西本願寺本『平兼盛集』巻末佚名家集
同じ宮の藤式部、親の田舎なりけるに、「いかに」など書きたりける文を、
式部の君なくなりて、そのむすめ見侍りて、物思ひ侍りける頃、
見て書きつ
13 憂きことの まさるこの世を 見じとてや 空の雲とも 人のなりけむ
まづかうかう侍りけることを、あやしく、かの許に侍りける式部の君の
14 雪つもる 年にそへても 頼むかな 君を白根の 松にそへつつ
【通釈】
同じ宮にお仕えする藤式部が、父親が田舎に赴任しているというので、
「どうしていますか」などと書いた手紙を、式部の君が亡くなって、
その娘が見つけまして、物思いにふけっていたころに、見て書き付けました
13 つらいことがまさっていくこの世を、もう見たくはないというので、
かの人(紫式部)は空の雲になってしまったのでしょうか。
このように、式部の君は父親を案じた歌を詠んだことがありましたのに、
奇妙なことに、父親より先に逝ってしまいました。これはその、
娘の大弐三位のもとに遺されておりました、式部の君が詠んだ歌
14 雪が積もっていくように歳月を重ねていくごとに、父上をお待ちしています。
越後の雪に耐えながら暮らしていらっしゃる父上を、白嶺の山に生える、
いつまでも常緑のまま生きながらえる松になぞらえて。
【語釈】
●同じ宮……『平兼盛集』補遺の12首のうち、「大宮の小式部内侍」という詞書を持つ歌があり、同じ大宮(彰子)の意。
●親の田舎なりける……父の為時が、越後守として寛弘8(1011)年より任国にあったことを指している。
●そのむすめ……宣孝と式部の子、藤原賢子(後の大弐三位)。
●物思ひ侍りけるころ……恋に悩んでおりましたころ。賢子は10代から宮仕えし、権門の貴公子たちと華やかな恋愛模様を繰り広げている。
●まづかうかう侍りけること……このようなこともありましたのに。式部が越後にいる父の身を案じた歌を送ったこと。
●あやしく……父の身を案じた式部が、奇妙なことに父親より先に亡くなったこと。
●雪積もる……雪が積もる越後、の意に歳月の経つ「行き積もる」を懸ける。
●年にそへても……年が添え加わる。
●白根の松にそへつつ……為時の任国、白嶺の山に生える松になぞらえて。「待つ」の意を懸ける。
|