をりをりに

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    たまさかに返りごとしたりける人、後にまたも書かざりけるに、をとこ

91 をりをりに かくとは見えて ささがにの いかに思へば 絶ゆるなるらむ

    返し、九月つごもりになりにけり。

92 霜枯れの 浅茅(あさぢ)にまがふ ささがにの いかなるをりに かくと見ゆらむ

【通釈】
 
    ほんの時折、手紙に返事をしていたわたしが、後に重ねては書かなくなったので、男が、

  折々は手紙を書いてくれていたではありませんか。どう思って、文通をやめようとなさるのでしょうか。

    返事は九月末日になってしまったのだった。

  霜枯れて、浅茅に紛れて細々と生きる蜘蛛は、どういうときに巣をかけるのでしょうか。
  夫に死なれてはかなく生きているこのわたしが、どういう折に返事を書くとお思いですか。


【語釈】
たまさかに返りごとしたりける人……式部自身のことを三人称的に言っている。手紙をよこしていた相手に、時折返事をしていた人(自分)。 男は知り合いであったので、まったく返事を書かないわけにはいかなかった、とする説がある。
またも書かざりける……重ねては書かない。本によっては「また書かざりける」。
・書かないことが以前にもあり、今度も書かない 『叢書』
・今回から、書かない   『全評』『集成』
かく……網・巣を「かける」と、返事を「書く」とを懸ける。
ささがにの……いかに、の「い」にかかる枕詞。
九月つごもりになりにけり……返事が遅れた、その式部の心情は各説で微妙に異なる。
・返事をすべきかどうか迷っているうちに、九月のつごもりになってしまった。 『全評』
・自分はもはや男性の愛情の対象になるような女ではない、と思っている 『論考』
・寡婦の身で、年齢的なこともあって気乗りしなかった。  『叢書』『新書』
・『源氏物語』の執筆で忙しかった 『叢書』
●浅茅……丈の低い茅(ちがや)のこと。葎などと同様、荒廃した家屋を指すのに使われることが多い。式部が宣孝の死後、自身をたとえて言ったものと思われる。
●まがふ……紛れ込んでわからなくさせる。


【参考】
『続古今集』恋五、1380
「紫式部がもとへ文つかはしける、返事をたまさかにのみ侍りけるが、なほ、かきたえにけるにつかはしける
折々に かくとは見えて 笹がにの いかに思へば たゆるなるらむ」

『続古今集』恋五、1381
「返し、
霜枯れの 浅茅にまよふ ささがにの いかなるをりに かくと見ゆらむ」