、両親の寝室にはタンスが壁際に並べられている。 壁を修理するだけじゃなくて、根本的にモノを捨てないとダメだ。 母が亡くなって6年、父が亡くなって3年半も経って、私はやっと片付けを始めた。 とにかく凄い量だった。 リサイクルの日は月に一回しかないから、その日に合わせて捨てるモノを準備したところ、書籍が500Kgぐらいと衣服が150Kgぐらい出てきてしまったのである。 1階へ下ろすだけでも尋常じゃない。 そりゃ家も傾くよ。 台車では運びきれなくて、車で3回往復するハメになった。 それでも全部じゃないところがなお凄い。 片付けていて、うちの親はホントにアホだな、と思って呆れた。 父親の部屋にはろくに読んだとも思えない高価な本がいっぱいため込まれていて、これに一体いくら使ったのか、計算するのも恐ろしい。 おじいちゃんの影響か、学者みたいな暮らしに憧れていたのかもしれん。 かなり前から扉が閉まりにくくなっていたのに、本のせいだと気づきもせず、せっせーせっせと本を買ってたんだよ、うちの親父は。 母親は母親でやたらと服をため込んでいた。 着もしない服を衣装ケースにせっせと詰めては、防虫剤を入れて守っていたようだ。 置くところがなくなって、車庫に衣装ケースを並べ始め、車の置き場がないから、近所に駐車場を借りていた。 馬鹿な話だよ。 着ない服を維持するために、費用がどんどん嵩んでいくという。 母の死後、駐車場借りるのがもったいないからといって、服を2階へ運んじゃったのは私たちだが。 うちは共働きだったから、お金はかなりあった。 実際お金は結構使っていたはずなんだ。 私も贅沢させてもらった。 でも、なんかビンボー臭かったな、二人とも生き方が。 大事なところにお金をかけず、どうでもいいところにお金を使っていた感じ。 もっといいお金の使い方があっただろうに、と片付けながら私は思った。 二人とも若い頃は貧しかったから、モノを持ってるのが嬉しかったってのはあるんだろうけどね。 私も人生残りそう長くはないし、もっと上手くお金を使いたい。 でも、具体的にどうしたらいいのか、が分からないから困ったもんだ。 全然私に懐こうとしない姪達に財産を残すのもシャクに障るし、なんかいい使い道を見つけなきゃいけないとは思っている。 <余談> 無駄なお金の使い道の最たるモノが、誰も弾かないピアノ。 昔は中流の証として皆が買ったし、我が家にもある。 これも私が処分しなければならない。 |