『紫式部集』日記歌
水鳥どもの、思ふことなげに、遊びあへるを見て
1 水鳥を 水の上とや よそに見む われも浮きたる 世をすぐしつつ
師走の廿九日にまゐる。初めてまゐりしも今宵のことぞかし。
いみじくも夢路にまどはれしかなと思ひ出づれば、こよなう立ち慣れにけるも、
うとましの身のほどやと思ふ。夜いたう更けにけり。御物忌みにおはしましければ、
御前にも参らず、心細くてうち伏たるに、前なる人びとの、「内裏わたりは、
なほいとけはひ異なりけり。里にては、今は寝なましものを。
さも、いざときくつのしげさかな」と、色めかしくいふを聞く
2 年暮れて わが世ふけゆく 風の音に 心のうちの すさまじきかな
【通釈】
水鳥たちが、悩みもなさそうに水の上で戯れているのを見て、
1 水鳥を水の上に生きている、よそ事と見ることができようか。鳥たち
だって、水の下では懸命に足で水を掻いているように、わたしも宮仕えという、
表面こそ華やかではあっても、内実はつらい毎日を過ごしているのだから。
12月の29日に出仕する。初めて出仕したのも、今宵のことだったのだ。
まるで夢路に迷いこんだような心持ちだったわ、と思い出せば、今は宮仕えに
すっかり慣れてしまったのも、厭わしい我が身の上だと思う。夜はたいそう更けて
しまった。中宮は御物忌みでいらっしゃるので、御前に伺候することもなく、
心細い気持ちで局で横になっていると、前にいる同僚たちが、「内裏の辺りは
やはりたいそう雰囲気が違っているわね。自邸にいれば、今ごろは寝ている時分
だわ。ほんとうに、眠りを妨げる沓音の絶えないことといったら」とうきうきした
様子で言うのを聞く
2 年が暮れて、夜が更ければ、わたしもまた一つ年を取って、老けてしまうのだ。そんなことを
思いながら風の音を聞いていると、心の中は荒涼としてくることだ。
【語釈】
●思ふことなげ……のんきそうに。
●よそに見む……無縁なものとして見ていられようか。
●我も浮きたる世を過ぐしつつ……わたしも、水鳥と同じく表面では浮ついて華やかな生活をしているが。
●師走の廿九日にまゐる……寛弘5年末、自邸に退出していた式部は、12月29日に宮中へ帰参。正月2日の大饗などの行事のためか。
●初めてまゐりしも……寛弘2(3?)年の12月29日、式部は初出仕している。
●こよなう立ち慣れにける……すっかり宮仕えに慣れてしまった。
●うとましの身のほど……「ほど」は家柄を意識する「際(きは)」に対して、個人的な身分を指すという。「厭わしい身の上」とは式部の場合、女房勤めをする今の自分。
●いざとき……「寝聡(いざと)き」。寝付きにくい。
●色めかしく……うきうきとした様子で。
●わが世ふけゆく……年齢がふける意に、夜が更けていく意を懸けた。夜が更けて、自分も年を取る。
【参考】
『紫式部日記』
「水鳥どもの思ふことなげに遊びあへるを見て
水鳥を 水の上とや よそに見む 我も浮きたる 世を過ぐしつつ」
『玉葉集』巻6、冬、1037
「里に侍りけるが、しはすのつごもりに内に参りて、御物いみなりければ、局にうちふしたるに、人のいそがしげに行きかふ音を聞きて、思ひつづけける
年くれて 我世ふけゆく 風の音に 心の中の すさまじき哉」
『紫式部日記』
「師走の廿九日にまゐる。はじめてまゐりしもこよひぞかしとおもひいづれば、
こよなうたちなれにけるも、うとましの身の程やと思ふ。夜いたうふけにけり。
まへなる人々、うちわたりは猶いとけはひことなり。さとにては、いまはねなまし。
さもいざときくつのしげさかなと、色めかしくいふをきく。
年暮れて 我が世ふけゆく 風の音に 心の中の すさまじきかな
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