ともみち くん が 障害があって、しゃべらない、ということについて、ここのこのページにまとめておきたいと思います。
触れまいと意識していたわけでもなかったのですが、逆に、強調することでもございませんでした。
別段、内緒でもございませんし普段の会話やブログ等の話題に、普通にともみちくんも登場しています。
しかしそう言えば、予備知識なしに いきなり ともみちくんの現状が前提となった話をされても、通じにくいですよね。
カミングアウトでもなんでもないのですが、障害の現状をここにまとめておきます。
2008/10/19 記
「おたくも大変ねぇ」
情緒的な応対をして話を重たい方向にもっていきがちなかたが、たまにいらっしゃいます。
ああ別に同情はよろしいのですが、だいぶ違う想像をなさっておられると思うのですわ。
ともみちくんは障害を持って生まれて来ましたが、そのことについて嘆いたことはございません。
「ついてない」とか思ったこともないですし。
育児は大変といえば大変ですが、周りの印象ほどには大変がっていないんじゃないか、と思います。
とりあえず、常時見張っていなければならない点は、大変ではあります。ぴゃーっと飛び出しちゃう、建物から出ていっちゃう、など。
まあ、でも、総じて、楽しく毎日を送っています。
(海外で障害のことを「スペシャル」と呼んだりするそうです。この発想には、なるほどと思いました。)
2008年10月現在。
ほんとなら小学校3年生になっている頃。ですが、まともには学校にゆかれませんで、
養護学校の、3年生です。
まだ、しゃべりません。
耳や口が不自由なわけではございません。
最近この手の障害の子が多いらしいのですが、
ど、う、い、う、わ、け、か、しゃべりません。
診断名は「広汎性発達障害」。典型ではないですが自閉症の一種とされています。
ただこれでは診断できているというほどのことではございません。
要するに、「原因は分からない」。
「広汎性発達障害」と申しましても
「自閉症」と申しましても
ヴァリエーションあり過ぎで、要は、「何」と診断できない「その他の」例を
仮にそう呼んでいるに過ぎません。
「しゃべらない」と言うと、耳や口が不自由と思い込む人は案外多いようです。
「養護学校では手話を習ったりするのですか」と聞かれて、ズルッ、となったことがあります。
そうじゃなくて、ことば。
しゃべらないまでも、ことばが分かるのか、
というと、
分からない。
そう。ことば自体がなんだか分からない。
「コミュニケーションのツール」という認識がないのです。
「拾って」と言われて、足元にあるものを拾ってくれるわけじゃないのです。
保育園の頃は、「拾え」どころか「ダメ」も分からず、見通しが危ぶまれたものでした。
しかしいつまでもこのまま、ということはございません。ゆるくても確実にちょっとずつちょっとずつ成長しています。
最近は、しゃべらないものの、言われたことが分かるようになってきました。
「拾って」と言われれば拾うほどに成長しています。
「片付けて」というと、片付けてもくれます。むしろ、我が家でいちばん優秀。
習慣づいていますので、最近は言わなくても、一連の動作をしてくれます。
脱いだ靴下は洗濯かごへ。使用済みおしめはゴミ箱へ。
「その都度片付け」をしてくれるのは、この家でともみちくんだけです。
「ともみちくん、えらいねぇーー。それにひきかえチロチロチロ。」と まほさん や ままさん を見る あたくし。
最近は、発信もするようになりました。仕草で。
これは画期的なこと。発話に至る一歩です。
「お願い」というときに、拍手をして伝えようとします。拝む動作の変形でしょうか。
「お願い」という動作を見て真似たのでしょうか。手真似をする、などということは、最近までは考えられないことでした。
俄然、将来への見通しが明るくなってきました昨今。
ことばが出る日も近いか ?
注。
養護学校入学後、新たに「てんかん」という障害も出ました。
ちなみに「てんかん」というのも、診断と言うほどのものではないです。
原因が分かってて症状が出るようなものは、別の診断名が付きます。
要するに、原因がなにだか分からないもの、「その他」のものを
便宜上「てんかん」として分類しているに過ぎません。
注。
「養護学校」という名称は最近「特別支援学校」と呼び方が変わったようです。
字数が増えて、めんどくさくなりました。
注。
いつ頃からか。障害認定までの経緯。
特に外見に不思議なことがなければ、いま生まれてきた子が障害児とは気付かれません。気付いてからも、公的に障害と認定され、正しく対応がほどこされるまで、いろいろとございます。どこかいっこの機関で全ての用が足せればいいのに。めんどくさいなあ。ウチの ともみち の場合について、そのヘン、どうだったか、縷々 (るる)、ご説明申し上げます。
保育園 ==> 保健所 ==> 西部こども家庭支援センター
「目が合いにくい」ということが、気になっていました。このことには生まれてすぐに気付いてはいたのでした。が、「障害」と親がはっきり認識するのは、もっとあと。少々遅かったかもしれません。
なかなかしゃべろうとしない、それをおいても全般的に発育が遅い、ということで保母さんが 保健所に相談したらどうか、と言ってくれました。で保健所に。そしたら「西部こども家庭支援センター」というところを紹介してくれました。ただ残念ながらここでは、ともみちくんに対してなにかしてくれる、ということもなく (訓練みたいなこととか)、なんのために通うのやらさっぱり分かりませんでした。察するにここは、子のためというより母のための施設に違いなかったです。「育て方が分からない」「現実にどう向き合えばいいか分からない」などの悩みを持つ母たちが通うところのようです。そう言えば「西部」じゃなくて「東部」の家庭支援センターは「いけないと思っていてもつい子を叩いてしまう」悩みに主に応対しているとか。悪いけど、わたしら、親としての心構えを説いてほしいわけではないの。ともみちを、ここにいるとーもーみーちーをー、なんとかして欲しいのよ。ぐちをきいて欲しいんじゃないの。で、そもそも、障害なのか、ちょっと発育が遅めというだけなのか。そういうことも言ってくれません。聞いても「医者じゃないので診断はできない」と。まったく、なんのために通うのか、さっぱりです。障害、と言ってくれないので、安心材料だけ拾って帰ってくる始末でありました。
国立成育医療センター ==> 児童相談所 ==> 区役所
「障害でないはずがない」。
この頃になると医者でなくてももはや疑いなし。でも誰も障害とは言ってくれません。障害に応じた発育訓練みたいなこと、ともみちにほどこそうという機関はないのでしょうか。「西部こども家庭支援センター」の言語の先生はあくまで、最善の方策が取られている、これ以上何も追加でともみちにしてあげられることはない、と言い切ります。
ついに ぱぱ 動く。
あてにならんもんをあてにはせん。単独で調べ上げじゃ。病院など各方面に電凸。ネットでも調査。すぐまた電凸。「うちの対応は身体障害が主なのですが」との答えには「ではどこか別の病院をご存じですか」と候補を二、三、聞き出します。で、すぐ電話かけまくり。
どこからの紹介ということもなかったのですが、国立成育医療センター、という結論が出ました。そこの先生からやっと、「言うなら自閉症」ということばを引き出す。
愛の手帳 (東京都療育手帳) を取得するには、児童相談所にゆきます。
2005年2月25日。もうすぐ5歳の誕生日、という頃合いで、ようやっと、でした。
児童相談所の話によると、児童育成手当とか特別児童扶養手当とかもらえるみたい。その手続きは区役所で。めんどくさいなあ。どこかいっこの機関で全ての用が足せればいいのに。しかしいただけるもんはいただかんと。合わせて結構な額になりますがな。税とか電車・バス代とかいろんな入園料・入館料とかも有利。タダだったりつきそいの大人一人半額だったり。早く教えてくれんと。障害と認められとらんかった今まで、おかねが随分損していたがね。今じゃ、ともみちくんが我が家での稼ぎ頭だったり ? して ?
保育園 ==> 養護学校 + 要養護児童一時預かり施設
保育園は、特殊なところではなく普通の保育園でした。発育に、かえってよかったと思います。いい思い出ばかりでした。いじめる子は皆無。「ともみちくん」「ともみちくん」とみんなが競争でかまってくれたくらいです。すばらしいおともだちに囲まれて過ごすことができて、本当に運が良かったです。思えば、ともみちが普通の子たちと普通に日々送ることができるのも、このときが最後でした。
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