叶わなくても一向に構わない夢

叶わなくても一向に構わない夢 2002_01_08〜10

 

正月休みも終わろうとしていた1月6日、私は少し大きめのカレー皿を買った。
休みの明けるのが堪らなく寂しくて、何かしてみたかったのである。
「何かする」ためには、更に「シルク」のカレーも必要だったのだが、これはレトルトカレーで代用することにした。
「シルク」とは、私が学生時代に毎日通った喫茶店である。

喫茶シルクではランチを出していた。
これが土曜日は特製カレーだったのである。
とても美味しかった。
平日は業務用の出来合カレーを出しているのだが、土曜日はマスター特製の激旨カレーに変身するのだ。(日によっていくらか出来は変わるけど)

ここの食事は量がそもそも多かった。
私達はラグビー部員だからということもあって、特に山盛りで出してくれる。
開店当時から喫茶シルクはラグビー部員のたまり場だったのだ。
だが、私は満足できなかったのである。
もっと喰いたかった。

ところが困ったことに、もうこれ以上カレーを盛ることは不可能だったのである。
私が(私達が)頼む大盛りカレーは既にルーが皿から溢れており、私は(私達は)おばちゃんが運んでくるお盆に載せたままでカレーを食べていたのだ。
それでも私は喰いたかった、より激しく。
今から思えば2杯食べればよかったのだが、当時はそんなことは考えなかった。
ただひたすらに一杯の特盛りカレーが食べたかったのだ。
私は頼みたかったのである、特盛りカレーを作ってくれ、と。
頼みたいというからには、もちろん秘策があったのである、更に多くのカレーを盛る。

私はマスターにこう言う。
「マスター、お願いがあるんだけど・・・。」
マスターはきっとこう言うだろう。
「ゴニョゴニョ・・・」(多分、何?という意味)
マスターは滑舌が悪くて何を言っているのか判らない人なのである。
私は推測しながら話を進めるしかない。
「あのさ、カレーの特盛り作って欲しいんだよね。」
「ゴニョゴニョ・・・」(無理だよ!もうカレー載らないじゃん、と言うだろう)
私はすかさず、こう答えたい。
「普通に盛ったら無理だよ!
 でも、こう盛ったらどう?
 こうさ、皿の周りにご飯を盛って、堤防を作るんだよ。
 真ん中のスペースにルーを入れればいい。
 いわば『堤防カレー』さ!」
マスターは私の希望を叶えてくれるに違いなかったのだ。
彼はとてもいい人なのだから。

しかしながら、私がこれを実行に移すことはなかった。
さすがに恥ずかしかったのである。
余りにも身勝手なお願いであった。
それに、マスターはきっと100円増しぐらいのお金しか取らないだろう。
気の毒でもあったのだ。

それは実に2年もの間「是非注文してみたい!」と思いながらも、遂に果たせず終わった私の夢である。
つまり冒頭の、大きめのカレー皿を買った、というのは『堤防カレー』を実現させてみようじゃないか、というものだったのである。
当時の私はご飯3合ぐらいはペロリだったのだが、残念なことに往年の食欲はもう無い。
いつも通り、1.5合ほどのご飯を炊いて『堤防カレー』に挑戦した。

ところがである。
これはご飯が足りなかった。
1.5合では精々レトルトパック2個分のルーしか堰き止めることが出来なかったのだ。
思い返してみれば、シルクのお皿は更に一回り大きい。
おそらくあの皿に堤防を作るとすれば、2.5〜3合くらいは必要だったろう。
大盛りカレー2杯分に相当する量だ。
ああ、喰いたかった・・・。

まあ、しかし、考えてみれば、こんな夢は叶わなくても一向に構わないのである。
どうせ味は一緒なのだから。
量が多いだけ。
しかも、叶えようと思えば、今も叶えられる夢である。
シルクは今も存在しているはずなのだ。(つぶれたら、必ず誰かが伝えてくれるに違いないから)

むしろ叶わなくていいのかもしれない。
私はこうしてレトルトの『堤防カレー』を食すだけで、シルクで過ごした怠惰な日々を思い起こすことが出来るのである。
今の自分であの時を過ごすことが出来たら、なんだって出来ていただろうに、なんて思ったりもするのだが。
残念なことに、いま私が得ているものは、失ってきた日々とのひきかえであった。
『堤防カレー』が無性に喰いたかった日々もまた私の一部である。



<余談>

6、7、8、10日と4回に渡って『堤防カレー』に挑戦した。
しかし残念なことに、私がもっとも美味しいと認定している「カリー工房」が手に入らない。
手に入れた暁には、是非3パック分の『堤防カレーに』にチャレンジしてみたいところである。
堤防はあくまで高く、そびえるほどに。

ちなみに私はキレンジャーなので、毎日カレーを食べても平気なのである。
むしろ本懐。


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