1.憧れの美々川

7月18日午後6時30分。桂と私の二人は、やっとの思いで美々橋にたどり着いた。日頃の不摂生からか仕事の疲れからか、この日の私はいつになく元気がなくて、美々駅からの砂利道で何度となく立ち止まり荷物を降ろし肩で息をついた。つらさゆえ美々川に対する期待は膨らみ、「美々川よ、名の通り限りなく美しい美しい川であれ!」と、祈るような思いで橋の上から川を眺めた。

この場所の美々川は幅3m、水深50p程度で、川底には一面に水草が生い茂っている。流れは澄んでいるが、その中に僅かながら不透明なものを感じる。川をまたぐ美々橋が大変立派で、前後の砂利道とはかけ離れた存在だったため、不覚にも「田舎の用水路」を思い出してしまった。本当に遙か彼方から飛行機に乗って来る程の川なのだろうか。不安が駆け抜けた。

美々川は千歳空港にほど近く、空港の照明で空に明るさが残り星は見えない。そんな中、二人の頭をかすめるように蛍が瞬きながらゆっくりと通り過ぎ、川の手前の草むらに飛び込んだ。静かに近づいて目を凝らして観ると、あちこちで微かな光が瞬いていた。

 

2.水源を目指せ

午前4時寒さで目を覚ました。気温は15度前後だろうか。すぐにテントから這い出す。静かな河原に鳥達の声が響きわたる。辺りの明るさが増すにつれて、鳥の声もボリュームも増してきた。テント横の木にやってきたキツツキ(アカゲラ)が太い幹をつつく姿がはっきり見える。コンコンコンと小気味よい音が響きわたる。さわやかな朝だ。

桂が目を覚ました。2人は素早く朝食を済ませ、カヌーの組み立て、テントや他の荷物をその場に残したまま、予定より1時間早い8時に出艇した。

まず川を遡り水源を目指す。あたりは完全な湿原で、ざまな水生植物が生い茂るなかを幅1メートルどの川面がぐねぐねと延びる。深さ50pほどだが、水面近くまで成長した藻(バイカモ)で埋め尽くされ底の砂は見えづらい。流れは穏やかで遡上に問題はないが、狭く蛇行した川に生い茂る藻が行く手を阻む。

 

 

群生する藻の中にカヌーを漕ぎ入れると、まるで座礁したかのようにカヌーはその場に停止してしまう。手を休め、水中に咲くバイカモの白く可憐な花を眺める。その藻の中にパドルを入れると、黒い汚れが沸き上がる。湿原からしみ出した栄養であろうか。この栄養が美々川から純粋な透明を奪っているのかもしれない。

上流に進むと、次第に周りの湿原が狭くなり、左右の木々が間近に迫ってくる。何本かは根を流れにえぐられ、水面に倒れかかっており、頭を低くしてくぐり抜ける。この木はもう何年川を跨いでいるのだろう。一体何人がこの木の下をくぐり抜けたのだろうか。豊かな自然に想像力は掻き立てられる。

 

更に進むと、これまで観たどの藻よりもひときわ美しいバイカモが現れ、目を奪われた。力強い、まさに生命力に満ち、汚れが一切ついていないその姿は、陽光に透けるガラス細工のようだ。後から来た桂もその場で水面に向けフラッシュをたいた。

藻の美しさを演出したのは、やはり流れる水だ。この辺りになると透明度が増し不純物を感じない。目的地は近い。

間もなく、深く生い茂る草をかき分けた先に細い水路を発見。この先に目指す場所があるようだ。川は一段と狭く、浅くなり、カヌーを降り歩いて進む。

腰まである大きな蕗の生い茂る森を進むこと20分、9時10分に水源に到着した。

 

3.水源に乾杯

辿ってきた道なき道の真下、土でできた小さな壁にあいた左右2つの穴の奥から、こんこんと水が湧き出してくる。穴の出口で、湧き出した水は一つの流れとなり、幅50p程度の美々川が誕生した。一匹の小さなエビ(ニッポンヨコエビ)が泳いでいた。

湧き出してくる水は身を切るほど冷たい。持ってきたウイスキーのボトルを水源に浸した。たちまちウイスキーは心地よく冷えた。この場から去り難い。

水源へのお礼、そして少々踏み固めてしまったクレソン達へのお詫びをかねて、その場から空き缶を一つずつ持ち帰ることにした。この缶を捨てた人に激しい怒りを感じると同時に、通り過ぎた人たちのことを思った。正直なところ僕自身、この場を去る直前まで持って帰る気持ちなどなかったのだから他人を批判する資格はない。

美々橋のキャンプ地の戻ったのは11時30分。何艇かのカヌーが出発したようだ。3台の無人の大型4WDが置かれていた。休憩していると、更に2台の車ががカヌーを積んでやってきた。そこは今朝までとは一変し、パドラーあこがれの川、当初予想していたにぎやかな美々川であった。

 

美々川

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