何のをりにか、人の返事に
93 入る方は さやかなりける 月影を うはの空にも 待ちしよひかな
返し
94 さして行く 山の端もみな かきくもり 心も空に 消えし月影
又おなじ筋、九月、月あかき夜
95 大方の 秋のあはれを 思ひやれ 月に心は あくがれぬとも
【通釈】
何の折であったか、あの人の手紙の返事に
沈んでいく方角ははっきりしていた月を(ほかの女のところへ行っていると
わかっていたあなたのことを)、上の空で心落ち着かずに待っていた夕べでしたこと。
夫の返事
目指して行こうとしていた山の端がすっかり曇ってしまったように、
あなたもご機嫌斜めだったから、心づもりしていた気持ちも空中に
虚しく消えてしまった月のようなわたしだったのだよ。
また同様の趣向の歌、九月、月の明るい夜、
世の常で言うところの、秋の寂しさ、そして飽きられるわたしの哀しみを思いやって
ください。秋の月に心惹かれるように、ほかの女のことを考えているとしても。
【語釈】
●入る方……返事をする相手の男が行こうとしている先(別の女のところ)。
●さやかなりける……はっきりとしている。
●うはの空にも……式部がむなしく待っていたことを表す。
・心もそぞろに 『全評』『大系』『集成』『国文』 ・はかなく、むなしく 『叢書』
●さしていく山の端……男が、行くつもりで目指している女(式部)のところ。
●山の端もみな……「みな」は「〜も全部」ではなく、「すっかり」の意とする説がある。
・山の端も、空も、辺りもすべて 『評釈』『集成』『国文』『大系』
・山の端もすっかり 『論考』『叢書』
●心も空に……「空に」に「(虚)そらに」を懸ける。
●おなじすぢ……「すぢ」はおもむき。前の歌と同じ、夜離れを嘆く歌。
・前の歌と同じ気持ち 『評釈』『集成』『叢書』
・前の歌と同じおもむき 『論考』『大系』 ・前の歌と同じ人とのやりとり 『新書』
●大方の秋のあはれ……世間一般に言われる秋の情趣に、「男に飽きられた女の悲しみ」を懸ける。
【参考】
『新古今集』恋四、1262
「人につかはしける
入る方は さやかなりける 月影を うはの空にも 待ちし宵かな」
『新古今集』恋四、1263
「返し
さしてゆく 山の端もみな かきくもり 心の空に 消えし月影」
『後撰集』秋下、423
「あひ知りて侍りける男の、久しう訪はずなり侍りければ、長月ばかりにつかはしける
大方の 秋のあはれを 思ひやれ 月に心は あくがれぬとも」