なみだやは

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『後拾遺和歌集』第十三、恋三

    題不知

742 涙やは 又もあふべき つまならん なくよりほかの 慰めぞなき

    伊勢の斎宮わたりより上りて侍りける人に、忍びて通ひける事を、
    おほやけも聞しめしてまもりめなどつけさせ給ひて、
    忍びにも通はずなりにければよみ侍りける

748 逢坂は 東路とこそ 聞きしかど 心づくしの せきにぞ有ける

749 榊葉の ゆふしでかけし そのかみに おしかへしても にたるころかな
 
750 今はただ 思ひたえなん とばかりを 人づてならで いふよしもがな

    又おなじ所にむすびつけさせ侍りける

751 陸奥の をだえの橋や これならん ふみみふまずみ 心まどはす

『俊頼髄脳』

  もろともに 山めぐりする 時雨かな  道雅の三位
  
  ふるにかひなき 身とはしらずや    兼綱の中将

 二人して百寺の金口うち歩き給ふにしぐれのするをみてしけるとぞ

【通釈】
    
    題知らず
 
  泣いた涙は、また逢える糸口となるわけでもあるまいに。
  だが泣く以外に我が身を慰める術がないよ。

    伊勢の斎宮辺りより帰京してきた人に、人目を忍んで通っていたところが、
    世間の噂になり三条天皇もお聞きになって、監視役の女などをお付けになり、
    ひそかに通うこともできなくなったので詠みました歌

  逢うという名の逢坂の関は東路にあるということだが、逢うのに
  かくも心を尽くさせるとは、西国の筑紫にある関だったのだなあ。

  あなたは榊葉につけた木綿四手を掛けて神に仕えていた、
  あの逢えなかった往時に似て、逢い難いこのごろよ。

  今はもう思い切ろう、諦めようと、それだけをあなたに人づてでなく直に言いたいのです。

    また同じ所に結びつけさせました歌

  陸奥の緒絶の橋とはこのことか、絶えた橋は踏んでみても踏んでみなくても
  心惑わすのと同様に、文も見ても見なくても、心惑わすことよ。   

  一緒に山めぐりをしていると、時雨が降ってきたよ。

  時雨は降ったとて、自分が甲斐のない身とは知らないのだろうか。
  わたしも同じように、年を経ても出世もしない、甲斐のない身ですよ。

    二人で百寺を金口を鳴らし歩きなさった折に、時雨の降ったのを見て詠んだそうである。 


【語釈】
●つま……端(つま)。よすが、いとぐち。
●涙やは〜つまならん……係助詞「や」+係助詞「は」の連語「やは」+推量の助動詞「ん」の連体形で反語の意となる。
●東路……京都から東国へ向かう街道。東海道・東山道を指す。
●心づくしの……「心尽くし」に「筑紫」を掛ける。
●榊葉……「榊」は神事に用いる木の総称だが、植物名としてはサカキ科の常緑小高木。暖地の山地に自生。高さ約10mに達する。葉は互生し、長楕円状倒卵形。濃い緑色の光沢があり、厚みがある。6〜7月ごろ、白い小花を咲かせる。枝や葉を神事に用いる。
●ゆふしで……木綿四手。木綿(楮の皮を剥いでその繊維を蒸して水に浸し、裂いて糸にしたもの)で作った四手(玉串や注連縄に下げる紙)。木綿を神に捧げたことから、神に掛かる枕詞のように用いられる。
●そのかみに……「その神」に「その上(当時)」を掛ける。
●人づてならで……人伝でなく。「で」は動詞や動詞型活用の助動詞の未然形に接続し打ち消しの意を表す。〜ないで、〜ずに。打ち消し助動詞「ず」の連用形「に」+接続助詞「て」の付いた「にて」の転という説がある。
●いふ由もがな……言う手段がほしいのです。終助詞「もがな」は終助詞「もが」+終助詞「な」の付いたもの。文末で体言・形容詞や打ち消しの助動詞「ず」・断定の助動詞「なり」の連用形・一部の助詞などに付いて強い願望を表す。
●をだえの橋……緒絶の橋。陸奥の歌枕。今の宮城県古川市にあったという。「絶え」に仲が絶えることを掛けるのが一般的。
●ふみみふまずみ心まどはす……「踏み」に「文」を掛ける。
●兼綱の中将……藤原兼綱。永延2(988)年〜天喜6(1058)年7月29日。関白右大臣道兼男。母は大蔵卿藤原遠量女(藤原国光女説も)。紀伊守、右中将、正四位下。後拾遺集のみに1首歌が遺る。
●金口……「金口木舌」のこと。中国で古く法令を発したり、教えを示したりしたりするときに鳴らして注意を喚起した鈴。木鐸。

【参考】
『金葉集』263
「百寺拝みけるに時雨のしければよめる
もろともに 山めぐりする 時雨かな ふるにかひなき 身とはしらずや」
『詞花集』174
「東山に百寺をがみ侍けるにしぐれのし侍りければよめる
もろともに 山めぐりする 時雨かな ふるにかひなき 身とはしらずや」