松井秀喜が引退を発表した。 引退報道が出た翌日に発表するとは、また唐突な話である。 それにしてもワールドシリーズでMVPを獲得してから、まだ3年しか経っていないのに。 まあ、三十代後半の3年は確かに大きいけどね、特に精神面で。 野球のような繊細なスポーツでは尚更だろう。 それにしても残念なことだ。 また一つ楽しみが減った。 もう松井が活躍する姿を目にすることは出来ない。 これからはワールドシリーズMVPを獲得した時に録画したニュース番組でも観るより他になくなった。 つい先日も観たばかりなのだが、さっきもまた観たところである。 このビデオを観るたびに私は思い出す、松井がMVPを取った日に私に起こったことを。 あの日、ネットで松井がMVPを獲得したことを知った私は、すべてのニュース番組を録画するために、いつもより少し早く帰ろうとしていた。 自転車で5分のところにある我が家に帰るのは造作も無いことのように思えた。 しかしこんな日に限って、なぜか昨年転出したA君が夕方やってきたのである。 そして、帰ろうとする私を引き留めた。 特別急ぎでもない仕事の話を延々するのである。 30分ぐらいはつきあったが、いい加減、私も怒った。 「松井がMVP取ったんだぜ!そんな話してる場合じゃないだろ!おまえも帰れよ!」ってね。 A君も巨人ファンだったのである。 それでもA君は帰らせてくれない。 私がぶち切れて席を立とうとしたところで、ようやくA君は白状した。 実はサプライズ送別会をやることになっている、というのである。 つまりそれは私の。 自分が幾度となく他人(ひと)様の送別会をやってきて、もう私はウンザリしていた。 確かに他人様の送別会をやらないわけにはいかないだろう。 しかし、自分の送別会に出席しない権利ぐらいはあるのではないか。 私は自分の送別会を拒否した。 「やるなら俺のいないところでやれ。『ホントに惜しい人をなくしたねぇ』とかみんなで言えばイイじゃん」とかいって幹事のF君を困らせたものである。 そこでA君が一肌脱いで、サプライズ送別会を企画したようであった。 ばれると私が逃げるから、他のメンツが集まるまで、A君はナイショで足止めをしていたのだ。 酷くばつが悪かったね。 こっちは半切れ状態だったから。 しょうがないじゃん、だって松井がワールドシリーズでMVP取ったんだから。 結局あの日は19時のニュースに間に合わなかった。 だから私が観るのは、いつも決まって21時のニュースからである。 それには第6試合の第2打席が映ってない。 第2打席のセンター前ヒットを観るには、報道ステーションの方を観なければならないのである。 まあ、結局全部観るんだけどね。 松井秀喜の活躍は私に喜びを与えてくれた。 私にとって彼以上の存在は他に見当たらない。 しかも、松井のことを思い出すたびに、私はかつて自分が辛うじて人間世界とつながっていた日々をも思い出すことが出来るのである。 まったく、どこまでも有り難い男であった。 |