Last Update 99-04-14
連載小説 物欲スパイラル
(最終話.
そして、切れた..)
前回までのあらすじ
4倍速のCD-RWを買ったTさん、しかし、4倍速で書き込む為のは手持ちの4倍速CD-ROMでは不可能だと知り、愕然とする。
更に、4倍速CD-RWを勧めたOさんに対するS氏の態度に、Tさんは爆発寸前。しかし、ベストセラーソフトをくれたSさんにはやっぱり逆らえず、32倍速のSCSI-CD-ROMを注文したのだった。
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32倍速CD-ROMを買ったTさんはご満悦でした。4倍速でのオンザフライ書き込みも出来たし、「ひゅううん、ひゅううん」とうなるCD-ROMもいかにも早そうで良い気分です。調子に乗ってベンチマークなども取って見ました。以前S氏が得意げに使っていた「HDBENCH」です。その結果、トータルで8500というスコアが出ました。
「HDBENCH」でCD-ROMのベンチを取ると、2750KB/secという数値でした。
ベンチマークは一人で見ていても面白くないので結果をプリントアウトし、S氏の所に持って行きました。
それを見たS氏は
「やっぱ32倍速は早いな。俺のより早いぞ、これ。」
と言いました。
Tさんは、久々にほめられたようでちょっと嬉しくなりました。
「しかし、ハードディスクが遅いね。」
トータルスコアの方が書かれた紙を見て、S氏は言いました。
その週末、Tさんは秋葉原にいました。S氏には相談しないで来ました。今回のCD-Rの件で「サハロフのページ」や、インターネット通販で価格動向を調べる事にすっかり慣れていたからです。最新の情報では、8.4GBが18,000円、10GBが20,000円となっていました。
たったの2,000円で2GB増えるのですから当然10GBを買います。喜び勇んで帰り、慣れた手つきでケースを開けるとHDDを取り付けました。しかし、動きません。いや、動いてはいるのですが認識はしません。この頃のTさんはもはや初心者と呼べるレベルではありませんでした。マスター、スレーブを間違えるなんて事は勿論ありません。スレーブにつないでも、マスターにつないでも、シングルでつないでもやっぱり認識しません。Tさんは、買った店に電話をしました。S氏に黙って来た手前、S氏には相談出来ません。それに、「これだけやってダメなのだから不良に違いない」という確かな手応えがありました。それだけいろいろやって見たのです。
「はい、Under The Bottomです。」
「あの、昨日購入したIDMのハードディスク、不良みたいなんですけど。」
「容量はいくつのやつですか?」
「10GBです。」
「マザーボードは何をお使いですか?」
何でマザーボードが関係あるんだと思いながらも
「AUSUのP2T4ですが。」
「フォームはATですか、ATXですか?」
「ATです。」
いい加減にしてくれよ、こいつはと思いながら答えていきました。しかし、
「そのマザーボードではそのハードディスクを認識出来ません。」
と言うではありませんか。
「何でなんですか?」
驚いたTさんは、あわてて聞きます。
「その頃のマザーボードは、BIOSの関係上8.4GBまでしか認識出来ないのです。」
「えっ?」
更に
「ATXの方はBIOSのアップデートで回避出来るのですがATの方はリビジョンが1.5以上じゃないとBIOSがアップデート出来ないんですよ。調べて見て下さい。もし1.5以上だったら、インターネットにBIOSが公開されていますから」
「ちょっと待って下さい..。」
もう、いくら使っていると思ってるんだ。CD-Rから始まって今度はマザーボードか、もう金はビタ一文払わないぞ。
「何とか、方法はないんですか?そちらにだって、売った方としての責任という物があるでしょうが!」
あくまでも食い下がるTさん、粘りに負けたのか、その店員は
「パソコンを本体ごとお持ち下されば、何とかします。」
と言われ、「わかりました」と電話を切りました。
Tさんの決断は早かった。
翌日、会社を風邪という理由で休んだTさんは、秋葉原にいました。
昨日の店に行くと、昨日の店員は接客中らしく、店長らしき人が、「こちらへ」と店の奥へ通された。店の奥にいたのはいかにも生意気そうな若者で、仕事中だというのにガムを噛んでいる。
「これですか。CPUはなんですかぁ?」
「ペンティアムの166MHzです。」
若造が、一瞬「ぷっ」と吹き出したのをTさんは見逃さなかった。
「こういうのはもう買い換えた方がいいですよ〜。スクラップですよ、これは」
冗談じゃない、ケースなんか去年買ったばっかりだ。
「ビデオカードはS4ですか、これ、遅いでしょう。」
とことん失礼な奴だ、これ以上早いの見たことないからいいの。
「CD-Rついてますね。今はDVD-RAMですよ。お客さぁん」
それは先月買ったばかりだ。
「うわ、メモリ32MBですか。しかも70ナノだ。」
それは言えてる。「70ナノ」はよくわからないけど。
「32MBでいくらぐらいですか?」
若造は、「いまさら32MB?」というような顔をしながら
「16MB*2で8,000円です。でも、あと千円出せば、64MBのDIMMが買えちゃえますよぉ」
「このマザーに付きますか?」
「付きませぇん。」
「おすすめのマザー、ってあります?」
「ACLOSEのPX5S。あ、でもこれATケースじゃ入らないや。」
気が遠くなって来た..
そして..
切れた..。
「このやろう。パソコンってやつは何でこんなに金ばかりかかるんだ。俺はただCD-Rが作りたかっただけなのに、それなのに、金ばっか絞り取りやがって、何が400MHzだ、何が10GBだ、何が48倍速だ、ふざけんじゃねえ。」
叫ぶTさんに必死にしがみつく店員。そちらをキッにらみ、
「よーし、お前ら、この店で一番早いパーツ持って来い。」
「CPUはAMCのK8はどうですか?
エンジニアリングサンプルですが、最速ですよ。」
「よし」
「ハードディスクはSCSIがいいですよ。これ、2万回転です。」
「オーケー」
「スーパーウルトラワイドデュアルSCSI3ボードが必要なんですが」
「それも持って来い」
「最新のビデオカード、バンジージャンプです。」
「いいだろう」
「DVD-RAMドライブです。CD-Rも焼けます。」
「よろしい」
......
その後の事はよく憶えていない。気が付くと、Tさんは家に帰っていました。パソコン屋の店員が保証書に書いてあった住所まで、車ごとTさんを送ってくれたのです。
部屋を見回すと、真新しいフルタワーケースに入った最新、最速のパソコンがありました。財布の中のカード支払控えを見ると、55万6千円とありました。
電源を入れて、ひとこと
「早いや、やっぱり。」
そして、
「もうパソコンを買い換えることはないだろうな、これで..。」
そうつぶやいたTさんの横には、一つも部品を取られなかった元メインマシンがそっくりそのまま置いてありました。
完
いかがでしたか、自分のPCの性能に全く不満を持っていなかった普通の人が、あるきっかけでパソコン一台を丸ごと買い換える事になってしまう。そして、落ちていった先は、「頂点」ではなく「深い谷の底」であるということには、誰も気がつきません。そして、その谷底からはい上がって来た頃、人は再び、「物欲」という病魔に犯されるのです。
おことわり
この物語は、実話に極めて近いですがあくまでもフィクションです。
また、登場人物はごく身近にいそうですがあくまでも架空の人物です。
また、「Tさんは、友人Tと同一人物ではないか?」というお問い合わせをいただきましたが、今回は違います。
また、「Tさんはお前じゃないのか?」というメールをいただきましたがこれも違います。
では、Tさんは誰でしょう。それは、あなたなんじゃないですか?