解き放たれた絆

私には手紙をもらうような心当たりはなかった。

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 一介の魔術師である私に組合から手紙がきたのは一週間ほどの旅から帰ってきた時だった。長いローブに身をつつんだ男が私に小さな紙を渡し、「魔術師組合からだ」というと風のように立ち去ったのだ。
 私の名はミル=セイ。この名前は、吟遊詩人だった私の祖先が自分の娘につけたもので、深い意味があるんだと父が言っていたけれど、いまだにその意味は分からない。とりあえず、旅の吟遊詩人というにはまだまだ未熟。今のところは魔術師が本業という感じになっているけれど、自分がどちらの道に進みたいのか決めかねている最中だ。どちらも自分で始めたものではなく父から教えられたものだから、本当にやりたいことは他にあるのかもしれない。

 話は変わって私に手紙の来た魔術師ギルドについて説明しておくと、これは文字通り魔術師の組合で、古代王国の遺跡から発掘される魔法のかけられたものを鑑定するなどし、その収入で様々な魔法の研究をしている組織のことだ。たとえば、古代の文字で書かれた本を今の言葉になおしたり、昔の遺跡から出土した本を調べたり。
 しかし、こんなことばっかりやっていると息が詰まるので、魔術師の四割以上は冒険者として冒険に出る。
 冒険者。それは太鼓の失われた力に魅せられたものたち。今から五〇〇年以上前に栄えていた魔法王国。その魔法は今よりもはるかに高度で、幻獣ドラゴンでさえ下僕として使っており、その栄光は永遠に続くかに思われた。しかし結局、魔法王国はその魔法の暴走によって滅亡。今ではその名残を各地の遺跡に残すのみだ。しかし、その名残ですら今の魔法よりはるかに強大で、それが大金に結びつく、それらを探し求める冒険者という職業が生まれた。謎を解き、怪物と戦い、そして栄光を夢見るものたち。
 私もそんな中の一人。自由に気ままに、自分の未来に不安など感じていない。
 しかし、魔剣探索の旅から帰ってきた時に受け取った手紙が、私の未来を大きく変えることになるとは、当の私にすら分からなかった。

 次の日、私は朝食より前に宿を出た。

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 私が宿に帰ってきたのは翌日の朝食前だった。正直言って宿に入るとき、少しためらった。仲間に無断で一日留守にした。いったいどういう顔をして会えばいいのだろうか。
 扉を開くと、テーブルにはすでに全員が顔をそろえていた。
「森の妖精と人間の間に生まれ、精霊を操ることのできる」レイアス
「知識を司る神に仕える神官」アレストラム
「赤毛の戦士」アデュー
「非力な盗賊」カロス
「刃物マニアで、大地の精霊の末裔であるドワーフの一族」フォーグル
 私が彼らと仲間になったのは特に深い理由があったわけではなく、仕事で手を組んだのが最初だった。それ以後特に別れる理由もなく一緒に冒険している。
 私は軽く微笑むと、テーブルについて食事をすることにした。
 話をどう切り出そうか迷っていると、レイアスとアレストラムが私を見て笑っているのに気が付いた。私があまり食べていないのがおかしいらしい。ダイエットがどうとかといった会話の断片が聞こえてくる。
「困ったことがあるのなら、いつでも力になりますよ」
 食事が終わるのを見計らっていたのか、レイアスが私に言った。
「あの……雇われてくれない?」
 切り出すのは今だ。そう私は判断した。そのときのみんなの表情をなんと表現すればいいのだろう。
 困惑?
 ややあってレイアスが口を開いた。
「水臭い。仲間じゃないですか。仲間というのは助け合ってこそ成立するものなのですよ」
「でも、あまり詳しくは話せません」
「あなたを信頼しましょう」
“信頼”なんだかなつかしい。
「探索したい場所があるから、護衛して欲しいの」
「それはどこだ」
 アレストラムが聞いてくる。
「来れば分かるから……」
「やはり危険なんだろうな、そこは」
「それもよく分からないの」
 彼の質問に私はろくに答えることができなかった。心の奥底で、どうしてもこえられない何かが私を縛っているような感覚。にもかかわらず、彼はこう言ってくれた。
「私は協力するのにやぶさかではないが、カロス君はどうする?」
「まあいいんじゃない?」
「おや? あなたが金抜きで動くなんてめずらしいですね。まあとにかく、われわれも時間を無駄にする訳にはいかないから、場所が分かっているのならさっそく出発しようでないか」
「じゃあ二階へ行って準備を整えてきましょう」
 と、レイアス。それを合図にみんなは冒険の準備を整えるために2階へとあがっていく。そんな中、私は“信頼”という言葉の意味を考えていた……。

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 私が向かったのは、スラムの中にある石造りの家だった。私の両脇にはレイアスとアレストラム、そしてその後ろにカロスとアデューが比較的のんびりと続き、ドワーフのフォーグルは最後尾をどたどたと歩いている。
「ここよ」
 私はその石造りの家を指し示した。
「ここは人の家ではないのですか?勝手に探索してよいのですか?」
 レイアスの疑問は予想していた。「ここは私の家だから」そう告げたときの彼の顔を私は一生忘れないだろう。何しろ彼は、一等地に一戸建ての家を建てるのが夢なのだから。
 私は無言で家の中にみんなを案内した。そして地下室へ。
 私が地下室へ下りるとき、アレストラムが何も言わずに壁に掛かっていた手提げランプをとって、私の前を照らしてくれた。いつもは神官らしからぬ行動で「破戒僧」の異名をほしいままにしている彼の、別の一面を見たような気がした。
 地下室には一枚の大きな絵がかけてある。私は、何も言わずにその絵をはずした。その裏にあるのは扉。
「“移送の扉”だ」
 カロスが呆然とつぶやく。それを聞いてアレストラムは驚きの声を上げた。
「“移送の扉”!? あの、二点間を結んで瞬間的に移動することができるという……あの“移送の扉”か」
 まず、レイアスとフォーグルが前に出た。次に私とアレストラム。後ろにカロスとアデュー。私達が遺跡を探索するときの基本的な隊列だ。
 遺跡。
 そう、扉をくぐった私達の前に現れたのは石造りの迷宮だった。
「迷宮といえば宝。宝といえば武器、刃物じゃな」
 フォーグルはうれしそうに笑っている。彼はどんな時でも、刃物がかかわると恐怖を感じないのだろうか。
 道は一〇mほど進むと左に曲がり、さらに一〇mほど進んで三つに別れていた。盗賊のカロスが偵察する。
 こんなとき、彼はいつも「なんで自分が」とぼやく。でも、ぼやきながらもきちんと仕事をするのは、自分が他の時に役に立たないことを気にしているからかもしれない。彼は私よりも力が弱いので戦いに向いていないし、人付き合いが良くないので、街での情報集めにも向いていない。そんな彼だが、罠を調べたりすることは他の誰にも負けないというのは、本人も含めた私たち全員が認めている。
 カロスが偵察から帰ってきた。道は三本とも行き止まりで、突き当りには右側は2本、中央は三本、左側は二本のレバーがあったという。
「でも、中央のは三本とも根元から折れていて、左側は一つだけ折れて いたぞ。どれもかなり昔に動かしたみたいだね」
「とりあえず押してみないと分からないのではないか?」
 アレストラムはそう言うとさっさと左側へ歩き始めた。カロスとレイアスが急いで後を追う。私とフォーグル、アデューはその後ろからゆっくりついて行くことにした。
 その瞬間、私は何が起こったのか分からなかった。
 一瞬にして三人の姿が視界から消えてしまったのだ。急いで近づいてみてようやく理解した。落し穴だ。アレストラムがレバーを押して罠を作動させてしまったらしい。カロスは何とか縁にしがみついているが、レイアス達は落ちてしまったようだ。
「大丈夫?」
 そう聞く私に、アレストラムの声が聞こえたが、ほっとしたのもつかの間だった。
「私は大丈夫だがレイアスが危ないかもしれない。それと、奥にも道が 続いている」
 私たちはロープを下ろして下りることにした。他の場所も調べたかったが、何よりもレイアスが心配だったからだ。ロープを伝って下りてみると、アレストラムが神の力を借りてレイアスの傷を治療したところだった。レイアスは顔色こそ悪いものの、しっかりと自分の足で立ち上がっている。何はともあれ、無事で良かった。
「ミルさん。この迷宮にはまだこんな危険な罠があるのですか?」
 ほっとした私にアレストラムの質問。
「何のためにここまで来たんですか?」
 レイアスの疑問。私はどちらにも沈黙をもってしか答えられなかった。「これは私の事だから」そういう気持ちが心のどこかにあったから。2人はそのまま何も聞かなかった。
“信頼”
心のどこかで警報がなっていた。
 路は二〇mほど進んだところで扉に行く手を阻まれていた。カロスが先頭に出て罠を調べる。彼はしばらく扉と格闘していたが、ややって大きくうなずいた。これは罠がなかったときの合図。それを見てアレストラムが扉を開ける。
 そこは少し広めの部屋だった。正面に扉がある以外は特に変わったものはない。扉の両脇におかれている完全武装の骸骨を除いては。
 私は驚愕した。その骸骨は竜の牙に魔法をかけて作られた、竜牙兵という怪物だったのだ。波の剣士よりもよっぽど強い。私がみんなに警告すると同時にそいつらは動いた。剣と盾を構えて突進してくる。
 カロスが指輪に秘められた魔力を解放して戦士達の武器に力を与え、レイアスは光の精霊を召還する。
 戦士達と竜牙兵との戦い。
 アレストラムは知的に、レイアスは華麗に、アデューは寡黙に、カロスは俊敏に、フォーグルは苛烈に、それぞれ竜牙兵を攻撃する。
 私はただ見ているしかなかった。
 やがて、レイアスの動きが目に見えて衰えてきた。敵の刃が彼をとらえると同時に傷口から血が噴き出す。
「危ない!」
 そう思った瞬間、フォーぐるの斧が竜牙兵の頭を粉砕する。そいつはそれで動かなくなった。私は、魔力の矢を残ったの方に飛ばす。みんなが戦っているのに自分だけが何もしないわけにはいかない、そんな気がした。やがてレイアスの槍が敵の胴を粉砕し、ようやく戦いは終わった。
 再びカロスが扉を調べ、アレストラムがそれを開くと横長の部屋に出た。手前の壁にはこの扉を含め三つ、向こう側にも一つ扉がついている。そして壁には、一面に絵が描かれていた。吟遊詩人の私には一目で分かる、これは“古の伝承者”が語り伝えた竜退治の話だ。
「なぜこんなところにこんなものが?」
 疑問を持ちつつ見上げる私をレイアスが呼んだ。ちょうどアレストラムが扉の奥へ進もうとするところだった。私はもう一度絵を見上げると、みんなの後を追った。

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 扉の奥は書斎のような部屋だった。壁には先ほどの部屋と同じように絵が描かれている。今度は王が戦っている絵だ。それを見てカロスが呆然とつぶやく。
「これは“古の伝承者”の……」
 そう、王が国を失ってから立て直すまでの話だ。カロスが知っているとは思わなかったが、詩人ならおそらく誰でも知っているだろう。
 そのとき、家具が突然震え始めた!
「ポルターガイスト!?」
 レイアスが叫ぶ。
「違うわ! これは幽霊の一種、ファントムよ」
「では死人成仏の呪文を」
「駄目よ、アレストラム。そんなもの効かないわ」
 そう、それどころか物理的な攻撃もいっさい受け付けないのだ。
 やがて机の向こうに初老のの男性の姿が現れた。向こうが透けて見える……からにはやはり幽霊なのだろう。
「ここが目標の場所ですか?」
「ええ、たぶん」
 アレストラムにそう答えながら、私はその男性から目が離せなかった。どこかで会ったことがあるような、そんな懐かしさが私を包む。
「あなたは誰ですか?」
 アレストラムは幽霊に問いかけた。
「私は“古の伝承者” そこの女性を待っていた」
「それは何故ですか?」
「彼女は私の子孫なのだ」
「それではあなたが彼女を呼んだのですか?」
「私は呼んでなどいない」
「ミルは結局、自発的にここへ来たんですね」
 最後にレイアスがそう言ったとき、私はすべてを話す気になった。
“信頼”
 それが私の気持ちを変えた。
 この家は、昔私の両親が住んでいた。両親が死んだときに、私は両親の友人に引き取られたが、家は結局「私の将来のために」ということでそのままに保管されていたのだ。ところが、この前の冒険から帰ってきたときに、あの手紙を受け取った。その手紙には、両親の親友で私の育ての親でもある魔術師が亡くなったということが書かれていた。この家は私のものなので私の手にはいるのだが、私には家など必要ない。そこで、とりあえず家具などを整理しているうちに、絵の後ろの扉に気がついたのだ。
“古の伝承者”の末裔だということは両親から聞いて知っていた。代々、何かしらの伝承を残していく家系だというが、結局“古の伝承者”以外は大した伝承を残していない。にもかかわらず、両親は私に「おまえは将来、伝承者にならなければならない」と言い続け、反抗を許さなかった。それは幼い頃から私を縛る鎖として存在し続けていたのだ。
 私がこの家の中で見つけたのはもう一つあった。古文書だ。その中には伝承者となるべく、代々この石造りの迷宮へ来ていたということが記されていた。
「私は代々伝承者の家系に我が伝承などを伝えていたのだ」
 私の話の後を継ぐように幽霊が言った。
「それで? そろそろ成仏したいのですか?」
 神官らしくアレストラムが尋ねる。
「いや、そろそろ私も外に出て歌ってみたいのだ」
「なんじゃと? どうやってじゃ?」
 フォーグルがさっぱりわからないという顔で聞く。
「そのために次の代の伝承者である彼女が来るのを待っていたのだ」
「憑依するつもりか!?」
 アレストラムが叫ぶ。
『憑依』
 相手の肉体を乗っ取り、自在に操ること。憑依された者は意識を失う。事実上死んだも同じだ。
「しかし彼女は我々の仲間ですからね」
「それより前に私の子孫だ」
「仮にも一つの人格を持つ人物がいるのです。それを憑依して奪ってしまうということは、邪悪に属することと思われますが」
「そんなことはない。ごく普通に行われていることではないか」
 そう、この“古の伝承者”が生きていた時代では、魔法を使えないものは動物と同じだった。彼らはそういう人物達を実験の道具として扱ったのだ。
「確かにあなたの時代ではそうだったかも知れません。ですが、我々の時代ではそんなことをしたら重犯罪ですよ」
 私をかばってくれているのはレイアス。
 ありがとう。でも、でも……。
「ミルさんはどう思ってるんですかい?」
 聞かないで、カロス。私は……。
「それを強行しようとするのなら、それ相応の抵抗はさせてもらいますがいかがなものでしょう」
アレストラム……。
「彼女は我々の仲間なのだ。あなたの子孫であると同じくらいに我々の仲間なのだ!」
レイアス、私のためにあんなに怒ってくれている。
「いや、それよりも前に私の子孫なのだ」
 そうなのかも知れない。私には分からない。どちらが優先されるのか。仲間か、それとも血筋か……。
「無理やりやるというのなら、抵抗させてもらいます」
「無理やりかどうか、その娘に聞いてみるがいい」
 アレストラムの言葉に幽霊はこう答えた。
「どうなんですか?」
「自分だけのたった一つの人生を、あなたは歩みたくないのですか?」
 アレストラム、レイアス、そんなに私を追いつめないで。“古の伝承者”というのは家の神みたいなもの。それに逆らうのは……、でも……。
「あなたは永久に彼女に憑依するつもりですか?」
「もちろん永久に、というわけではない」
 アレストラムへの返事を聞いて、少しほっとする。けれどそれに続く言葉は、再び私を恐怖へといざなった。
「その肉体が滅びるまでだ」
 つまり、私が死ぬまでということになる。ここで憑依されれば、私は永久に自我を取り戻せない。しかし、“神”の言うことには……。
「人の運命を決められるものなんて何もありませんよ。あなたの思った通りに行動しなさい。さだめなんてものは自分で切り開いていくものです」
 レイアス、ありがとう。
“信頼”
 私、分かったような気がする。
「私は伝承者になるようにって親に散々言われて育ってきた。親が死んだときにそれからやっと解放されたと思っていたけれど、本当は目に見 えないものに縛られていたのね……」
そう、私自身、心の奥底で伝承者にこだわっていたのだ。
 でも、いま分かった。
「過去のものは過去にあるべきなの。あなたの歌はある程度は知られています。でも、それはあなたが過去の人だから。いまあなたが存在すれば、歌の価値は消えてなくなるでしょう」
私は覚悟していた。ここまで拒否された以上、幽霊が実力行使に出ることを。しかし、“神”の顔は逆に微笑んでいた。
「ミル=セイ。我が子よ。そのような心こそが伝承者の真の素質なのだ。私が死んでから多くの子孫達を見てきたが、それに気づいたものはいなかった」
“神”はさらに続ける。
「ミル=セイよ。そなたに我が伝承者としてのすべてを託すことにしよう。ただし、私が伝えるのは心のみ。それ以上のことは自らの手で学び取るがよい」
 そう言ったとたん、私の頭の中に彼の様々な思いが流れ込んで来た。彼が生前に、そして死後に考えた事、感じたこと。私はそれらをしっかりと自分の中に受け止めた。
「あ、待って」
 私は消えゆく彼に呼びかけた。聞いておかなければならない、そんな気がした。
「ミル=セイってどういう意味なの?」
「ミル=セイ、それは私が娘につけた名前だ。私は娘にも伝承者になって欲しかった。ミル=セイとは、見てそして語る(SAY)者。娘には伝承者にふさわしい名前をと思ってつけたのだ」
 そうだったのか。父もそういう思いで私にこの名前をつけたのだろう。
父が言っていた“深い意味”という言葉の意味が、いまようやく分かった。
「これで気がすみましたか?」
 アレストラムは“神”に問いかけた。そのとき、私は初めて気が付いた。消えゆく“神”の目に光るものに。
 “古の伝承者”
 私はその名を、その思いを、そのすべてを、決して忘れない。

    ・              ・

 私達は書斎にあったメモに書かれた道を通って、地上に帰ってきた。
「まだ何かやることはありますか?」
 レイアスの問いに私は首を振った。
「でも、私はいろいろとやることがあるから、ここに一日泊まっていきます」
 それを聞くとレイアスは1枚の金貨を取り出して、私の手に無理やり握らせた。訳が分からない私に、彼は静かに微笑んでみせた。
「新しい伝承者の曲を、一曲拝聴願えますか?」
 その途端、私の胸にこみ上げて来るものがあった。
“信頼”
 いままで他人として接してきた彼らに、これからは仲間として、友人として接することができる、そんな気がした。
“信頼”
 それは心の結び付きの上に成り立っているもの。お互いを信じ合い、お互いをさらけ出すこと。私が遠い昔に失ってしまっていたもの。
 気が付くと私は涙をこぼしていた。
 私をかばってくれたアレストラムが、竜牙兵に多くの傷を負ったレイアスが、じっと黙って私を見てくれていたカロスが、黙々と戦っていたアデューが、ドワーフの無骨な優しさで接してくれたフォーグルが、次々と拍手を始める。このかけがえのない仲間に、私はなぜ気がつかなかったのだろう。そんな私を受け入れてくれた彼らを、その彼らの心を、私は愛した。
 私は最近手にいれた魔法の竪琴ではなく、使い古した竪琴を手に取った。そして、心の限り歌った。
 歌いながら泣いた。心から泣いた。縛られていた今までとは違う、解放された私がそこにいた。
 涙のせいで声はかすれていた。けれども何も考えないで歌っていた今までよりも、心が歌と一つになっているのが感じられる。
 私は歌った。
 自分のために。
 仲間のために。
 そして、あの暗い部屋の中で私を待ち続け、そして消えていった“古の伝承者”のために。


 歌声は風に舞った。

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