正月休みも終わろうとしていた1月6日、私は少し大きめのカレー皿を買った。 休みの明けるのが堪らなく寂しくて、何かしてみたかったのである。 「何かする」ためには、更に「シルク」のカレーも必要だったのだが、これはレトルトカレーで代用することにした。 「シルク」とは、私が学生時代に毎日通った喫茶店である。 喫茶シルクではランチを出していた。 これが土曜日は特製カレーだったのである。 とても美味しかった。 平日は業務用の出来合カレーを出しているのだが、土曜日はマスター特製の激旨カレーに変身するのだ。(日によっていくらか出来は変わるけど) ここの食事は量がそもそも多かった。 私達はラグビー部員だからということもあって、特に山盛りで出してくれる。 開店当時から喫茶シルクはラグビー部員のたまり場だったのだ。 だが、私は満足できなかったのである。 もっと喰いたかった。 ところが困ったことに、もうこれ以上カレーを盛ることは不可能だったのである。 私が(私達が)頼む大盛りカレーは既にルーが皿から溢れており、私は(私達は)おばちゃんが運んでくるお盆に載せたままでカレーを食べていたのだ。 それでも私は喰いたかった、より激しく。 今から思えば2杯食べればよかったのだが、当時はそんなことは考えなかった。 ただひたすらに一杯の特盛りカレーが食べたかったのだ。 私は頼みたかったのである、特盛りカレーを作ってくれ、と。 頼みたいというからには、もちろん秘策があったのである、更に多くのカレーを盛る。 私はマスターにこう言う。 「マスター、お願いがあるんだけど・・・。」 マスターはきっとこう言うだろう。 「ゴニョゴニョ・・・」(多分、何?という意味) マスターは滑舌が悪くて何を言っているのか判らない人なのである。 私は推測しながら話を進めるしかない。 「あのさ、カレーの特盛り作って欲しいんだよね。」 「ゴニョゴニョ・・・」(無理だよ!もうカレー載らないじゃん、と言うだろう) 私はすかさず、こう答えたい。 「普通に盛ったら無理だよ! でも、こう盛ったらどう? こうさ、皿の周りにご飯を盛って、堤防を作るんだよ。 真ん中のスペースにルーを入れればいい。 いわば『堤防カレー』さ!」 マスターは私の希望を叶えてくれるに違いなかったのだ。 彼はとてもいい人なのだから。 しかしながら、私がこれを実行に移すことはなかった。 さすがに恥ずかしかったのである。 余りにも身勝手なお願いであった。 それに、マスターはきっと100円増しぐらいのお金しか取らないだろう。 気の毒でもあったのだ。 それは実に2年もの間「是非注文してみたい!」と思いながらも、遂に果たせず終わった私の夢である。 つまり冒頭の、大きめのカレー皿を買った、というのは『堤防カレー』を実現させてみようじゃないか、というものだったのである。 当時の私はご飯3合ぐらいはペロリだったのだが、残念なことに往年の食欲はもう無い。 いつも通り、1.5合ほどのご飯を炊いて『堤防カレー』に挑戦した。 ところがである。 これはご飯が足りなかった。 1.5合では精々レトルトパック2個分のルーしか堰き止めることが出来なかったのだ。 思い返してみれば、シルクのお皿は更に一回り大きい。 おそらくあの皿に堤防を作るとすれば、2.5〜3合くらいは必要だったろう。 大盛りカレー2杯分に相当する量だ。 ああ、喰いたかった・・・。 まあ、しかし、考えてみれば、こんな夢は叶わなくても一向に構わないのである。 どうせ味は一緒なのだから。 量が多いだけ。 しかも、叶えようと思えば、今も叶えられる夢である。 シルクは今も存在しているはずなのだ。(つぶれたら、必ず誰かが伝えてくれるに違いないから) むしろ叶わなくていいのかもしれない。 私はこうしてレトルトの『堤防カレー』を食すだけで、シルクで過ごした怠惰な日々を思い起こすことが出来るのである。 今の自分であの時を過ごすことが出来たら、なんだって出来ていただろうに、なんて思ったりもするのだが。 残念なことに、いま私が得ているものは、失ってきた日々とのひきかえであった。 『堤防カレー』が無性に喰いたかった日々もまた私の一部である。 <余談> 6、7、8、10日と4回に渡って『堤防カレー』に挑戦した。 しかし残念なことに、私がもっとも美味しいと認定している「カリー工房」が手に入らない。 手に入れた暁には、是非3パック分の『堤防カレーに』にチャレンジしてみたいところである。 堤防はあくまで高く、そびえるほどに。 ちなみに私はキレンジャーなので、毎日カレーを食べても平気なのである。 むしろ本懐。 |