Last Update 01-02-18

短編小説「Someday」
〜物欲は佐野元春と共に〜

 自分自身でもすごく気に入っている、「物欲スパイラル」以来、久しぶりの短編小説です。
友人、同期、会社という30代の心をつづったちょっとメロウなショート・ショート(笑)です。


 私がTと出会ったのは、入社式の日。そう、8年前のことだ。
くだらない話をする間に、いつの間にか、友人としてもう8年も経つ。

 先日、別の同期と飲んだ時、こんな事を言っていた。

「あの頃はよく飲みに行っていたなあ..。」

そう言っている友人の言葉には、深い疲労の色がにじんでいた。

 無理もない、俺達同期で同じ敷地に残っているのは、もう半数もいない。
会社をやめた奴、実家に帰った奴、会社を辞めてから羽振りが良くなった奴、いろいろな奴がいる。

 残った奴は残った奴で、同じ敷地にいるとは言え、同期にはそう滅多に会う訳じゃない。いつの間にか会社の中堅となって、それぞれ忙しいのだ。

 そんな中でもTは、同期の中でも最も印象に残っている奴で、よく飲みに行った仲だ。俺の職場が変わった去年から、めっきり会う機会も減ってしまったが、同期の中ではやせもせず、比較的元気でやっているようだ。

 ある日、Tが珍しく私の事務所を訪ねて来た。

「あのさあ、Slot1の変換ゲタって、いくらぐらいするんだっけ。」

「おまえ、また変な事考えているだろ。」

「悪いか?」

「やめとけって、これからSlot1なんかに投資するのは。」

「でもさ、お金をかけずにパワーアップがしたいんだよ。」

「いくら安くったって、将来性のないパワーアップはやめた方がいい。」

「でも、安いぜ。Celeronが10k円で、ゲタが3k円。合計13k円でパワーアップできるんだぜ」

「だめだよ、そもそもマザーボードがCoppermineの電圧に対応しているのか?」

「1.7Vだろ、出るよ。ホームページでちゃんと調べたんだぞ。」

「なあ、どうせ買うんだったらDuronにしようよ。Duron650が6k円で、マザーもKX133なら9k円位からある。合計15k円。あと3k円足せば、一応将来性はあるぜ。それでマザーが余ったら、俺にちょうだい。

「何で650MHzなんだよ、だったらCeleron700MHzの方がいいじゃないかよ。それに何だよ、『余ったらちょうだい。』ってのは、そうやって俺に買わせて、自分だけいい思いをしようという魂胆だな。」

「そうじゃない。俺はお前にまたやって欲しくないんだ。Pentium切り替わりの時にDX4-100を買ったり、DIMMへの切り替わりの時にSIMMのマシンを買ったり、これでまたSlot1に投資したら、いい物笑いだぞ。だからさ、Duronにしようよ。で、余ったマザー俺にちょうだい。」

今どきSocket7を使っている奴に言われたかないね。お前、先月、k6-2+買ったって自慢してたよな。俺に言わせりゃ、それこそ物笑いだぜ。」

「あの時はKT133Aがまだ出ていなかったんだって。だから、つなぎとして買ったんだ。」

「おんなじじゃないか。」

「同じじゃない。今はP6マザーはApplo Proか815Eで落ち着いてるんだから、選択肢はあるんだって。で、余ったら..」

さすがのTも怒ったらしい、俺の言葉を遮ると、

「もういい。俺はなあ、今欲しいから買うんだ。Celeronとゲタにする。」

と言って、事務所を出ていった。

 周りの人間も驚いていたようだ。無理もない。あれだけ大声を出していたのだから。

それにしても、頑固な奴である。それも、昔からだが。

それから一週間、奴からの連絡はなかった。しかし、この場合、不安という言葉は当てはまらない、と思っている自分がいる。妙に落ち着かない気分の原因がこれだとは思いたくない。

そして一週間後、待っていた訳ではないが、Tから電話がかかってきた。

電話口のTの声は、いつになく弾んでいた。

「やっぱり人の話は聞くもんだね。電圧設定は出来たけど、ベースクロック100MHzで動かなかった。おまけに、うちのマザーボード、倍率8倍までしかサポートしてない。だから、733MHzのCPU、83*8の667MHzで動いているよ。」

「ほらみろ。」

「でも、相当早くなったし、自分でやった結果がこれだから、後悔していないよ。」

出来の悪いスポ根野郎みたいな事言うなよ、おまえ。」

「ははは...」

そうやって二人で笑い合う私の脳裏には、なぜか悪いイメージはなかった。こいつは、こんな奴である。だから付き合いが長いんだな、とも思った。

 そして、こんな夜にぴったりのビートとして、俺の脳裏には、佐野元春の「Someday」がかかっていた。

 

〜時代遅れといわれても

口笛で応えていたあの頃

誰にも従わず

ロクに下調べもせずただ

物欲の渦に身をゆだねて

いつかは誰でもオタクの謎が解けて

部品を換えずにはいられなくなる

失敗したことを「失敗した」と無邪気に

笑える心が好きさ

Happiness and there

またやっちゃってくれた君

だからもう一度

あきらめないで

せめて定格動作が出来るその時まで

Someday

この胸にsomeday

誓うよsomeday

信じる心いつまでも

oh oh oh oh someday baby

....

おわり


お約束です。この物語はフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません。誰が何と言おうと、フィクションです。

「どこがメロウなの?」って思ったあなたは鋭いです。コメディにメロウをミックスしたのか、はたまたその逆なのかは秘密です。

このページを見ていたら、ここにも友人Tが..。Tと言う名はオタクが多いようですね。

 

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