残酷な現実

残酷な現実 2010_07_16

 

折角だから日本中、色んなところに住んでみたい。
どうせ家からあんまり出ないわけだし、衣食住が整いさえすれば、基本的に私はどこに住んでも構わないのだ。
通販が普通に使える地域でないとちょっと困るが。
そういう意味では離島・海外は駄目だ。
さてどこに住んだものか。
一回ぐらい北海道の冬とか経験してみた方がいいのかなー、などと考えていたところ、そういうワケにもいかなくなった。
介護施設に預けてあったおとっつぁんが入院してしまったのである。

熱が引かないということで、併設されている病院におとっつぁんが入れられたのは3ヶ月以上前のことである。
こういう事は前からよくあって、グループ全体で医療費を搾取しているのではないかと私は疑っていたが、こっちは預けちゃってる身だからあまり大きな事は言えない。
入院させるといわれれば、いわれるままである。
幸いにして、加入している互助会から自己負担分の医療費が払い戻されるため、経済的な損失は全くない・・・どころかむしろプラスになるぐらいだった。(介護施設の費用が浮くから)
別に問題はないかのように思われた。

しかし、入院しているとなると、さすがにちょっと実家を離れにくくなった。
治るか死ぬかしてくれないと私は遊びに行けないのである。
私は子供の頃からあまりおとっつぁんの事を大切には思っていない。
おっかさんが死ぬのは心底かなわんかったが、正直、おとっつぁんはそうでもないな。
とはいえ、さすがに死んで欲しいとは思わないよ。
まあ、早く直って介護施設に戻って欲しいと、少なくとも形式的には言えたわけである。

その後、熱が下がらないうちに、今度は小腸から下へ食べ物が流れなくなってしまった。
どうも小腸のどこかが詰まっているらしく、上に戻ってきてしまうのだ。
やむを得ず、点滴で栄養を補給するしかなくなった。
もともとパーキンソン病に痴呆を併発しており、体が弱ってきていることもあって、医者はあまり積極的に治す気もない様子。
CTスキャンとかやればいいのに、と思うのだが、小腸は調べようがない、他の病院に打診したが受け入れてもらえなかった、と言ってそのままの状態に。

点滴だけでも人間は生きられる。
何事もなかったかのように3ヶ月が過ぎたある日のことである。
病院から呼び出されて行ってみると、介護施設の担当者も一緒に出てきた。
すると、契約書に書いてある通り、3ヶ月が過ぎたので、預かり契約を解除させていただきたい、と言い出したじゃないか。
えー!酷いよ。
入るの随分苦労したのに・・・。(母と兄が)
なんだか裏切られたような気分であった。
契約は契約だし、介護施設も定員を空けておくわけにはいかないだろうから仕方ないのだが、おとっつぁんは帰る場所が無くなってしまった。

おそらくおとっつぁんが治ることはないだろう。
入院したまま、少しずつ衰弱していく可能性が極めて高い。
そういう意味では介護施設から追い出されても追い出されなくても、実態としては何も変わらないわけだ。
しかし、私は「治って欲しい」と嘘でも言えなくなってしまった。
だって万が一治ったら、私が介護する羽目になっちゃうよ。
今どき兄嫁さんにはやらせられない。
かといって、自分がおとっつぁんの介護するなんて考えられないな。
そんな覚悟は私にはない。

実の親に治って欲しいと思うことすら許されない、こんな残酷な現実があるとは思いも寄らなかった。
治りはしないけれども死ぬほどではない、という都合のいい状態を希望するより他になくなったのである。
幸運なことに、希望しなくてもその通りになっているので、治って欲しいフリをしてもバレることはないはずなのだが。



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