海部川 2001.4.28〜30
1.夢にまで見た海部川
朝7時、神戸の桂宅に到着した海野車に乗り込み、いざ行かん海部川。天気はうす曇。これから下り坂の予報。まあ何とかなるさ、清流が待ってるぜ!明石大橋、鳴門大橋を渡り、四国上陸。休むまもなく車を走らせ、ひたすら南に向かう。
海野の車には、「インディストラクティビリティー号の冒険〜海部川漕艇記」のコピーが用意されており、これを材料に川談義に花が咲く。「ものすごく危険な川みたいじゃない」と海野。「あの時は増水していたからで、普段はそうでもないとうメールをもらったよ」と私。さて、今回の海部川はどのような顔で迎えてくれるのだろう。早くその清らかな笑顔を目にしたい。胸の高まりが激しさを増し、今にも張り裂けてしまいそう。
海部川目前の牟岐町のスーパーで食料の買出しをすませ、いよいよ海南町。11時前だ。に海部大橋につながる上り坂が迫ってきた。いよいよ海部川だ。見逃さないぞ!胸の高まりはピークに達する。
2.水がない!
車はすぐに橋の中央部に差し掛かる。草の生い茂った場所を過ぎたその時、白く乾いた河原の砂利が目に飛び込んできた。「あれ、水がない!」
海に注ぐ豊かな流れを疑う余地など全くなかった。一体どうなっているんだ。水の流れている部分は、白い砂利の部分の3分の1程度。車は橋を渡り右折、上流に進路を取る。「ちょっ、ちょっと水が少ないみたいだけど大丈夫。見たじゃろぉ、水はきれいだったじゃないか」焦りの色が隠せない。
とにかく川がよく見えるところで様子を見てみよう。上空をよぎる高圧電線をくぐった直ぐ先のカーブで車をとめた。上流からの弱々しい流れは、所々途切れているようにも見える。「まずいよ。こんな流れじゃカヌーなんてできない」
桂も車から降りてきて叫ぶ。「何ぃ!水がぜんぜんあらへん!」
慌てて目を下流に向ける。本当に驚いた。川の水がここで途絶えている。河口までのツーリングはできない。それどころか上流はもっとカラカラかもしれない。夢にまで見た海部川。川選びのミス?いや、絶対大丈夫だ。絶対に!
「えぇやん、無理にカヌーせんでも。釣りしよう。釣り!」と桂。そうはいかない。そんな半端な思いでここまで来たんじゃない。「何と言われようがカヌーをやるぞ!」と決意を新たにすると、一つの情景が脳裏を掠めた。「大丈夫。急な山を一気に駆け下って来るから、みんな伏流水になってしまっているんだ。うちぬきの加茂川もそうだったじゃないか。」
気を取り直し更に上流に進む。少ないながらも水量が安定してきた。カヌーは可能だ。最悪の事態は避けられた。ほっと胸をなでおろす。美しく澄んだ淵のあるさんげん岩で、買ってきたすしを食べた。
3.カヌー担いでスタート
スタートポイントはさんげん岩の少し上流、左岸から流れ込む支流小川谷川。唯一河原にアクセスできる場所だ。
本来なら水を豊かにたたえ、カヌーをするのに何の支障もない小川谷川だが、今は水量不足ですっかり干上がり、本流までの約200メートルの大部分を、カヌーを担いで進まねばならない。本流まで行けばカヌーに乗れるのだから贅沢は言えない。せっせと組み立て12時50分にスタートした。
小川谷川でカヌーに乗れたのはほんの数メートル。大半を、カヌーを担ぐかロープで引くか。無理してカヌーに乗り込んでみたが、すぐに底がつかえてしまう。もたもたしていると、カヌーをロープを引く桂にあっけなく抜かされてしまった。予想以上にしんどい道のりだった。
視界が開け本流が目に飛び込んできた。いよいよ本当のスタート。気を引き締めてカヌーを流れに乗せる。
「すごい。すごくきれいだ!」
すぐにパドルの動きを止め、波が立たないように川の流れにカヌーを任せて水面を見入る。川底の玉砂利がはっきり見える。まるで宙に浮いているようだ。
そのままの姿勢で瀞場に流れ込む。ゆっくり漂うカヌーの下をたくさんの魚が過ぎる。岩の間のから大きな魚が飛び出してきた。頬が一段と緩む。
4.さんげん岩
パドルを握り直しバウを下流に向ける。次第に浅くなりカヌーが底にかかる。またカヌーをロープで引かなくてはならない。目の前にさんげん岩がせまる。インディストラクティビリティー号の冒険では大変危険な場所として紹介されている。
確かに大きな岩が露出していてルート選びが難しそうだが、流量が少なく、沈するよりも先に底につかえてカヌーを引くことになるだろうと、そのまま突入する。
幅4、5メートルほどの流れの下にたくさんの岩が隠れていて、ゴツゴツと底をけずりカヌーがゆれる。後ろを振り返ると海野は早々と艇を降りロープを引いている。海野が乗るダッキーは底が平らなので、起伏のある浅い流れでは引っかかりやすくなる。
私も何度か底の岩につかまり停止したが、パドルで底をついて抜け出す。この調子ならカヌーに乗ったままさんげん岩をクリアできると思ったところ、左前方に大きな四角い岩がせり出し、流れが一段と狭くなる。結局ここの先はロープを引ひて歩いた。
先ほど昼食をとった瀞場まで下ってきてしばし休憩。さすがにくたびれた。カヌーを出て上陸した桂と海野をよそに、私はコックピットに座ったまま、淵めがけてルアーを振り込む。意外にも一投目から竿に確かな手ごたえ。「ヒット!フィッシュオン!」テレビのつり番組でしか耳にしたことのない言葉を連呼した。狙い通りウグイだ。
魚は釣れたし川はきれい。少々カヌーが引っかかり底をけずったってへっちゃら。ここから先は一段と気分よく川を下った。
5.快適なキャンプ
この日は樫ノ瀬の橋を少し過ぎたところで上陸。時刻は4時前。広い河原と、一段上がったところに車を止めることができる場所があり、キャンプ可能だ。
とりあえずここをキャンプ地候補として、出発地点に止めた車を取りに行くことしする。バスが来るのは2時間後なので、あてのないまま上流に向けて歩く。しばらく行くと、樫ノ瀬橋の袂、道路脇の売店の前に1台の自転車を発見。これを借りるしかない。
「こんにちは」と扉を開け売店に入る。「小川口まで行きたいんですけど、自転車貸してもらえませんか。直ぐに戻ってきますから。カヌーで下ってきたんです。」
中には野良仕事を終えたおばあさんが3人、ユンボで載りつけた年配の男性が1人くつろいでいた。突然舞い込んできた珍客に戸惑い、何のことかわからない様だ。
「そうなんです。カヌーで下ってきたんです。いや本当にきれいな川ですね」と話しているうちに打ち解けてきて、ユンボの男性が、「わしは仕事中で無理なので、頼んでみてやるわ」と、売店を出て向かいのおとり鮎店に案内してくれた。鮎店のご主人は二つ返事で引き受けてくれ、海野を車に乗せ小川口に向かう。
残った私と桂は売店に戻りお婆さんたちと話をする。水量について問うと、「毎年今の季節は少なめだが、今年は特別少ない。何十年かぶりではないか。轟の滝でも水が少なくなっているそうだ」ということだった。
海野が戻ってきた。「良いキャンプ場所を教えてもらった。出発地点の直ぐ近く。下見もしてきた」というのでそこへ向かう。カヌーを置いている場所を離れるのは少々気がかりだが、海野の言うことだ、間違いないだろう。
たどり着いた場所は、さんげん岩の少し上流、小川口集落の対岸。先ほどカヌーを浮かべ、水質を堪能した所だ。キャンプ地として申し分ない。急ぎテントとタープを張り、釣りをしたりしながらぼちぼち夕食の準備にかかる。
今夜のメニューはチーズフォンデュ。持参した本を見ながら悪戦苦闘。期待した以上に美味しく楽しく仕上がった。当初乗り気でなかった桂が、翌日には「俺、今夜も昨日と同じで良いよ」といったことからも、その充実振りがうかがえる。桂は食後に、残ったワインをガブガブやっていたので、ひょっとしたらそっちが目当てだったのかも知れない。
6.またしても雨の2日目
翌日は朝から雨。のんびり過ごそうということになる。このところツーリングに出かけるたびに雨に出くわす。恒例となった雨男探しをやる。竿を振る。ビールを飲む。ラーメンを食べる。昼寝をする。
正午を過ぎ、上流の轟の滝へ向かう。豪快な滝だ。滝の真下近くまで入り込み見上げる。ここが清流の源だ。興奮してたくさんの写真を撮った。ここの売店にあった三好和義写真集「阿波の楽園 海部川 知られざる清流」を購入。完全に海部川に魅せられてしまった。
この後、宍喰温泉へ行く。ここには大勢のサーファーが集う。バイク、車の旅人が休憩している。汗を流すと急に海部川の清流が恋しくなってきた。
7.最終日 思いっきり楽しむぞ!
3日目、5時に目を覚ます。雨は上がっているが分厚い雲が空を覆う。ひんやりと肌寒い。コーヒーで体を温めた後、ルアーを振り込む。「来た!大きいぞ」慎重に取り込んだ。ウグイだ。確かに大きいぞ。写真を撮ってもらおうと、桂を起こす。海野も起きてきた。
手早く朝食を済ませ、8時過ぎにキャンプ地を後に。いよいよカヌーツーリング再開。初日の上陸地点に戻りカヌーに乗り込む。
スタート直後、右岸から流れ込む細い支流と合流した後、川は左方向へ流路を変え、幅4メートルぐらいの真っ直ぐな水路となる。流れも速くなり快適に進む。約200メートル過ぎいよいよ直進部が終わろうとするところ、流れの真ん中に隠れ岩があった。
うかつにも私はそこにすっぽりはまり込み身動きがとれない。一つだけ突き出した岩で、パドルを水の中に差し込んでも何の手応えもない。流れに押されカヌーが反転。このまま沈してしまうのかと覚悟を決めたが、なんとか無事解放された。
ほっと胸をなでおろしているうちに淵に流れ着く。深く青い淵だ。水深5メートルぐらいだろうか。底の玉砂利がはっきり見える。水質は引き続き抜群だ。桂艇の浸水が激しく、水抜きのためここで上陸し小休止。ルアーを振り込むが手ごたえはなかった。
休憩を終え再スタート。間もなく堰が現れる。水量が少ないために堰の内側水はなく、真っ白な砂ばかりたたえられている。右岸からカヌーを担いで堰越え。堰の下側に埋め込まれた四角いブロックの間に隠れていた魚たちが、われわれの姿に驚き大騒ぎをしている。
しばらく国道に沿って南下した後、川は左に大きく蛇行し国道から離れる。視界が開け、川幅いっぱいに広がった豊かな水が目に飛び込んでくる。川幅は100メートル位だろうか。何の凹凸もなく斜面を均等に流れる水は滑走路を思わせる。
やがて川は右に向きを変える。直ぐ下に上若松の堰を控え、流れは穏やかになる。水は豊富に堆積した砂利の下に隠れてしまったようだ。静かな川面からうっすらと蒸気が立ち上る。
この堰は左側から越える。堰の少し手前にカヌーを寄せ担いで運ぶ。歩く距離約100メートル。
若松大橋を目の前にしたところで、ポツリポツリ雨が落ちてきた。広い河原には車を運び込むことも可能だ。今回のツーリングはここまでとしよう。雨をしのぐため若松大橋の下でカヌーの解体作業にかかった。